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第三章

その二

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 本能丸出しでシャーッと威嚇する猫又を少女は無表情のまま見下ろす。
 何の感情も窺えないスモーキークォーツの瞳の迫力に圧倒され、猫又はゆっくりと視線を逸らした。
 威嚇した際に剥き出しになった爪を仕舞い、乱れた体毛を肉球と舌を使って軽く整える。
 いそいそと身支度を整えた猫又は再度少女と向き合うと─────ビシッと腰を90度に曲げた。
 気分屋でマイペースな子が多い猫とは思えないほど、ビシッと決まっている。

「威嚇して、ごめんなさいにゃ!許してくださいにゃ!」

 実はこの猫又、少女の無機質な瞳に恐れをなし失礼を詫びようと身支度を整えていたのだ。
 こ、この子供には逆らっちゃいけないにゃ!最悪殺されるにゃ...!!
 殺されるも何も少女は猫又に対して、特に興味も関心も抱いていない。
 威嚇されたことに関しては不思議に思っていたが、特に怒っている訳ではなかった。
 よって、殺される云々に関しては猫又の完全な早とちりである。
 だが、それを早とちりだと指摘出来る者はこの場にいない。

「許すも何も、気にしていないから大丈夫よ。それより、花の話をしましょう。今日はどんな花を買いに来たの?」

 早く花の話題に入りたい少女は猫又の謝罪を適当に流し、質問を投げ掛ける。
 にゃ、にゃんだ....怒ってにゃかったのか...。
 ほっと胸を撫で下ろした猫又はきっちり90度に曲げた腰を元に戻し、緩やかな曲線を描く猫背で少女に軽く会釈してから口を開く。
 やけに礼儀正しい猫又に後ろに控えていた烏天狗は小首を傾げたが、少女は特に気にならない...と言うか、興味がないのか無表情を貫き通す。

「お見舞いにうってつけのお花を選んでほしいんだにゃ」

「お見舞いの花ね...分かったわ。何本ほしいの?」

 必要な本数を尋ねる少女に猫又は慌てて首から下げていたポシェットの口を開けると、中から野口さんを一枚取り出した。
 小さなポシェットに入れられていたせいか、少しくしゃくしゃだが、破れていなければ問題ない。

「このお金で買える分だけ、欲しいにゃ」

 人間の紙幣を使うのが実は今回が初めての猫又は1000円札の価値を大して理解していない。
 この猫さん、そのうち誰かに詐欺られそうね。
 物騒な感想を抱く少女だったが、猫又に大して興味のない少女は助言する気はないようだ。

「分かったわ。1000円分の花を用意するから、少しここで待っていてちょうだい」

「分かったにゃ!」

 少女が花を用意するため後ろへ下がったのを確認した烏天狗はキリの良いところで作業を切り上げ、猫又に歩み寄る。
 猫又は突然現れた同じ種族あやかしである烏天狗にぱちぱちと瞬きを繰り返した。
 キトンブルーの真っ青な瞳が黒髪黒目の美丈夫を目に映す。
 誰にゃ?こいつ....。
 本物の猫と大してサイズが変わらない猫又は少女の後ろに控えていた烏天狗の存在に気づいてなかったのだ。

「よぉ、猫又。俺は烏天狗だ」

「....我は今、忙しいにゃ。話なら後にしてくれにゃ」

 本能的にこいつは面倒臭い奴だと判断した猫又はのらりくらりと烏天狗の挨拶を躱す。
 その猫又の本能は正しいが、今回ばかりは烏天狗の話を聞いておいた方がいいだろう。
 何故なら______....。
 チッ...!なんだよ、このくそ猫。
 せっかく俺様が物の値段と紙幣や小銭の種類なんかを教えてやろうと思ったのによ...。
 そう、実はこの世話焼きの烏天狗、ただ単に親切心で猫又に物価や金の種類を教えてやろうと思っただけなのだ。
 少女と猫又の先程の会話を聞き、猫又の言動に危機感を抱いた烏天狗は少女が花を選んでいる間に豆知識程度にお金のことについて教えようと考えていた。
 烏天狗の考えなど、露ほども知らない猫又は結果的に自分で自分の首を絞めるはめに...。
 烏天狗の話をはね除けた猫又は結果的に己が損しているとは知らず、すまし顔でフイッと烏天狗から視線を逸らした。

「可愛くねぇ猫だな、おい」

「我は猫又にゃ。ただの猫と一緒にされては困るにゃ」

「へいへい」

 『猫又』ということに誇りを持っている猫又は猫と同じにされることを酷く嫌う。
 “永遠”を約束された自分の方が猫よりずっと格上だと認識しているためだ。
 猫又のよく分からないプライドと拘りに烏天狗は軽く返事を返しつつ、ふと疑問に思ったことを口にする。

「そういや、見舞いって誰の見舞いだ?同じあやかしのか?」

 烏天狗の純粋且つ素朴な疑問に猫又は僅かに顔をしかめた。
 見舞い相手が気になるのは分からなくもないが、あまりにも不謹慎すぎる。
 もしも、その見舞い相手が不治の病にかかった人間だったらどうするのだ。
 そもそも、客のプライベートにあまり首を突っ込むものではない。
 例え、それが同じあやかしであったとしても。
 烏天狗の軽率な発言に顔を曇らせた猫又は店の隅っこに落ちている枯れ葉を見つめ、

「お前には関係のないことにゃ」

 と吐き捨てた。
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