上 下
268 / 315
第六章

第267話『嫌な自分』

しおりを挟む
「────だから、私は皆の思い描く私じゃなきゃダメなの!そうじゃなきゃ、存在している価値がない……誰も私を見てくれない……」

 勢いに任せて、過去を暴露した私はポロポロと大粒の涙を零す。
ギュッと強く徳正さんの手を握り締め、縋るような……でも、鋭い眼差しで彼を射抜いた。
こんなのただの八つ当たりに過ぎないと理解しながらも、止められない……自分の生き方や過去に彼は関係ないと言うのに。

 ────本当の私がこんなに嫌な女だったなんて、知らなかった……。

「お願いだから、私のことに口出ししないで!私を否定しないで……!もう放っておいてよ!」

 嫌な自分と、理不尽な現実と、切実すぎる徳正さんの願いと向き合うのが怖くて、私は彼の手を投げ捨てるように離した。
全てから目を背けるように身を翻し、両耳に手を押し付ける。もう何も聞きたくないとでも言うように……。

 徳正さんが心の底から私を心配し、歪んだ考え方を正そうとしてくれているのは分かっている。でも、もう遅いの……私は義母の呪縛から逃れられない。どんな正論を説かれても、どんな綺麗事を並べられても、私は『普通』になれないの。だから、もう突き放して欲しい……見放して欲しい。『こんな女、どうでもいい』と吐き捨てて欲しい。
────今なら、まだ傷つかずに済むから。

「これ以上、私を追い詰めないで……!」

 最初から最後まで自分のことしか考えていない私は何とか自分を守ろうと必死だった。
悲劇のヒロイン気取りで、相手の気持ちも考えずに本音をぶちまける。まさに最低だ。
でも、過去の呪縛と向き合いたいと思えるほど、私は強くなかった。

 ここまで言えば、きっと徳正さんも諦めてくれるだろう。
『なんだ、この身勝手な女は』と呆れ、私のことを見捨ててくれる筈……なのに────何で私は悲しんでいるんだろう?まさか、期待しているの?あれだけ自分勝手に喚き散らしたと言うのに?徳正さんの言葉を全て跳ね返したくせに?

「ははっ……馬鹿みたい」

 独り言のようにボソッと呟く私は『面倒臭い女だな』と自嘲する。
嫌な自分から逃げたくて、本当の自分を隠したくて、理想の自分になりたくて……私はそっと目を閉じた。
うっかり出て来てしまった“本当の自分”をナイフで刺し、罵り、頑丈な檻の中へ放り込む。

 そう、今までのように心の奥に押し込めてしまえばいい。本当の自分なんて────必要ないんだから。

「────ラーちゃん、俺の話はまだ終わっていないよ」

「!!?」

 両耳に押し当てた手を後ろから無理やり剥ぎ取られ、私は反射的に目を開けた。
柔らかい声に釣られるように後ろを振り返ると、漆黒の瞳とバッチリ目が合う。
真っ直ぐにこちらを見つめる徳正さんはいつになく真剣で、優しさは微塵も感じられなかった。

「べ、別に話すことなんて……」

「あるよ。俺にはある。だから、聞いて欲しい」

 食い気味にそう答えた徳正さんは私の肩を掴むと、そのままクルリと体を回した。
半ば無理やり体の向きを変えられた私は不本意ながら、徳正さんと向かい合う。
いつもより強引な徳正さんの態度に困惑していると、彼は私の頬に手を添えた。

「まずは謝罪させてほしい。ラーちゃんの気持ちを考えずに勝手なことを言って、ごめん。ラーちゃんの生き方を否定するつもりはなかったんだ。それから、辛い過去を打ち明けてくれて、ありがとう」

 驚くほど優しい声で言葉を紡ぐ徳正さんは、自分勝手な私を突き放すどころか、ただ優しく受け止めてくれた。
僅かに目を見開く私は陽だまりのように温かい彼の眼差しに、魅入られる。

「様々な経験を通して、見出したラーちゃんの生き方を否定はしない。間違っていると非難するつもりもない。相手の理想に近づこうとするのは決して悪いことじゃないからね。俺っちだって、好きな子のタイプに近づこうと努力したりするし!でも────」

 そこで言葉を切ると、徳正さんは縋るように……そして、悲しそうに微笑んだ。

「────自己犠牲が当たり前だとは、思わないでほしい」

 少し掠れた声でそう懇願する徳正さんはセレンディバイトの瞳をじわりと濡らす。
切実すぎる彼の願いに、私は直ぐに『嫌だ』と拒絶することが出来なかった。
喉に何か詰まったように声が出ず、キュッと唇を引き結ぶ。

「あのね……さっきも言った通り、ラーちゃんの生き方を否定するつもりはないんだ。でも、やっぱり、これだけは譲れなくて……!俺っちは……俺はラーちゃんのことが本当に大好きだから、傷ついて欲しくない!誰かの肉壁なんかにならないで!ちゃんと自分のことを大切にして!」

 真っ直ぐに想いをぶつけてくる徳正さんは、伝え切れないほどの愛を必死に訴えてくる。
あまりにも純粋で、重すぎる愛は私の心をこれでもかってくらい揺さぶった。
もし、『好き』に質量があるのなら、私は今頃徳正さんの好意に押し潰されているだろう。それくらい、彼の想いは大きかった。

「ラーちゃんの全てを受け入れたいけど、自己犠牲だけはどうしても認められない……!許容出来ない!」

「徳正さん……」

「お願いだよ、ラーちゃん────好きな子に縋ることしか出来ない女々しい男の願いを叶えてくれ!」

 コツンッと、おでこをくっつける徳正さんは一筋の涙を流した。
こんなにも一生懸命に私を想い、身を案じてくれるのは恐らく彼だけだろう。そう分かっているからこそ、突き放すことなど出来なかった。

「……徳正さん、一つお聞きしたいことがあります」

 大分落ち着きを取り戻した私は普段通りの口調と態度で、徳正さんに話し掛ける。

 別に話題を変えたくて、質問した訳じゃない。ただ、徳正さんの願いに答える前にどうしても聞いておきたいことがあった。

 僅かに眉尻を下げる私は涙で濡れた彼の頬にスルリと手を滑らせる。
肌越しに伝わってくる彼の体温に目を細め、私は意を決して口を開いた。

「徳正さんは─────本当に・・・私のことを愛していますか?」

 失礼なことだと分かっていながら、私は徳正さんの気持ちを試すような質問を投げ掛ける。
言葉や態度であれだけ『好きだ』と伝えられたのに、まだ安心出来なかった。
別に彼の気持ちを疑っている訳では無い。ただ、どんな私でも好きでいてくれる確証が欲しかった。

 ズルい女でごめんなさい。でも、お願いします。臆病な私に変わるための勇気をください。

「過去の話を聞いた今でも、本気で私を愛していますか?同情で『愛している』と言っているだけじゃないですか?汚い本音にまみれた本当の私を……徳正さんは愛してくれるんですか?貴方が好きなのは────皆の理想を演じる“ラミエル”じゃないんですか?」

 『失礼』なんて言葉じゃ収まりきらないほどの問いを、私は次々と投げ掛けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼女をイケメンに取られた俺が異世界帰り

あおアンドあお
ファンタジー
俺...光野朔夜(こうのさくや)には、大好きな彼女がいた。 しかし親の都合で遠くへと転校してしまった。 だが今は遠くの人と通信が出来る手段は多々ある。 その通信手段を使い、彼女と毎日連絡を取り合っていた。 ―――そんな恋愛関係が続くこと、数ヶ月。 いつものように朝食を食べていると、母が母友から聞いたという話を 俺に教えてきた。 ―――それは俺の彼女...海川恵美(うみかわめぐみ)の浮気情報だった。 「――――は!?」 俺は思わず、嘘だろうという声が口から洩れてしまう。 あいつが浮気してをいたなんて信じたくなかった。 だが残念ながら、母友の集まりで流れる情報はガセがない事で 有名だった。 恵美の浮気にショックを受けた俺は、未練が残らないようにと、 あいつとの連絡手段の全て絶ち切った。 恵美の浮気を聞かされ、一体どれだけの月日が流れただろうか? 時が経てば、少しずつあいつの事を忘れていくものだと思っていた。 ―――だが、現実は厳しかった。 幾ら時が過ぎろうとも、未だに恵美の裏切りを忘れる事なんて 出来ずにいた。 ......そんな日々が幾ばくか過ぎ去った、とある日。 ―――――俺はトラックに跳ねられてしまった。 今度こそ良い人生を願いつつ、薄れゆく意識と共にまぶたを閉じていく。 ......が、その瞬間、 突如と聞こえてくる大きな声にて、俺の消え入った意識は無理やり 引き戻されてしまう。 俺は目を開け、声の聞こえた方向を見ると、そこには美しい女性が 立っていた。 その女性にここはどこだと訊ねてみると、ニコッとした微笑みで こう告げてくる。 ―――ここは天国に近い場所、天界です。 そしてその女性は俺の顔を見て、続け様にこう言った。 ―――ようこそ、天界に勇者様。 ...と。 どうやら俺は、この女性...女神メリアーナの管轄する異世界に蔓延る 魔族の王、魔王を打ち倒す勇者として選ばれたらしい。 んなもん、無理無理と最初は断った。 だが、俺はふと考える。 「勇者となって使命に没頭すれば、恵美の事を忘れられるのでは!?」 そう思った俺は、女神様の嘆願を快く受諾する。 こうして俺は魔王の討伐の為、異世界へと旅立って行く。 ―――それから、五年と数ヶ月後が流れた。 幾度の艱難辛苦を乗り越えた俺は、女神様の願いであった魔王の討伐に 見事成功し、女神様からの恩恵...『勇者』の力を保持したまま元の世界へと 帰還するのだった。 ※小説家になろう様とツギクル様でも掲載中です。

Sランクパーティから追放された俺、勇者の力に目覚めて最強になる。

石八
ファンタジー
 主人公のレンは、冒険者ギルドの中で最高ランクであるSランクパーティのメンバーであった。しかしある日突然、パーティリーダーであるギリュウという男に「いきなりで悪いが、レンにはこのパーティから抜けてもらう」と告げられ、パーティを脱退させられてしまう。怒りを覚えたレンはそのギルドを脱退し、別のギルドでまた1から冒険者稼業を始める。そしてそこで最強の《勇者》というスキルが開花し、ギリュウ達を見返すため、己を鍛えるため、レンの冒険譚が始まるのであった。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

【R18】異世界転生したら投獄されたけど美少女を絶頂テイムしてハーレム作って無双!最強勇者に!国に戻れとかもう遅いこのまま俺は魔王になる!

金国佐門
ファンタジー
 憧れのマドンナを守るために車にひかれて死んだ主人公天原翔は異世界召喚に巻き添こまれて転生した。  神っぽいサムシングはお詫びとして好きなスキルをくれると言う。  未使用のまま終わってしまった愚息で無双できるよう不死身でエロスな能力を得た翔だが。 「なんと破廉恥な!」  鑑定の結果、クソの役にも立たない上に女性に害が出かねないと王の命令により幽閉されてしまった。  だが幽閉先に何も知らずに男勝りのお転婆ボクっ娘女騎士がやってきて……。  魅力Sランク性的魅了Sクラス性技Sクラスによる攻めで哀れ連続アクメに堕ちる女騎士。  性行為時スキル奪取の能力で騎士のスキルを手に入れた翔は壁を破壊して空へと去っていくのだった。  そして様々な美少女を喰らい(性的な意味で)勇者となった翔の元に王から「戻ってきて力を貸してくれと」懇願の手紙が。  今更言われてももう遅い。知らんがな!  このままもらった領土広げてって――。 「俺、魔王になりまーす」  喰えば喰うほどに強くなる!(性的な意味で) 強くなりたくば喰らえッッ!! *:性的な意味で。  美少女達を連続絶頂テイムしてレベルアップ!  どんどん強くなっていく主人公! 無双! 最強!  どんどん増えていく美少女ヒロインたち。 エロス! アダルト!  R18なシーンあり!  男のロマンと売れ筋爆盛りでお贈りするノンストレスご都合主義ライトファンタジー英雄譚!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

パーティーを追放されるどころか殺されかけたので、俺はあらゆる物をスキルに変える能力でやり返す

名無し
ファンタジー
 パーティー内で逆境に立たされていたセクトは、固有能力取得による逆転劇を信じていたが、信頼していた仲間に裏切られた上に崖から突き落とされてしまう。近隣で活動していたパーティーのおかげで奇跡的に一命をとりとめたセクトは、かつての仲間たちへの復讐とともに、助けてくれた者たちへの恩返しを誓うのだった。

パーティーから追放され婚約者を寝取られ家から勘当、の三拍子揃った元貴族は、いずれ竜をも倒す大英雄へ ~もはやマイナスからの成り上がり英雄譚~

一条おかゆ
ファンタジー
貴族の青年、イオは冒険者パーティーの中衛。 彼はレベルの低さゆえにパーティーを追放され、さらに婚約者を寝取られ、家からも追放されてしまう。 全てを失って悲しみに打ちひしがれるイオだったが、騎士学校時代の同級生、ベガに拾われる。 「──イオを勧誘しにきたんだ」 ベガと二人で新たなパーティーを組んだイオ。 ダンジョンへと向かい、そこで自身の本当の才能──『対人能力』に気が付いた。 そして心機一転。 「前よりも強いパーティーを作って、前よりも良い婚約者を貰って、前よりも格の高い家の者となる」 今までの全てを見返すことを目標に、彼は成り上がることを決意する。 これは、そんな英雄譚。

処理中です...