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第二章
その十一
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子供には子供の良さがあるだろ。
ったく....人間どもは分かってねぇーな、本当。
目の前まで歩いてきた夏樹は懐から扇子を取り出すと、それをバサッと広げた。
桃の花がお洒落に描かれた扇子で口元を覆い隠し、にっこりと笑う。
「どう?似合うかな?これね、今日お父様が買ってきてくれた着物なの。わざわざ化粧師も呼んで化粧してもらったのよ?どう?綺麗でしょう?」
『うふふっ』とお上品な笑い声をあげる夏樹だったが、心の中じゃちっとも笑ってなんかなかった。
私は桃色よりも橙色や緑色などの秋っぽい色が好き。
こんな可愛らしい着物、私らしくないもの。
動きづらいし、重いし....何より、私に全然似合ってない。
こんな着物、いらないわ。
私はお父様の着せ替え人形じゃないのに...私は生きているのにっ!何故、自分の好みを貫くことが許されないの...?
何故、私は自由に外へ出れないの?
何故、私は友達を作ってはいけないの?
何故?ねぇ、何でっ....!何でなのっ!?
お金があっても、愛があっても満足できない私が悪いの!?
分からない....分からないわ。
私には何にも....分からないの。
表面上は笑顔を取り繕いながらも中身はぐちゃぐちゃの夏樹。
『似合っている』と言ってほしいのか、『似合ってない』とばっさり切り捨ててほしいのか....それすらも分からない。
烏さん、私は今....ちゃんと笑えているかしら?
どこか違和感を覚える笑みに烏天狗はグッと眉間に皺を寄せると、夏樹の口元を覆い隠している扇子へ手を伸ばした。
「....似合ってねぇーよ、全然。昨日の着物の方がずっと似合ってた」
「っ.....!!」
烏天狗は夏樹の手から桃の花が描かれた扇子を取り上げると、それを適当な場所に放り投げた。
扇子の裏に隠された彼女の口元は全然笑ってなどいなくて....何かを耐えるように、我慢するようにキュッと引き締められている。
お洒落は女性の嗜みだ。
自らを着飾り、美しく見せ、笑顔を振り撒く。
だが、幾ら美しく着飾ってもその女性自身が笑顔でなくてはお洒落など意味がない。
こんな着物....破り捨てちまえば良いのに。
そう思うものの、烏天狗はそれを口には出さなかった。
いや、出せなかったと言った方が正しいだろうか....。
あやかしとは違い、人間社会は色んな意味で厳しく...面倒臭い。
父親から貰ったと言う、この着物を破り捨てるのは簡単だ。
そう_____破り捨てること自体はとても簡単。
問題は破り捨てたあとである。
怒られるのも、殴られるのも、自由を奪われるのも....全部この怪力女なんだ...。
被害を被るのは全て夏樹で、自分じゃない。
それを理解しているからこそ、烏天狗は激情に任せて着物を引き裂くなんて野蛮な真似はしなかった。
人間は.....本当に面倒な生き物だな。
一人一人が弱い故に好き勝手生きることが出来ない。
何事にも承諾が必要で、勝手に外を出歩くことすら儘ならない。
なんて、不器用で....生きづらい種族なんだろう...。
「は、ははっ...!そっかぁ....似合ってないかぁ...」
夏樹はどこか疲れたような...吹っ切れたような表情で曖昧に笑った。
涙を耐えるように唇を噛み締めたまま笑うものだから、変顔のようになっている。
目尻浮かんだ涙は肌に塗りたくられた白粉をじわりと溶かした。
せっかく江戸一の化粧師に化粧をしてもらったのに....駄目ね。涙がっ....止められないっ!
血が出るほど歯を唇に突き立て、涙を耐えていたのに....無情にも涙は溢れ出す。
血と一級品の紅が混ざりあった唇は痛いくらい真っ赤だった。
「....わ、たしだって....こん、な服っ....!着たくな、かった...!」
好きな色を身に纏いたかった!
化粧だって自分でやりたかった!
扇子も自分で選びたかった!
怒りと悲しみ、そしてほんの少しのやるせなさを涙に込めて、それを吐き出す。
嗚咽を溢しながら、夏樹は今まで誰にも聞かれぬまま溜まっていた本音を全て吐き出した。
お父様の着せ替え人形なんかになりたくないっ!
子供のようにわんわん泣き続ける夏樹を烏天狗は何も言わずにそっと抱き寄せた。
『辛かったな』『今までよく頑張ったな』などと言う慰めの言葉は一切かけない。
ただ聞いているだけ。抱き締めているだけ。
相づちすら打たない烏天狗を夏樹は不思議と心地良いと感じていた。
だって、この大きな腕が....言葉で表すよりもずっと雄弁に語っていたから...。
私を心配する気持ちや父に対する激情を。
嗚呼....嗚呼....友達がこんなにも良いものだとは思わなかったわ。
ったく....人間どもは分かってねぇーな、本当。
目の前まで歩いてきた夏樹は懐から扇子を取り出すと、それをバサッと広げた。
桃の花がお洒落に描かれた扇子で口元を覆い隠し、にっこりと笑う。
「どう?似合うかな?これね、今日お父様が買ってきてくれた着物なの。わざわざ化粧師も呼んで化粧してもらったのよ?どう?綺麗でしょう?」
『うふふっ』とお上品な笑い声をあげる夏樹だったが、心の中じゃちっとも笑ってなんかなかった。
私は桃色よりも橙色や緑色などの秋っぽい色が好き。
こんな可愛らしい着物、私らしくないもの。
動きづらいし、重いし....何より、私に全然似合ってない。
こんな着物、いらないわ。
私はお父様の着せ替え人形じゃないのに...私は生きているのにっ!何故、自分の好みを貫くことが許されないの...?
何故、私は自由に外へ出れないの?
何故、私は友達を作ってはいけないの?
何故?ねぇ、何でっ....!何でなのっ!?
お金があっても、愛があっても満足できない私が悪いの!?
分からない....分からないわ。
私には何にも....分からないの。
表面上は笑顔を取り繕いながらも中身はぐちゃぐちゃの夏樹。
『似合っている』と言ってほしいのか、『似合ってない』とばっさり切り捨ててほしいのか....それすらも分からない。
烏さん、私は今....ちゃんと笑えているかしら?
どこか違和感を覚える笑みに烏天狗はグッと眉間に皺を寄せると、夏樹の口元を覆い隠している扇子へ手を伸ばした。
「....似合ってねぇーよ、全然。昨日の着物の方がずっと似合ってた」
「っ.....!!」
烏天狗は夏樹の手から桃の花が描かれた扇子を取り上げると、それを適当な場所に放り投げた。
扇子の裏に隠された彼女の口元は全然笑ってなどいなくて....何かを耐えるように、我慢するようにキュッと引き締められている。
お洒落は女性の嗜みだ。
自らを着飾り、美しく見せ、笑顔を振り撒く。
だが、幾ら美しく着飾ってもその女性自身が笑顔でなくてはお洒落など意味がない。
こんな着物....破り捨てちまえば良いのに。
そう思うものの、烏天狗はそれを口には出さなかった。
いや、出せなかったと言った方が正しいだろうか....。
あやかしとは違い、人間社会は色んな意味で厳しく...面倒臭い。
父親から貰ったと言う、この着物を破り捨てるのは簡単だ。
そう_____破り捨てること自体はとても簡単。
問題は破り捨てたあとである。
怒られるのも、殴られるのも、自由を奪われるのも....全部この怪力女なんだ...。
被害を被るのは全て夏樹で、自分じゃない。
それを理解しているからこそ、烏天狗は激情に任せて着物を引き裂くなんて野蛮な真似はしなかった。
人間は.....本当に面倒な生き物だな。
一人一人が弱い故に好き勝手生きることが出来ない。
何事にも承諾が必要で、勝手に外を出歩くことすら儘ならない。
なんて、不器用で....生きづらい種族なんだろう...。
「は、ははっ...!そっかぁ....似合ってないかぁ...」
夏樹はどこか疲れたような...吹っ切れたような表情で曖昧に笑った。
涙を耐えるように唇を噛み締めたまま笑うものだから、変顔のようになっている。
目尻浮かんだ涙は肌に塗りたくられた白粉をじわりと溶かした。
せっかく江戸一の化粧師に化粧をしてもらったのに....駄目ね。涙がっ....止められないっ!
血が出るほど歯を唇に突き立て、涙を耐えていたのに....無情にも涙は溢れ出す。
血と一級品の紅が混ざりあった唇は痛いくらい真っ赤だった。
「....わ、たしだって....こん、な服っ....!着たくな、かった...!」
好きな色を身に纏いたかった!
化粧だって自分でやりたかった!
扇子も自分で選びたかった!
怒りと悲しみ、そしてほんの少しのやるせなさを涙に込めて、それを吐き出す。
嗚咽を溢しながら、夏樹は今まで誰にも聞かれぬまま溜まっていた本音を全て吐き出した。
お父様の着せ替え人形なんかになりたくないっ!
子供のようにわんわん泣き続ける夏樹を烏天狗は何も言わずにそっと抱き寄せた。
『辛かったな』『今までよく頑張ったな』などと言う慰めの言葉は一切かけない。
ただ聞いているだけ。抱き締めているだけ。
相づちすら打たない烏天狗を夏樹は不思議と心地良いと感じていた。
だって、この大きな腕が....言葉で表すよりもずっと雄弁に語っていたから...。
私を心配する気持ちや父に対する激情を。
嗚呼....嗚呼....友達がこんなにも良いものだとは思わなかったわ。
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