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第六章

第262話『苦戦』

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「っ……!!」

 声にならない悲鳴を上げる私は額に脂汗を浮かべ、『痛い』の一言を噛み殺す。
酷い火傷を負った右腕は目も当てられないほど、焼け爛れていた。
肉の焼ける臭いと指先に残る痺れ、それから空気に触れるだけで痛む傷……何もかもが最悪だった。

 右腕にちょっと当たっただけでかなりHPを削られた……その上、めちゃくちゃ痛い。でも────回復師ヒーラーである私には関係ない。即死でなければ、何度も立ち上がることが出来るのだから。

「《パーフェクトヒール》」

 ただ一言そう唱えれば、私の右腕は柔らかい光に包まれ────一瞬にして、傷が癒えた。感電による痺れも消えており、完全回復している。
右手を開いたり、閉じたりして状態を確かめる私はチラリと天井を見上げた。

「私を殺したいなら、確実に一撃で仕留めるしかありませんよ。いい加減、降りてきたらどうですか?」

 言葉の通じない相手に何を言っても、ただの独り言と変わらないが、私は敢えて話し掛けた。
余裕をひけらかすようにニッコリ微笑み、アイテムボックスから毒針を取り出す。
指と指の間に針を挟む私はわざとゆっくり作業を進めた。

 窮奇に『こいつとは空中戦をしても意味が無い』と思わせないと……さすがにこのまま戦うのは無理がある。空中戦は完全にあっちの方が有利だから。飛行手段を持たない私では、どう頑張っても太刀打ち出来ない。さっきのような連続攻撃を仕掛けられたら、一巻の終わりだ。

 不安と恐怖でいっぱいになりながら、私は笑顔で本心を覆い隠す。
窮奇を全力で騙しに掛かる私に、奴はグルルルと低く唸った。視線を右往左往させる窮奇は迷うような素振りを見せるものの……結局、地上へ降りてくる。
力強い視線から警戒心をヒシヒシと感じながら、私は毒針と短剣をギュッと握りしめた。

 とりあえず、誘導には成功した。あとは空中戦が苦手だとバレないように戦うだけ……。何としてでも窮奇を騙し抜かなくては。

 今にも死にそうな表情筋を動かし、必死に口角を上げる私は一歩前へ踏み出す。
『攻撃は最大の防御なり』という言葉に習い、私は手に持つ毒針を全て窮奇に投げつけた。
迫ってくる四本の針を前に、窮奇は素早い動きで横へ避ける。
そして、『お返しだ』と言わんばかりに天井から一閃の雷を落とした。
脳天目掛けて降ってくる雷に、私はクッと眉を顰めながら、後ろへ飛び退く。
その直後、ドゴォォォォンと地響きのような音が鳴り、私の目の前に雷が落ちた。

 地上でも雷は使えるって訳か……でも、さっきのように連続で使うことはなかった。ということは、ついにMP切れになったのか?

 冷静に相手の強さを分析する私は黒焦げになった床を一瞥し、短剣を両手で構えた。
刹那────両腕に強い衝撃が走り、私は後ろへ吹っ飛ばされる。静電気による痺れで、上手く体を動かせない私はそのまま壁へ打ち付けられた。

「っ……!!」

「ら、ラミエルさん……!」

「私なら、大丈夫です……!アラクネさんは自分の役割に集中してください!」

 悲鳴にも似た声を上げるおさげの少女に、私は半ば怒鳴りつけるように指示を飛ばす。
壁に埋まった自身の体を起こし、床に落ちた短剣を拾った。

 さっきより、窮奇の突進スピードが上がっていた……翼をプロペラ代わりにして、推進力を上げたせいかな?だとしたら、あの翼は相当厄介だ。出来れば、さっさとへし折ってしまいたい……。

 『空が飛べるだけでも充分厄介なのに』と心の中で呟く私は治癒魔法で傷を癒した。
心配そうにこちらを見つめるアラクネさんに小さく笑い掛け、平気だとアピールする。
正直もうそろそろ限界だが、まだ倒れる訳にはいかなかった。

「さあ、どんどん行きますよ」

 グッと短剣を握り締める私は尻込みする自分に喝を入れ、自ら窮奇の元へ突っ込んでいく。
今の私を突き動かしているのは『アラクネさんを助けなきゃ』という使命感と責任感だけだった。
窮奇の目の前に飛び出した私は静電気のことなど忘れて、奴の顔面に斬りかかる。だが、そう易々と攻撃を受けるほど窮奇は甘くなく……前足であっさり受け止められてしまった。短剣越しに流れ込んでくる静電気に眉を顰めつつ、私は一旦武器を手離す。

 力勝負じゃどうしても勝てないから、引くところはしっかり引く。そして、引いた上で────ぶん殴る!

 軽やかなステップを踏んで窮奇の右側に回った私はグッと拳を握り締めた。
僅かに目を見開く窮奇に『油断するからですよ』と語り掛け、奴の顔を思い切りぶん殴る。
ゴンッと鈍い音が響き、窮奇の頬に拳が当たるものの……大してダメージは与えられなかった。逆に私の方がダメージを受ける始末である。

 回復師ヒーラーの私に肉弾戦はやっぱり、無理だったか。武器がないと、ここまで戦えないとはね……我ながら、情けない。

 血の滲んだ手の甲と体に残る痺れに苦笑しつつ、私は窮奇から距離を取った。
グルルルと低く唸る奴はダメージこそ微々たるものだが、私に一発当てられたことに危機感を抱いているらしい。さっきより、敵意が増したような気がする。あくまで感覚的なものだから、『絶対』とは言い切れないが……。

 それにしても、短剣を手離したのは痛いな……やっぱり、あのまま持っておくべきだったかな?でも、あそこで落とさなかったら、力勝負になっていたし……また吹き飛ばされたりしたら、堪ったものじゃない。

 『予備の武器を持って来るんだった』と少しだけ後悔する私とりあえず、アイテムボックスから毒針を取り出した。
明らかに前線向きじゃない武器を握り締め、どう戦うべきかと頭を悩ませる。
『さすがに窮奇の突進を受け止めるのは無理だよな……』と絶望していれば────不意に後ろから、声を掛けられた。

「ら、らららららら、ラミエルさん!大変お待たせしました!─────指示通りの罠が完成したので、こちらへ窮奇を誘導してください!」

 少し上擦った声に釣られるまま、私はバッと後ろを振り返る。
すると、そこには────こちらに大きく手を振るアラクネさんの姿があった。が、肝心の罠はどこにも見当たらない。

 きっと、窮奇にバレないよう隠したのだろう。そもそも、罠の材料である蜘蛛糸はワイヤーみたいに細いから、目を凝らさないとよく見えない。だけど、仲間の私にも見えないのは不安だな……間違って、罠を発動させたりしたら、一巻の終わりだよ。

 『大丈夫かな?』と不安になる私を前に、アラクネさんはピョンピョンと小さく飛び跳ねた。

「わ、私の方へ真っ直ぐ走って来てください!そうすれば、罠は発動しません!」

「分かりました」

 安全なルートを教えてもらった私は直ぐさま身を翻し、窮奇に背中を向ける。
本来であれば、敵に背中を見せるなど有り得ない行為だが、そんなの気にしている余裕はなかった。
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