上 下
307 / 315
第七章

第306話『リアル』

しおりを挟む
 見慣れない白い天井を前に『病院の中かな?』ぼんやり考えていると、不意に────

「ラーちゃん……!」

 ────見知らぬ男性の姿が、視界に入った。
黒髪黒目の彼は心配そうにこちらを覗き込み、『痛くない?』『苦しくない?』と問い質してくる。
今にも泣きそうな顔で。
どことなく既視感を覚える光景に、私はパチパチと瞬きを繰り返した。

 えっ……?ちょっと待って……?
この声……それにこの呼び方って、まさか────

「────徳正さん!?」

 思わず大声を上げると、見知らぬ男性は柔らかく微笑んだ。

「うん、そうだよ~!気づいてくれて、嬉しい……って、それより体の調子はどう?俺っち達が目覚めてからも一週間ほど眠っていたから、心配してたんだけど」

 『やっぱり、具合悪い?』と尋ね、徳正さんはそっと眉尻を下げる。
整った顔に哀愁を漂わせる彼の前で、私はブンブンと首を横に振った。

「だ、大丈夫です!ずっと眠っていたので体はちょっとダルいですが、それ以外は本当に……!」

「本当~?なら、良かった~!」

 『でも、念のためお医者様に診てもらおうね』と言いながら、徳正さんはそっと体を起こす。
────と、ここで病室の扉は勢いよく開け放たれた。

「ねぇー!ここのコンビニ、品揃え悪くなーい?菓子パン、三つしかなかったんだけどー!」

 そう言って、プクッと頬を膨らませるのは黒髪の少年……いや、青年?
子供と言うには大きく、大人と言うには幼い容姿で顔立ちもあどけない。
ただ、彼の纏うオーラは凄く独特で……ある人に凄く似ていた。
『もしかして、この人って……』と正体を予想する中、活発そうな男の子と目が合う。

「あーーー!!!ラミエルーーーー!!!起きているじゃーーーん!!!」

 ビシッとこちらを指さし、彼は『いつの間にーーー!!?』と叫んだ。
と同時に、満面の笑みでこちらへ駆け寄ってくる。

「えっと……シムナさん、で合ってますか?」

 おずおずと質問を投げ掛ける私に、彼は『うん!』と大きく頷いた。

「そうだよー!僕はシムナ!現実世界リアルで会うのは、初めてだよねー!」

「そ、そうですね……」

 『精神病院からはどうやって出てきたんだ?』という疑問を呑み込み、私は一先ず再会を喜ぶ。
さすがに何も知らない徳正さんの前で、尋ねるのは憚られたから。
『他人のプライベートをペラペラ喋るのは、ね』と思案していると、開けっ放しの扉から桃髪の女性が顔を出す。

「あら、本当に起きているわ~!」

「シムナの叫び声を聞いて、駆けつけてみて正解だったな」

 女性の後ろから見覚えのあるおっとりイケメンが姿を現し、微かに笑う。
『無事で良かった』とでも言うように。

「えっ……!?ちょっ……!?ヴィエラさんとラルカさんまで……!?」

「うふふっ。お邪魔しているわよ」

「寝起き早々、騒がしくて悪いな」

 ピンクがかった瞳をうんと細めるヴィエラさんと苦笑を浮かべるラルカさんは、とりあえず扉を閉める。
そして、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。

「とにかく、無事目を覚ましてくれて良かったわ。ついさっきまで徳正もシムナも大荒れで、酷かったのよ」

「『もう一か八か、ゲーム装置をぶっ壊そう』とまで言い出していたからな。まあ、さすがに止めたが」

 呆れ気味に溜め息を零すラルカさんは、ヴィエラさんと目を合わせ、小さく肩を竦める。
『あれは酷かったよね』と共感し合うかのように。

 わ、私が眠っている間にそんなことが……。

 頭に装着されたままのゲーム装置へ触れ、私はホッと息を吐き出す。
『ヴィエラさんとラルカさんに感謝だな』と考える中、徳正さんとシムナさんは

「ちょっと~!それは言わないお約束でしょ~!」

「ラミエルには、知られたくないんだけどー!」

 と、抗議の声を上げていた。
『本気じゃなかったんだって!』と弁解する二人は、ヴィエラさんとラルカさんに食ってかかる。
が、あっさり論破されて終了。
ガクリと肩を落とす二人を前に、思わず苦笑を漏らすと────不意に扉をノックされた。

「あ、あああああああ、あの!入ってもいいですか!ら、ラミエルさんが起きたって聞いてそれで……!」

 聞き覚えのある声と口調に、私はスッと目を細める。
『彼女も会いに来てくれたんだな』と、嬉しく思いながら。

「どうぞ」

「し、しししししし、失礼しましゅ!」

 若干声を上擦らせながら返事し、彼女は病室の扉を開けた。
かと思えば、素早く中へ入り、扉を閉める。
『意外と俊敏』と感心する私を前に、彼女はピンッと背筋を伸ばし、

「あ、あああああああ、アラクネです!ラミエルさん、初めまして!」

 と、丁寧に自己紹介してくれた。
ペコッと頭を下げる彼女は、『勝手にお邪魔してすみません!』と謝る。
後ろで結い上げた黒髪を揺らしながら。
現実世界リアルでは、一つ縛りなのか』と思いつつ、私はニッコリと微笑んだ。

「初めまして、アラクネさん。お見舞いに来てくれて、嬉しいです。なので、どうか謝らないでください」

 驚きこそしたものの、特に不満は感じなかった。
むしろ、起きて早々みんなの無事を確認出来て嬉しいくらいである。
現実世界リアルでの連絡手段はなかったから』と肩を竦め、私はメガネ越しに見える黒い瞳を見つめた。
『ぴぎゃっ……!?』と変な声を上げて俯くアラクネさんの前で、私は思わず笑ってしまう。
なんだか、いつも通りすぎて。

 ホッとするなぁ、この感じ。

 などと思いながら、私はふと顔を上げる。

「ところで、あの……リーダーもこちらにいらっしゃって……」

「────呼んだか?」

 『いらっしゃっていますか?』という言葉に被せて、発言したのは窓際に居た男性。
ずっとここに居たのか、本片手にこちらを振り返った。
その際、サラリと銀髪が揺れる。

 り、りりりりりり、リーダー!?そんなところに居たの!?
ずっと扉の方しか見てなくて、気づかなかったんだけど……!?

「い、居るなら声を掛けてください……凄くビックリしました」

「それは悪かったな」

 『今度から一声掛ける』と言い、リーダーは本を閉じた。
独特な虹彩を持つ瞳をこちらに向け、おもむろに丸椅子から立ち上がる。

「あと、もう一つ謝ることがある」

 そう言ってリーダーはベッドの傍まで来ると、目線を合わせるように腰を折った。
かと思えば、深々と頭を下げる。

「ラミエルの無事を確認しようと思って、個人情報を勝手に調べた。すまない」

 ネット上では、確実に敬遠される個人情報の特定。
それをしてしまったことについて、リーダーはきちんとお詫びしてくれた。

「当然、慰謝料は支払う。不安であれば、引っ越ししてもらっても構わない。その費用はこちらで負担する」

 『捜査資料はきちんと破棄するつもりだが』と補足しつつ、リーダーは損害賠償を申し出た。
この対応に徳正さん達がハッと息を呑む中、私は小さく首を横に振る。

「いえ、謝罪や慰謝料は必要ありません。今回は緊急事態だった訳ですし。それにこうして、皆さんの無事を早く確認出来て私も安心しました」

 リーダーが情報を悪用するとも思っていないため、私は彼の申し出を辞退した。
『きちんと破棄さえしてくれればいい』と主張し、頭を上げるよう促す。
『分かった』と言って姿勢を正す彼の前で、私はホッと胸を撫で下ろした。

「それにしても、よく調べられましたね?徳正さんの話からして、目覚めてからあまり時間は経っていない筈なのに」

 『相当腕のいい興信所でも雇ったのか』と首を傾げ、私は半ば感心する。
だって、顔も住所も電話番号も分からない相手を探すのは誰がどう考えても難易度高いから。
至難の業とも言える。

「あぁ……実は俺、大企業の息子でな。そこら辺、融通が効くんだ」

「そーそー!僕が問題なく、外に出れたのもボスのおかげー!」

 精神病院に閉じ込められていたことを話に出し、シムナさんは『マジでボスさまさまって感じ!』と零す。
すっかり興奮している様子の彼を前に、私は一人納得した。

 全国各地に散らばっていた私達『虐殺の紅月』が、こうして顔を合わせられたのはリーダーのおかげか。
何の企業の息子かは分からないけど、本当に凄いな。
これなら、どんな人物も探し当てられそう……って、ちょっと待って!?
リーダーなら、もしかしてリアムさん達のことも!

「リーダー、一つお願いがあります!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼女をイケメンに取られた俺が異世界帰り

あおアンドあお
ファンタジー
俺...光野朔夜(こうのさくや)には、大好きな彼女がいた。 しかし親の都合で遠くへと転校してしまった。 だが今は遠くの人と通信が出来る手段は多々ある。 その通信手段を使い、彼女と毎日連絡を取り合っていた。 ―――そんな恋愛関係が続くこと、数ヶ月。 いつものように朝食を食べていると、母が母友から聞いたという話を 俺に教えてきた。 ―――それは俺の彼女...海川恵美(うみかわめぐみ)の浮気情報だった。 「――――は!?」 俺は思わず、嘘だろうという声が口から洩れてしまう。 あいつが浮気してをいたなんて信じたくなかった。 だが残念ながら、母友の集まりで流れる情報はガセがない事で 有名だった。 恵美の浮気にショックを受けた俺は、未練が残らないようにと、 あいつとの連絡手段の全て絶ち切った。 恵美の浮気を聞かされ、一体どれだけの月日が流れただろうか? 時が経てば、少しずつあいつの事を忘れていくものだと思っていた。 ―――だが、現実は厳しかった。 幾ら時が過ぎろうとも、未だに恵美の裏切りを忘れる事なんて 出来ずにいた。 ......そんな日々が幾ばくか過ぎ去った、とある日。 ―――――俺はトラックに跳ねられてしまった。 今度こそ良い人生を願いつつ、薄れゆく意識と共にまぶたを閉じていく。 ......が、その瞬間、 突如と聞こえてくる大きな声にて、俺の消え入った意識は無理やり 引き戻されてしまう。 俺は目を開け、声の聞こえた方向を見ると、そこには美しい女性が 立っていた。 その女性にここはどこだと訊ねてみると、ニコッとした微笑みで こう告げてくる。 ―――ここは天国に近い場所、天界です。 そしてその女性は俺の顔を見て、続け様にこう言った。 ―――ようこそ、天界に勇者様。 ...と。 どうやら俺は、この女性...女神メリアーナの管轄する異世界に蔓延る 魔族の王、魔王を打ち倒す勇者として選ばれたらしい。 んなもん、無理無理と最初は断った。 だが、俺はふと考える。 「勇者となって使命に没頭すれば、恵美の事を忘れられるのでは!?」 そう思った俺は、女神様の嘆願を快く受諾する。 こうして俺は魔王の討伐の為、異世界へと旅立って行く。 ―――それから、五年と数ヶ月後が流れた。 幾度の艱難辛苦を乗り越えた俺は、女神様の願いであった魔王の討伐に 見事成功し、女神様からの恩恵...『勇者』の力を保持したまま元の世界へと 帰還するのだった。 ※小説家になろう様とツギクル様でも掲載中です。

Sランクパーティから追放された俺、勇者の力に目覚めて最強になる。

石八
ファンタジー
 主人公のレンは、冒険者ギルドの中で最高ランクであるSランクパーティのメンバーであった。しかしある日突然、パーティリーダーであるギリュウという男に「いきなりで悪いが、レンにはこのパーティから抜けてもらう」と告げられ、パーティを脱退させられてしまう。怒りを覚えたレンはそのギルドを脱退し、別のギルドでまた1から冒険者稼業を始める。そしてそこで最強の《勇者》というスキルが開花し、ギリュウ達を見返すため、己を鍛えるため、レンの冒険譚が始まるのであった。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

【R18】異世界転生したら投獄されたけど美少女を絶頂テイムしてハーレム作って無双!最強勇者に!国に戻れとかもう遅いこのまま俺は魔王になる!

金国佐門
ファンタジー
 憧れのマドンナを守るために車にひかれて死んだ主人公天原翔は異世界召喚に巻き添こまれて転生した。  神っぽいサムシングはお詫びとして好きなスキルをくれると言う。  未使用のまま終わってしまった愚息で無双できるよう不死身でエロスな能力を得た翔だが。 「なんと破廉恥な!」  鑑定の結果、クソの役にも立たない上に女性に害が出かねないと王の命令により幽閉されてしまった。  だが幽閉先に何も知らずに男勝りのお転婆ボクっ娘女騎士がやってきて……。  魅力Sランク性的魅了Sクラス性技Sクラスによる攻めで哀れ連続アクメに堕ちる女騎士。  性行為時スキル奪取の能力で騎士のスキルを手に入れた翔は壁を破壊して空へと去っていくのだった。  そして様々な美少女を喰らい(性的な意味で)勇者となった翔の元に王から「戻ってきて力を貸してくれと」懇願の手紙が。  今更言われてももう遅い。知らんがな!  このままもらった領土広げてって――。 「俺、魔王になりまーす」  喰えば喰うほどに強くなる!(性的な意味で) 強くなりたくば喰らえッッ!! *:性的な意味で。  美少女達を連続絶頂テイムしてレベルアップ!  どんどん強くなっていく主人公! 無双! 最強!  どんどん増えていく美少女ヒロインたち。 エロス! アダルト!  R18なシーンあり!  男のロマンと売れ筋爆盛りでお贈りするノンストレスご都合主義ライトファンタジー英雄譚!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

パーティーを追放されるどころか殺されかけたので、俺はあらゆる物をスキルに変える能力でやり返す

名無し
ファンタジー
 パーティー内で逆境に立たされていたセクトは、固有能力取得による逆転劇を信じていたが、信頼していた仲間に裏切られた上に崖から突き落とされてしまう。近隣で活動していたパーティーのおかげで奇跡的に一命をとりとめたセクトは、かつての仲間たちへの復讐とともに、助けてくれた者たちへの恩返しを誓うのだった。

パーティーから追放され婚約者を寝取られ家から勘当、の三拍子揃った元貴族は、いずれ竜をも倒す大英雄へ ~もはやマイナスからの成り上がり英雄譚~

一条おかゆ
ファンタジー
貴族の青年、イオは冒険者パーティーの中衛。 彼はレベルの低さゆえにパーティーを追放され、さらに婚約者を寝取られ、家からも追放されてしまう。 全てを失って悲しみに打ちひしがれるイオだったが、騎士学校時代の同級生、ベガに拾われる。 「──イオを勧誘しにきたんだ」 ベガと二人で新たなパーティーを組んだイオ。 ダンジョンへと向かい、そこで自身の本当の才能──『対人能力』に気が付いた。 そして心機一転。 「前よりも強いパーティーを作って、前よりも良い婚約者を貰って、前よりも格の高い家の者となる」 今までの全てを見返すことを目標に、彼は成り上がることを決意する。 これは、そんな英雄譚。

処理中です...