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還元作戦/越神伴奏ベーゼンドルファー

形而下のユアザイン

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 気が付いたら、雲は晴れていた。
 いいや、晴れていたんじゃない。雲の中に、その狭間にできた隙間に、僕とサイドツーは横たわっていた。

 地面は虹色……なんかじゃない。ヘヴンズバースト中心地、直下地点の茶色をした地面だった。

 いつのまにかサイドツーからは降ろされていた。サイドツー自体にこれと言った異常はなさそうだけど、それでもサイドツーから降ろされているという事態そのものが異常だった。

「来てくれたんだ、ケイ」

 いつも通りの、彼女の声がした。どこか嬉しそうな、浮ついた声をしていた。

「来てくれた、来てくれた、私のためだけに来てくれたんだ……っ!」

「リコ……?」

「ど~こ見てんの、こっちだってば」

 仰向けになった僕の身体を、真上から見下ろすように彼女は立っていた。


「……君を、迎えに来たんだ。……こんなことになってて迎えに来た、なんて……おかしな話だけど」


「そっか……

「受け入れてくれるの?……僕は、あんなことを言ってしまったのに」

「言ったじゃん。私は貴方を受け入れるって。ソレがどれだけ都合の良いことであっても、ソレは私がそうするって決めたんだから。

 ……だから、コレは貴方が産んだ『都合の良い現実』なんかじゃなくて、『都合の良いこともあるし、悪いことだってある現実』。……私はたまたま、貴方にとって都合の良い選択をしただけ。

 ……そう言う選択をする人だっているんだってこと、忘れてほしくないし」




「………………ありがとう」

「何で感謝するの?…………ああ、いや、そりゃそっか。私がおかしかったな、今の」

「気は、済んだよ」




「………………さっきのアレの正体、分かった?」

「君みたいな声をした少女のこと?……というか、ソレを含めた全部、あの場所にいた全てが何だったのか。ソレが僕には分からない」

「アレね、全部君の勘違い、思い込みなんだ。
 あんなものもあるって、妄想を膨らませた君の中。ソレを幾多の魂で再現したのが、あの場所。偽の虚像、虚の楽園……そう呼ぶ人だって、いる。

 ……みんなが『ハイパーゾーン』と呼んでいる場所。その中は、人の魂を留めておくための場所にして、入った生者の心の移し身ともなり得る場所。……だって、ついさっき知ったんだ」


 分からない。結局話を聞いたって分からないけど、それでも。


「…………リコ、僕は———間に合った?
 まだ、君のままの君を……連れ戻せる?」

「大丈夫。ここにいる私は、紛れもなく本物だよ」

「それにしては、なんか大人びてない?」

「大人びて……なんてないよ、ちょっと色々と知っただけ。
 私の体にも、私の心にも、何の変化もないんだから、今はそれでいいでしょ」

「そうだね。…………どうしようか、これから」

「どうしようもこうしようも、いつも通りでいいじゃない。……みんな、今から元通りになっていくから。ヴェンデッタも、レイさんも、セン隊長も」


 そうか。
 僕が、僕が偽物と本物を理解したから。
 その虚像を、無理矢理にでも破壊したから、今の僕はここにいるんだ。

「…………とりあえず、前を向く準備はできた?」

「できた……かな。僕のことだから、ちゃんと向き続けていられるか分かんないけど」

 何とか腰だけでも起き上がった時、数秒間リコと見つめ合う。
 その目と目で。僕が、偽者の僕が本当の想いを伝えた彼女に。

 そのまま呆然としてしまったのがあまりにも馬鹿らしくて、少し笑みが溢れた瞬間、彼女はその笑みを遮るように喋り始める。

「…………うん。多分、できてるよ。私の勘だけどね」

 ……そうか。
 前を向く準備はできてるのか。
 僕にも、前は向けるのか。



「でも……うん、やっぱり僕には、やらなきゃいけないことがある。この罪の清算。

 どこでそんなのやれば良いのか分からない。君と一緒にいて、それで分かるのかも———僕には分からない。

 だけど、この清算は、僕にしかできなくて、僕がやらなくちゃいけないことだから。……自由にやれと言うのなら、僕はまず最初にソレをするよ」

「だったら、私と一緒にいちゃいけないね」

 ……?
 何でだ、僕はリコと一緒にいたくて、リコはそれを肯定してくれて……なのに何で、リコが僕の目的の為に『一緒にいてはいけない』なんて……?

「…………旅に出なよ。自分の罪を清算する為に。

 私が一緒にいたら、それは貴方1人の旅じゃなくて、貴方と私の旅になる。……それはきっと、貴方のための清算じゃなくなるから。

 何より私ってば、貴方にとって『都合の良い人間』だからね!…………貴方に救われたのもあるけど、やっぱり———それがあるから」


「……だから、僕について来ないって?」

 期待の一言じゃない。不満の一言でもない。ただ純粋に、疑問に感じただけなんだ。


「そう。…………帰ってきたら、どんなにズタボロになってでも、帰って来れたなら———その時は、この世の誰よりも都合の良い彼女として、貴方を愛してあげる。

 ……何より、まだ貴方に……言えてない言葉だって、あるから」



「今、言わなくてもいいの?」

「…………今、言ったら……台無しだって……

 趣……ってもんがないのよ、それじゃあねっ!」

「コレが別れになるかもしれない。……それでも、いいの?」






「———貴方は……私を信じてくれた。私が貴方を信じていると無理矢理にも仮定してでも、私のことを信じてくれた。

 だから今度は私が信じる番。私は、いつまでも信じててあげるから。

 ……頑張ってね、ケイ!」


「お……」

 その笑顔に。何度も見惚れて、もう2度と見惚れないと思ったその笑顔に、未だ僕は笑みをこぼしてばかりだ。


「…………うん、頑張るよ、僕」
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