上 下
26 / 48
第二章

その十一

しおりを挟む
 子供には子供の良さがあるだろ。
 ったく....人間どもは分かってねぇーな、本当。
 目の前まで歩いてきた夏樹は懐から扇子を取り出すと、それをバサッと広げた。
 桃の花がお洒落に描かれた扇子で口元を覆い隠し、にっこりと笑う。

「どう?似合うかな?これね、今日お父様が買ってきてくれた着物なの。わざわざ化粧師も呼んで化粧してもらったのよ?どう?綺麗でしょう?」

 『うふふっ』とお上品な笑い声をあげる夏樹だったが、心の中じゃちっとも笑ってなんかなかった。
 私は桃色よりも橙色や緑色などの秋っぽい色が好き。
 こんな可愛らしい着物、私らしくないもの。
 動きづらいし、重いし....何より、私に全然似合ってない。
 こんな着物、いらないわ。
 私はお父様の着せ替え人形じゃないのに...私は生きているのにっ!何故、自分の好みを貫くことが許されないの...?
 何故、私は自由に外へ出れないの?
 何故、私は友達を作ってはいけないの?
 何故?ねぇ、何でっ....!何でなのっ!?
 お金があっても、愛があっても満足できない私が悪いの!?
 分からない....分からないわ。
 私には何にも....分からないの。
 表面上は笑顔を取り繕いながらも中身はぐちゃぐちゃの夏樹。
 『似合っている』と言ってほしいのか、『似合ってない』とばっさり切り捨ててほしいのか....それすらも分からない。
 烏さん、私は今....ちゃんと笑えているかしら?
 どこか違和感を覚える笑みに烏天狗はグッと眉間に皺を寄せると、夏樹の口元を覆い隠している扇子へ手を伸ばした。

「....似合ってねぇーよ、全然。昨日の着物の方がずっと似合ってた」

「っ.....!!」

 烏天狗は夏樹の手から桃の花が描かれた扇子を取り上げると、それを適当な場所に放り投げた。
 扇子の裏に隠された彼女の口元は全然笑ってなどいなくて....何かを耐えるように、我慢するようにキュッと引き締められている。
 お洒落は女性の嗜みだ。
 自らを着飾り、美しく見せ、笑顔を振り撒く。
 だが、幾ら美しく着飾ってもその女性自身が笑顔でなくてはお洒落など意味がない。
 こんな着物....破り捨てちまえば良いのに。
 そう思うものの、烏天狗はそれを口には出さなかった。
 いや、出せなかったと言った方が正しいだろうか....。
 あやかしとは違い、人間社会は色んな意味で厳しく...面倒臭い。
 父親から貰ったと言う、この着物を破り捨てるのは簡単だ。
 そう_____破り捨てること自体はとても簡単。
 問題は破り捨てたである。
 怒られるのも、殴られるのも、自由を奪われるのも....全部この怪力女なんだ...。
 被害を被るのは全て夏樹で、自分じゃない。
 それを理解しているからこそ、烏天狗は激情に任せて着物を引き裂くなんて野蛮な真似はしなかった。
 人間は.....本当に面倒な生き物だな。
 一人一人が弱い故に好き勝手生きることが出来ない。
 何事にも承諾が必要で、勝手に外を出歩くことすらままならない。
 なんて、不器用で....生きづらい種族なんだろう...。

「は、ははっ...!そっかぁ....似合ってないかぁ...」

 夏樹はどこか疲れたような...吹っ切れたような表情で曖昧に笑った。
 涙を耐えるように唇を噛み締めたまま笑うものだから、変顔のようになっている。
 目尻浮かんだ涙は肌に塗りたくられた白粉おしろいをじわりと溶かした。
 せっかく江戸一の化粧師に化粧をしてもらったのに....駄目ね。涙がっ....止められないっ!
 血が出るほど歯を唇に突き立て、涙を耐えていたのに....無情にも涙は溢れ出す。
 血と一級品の紅が混ざりあった唇は痛いくらい真っ赤だった。

「....わ、たしだって....こん、な服っ....!着たくな、かった...!」

 好きな色を身に纏いたかった!
 化粧だって自分でやりたかった!
 扇子も自分で選びたかった!
 怒りと悲しみ、そしてほんの少しのやるせなさを涙に込めて、それを吐き出す。
 嗚咽を溢しながら、夏樹は今まで誰にも聞かれぬまま溜まっていた本音を全て吐き出した。
 お父様の着せ替え人形なんかになりたくないっ!
 子供のようにわんわん泣き続ける夏樹を烏天狗は何も言わずにそっと抱き寄せた。
 『辛かったな』『今までよく頑張ったな』などと言う慰めの言葉は一切かけない。
 ただ聞いているだけ。抱き締めているだけ。
 相づちすら打たない烏天狗を夏樹は不思議と心地良いと感じていた。
 だって、この大きな腕が....言葉で表すよりもずっと雄弁に語っていたから...。
 私を心配する気持ちや父に対する激情を。
 嗚呼....嗚呼....友達がこんなにも良いものだとは思わなかったわ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【NL】花姫様を司る。※R-15

コウサカチヅル
キャラ文芸
 神社の跡取りとして生まれた美しい青年と、その地を護る愛らしい女神の、許されざる物語。 ✿✿✿✿✿  シリアスときどきギャグの現代ファンタジー短編作品です。基本的に愛が重すぎる男性主人公の視点でお話は展開してゆきます。少しでもお楽しみいただけましたら幸いです(*´ω`)💖 ✿✿✿✿✿ ※こちらの作品は『カクヨム』様にも投稿させていただいております。

お稲荷様と私のほっこり日常レシピ

夕日(夕日凪)
キャラ文芸
その小さなお稲荷様は私…古橋はるかの家の片隅にある。それは一族繁栄を担ってくれている我が家にとって大事なお稲荷様なのだとか。そのお稲荷様に毎日お供え物をするのが我が家の日課なのだけれど、両親が長期の海外出張に行くことになってしまい、お稲荷様のご飯をしばらく私が担当することに。 そして一人暮らしの一日目。 いつもの通りにお供えをすると「まずい!」という一言とともにケモミミの男性が社から飛び出してきて…。 『私のために料理の腕を上げろ!このバカ娘!』 そんなこんなではじまる、お稲荷様と女子高生のほっこり日常レシピと怪異のお話。 キャラ文芸対象であやかし賞をいただきました!ありがとうございます! 現在アルファポリス様より書籍化進行中です。 10/25に作品引き下げをさせていただきました!

JOLENEジョリーン・鬼屋は人を許さない 『こわい』です。気を緩めると巻き込まれます。

尾駮アスマ(オブチアスマ おぶちあすま)
キャラ文芸
ホラー・ミステリー+ファンタジー作品です。残酷描写ありです。苦手な方は御注意ください。 完全フィクション作品です。 実在する個人・団体等とは一切関係ありません。 あらすじ 趣味で怪談を集めていた主人公は、ある取材で怪しい物件での出来事を知る。 そして、その建物について探り始める。 ほんの些細な調査のはずが大事件へと繋がってしまう・・・ やがて街を揺るがすほどの事件に主人公は巻き込まれ 特命・国家公務員たちと運命の「祭り」へと進み悪魔たちと対決することになる。 もう逃げ道は無い・・・・ 読みやすいように、わざと行間を開けて執筆しています。 もしよければお気に入り登録・イイネ・感想など、よろしくお願いいたします。 大変励みになります。 ありがとうございます。

あやかし古民家暮らし-ゆるっとカップル、田舎で生きなおしてみる-

橘花やよい
キャラ文芸
「怖がられるから、秘密にしないと」 会社員の穂乃花は生まれつき、あやかしと呼ばれるだろう変なものを見る体質だった。そのために他人と距離を置いて暮らしていたのに、恋人である雪斗の母親に秘密を知られ、案の定怖がられてしまう。このままだと結婚できないかもと悩んでいると「気分転換に引っ越ししない?」と雪斗の誘いがかかった。引っ越し先は、恋人の祖父母が住んでいた田舎の山中。そこには賑やかご近所さんがたくさんいるようで、だんだんと田舎暮らしが気に入って――……。 これは、どこかにひっそりとあるかもしれない、ちょっとおかしくて優しい日常のお話。 エブリスタに投稿している「穂乃花さんは、おかしな隣人と戯れる。」の改稿版です。 表紙はてんぱる様のフリー素材を使用させていただきました。

職業、種付けおじさん

gulu
キャラ文芸
遺伝子治療や改造が当たり前になった世界。 誰もが整った外見となり、病気に少しだけ強く体も丈夫になった。 だがそんな世界の裏側には、遺伝子改造によって誕生した怪物が存在していた。 人権もなく、悪人を法の外から裁く種付けおじさんである。 明日の命すら保障されない彼らは、それでもこの世界で懸命に生きている。 ※小説家になろう、カクヨムでも連載中

宝石の花

沙珠 刹真
キャラ文芸
 北の大地のとある住宅地にひっそりと佇む花屋がある。そんな花屋に新米教師の藤田穂(ふじた みのり)がやってくる。何やら母の日の花を選ぶのに、初対面の店主に向かい自らの不安を打ち明け始めてしまう。これは何かの縁だろうと、花屋店主の若林蛍(わかばやし ほたる)はある花の種を渡し、母の日の花をおまけする代わりに花を育てるように、と促す。  はてさて、渡した種は不安を抱えた新米教師に何をもたらすのか––。

やめてよ、お姉ちゃん!

日和崎よしな
キャラ文芸
―あらすじ― 姉・染紅華絵は才色兼備で誰からも憧憬の的の女子高生。 だが実は、弟にだけはとんでもない傍若無人を働く怪物的存在だった。 彼女がキレる頭脳を駆使して弟に非道の限りを尽くす!? そんな日常を描いた物語。 ―作品について― 全32話、約12万字。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

処理中です...