上 下
8 / 36

帰り道

しおりを挟む
「いや、それはさすがに無理ですよ……!だって、相手は────大公家の騎士ですよ!」

 『無視なんて出来ないです!』と叫び、ウィルは必死になって私を説得してくる。
────が、私は頑として目を開けない。

「……」

「お嬢様……!」

「……」

「お願いですから、きちんと対応してください!」

「……」

 ウィルの懇願に、私は無反応を貫く。
だって、これ以上他人に振り回されるのは嫌だから。
アルティナ嬢やヘクター様のせいで、こちらは既に疲労困憊のため放っておいてほしかった。
『せめて、三日……いや、五日は休ませてくれ』と願う中、ウィルが大きな溜め息を零す。

「どう対応するかは、お嬢様の勝手ですが……このままだと、きっと屋敷までついてきますよ」

 『あちらに引き下がる気はなさそうだ』と主張するウィルに、私は思い切り眉を顰めた。
どれだけ無視を決め込もうが、最終的には対応しなければいけない事実に気づき、悶々とする。
『大人しく、一旦帰りなさいよ』と心の中で文句を言いつつ、渋々目を開けた。

「……しょうがないわね」

 ウィルの説得……というか、騎士の執念に折れた私は御者に指示して一度馬車を止める。
すると、馬に乗って並走していた騎士も停止し、下乗した。
礼儀正しくお辞儀する彼を前に、私とウィルも馬車を降りる。
そして、大公家の騎士と真正面から対峙した。

「我が主君ルイス様より、お手紙を預かってきました。出来るだけ早く開封し、返事を寄越すようにとのことです」

「はあ……」

 疲労のあまり気を抜けた返事しか出来ない私は、差し出された手紙をまじまじと見つめる。
『ただ手紙を届けるだけなら、明日以降でも良かったじゃない』と、内心毒づきながら。
オセアン大公家の封蝋が施された黒い封筒を手に取り、私は『確かに受け取りました』と述べた。
続けざまにお礼を言う私の前で、騎士は静かに頭を下げる。

「じゃあ、自分はこれで」

 それだけ言って馬に飛び乗ると、騎士は直ぐに来た道を引き返した。
どんどん小さくなっていく騎士の後ろ姿を前に、私は手元に視線を落とす。

「ウィル」

「ダメですよ、お嬢様。第二公子から頂いたお手紙を紛失なんて、論外です」

「……じゃあ、うっかりインクを零して文字が読めなくなったことにするわ」

 『いっその事、燃やすのもありね』と言い、私は手紙を読まずに済む方法を模索する。
何がなんでも休みたい私を前に、ウィルはやれやれと肩を竦めた。

「はぁ……大事な要件だったら、どうするんですか?それこそ、決闘のアレ・・とか……」

「……言わなきゃ、バレないわよ」

「それは分かりませんよ?ルイス公子は非常に優秀で、勘の鋭い方だと噂されてますから」

 『もっと警戒するべきだ』と主張し、ウィルは手紙を確認するよう強く勧めてくる。
その剣幕に押され、私は仕方なく……本当に仕方なく手紙の封を切った。

「分かったわよ。読めばいいんでしょう」

 半ばヤケクソになりながらもウィルの説得に応じ、私は中から一枚の便箋を取り出す。
綺麗に折り畳まれたソレをおもむろに広げると、文章に目を通した。
いきなり騎士を派遣した謝罪やら、誕生日パーティーに出席してくれたお礼やら書かれているが、面倒なので読み飛ばす。
『本題はどこに書いてあるのよ』と思いながら読み進め、一つ息を吐いた。

 はぁ……全く読めない────ルイス公子の考えが。

 『結局、要件は何なのよ』と、釈然としない気持ちで便箋を見下ろす。
────と、ここでウィルが顔を覗き込んできた。

「あの、お嬢様……ルイス公子はなんと?」

 おずおずといった様子で質問を投げ掛けてくるウィルは、僅かに表情を強ばらせる。
『アレに勘づいたのか?』と本気で心配し、青の瞳に不安を滲ませた。
ゴクリと喉を鳴らす彼の前で、私は手に持った便箋を裏返す。
そして、手紙の文面をウィルに見せた。

「狙いはまだ分からないけど────私と公子の二人・・で、食事がしたいそうよ」

 『お出掛けデートに誘われた』と説明し、私は憂いげな表情を浮かべる。
だって、本当の目的は間違いなく別にあるから。
『一体、何を企んでいるのやら……』と警戒する私を他所に、

「えぇー!?」

 というウィルの絶叫が、辺りに響き渡った。

◇◆◇◆

 ────第二公子の誕生日パーティーから、二週間後。
私は嫌々ながら、ルイス公子と食事することになった。
というのも、両親に押し切られたから。

 最初はのらりくらり躱していたのだけど、ルイス公子がついに痺れを切らしちゃって……お父様とお母様に直談判したのよね。
で、ちょうど私の婿を探していた両親が諸手を挙げて大賛成。
ルイス公子は一言も『レイチェル嬢と婚約を考えている』なんて、言ってないのに……。

 ここ数週間の出来事を振り返り、私は『はぁ……』と深い溜め息を零す。
半ば強引に外へ連れ出されたことに不満を抱いていると、ルイス公子が小首を傾げた。

「おや?顔色が悪いですね。もしや、鹿肉のソテーはお好きじゃありませんか?」

 テーブルを挟んだ向こう側に座る彼は、食事の手を止める。
『リサーチ不足ですみません』と謝罪しつつ、メニュー表を手に取った。
かと思えば、ベルを鳴らして店員を呼ぶ。

「コース限定の料理も含めて、全部持ってきてください。ただし、鹿肉は抜くように。あっ、デザート類は食後にお願いしますね」

 慣れた様子で追加の料理を注文し、ルイス公子はメニュー表を閉じた。
さすがは大公家の人間とでも言うべきか……金の使い方が大胆且つ豪快だ。
『桁を間違って計算していないか?』と思う程度には。

 ここは一食、最低でも五十金貨掛かる。
それなのに、ほぼ全品頼むなんて……おまけに貸し切りだし。

 空席だらけの店内を見回し、私は『食事だけで一体いくら掛かっているんだ……』と思案する。
ルイス公子の奢りだから、勘定を気にする必要はないのだが……怖いもの見たさで知りたくなった。
『さすがに金額を探るのは失礼か』と悩む私を他所に、追加の料理とテーブルが運ばれてくる。
スピーディー且つ丁寧に新しいテーブルを設置し、料理を並べる店員達は最後に一礼して後ろへ下がった。
三つのテーブルで何とか収まる量の料理を前に、ルイス公子は『さあ、食べましょう』と促す。
そして、私がスープを口に含むと、満足そうに微笑んだ。

「お味はいかがですか?」

「美味しいです」

「それは良かった。外食にはあまり行かない方だと伺っていたので、少し不安だったんですよ。食へのこだわりが強いのではないか?と」

「『食べられれば何でもいい』とまでは言いませんけど、こだわりは薄い方です。嫌いな食べ物も、特にありませんし」

 食に淡白……というか適当な私に、ルイス公子は『そうですか』と相槌を打つ。

「では、またお誘いしてもよろしいですか?」

「……またですか?」

 思わぬ申し出にピタッと身動きを止める私は、レンズ越しに見える黄金の瞳をじっと見つめた。
しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?

恋愛
少しネガティブな天然鈍感辺境伯令嬢と目つきが悪く恋愛に関してはポンコツコミュ障公爵令息のコミュニケーションエラー必至の爆笑(?)すれ違いラブコメ! ランツベルク辺境伯令嬢ローザリンデは優秀な兄弟姉妹に囲まれて少し自信を持てずにいた。そんなローザリンデを夜会でエスコートしたいと申し出たのはオルデンブルク公爵令息ルートヴィヒ。そして複数回のエスコートを経て、ルートヴィヒとの結婚が決まるローザリンデ。しかし、ルートヴィヒには身分違いだが恋仲の女性がいる噂をローザリンデは知っていた。 エーベルシュタイン女男爵であるハイデマリー。彼女こそ、ルートヴィヒの恋人である。しかし上級貴族と下級貴族の結婚は許されていない上、ハイデマリーは既婚者である。 ローザリンデは自分がお飾りの妻だと理解した。その上でルートヴィヒとの結婚を受け入れる。ランツベルク家としても、筆頭公爵家であるオルデンブルク家と繋がりを持てることは有益なのだ。 しかし結婚後、ルートヴィヒの様子が明らかにおかしい。ローザリンデはルートヴィヒからお菓子、花、アクセサリー、更にはドレスまでことあるごとにプレゼントされる。プレゼントの量はどんどん増える。流石にこれはおかしいと思ったローザリンデはある日の夜会で聞いてみる。 「つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?」 するとルートヴィヒからは予想外の返事があった。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

(完結)伯爵家嫡男様、あなたの相手はお姉様ではなく私です

青空一夏
恋愛
私はティベリア・ウォーク。ウォーク公爵家の次女で、私にはすごい美貌のお姉様がいる。妖艶な体つきに色っぽくて綺麗な顔立ち。髪は淡いピンクで瞳は鮮やかなグリーン。 目の覚めるようなお姉様の容姿に比べて私の身体は小柄で華奢だ。髪も瞳もありふれたブラウンだし、鼻の頭にはそばかすがたくさん。それでも絵を描くことだけは大好きで、家族は私の絵の才能をとても高く評価してくれていた。 私とお姉様は少しも似ていないけれど仲良しだし、私はお姉様が大好きなの。 ある日、お姉様よりも早く私に婚約者ができた。相手はエルズバー伯爵家を継ぐ予定の嫡男ワイアット様。初めての顔あわせの時のこと。初めは好印象だったワイアット様だけれど、お姉様が途中で同席したらお姉様の顔ばかりをチラチラ見てお姉様にばかり話しかける。まるで私が見えなくなってしまったみたい。 あなたの婚約相手は私なんですけど? 不安になるのを堪えて我慢していたわ。でも、お姉様も曖昧な態度をとり続けて少しもワイアット様を注意してくださらない。 (お姉様は味方だと思っていたのに。もしかしたら敵なの? なぜワイアット様を注意してくれないの? お母様もお父様もどうして笑っているの?)  途中、タグの変更や追加の可能性があります。ファンタジーラブコメディー。 ※異世界の物語です。ゆるふわ設定。ご都合主義です。この小説独自の解釈でのファンタジー世界の生き物が出てくる場合があります。他の小説とは異なった性質をもっている場合がありますのでご了承くださいませ。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

処理中です...