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第六章

第275話『第四十一階層』

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 ボスフロアで最後の休憩を挟み、徳正さんの機嫌も直ったところで────私達は第四十一階層へと降り立った。
ノースダンジョン攻略も佳境へ差し掛かり、私達は改めて気を引き締める。
逸る気持ちを必死に押さえながら、私はゲーム内ディスプレイに視線を落とした。

「第四十一階層の魔物モンスターは────カマイタチです。風属性の魔物モンスターで、風の刃や長い爪で攻撃してきます。また、カマイタチには『同化』という特殊スキルがあり、空気に溶け込むことができるみたいです。簡単に言うと、透明化のようなものですね。なので、奇襲には充分お気をつけください」

 更新情報を読み上げ、私はパーティーメンバーに注意を促した。
『了解!』と返事する仲間達を他所に、第四十一階層の守り主であるカマイタチは奇妙な鳴き声を上げる。
カワウソに似た姿をしている奴は前足の代わりに、鎌のように鋭い爪を生やしていた。
カンカンッと両爪をぶつけ合い、威嚇する姿はまるで野良猫のようである。

 顔はカワウソみたいで可愛いのに、前足は物騒でしかないな……。あの鎌……じゃなくて、爪で切られたら凄く痛そう。

 鎌そのものと言っても過言ではない前足に、私は頬を引き攣らせる。
『急所に刺さったら、一溜りもなさそうだ』と警戒する中─────カマイタチは一斉に特殊スキルを発動した。
ブワァッと蒸発するように姿をくらました奴らは、本当に空気と同化する。
『透明』なんて言葉では物足りないほど、完璧に姿を隠してしまった。

 公式の情報で『同化』の詳細は知っていたけど、まさかここまでとは……。これじゃあ、本当にどこに居るか分からない。

「徳正さん、気配探知でカマイタチの居場所を割り出すことは出来ますか?」

 隣に立つ黒衣の忍びを見上げ、私は『居場所の特定は可能か』と尋ねる。
奇襲攻撃を警戒する私の横で、徳正さんは僅かに眉を顰めた。

「ごめん。今回はちょっと難しいかも~。大体の居場所は分かるけど、空気と同化しているせいか、気配を感じづらいんだよね~」

 申し訳なさそうな表情を浮かべる徳正さんは珍しく、本気で周囲を警戒している。
いつでも応戦できるよう、愛刀に手をかけ、視線をさまよわせた。

 徳正さんの探知能力でも、カマイタチの居場所を割り出すことは不可能か……。まあ、無理もないか。カマイタチの特殊スキルはあくまでも『同化』だから。透明化でも、幻影でもない。本質そのものをねじ曲げるスキルだから、本物の空気とカマイタチを区別するのは至難の業だった。

 『厄介なスキルだな』と思案する私は万が一に備えて、短剣と毒針を手に持つ。
他のメンバーも結界を張ったり、武器を構えたりと防御体制に入った。

「私とアラクネちゃんは結界の中に籠るわ。前衛はお願いね?私達はサポートに回るから」

「ああ、分かった」

 ヴィエラさんの指示に二つ返事で頷くリーダーは、大剣に手をかけた。
刹那────四方八方から、風の刃が放たれる。
蜂の巣と呼ぶべき攻撃は回避不可能なものだった。

 カマイタチたちは、私達を一網打尽にするつもりみたい。でも、残念────。

「────私達には通用しませんよ、こんな攻撃」

 迫り来る風の刃を前に、私はただ冷静にそう言い放った。
怪我の心配すらしない私の前で、徳正さん達は素早く抜刀する。かと思えば、目にも止まらぬ速さで風の刃を叩き落とした。
100近くあった風の刃はあっという間に掻き消され、消滅する。
予想通りの展開に苦笑しながら、私は肩を竦めた。

「それにしても、驚きましたね。同化中でも魔法を使えるとは……」

 空気に溶け込んでいる間は、何も出来ないと思ったんだけどな……同化中は良くも悪くも空気・・だから。攻撃はおろか、私達に触れることさえ出来ない……と思っていたんだけど、それは思い違いだったみたい。魔法やスキルの使用はできるようだ。まあ、物理攻撃は難しいみたいだけど。もし、出来るなら、こっそり私達の背後に回って刺し殺しているだろうし。

 カマイタチの能力を冷静に分析する私は、『ふむ……』と一人考え込む。
思ったより、難易度の高いカマイタチ討伐に思考を巡らせる中、男性陣は率先して動き出した。

「確かに同化中でも魔法を使えるのは厄介だけど、俺っち的にはラッキーだったかも~。だって────敵の居場所が丸分かりじゃん♪自己申告、ありがと~って感じ?」

 意地の悪い笑みを浮かべる徳正さんは、懐から取り出した手裏剣で離れた場所を攻撃する。
『どこに投げているの?』と言いたくなるほど、デタラメな場所へ飛んでいく手裏剣は毎回地面に落ちていった。

 同化中のカマイタチはあくまでも空気だから、攻撃しても意味がないのでは……?

 と、疑問に思う中────突然、血だらけのカマイタチが三体ほど現れる。
『キィィィイイ!』と悲鳴を上げる奴らはところ構わず、前足を振り回した。
半狂乱になる三体のカマイタチを、徳正さんは慣れた様子で斬り捨てる。光の粒子と化す奴らを前に、私は唖然とした。

 嘘……?どうして……?空気に同化したカマイタチは、攻撃できない筈なのに……って、ちょっと待てよ?確かにカマイタチは空気で、触れることさえ出来ないけど────本体に干渉することは出来るんじゃない?

 仮にカマイタチを煙としよう。煙は触れることも掴むことも出来ないけど、形を歪めることは出来る。気体であるが故に柔らかく、繊細だから。
それを踏まえた上で、先程の手裏剣攻撃を思い返してみよう。あれに当たった……いや、貫通した場合、カマイタチけむりは原型を留めることが出来るだろうか?答えは否だ。本当に空気と同化しているなら、カマイタチの体はぐちゃぐちゃになるだろう。
じゃあ、その状態でスキルを解除したら、どうなる?答えは簡単────先程のように血だらけになる、だ。

 一つの結論に行き着いた私は、『なかなか、リスクの高いスキルだな』と苦笑する。
同化の思わぬ弊害に思いを馳せ、カマイタチに少しだけ同情した。

 姿を歪められたあの三体は動揺するあまり、スキルを解除してしまったのだろう。中層魔物モンスター程度の知能指数では、『同化したまま、様子を見る』なんて考えは思い浮かばなかっただろうし。

 『なるほど』と一人納得する私は、僅かに肩の力を抜いた。
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