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9話 お茶引きオメガ

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「客がこねー……」

 いや、来なくていいんだけど。

 オレが琴宮ことみやを売ったのが木曜日。琴宮になっていると気付いたのが土曜日で、今日は月曜日だ。

 この週末は、いつ客がやってくるかとずっと身構えていたが、ついぞこの部屋を訪れるものは誰もいなかった。完全な肩透かしだ。
 土曜日こそは相神あいがみがやってきたけど、日曜日に至っては相神すら来なかった。とんだ待ちぼうけ、放置プレイもいいところだ。いや、別にオレだってアイツのことなんて待っちゃねーけど。

 オレは琴宮をそれなりに高い金額で売ったはずだ。いや、間違いなく高値で売った。しかも、相神はオレが提示した金額にさらに上乗せして支払ってくれた。

 週末だから、手っ取り早く費用を回収するために、朝から晩まで休みなく客を取らされるのか、それとも大人数で乱交でもさせられるのか……なんて思っていたけれど、全くそんな気配はなかった。いったい、相神はどういうつもりなんだ?


 誰も部屋を訪れる者が居らず、暇を持て余した上になんだか気も抜けてしまったオレが週末にしたことは、この部屋の設備のチェックだった。

 まず、オレが最初に調べたのはドアだった。部屋の入口には、自動精算機が設置されていて、外に出るにはチェックアウトをする必要があった。なんてことない、普通のラブホテルと同じ仕様だ。自動精算機に提示された金さえ入れることができれば、室内のドアは自動的に開錠される。
 だが、オレは現金もカードも持っていない。試しにいくら払えば出れるのか確認したら、恐らく設定できるであろう最高額が提示された。マジかよ、ふざけてる。
 相神が出て行ったときは、支払いなんてしてた様子はなかったので、開錠用コードか何を使ったのだろう。

 室内にある衣類は、やはりバスローブだけだった。履物も、使い捨てスリッパのみだ。

 ここから逃げ出すには、チェックアウトをする手段と、外に出るための服装を手に入れる必要がある。しかし、上手く逃げたとしても、次は組から追手が差し向けられることになるだろう。八剱やつるぎ組の者は、脱走者を粘り強く地の果てまで追いかけてくると思う。なんてったって、あいつらは自慢の組員たちだからな! いや、この場合、追いかけられるのはオレだからあんまりいいことねぇな。
 万が一、奇跡的に組から見逃してもらえたとしても、その後の生活も問題だ。オレの身体は今はオメガだ。アルファであれば、どんな仕事でも引く手数多だろうが、オメガというだけでまともな仕事に就くことができる気がしねぇ。
 そもそも、琴宮だって、まっとうな仕事に就けさえすれば生活苦になんて陥ることもなく、オレのところで金など借りることもなかったハズだ。

 クソ!! ここから逃げ出すことよりも、逃げた後にどうするかのほうが問題がデカい気がする。とりあえず、逃げるのは一度保留にした。

 というか、そもそもオレが逃げ出そう思ったのはオメガとして客を取らされるのが嫌なだけであって、客が来ないのであれば逃げる必要性はない。むしろ、むやみにここを出ていくよりも、衣食住が保証されている今の状況のほうが待遇は良いかもしれない。このまま客が来ないのであれば。

 室内は、大きく分けてベッドスペースとリビングスペース。そのどちらにも、大型の壁掛けテレビが設置されていた。そういえば、浴室内にもテレビがあったような気がする。どんだけ客にテレビを見せたいんだよ。

 それ以上は調べるようなところもなく、オレの室内探索はこれで終わってしまった。
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