上 下
136 / 237
Side-2:最悪へと向かう風上

消えゆくナニか

しおりを挟む
◆◇◆◇◆◇◆◇

『おはようっ! ブランくん、大丈夫? なんかちょっとキツそうだけど?』

「……う、ああ、大丈夫……だと思う、きっと。……そう言えば、秀徳のやつはどこに行ったんだ、リコ?」

『ひでのりぃ?……誰、ソレ。ねーニンナちゃん、ひでのり……って子、誰だか知ってる?』

『ひでのり……?……私は知らないけれど。……ランドくんに聞いてみるのはどう?』

『んじゃ。ランド!……ひでのりって子、誰だか知ってる?』

『…………知らないし、僕は今までそんな名前を聞いたことがなかった』


 え。
 なんでだ?
 いやいやいや、おかしいだろ。だって、王都防衛戦も、クーデター事件も生き残った、第0機動小隊のパイロットの仲間だぜ?

 ……知らない……なんで、おかしいだろ、そんなの。

「じ……じゃあさ、あの———王都の片付けの後、どうなったんだ?」

『どうなったも何も、普通に終わったよね?』
『うん。……別にあの後、どうなったもこうなったもないような……』


「———変だ」

『変?……まあそりゃ、私たちから見れば、ブランの方こそ変な感じするけど?』





『本日は、パイロット同士による模擬戦を行う予定です。第0機動小隊各員は、速やかにサイドツー用格納庫に向かってください。

 なお、リコ・プランクとブラン・カーリーの両名は、EBブロックにて専用機体の起動を行ってください』

 レイさんの声をした館内放送。
 ただ、おかしな点があった。

「なあ、リコ」
『なに?』

「ベーゼンドルファー……って、起動に失敗したはずじゃなかったのか?……そんな機体を起動実験もせずに模擬戦から入るなんて、なんかおかしいような……」

『起動失敗……?……なーに言ってんの、大成功だったじゃん!……さ、行こ?』

 リコに手を差し伸べられる。
 着いてきて、と言わんばかりのその背中に、俺は少し恐怖を覚えた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「SIDE-2システム、スタートアップ……

 ベーゼンドルファー、プレイ・ザ・メロディー、インペリアル」

 拭えない違和感を抱いたまま。
 8本の管が背に刺さっている状況をも正常だと誤認して、俺はベーゼンドルファーと同化した。


「……すごい、正常———だ」

 何もなかった。前のように謎の感情に遮られることもなく、俺はただベーゼンドルファーを意のままに動かせた。

『全機指定のポイントについたな、全機ペイント弾であるかを確認しろ!

 ……できたな、よし! 模擬戦、開始!』





『…………中止だ!……やめろ、やめさせろ! 何をやっているんだお前は、ブラン!』


 ……終わった?
 模擬戦が?

 おかしいな、俺はまだベーゼンドルファーを一歩も動かしていない。

 なのに終わった? 何をやっている?……俺は何もしていないぞ。



「……血?」

 生身の自分の手のひらを見つめた時、そこにあったのは紅い液体だった。

「違う……ベーゼンドルファー……?」


『ブラン! 何をやっているんだ! ニンナが……ニンナが、死んでしまうんだぞ! なあ!』

 一心不乱に漏らされたランドのその声によって、俺は今の状況を理解し、そして完全に理解不能に陥った。

「———は?」

 何もしていない、動かしてもいないはずなのに、なんで俺は———俺が殺したことになってる?


「え、俺、が……殺した……?」
 怖かった。
 本当に、そんなことが起こっていいのかと。

 俺は何もしていないのに、いつの間にか仲間が死んでた?
 そんなの…………そんなの……!



『ケイの起こした、ヘヴンズバーストと変わらないって?』


◆◇◆◇◆◇◆◇



「ハッ!……ここは……どこだ、ニンナは?! 秀徳は?! ランドは、リコは、仲間はどこに行ったんだ?!」

 落ち着いて見渡した周りは、全てが紅に包まれていた。

 ———違う。胎動している。
 とくん、とくんと脈打って、まるで人の肉のようにひしめき蠢いている。
 そんな肉の壁に、四方八方、全てを囲まれていた。

「うぇぁあ……」

 何もかもがおかしい、とは思った。途中から、明らかに全てがおかしくなっている、とも思った。

 少しずつ変わる日常。いつの間にか消えている仲間。
 誰も覚えていない喪失。俺だけの、喪失。
 徐々に変貌する毎日。夢だと思っても、はっきりしている意識。

「おかしい……おかしいおかしいおかしいおかしいっ! 何が起きてるんだよ、俺の周りで……何……が……!」

 怖かった。泣き出したくて———なんて言う前に、俺はもう小便を漏らしていたことは、股間が濡れてしまっていたからすぐに分かった。

 助けて。



 

 今度は、肉の壁に目玉が生えた。
 目玉が2つ生えて、そのすぐ下の肉が口のように裂けてこう告げた。

『ブラン、君は知ってる?』

 ……なんだ、コイツ。
 知ってるって、何をだ。

『第0機動小隊の仲間たち。君に寄り添ってくれていた君の母さん、君の友達だったはずの人間の安否』
 
 言うなよ。
 言うなよ。言うなよ。絶対に。

『その人たちはね、



 塩の柱になって、死んだんだよ』


『死んだんだよ』『塩の柱に』『死んだ』『もういない』『死んだんだよ』『ヘヴンズバーストのせいで』



『ケイが、殺したんだよ』


「……本当に?」

『本当さ。アイツが、君の大事な人を全部殺したんだ』


 いいや違う、そんなわけがない。アイツは殺したくて殺したんじゃない、結果的にそうなっただけなんだ、だからアイツは……!

『殺したくないのかい? ケイが、君の友達を救えなかった事実に、君はあれだけ憤っていたというのに……それでもまだ、ケイを殺したくないと言うのかい?』

「でも、アイツだって傷ついて……!」

『いいんだよ、そんな呪いを自分にかけなくても。

 君は進める人間だ。自分の思うままにしてみたらどうだい? 僕は———は、それを応援するよ?』



「……………………じゃあ、俺は———」


 開放されて。全てが自由に包まれ、世界中が自由になる一瞬。
 そして、に何もかもが包まれる一瞬に聞いた声は、ひどく俺の胸を抉るものだった。




『ずーーっと、君は流されてしか生きてこなかったんだね。

 僕が作った幻想を、嘘だと、虚構だと———それはおかしいと認めても、ソレを打ち破る勇気が持てなかった。『他人が死んでいるかもしれない』という事実に怯えて、現実を見る事から目を背けたんだ。

 君が流されるままだったから。……しかも最期までそうだなんて。

 つまらない人間め』


——————————————————

——————————————————
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王妃だって有休が欲しい!~夫の浮気が発覚したので休暇申請させていただきます~

ぽんぽこ@書籍発売中!!
恋愛
【書籍発売記念!】 1/7の書籍化デビューを記念いたしまして、新作を投稿いたします。 全9話 完結まで一挙公開! 「――そう、夫は浮気をしていたのね」 マーガレットは夫に長年尽くし、国を発展させてきた真の功労者だった。 その報いがまさかの“夫の浮気疑惑”ですって!?貞淑な王妃として我慢を重ねてきた彼女も、今回ばかりはブチ切れた。 ――愛されたかったけど、無理なら距離を置きましょう。 「わたくし、実家に帰らせていただきます」 何事かと驚く夫を尻目に、マーガレットは侍女のエメルダだけを連れて王城を出た。 だが目指すは実家ではなく、温泉地で有名な田舎町だった。 慰安旅行を楽しむマーガレットたちだったが、彼女らに忍び寄る影が現れて――。 1/6中に完結まで公開予定です。 小説家になろう様でも投稿済み。 表紙はノーコピーライトガール様より

200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。 最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。 本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。 第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。 どうぞ、お楽しみください。

(完結)私の夫を奪う姉

青空一夏
恋愛
私(ポージ)は爵位はないが、王宮に勤める文官(セオドア)の妻だ。姉(メイヴ)は老男爵に嫁ぎ最近、未亡人になったばかりだ。暇な姉は度々、私を呼び出すが、私の夫を一人で寄越すように言ったことから不倫が始まる。私は・・・・・・ すっきり?ざまぁあり。短いゆるふわ設定なお話のつもりです。

さようなら、家族の皆さま~不要だと捨てられた妻は、精霊王の愛し子でした~

みなと
ファンタジー
目が覚めた私は、ぼんやりする頭で考えた。 生まれた息子は乳母と義母、父親である夫には懐いている。私のことは、無関心。むしろ馬鹿にする対象でしかない。 夫は、私の実家の資産にしか興味は無い。 なら、私は何に興味を持てばいいのかしら。 きっと、私が生きているのが邪魔な人がいるんでしょうね。 お生憎様、死んでやるつもりなんてないの。 やっと、私は『私』をやり直せる。 死の淵から舞い戻った私は、遅ればせながら『自分』をやり直して楽しく生きていきましょう。

ストランディング・ワールド(Stranding World) 第二部 ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて新天地を求める~

空乃参三
SF
※本作はフィクションです。実在の人物や団体、および事件等とは関係ありません。 ※本作は海洋生物の座礁漂着や迷入についての記録や資料ではありません。 ※本作には犯罪・自殺等の描写などもありますが、これらの行為の推奨を目的としたものではありません。 ※本作はノベルアッププラス様でも同様の内容で掲載しております。 ※本作は「ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~」の続編となります。そのため、話数、章番号は前作からの続き番号となっております。  LH(ルナ・ヘヴンス歴)五一年秋、二人の青年が惑星エクザローム唯一の陸地サブマリン島を彷徨っていた。  ひとりの名はロビー・タカミ。  彼は病魔に侵されている親友セス・クルスに代わって、人類未踏の島東部を目指していた。  親友の命尽きる前に島の東部に到達したという知らせをもたらすため、彼は道なき道を進んでいく。  向かう先には島を南北に貫く五千メートル級の山々からなるドガン山脈が待ち構えている。  ロビーはECN社のプロジェクト「東部探索体」の隊長として、仲間とともに島北部を南北に貫くドガン山脈越えに挑む。  もうひとりの名はジン・ヌマタ。  彼は弟の敵であるOP社社長エイチ・ハドリを暗殺することに執念を燃やしていた。  一時は尊敬するウォーリー・トワ率いる「タブーなきエンジニア集団」に身を寄せていたが、  ハドリ暗殺のチャンスが訪れると「タブーなきエンジニア集団」から離れた。  だが、大願成就を目前にして彼の仕掛けた罠は何者かの手によって起動されてしまう。  その結果、ハドリはヌマタの手に寄らずして致命傷を負い、荒れ狂う海の中へと消えていった。  目標を失ったヌマタは当てもなくいずこかを彷徨う……  「テロリストにすらなれなかった」と自嘲の笑みを浮かべながら……

パイロットロスト

Olivia
SF
兵器には人が乗らなくなった時代に・・・

「メジャー・インフラトン」序章5/7(僕のグランドゼロ〜マズルカの調べに乗って。少年兵の季節 JUMP! JUMP! JUMP! No2.

あおっち
SF
 海を埋め尽くすAXISの艦隊。 飽和攻撃が始まる台湾、金門県。  海岸の空を埋め尽くすAXISの巨大なロボ、HARMARの大群。 同時に始まる苫小牧市へ着上陸作戦。 苫小牧市を守るシーラス防衛軍。 そこで、先に上陸した砲撃部隊の砲弾が千歳市を襲った! SF大河小説の前章譚、第5部作。 是非ご覧ください。 ※加筆や修正が予告なしにあります。

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

処理中です...