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第二章

第50話『安全地帯』

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◇◆◇◆

「す、凄い……!!水がない……!?」

「本当に“渦神カリュブディス”を討伐したんですね」

 派遣メンバーを加えて陣形を整えた私達は、第十階層のボスフロアまで来ていた。

 フロアボスの復活までのタイムラグは、二十四時間。
それまで、ボスフロアは完全な安全地帯と化す。
他フロアの魔物モンスターはプレイヤーの手によって移動させない限り、ここに現れないから。

 キラキラした目で辺りを見回す神官の女性と剣士の男性に、私は声を掛ける。

「フロアボスの復活まで、まだ時間があります。少しここで休んでいきましょう」

 彼らは長い戦いを強いられ、肉体的にも精神的にも疲れ切っている筈。
そんな状態で、一気に地上まで駆け上がるのは少し難しい。
だから、一度きちんと休んだ方がいいだろう。

 『別に先を急ぐ理由もないし』と考える中、神官の女性と剣士の男性は勢いよく頭を下げる。

「お気遣い、ありがとうございます!では、お言葉に甘えさせて頂きますね!」

「はい。念のため見張りはしておきますので、ゆっくり休んでください」

「ラミエルさん……!!この御恩は一生忘れません!!」

「そんな大袈裟な……」

 『このくらい、普通ですよ』と述べる私に、二人はブンブン首を横に振って再度お礼を言った。
そして、充分すぎるほど感謝を伝えると、壁際に身を寄せる。
よっぽど疲れているのか、崩れ落ちるようにして座り込み、目を閉じた。
どうやら、仮眠を取るつもりのようだ。

 回復には、睡眠が一番効果的だもんね。

 秒で眠った二人を見守りながら、私はアイテムボックスから毛布を二枚取り出した。
通常のものより分厚いソレを手に持って近づき、上から掛ける。

「ねぇー、君セトだっけ?寝なくていいのー?この休憩を逃したら、多分もうないよー?」

「……寝首を掻かない、と約束出来るのか?」

「さあー?それはどうだろうねー」

「……」

 適当にはぐらかすシムナさんを見て、セトは眉間に皺を寄せる。
恐らく、彼の本音……というか、純度100%の殺意を感じ取ったのだろう。
不気味なくらい笑顔のシムナさんを前に、セトは壁に寄り掛かった。
仲間の位置を確認しながら身構える彼の前で、シムナさんは皿に笑みを深める。

「僕はねー、結構ラミエルのこと好きなんだよー。馬鹿みたいに真面目で優しいところとか、凄く気に入っている。だから────散々ラミエルを苦しめておいて、謝罪一つない君が心底気に食わない。というか、嫌い。大っ嫌い!ラミエルの許しさえあれば、君を殺しているくらいには」

「……そうか」

 終始笑顔で自身の胸の内を語るシムナさんに対し、セトは相変わらずだった。
相手が格上だと分かっていながら、あの態度……正直、いくつ命があっても足りない。
『シムナさんを怒らせないでほしいんだけど……』と思案する中、セトは

「かはっ……!?」

 腹を蹴り上げられた。
それも、ほんの一瞬で。
やったのは言うまでもなく、シムナさんだ。
『やっぱり、我慢出来なかったか……』と苦笑する私の前で、シムナさんはセトの前に立つ。

「君さー、もう少し態度良くならないの?僕ら一応、君の命を救った恩人なんだけど?」

「……別に頼んでなんか……」

「何そのガキみたいな言い訳。君らがギルマスのヘスティアに助けたを求めた結果、僕らに依頼が回ってきた。直接頼んだ訳じゃないかもしれないけど、間接的に君らは僕達に助けを求めたことになる。違う?」

「そ、それは……」

 シムナさんに正論を叩き付けられ、セトは言葉を濁した。
ここでムキになってキーキー喚かないのは、シムナさんに首元を押さえ付けられているから。
『下手に動けば、殺される』と本能的に感じ取っているであろうセトの前で、シムナさんはニコニコ笑っていた。
まるで、悪魔のように。

 やばいな……これ、相当キレてる。
肌に感じる殺気と緊張感が、今までとは全然違う。
どうにかして落ち着かせたいけど……一体、どうすれば?

 迷うように視線をさまよわせる私の横で、徳正さんとラルカさんは平然としている。
シムナさんを止める気なんて、微塵もなさそうだ。
むしろ、もっとやれと言わんばかりの表情である。
彼らもシムナさんと同様、セトの態度をよく思っていないのだろう。
あと、私の過去のことも気にしているのかもしれない。シムナさんもさっき、ちょっと触れてたし……。

 私のために怒ってくれるのは嬉しいけど、別にこういうことをしてほしかった訳じゃない。
綺麗事抜きで、その気持ちだけで充分だった。

「シムナさん、そこら辺にしてあげてください」

「えー?やだよー。こいつがラミエルに謝って、態度を改めるまで痛め付ける」

 『やだやだ』と駄々っ子のように首を左右に振るシムナさんは、私の要求を突っぱねた。
全く引き下がる様子のない彼を前に、私は苦笑を漏らす。
と同時に、彼の元へ歩み寄った。

「謝罪というものは、反省してからするものです。強制させるものでは、ありません。心のこもっていない謝罪をされても、私は嬉しくありませんし。まあ、態度に関してはもう少し良くした方が良いと思いますけどね」

「……むぅー!やだやだー!それじゃあ、ラミエルが損してるみたいだもん!何で被害者のラミエルばっかり、我慢しないといけないのー!?おかしいでしょー!」

 プクッと頬を膨らませて不満を露わにするシムナさんに、私はスッと目を細めた。

 相変わらず気性は荒いけど、ちゃんと他人の痛みを思いやれる優しい人なんだな。

 『またシムナさんの新しい一面を知れた』と浮かれつつ、私は彼の頭へ手を伸ばした。
自分とさほど身長が変わらない少年の頭を撫で、頬を緩める。

「シムナさん、私のために怒ってくれてありがとうございます。でも、私は大丈夫ですから。だから、セトのことは放っておいてくれませんか?私からのお願いです」

「……ラミエルからのお願い……」

「はい!私からのお願いです!駄目ですか?」

 同じ目線にあるパパラチアサファイアの瞳を見つめ返し、コテンと首を傾げるとシムナさんは迷うような動作を見せた。
仲間からの“お願い”には、彼も弱いらしい。
しばらく視線をさまよわせた後、仕方なさそうに唇を前に突き出した。

「……分かった。ラミエルからのお願いだから、聞いてあげる。でも、こいつがラミエルに危害を加えようとしたら問答無用で斬り捨てるからねー」

「はい、それで構いません。お願いを聞いていただき、ありがとうございます」

 そう言って柔らかく微笑めば、シムナさんは少し照れたように視線を逸らした。
頬を赤く染めるシムナさんも、実に可愛らしい。
『なんだか、弟みたい』と思いつつ、私はセトに向かい合った。

「という訳だから、ゆっくり休みなよ。シムナさんは何もしないから」

「……ああ、そうさせてもらう」

 さすがに休憩なしで動くのは無理だと判断したのか、セトは素直に厚意を受け取った。
が、まだ私達のことを警戒しているらしく立ったまま目を瞑っている。
熟睡する気はないようだ。

 まあ、殺されそうになった直後に爆睡出来る方がおかしいか。
良質な睡眠とは言えないけど、一応寝てるみたいだし、良しとしよう。

 私はスヤスヤと眠る三人を一瞥し、ホッと息を吐き出す。
『これで少しは元気を取り戻せると、いいな』と願いながら。
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