上 下
36 / 315
第二章

第35話『影』

しおりを挟む
 結界解除と同時に、徳正さんの足元から真っ黒な影が飛び出した。
まるでシミのように広がっていくソレは、地面を黒く染め上げる。

『準備完了だ』

「おっけ~!んじゃ────影よ、全てを喰らい尽くせ!」

『承知した』

 詠唱ですらないただの命令に、影さんは了承の意を示す。
と同時に、私達の方へ押し寄せていた魔物モンスターの軍勢が動きを止めた。
いや────足を沈められた、と言った方がいいか……。
今まさに影に捕食されており、少しずつ取り込まれていった。
その様子は、底なし沼と少し似ている。

 苦戦していたのがアホらしく感じるほど、一瞬で片をつけちゃった。
やっぱり、徳正さんの影魔法は素晴らしいな。

『げふっ……朝食にしては、多過ぎだな』

「具体的に何匹居たの~?」

『さあな。でも、軽く五百匹は喰ったぞ。どれもあまり美味しくなかったがな』

「五百匹かぁ~。予想以上に居たね~」

 『どうりで全く身動きを取れない訳だ』と納得する徳正さんに、私はコクコクと頷く。

 蹴散らしても蹴散らしても一向に数が減らないな、とは思ってたけど……まさか五百匹も居たとは。
早い段階で影魔法を使ってもらって、正解だった。
だって、あのまま地道に戦ってたら確実に日が暮れてたもの。

「影さん、魔物モンスター討伐ありがとうございました」

『あっ、いえいえ!全然大丈夫です!また何かあれば、遠慮なく仰ってください!』

 範囲攻撃を終えた影さんは広範囲に伸ばした体を元に戻し、徳正さんの足元に収まる。
影なので表情は分からないが、声色で喜んでいるのは分かった。

「あっ!そういえば、ラルカさんとシムナさんはきちんと影さんの攻撃を躱せたでしょうか?」

「躱せたんじゃない~?二つの気配が上空にあるし~」

「でも、それにしては落下してくるの遅すぎません?ラルカさんとシムナさんって、浮遊魔法覚えてましたっけ?」

「さあ~?」

 『さあ~?』って……徳正さんは何でそんなに呑気なの?
普通、何かあると考えて心配するんじゃ……って、ん?

 何の気なしに空を眺めていると、黒い点が二つ出現した。
『なんだろう?あれ……』と思いつつ、私は目を凝らす。
だんだんと大きくなっていくソレらを見つめ、小さく首を傾げた。

 あれは……クマ?いや、クマの着ぐるみだろうか?あと、この小さい方は子供かな?
って、それ絶対ラルカさんとシムナさんだよね!?

「と、徳正さんっ!空から、ラルカさんとシムナさんが……!!」

「ん?あぁ、降ってきたんだ~」

 釣られるように視線を上げた徳正さんは、落下中の二人を見ても全く驚かない。
むしろ、当然と言わんばかりの反応だ。

 ちょっ……呑気に眺めている場合じゃないって!クッションを置くなりして、落下のダメージを抑えないと!

 『あんな高さから落ちたら、最悪死んじゃう!』と焦る私に対して、徳正さんはヘラリと笑う。

「ラーちゃん、心配しなくても大丈夫だって~。落下ダメージ程度じゃ、死なないし~」

「で、ですが……」

「そんなに心配なら、通話で聞いてみれば~?通話まだ繋がってるんでしょ~?」

 あっ!そうだ、通話!
喋らないラルカさんはさておき、シムナさんまで途中でマイクを切っていたから、すっかり忘れていた!
って、ちょっと待って……!?
それじゃあ、これまでのやり取り……というか、焦っている様子は二人に筒抜けだったってこと!?
それは普通に恥ずかしいんだけど……!

 一人相撲という言葉が脳裏を過ぎり、私は頬を紅潮させる。
『穴があったら入りたい……』と心の中で呟き、コホンッと一回咳払いした。
これ以上、醜態を晒さないためにも一旦冷静になろうと務める。

「え、えーと……お二人とも、ご無事ですか?着地の際、何かお手伝いは必要でしょうか?」

「あははははっ!!君、サイコー!やっと通話中だって、気がついたんだ?あははっ!!」

『笑うな。失礼だぞ』

「そういうラルカだって、笑っているじゃーん!肩、震えているよー?」

『……これは風の影響だ』

「ふーん?ま、そういう事にしといてあげる」

 通話マイクをオンにしたシムナさんは、落下中だというのに全く怯えた様子がない。
緊張感皆無である。
『ラルカさんもチャットを打てる程度には、余裕があるみたいだし』と思案しながら、私は声を張り上げた。

「と、とりあえず!こちらの質問に答えてください!着地の際、何か手伝うことはありませんか?」

「んー?手伝いー?そんなの必要ないよ。邪魔なだけだしー」

『落下ダメージくらい、防御力で防ぎ切れる』

「その高さだったら、普通防ぎ切れませんけどね……まあ、分かりました。手出しはしません。それと気になっていたことがあるんですが……どれくらい高く飛びました?」

 この質問に特に深い意味はない。ただ気になっただけ。
だって、二人がジャンプしてから数分は経過しているから。
そんな長時間、空中に留まっていられるなんて普通は有り得ない。そう、“普通”なら……。

「限界高度まで、飛んだよー。君の言う通り思い切りジャンプしたら、そこまで行っちゃってさー」

「いや、『行っちゃってさー』って……」

「おかげで、空にある障壁に頭をぶつけたよー!勢いよく、飛び過ぎちゃったのかなー?」

『僕も障壁に顔面を強打した』

「……」

 ラルカさんとシムナさんの会話についていけず、私は一瞬意識を飛ばしかける。
が、何とか現実に引き戻した。

 限界高度って、何!?そんな高いところまで飛べたの!?ただのジャンプで!?
しかも、二人の口振りだとまだ高く飛べたみたいに聞こえるんだけど!?
やっぱり、『虐殺の紅月』のパーティーメンバーはどこかおかしいよ!

 『ゲームバランスもクソもない!』とおののく中、ラルカさんとシムナさんはようやく着地する。
その際、ドンッという落下音が鳴り響き、地面にヒビを入れた。

「たっだいまー!いやぁ、見事に片付いたねー」

『あの範囲魔法は見事だった』

 砂埃の中から現れた二人は、マイペースに笑っている。
見たところ、本当に落下ダメージはなさそうだった。
『防御力、高すぎでしょ……』と呆れつつ、私は二人を出迎える。

「お二人とも無事で何よりです。おかえりなさい」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼女をイケメンに取られた俺が異世界帰り

あおアンドあお
ファンタジー
俺...光野朔夜(こうのさくや)には、大好きな彼女がいた。 しかし親の都合で遠くへと転校してしまった。 だが今は遠くの人と通信が出来る手段は多々ある。 その通信手段を使い、彼女と毎日連絡を取り合っていた。 ―――そんな恋愛関係が続くこと、数ヶ月。 いつものように朝食を食べていると、母が母友から聞いたという話を 俺に教えてきた。 ―――それは俺の彼女...海川恵美(うみかわめぐみ)の浮気情報だった。 「――――は!?」 俺は思わず、嘘だろうという声が口から洩れてしまう。 あいつが浮気してをいたなんて信じたくなかった。 だが残念ながら、母友の集まりで流れる情報はガセがない事で 有名だった。 恵美の浮気にショックを受けた俺は、未練が残らないようにと、 あいつとの連絡手段の全て絶ち切った。 恵美の浮気を聞かされ、一体どれだけの月日が流れただろうか? 時が経てば、少しずつあいつの事を忘れていくものだと思っていた。 ―――だが、現実は厳しかった。 幾ら時が過ぎろうとも、未だに恵美の裏切りを忘れる事なんて 出来ずにいた。 ......そんな日々が幾ばくか過ぎ去った、とある日。 ―――――俺はトラックに跳ねられてしまった。 今度こそ良い人生を願いつつ、薄れゆく意識と共にまぶたを閉じていく。 ......が、その瞬間、 突如と聞こえてくる大きな声にて、俺の消え入った意識は無理やり 引き戻されてしまう。 俺は目を開け、声の聞こえた方向を見ると、そこには美しい女性が 立っていた。 その女性にここはどこだと訊ねてみると、ニコッとした微笑みで こう告げてくる。 ―――ここは天国に近い場所、天界です。 そしてその女性は俺の顔を見て、続け様にこう言った。 ―――ようこそ、天界に勇者様。 ...と。 どうやら俺は、この女性...女神メリアーナの管轄する異世界に蔓延る 魔族の王、魔王を打ち倒す勇者として選ばれたらしい。 んなもん、無理無理と最初は断った。 だが、俺はふと考える。 「勇者となって使命に没頭すれば、恵美の事を忘れられるのでは!?」 そう思った俺は、女神様の嘆願を快く受諾する。 こうして俺は魔王の討伐の為、異世界へと旅立って行く。 ―――それから、五年と数ヶ月後が流れた。 幾度の艱難辛苦を乗り越えた俺は、女神様の願いであった魔王の討伐に 見事成功し、女神様からの恩恵...『勇者』の力を保持したまま元の世界へと 帰還するのだった。 ※小説家になろう様とツギクル様でも掲載中です。

Sランクパーティから追放された俺、勇者の力に目覚めて最強になる。

石八
ファンタジー
 主人公のレンは、冒険者ギルドの中で最高ランクであるSランクパーティのメンバーであった。しかしある日突然、パーティリーダーであるギリュウという男に「いきなりで悪いが、レンにはこのパーティから抜けてもらう」と告げられ、パーティを脱退させられてしまう。怒りを覚えたレンはそのギルドを脱退し、別のギルドでまた1から冒険者稼業を始める。そしてそこで最強の《勇者》というスキルが開花し、ギリュウ達を見返すため、己を鍛えるため、レンの冒険譚が始まるのであった。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

【R18】異世界転生したら投獄されたけど美少女を絶頂テイムしてハーレム作って無双!最強勇者に!国に戻れとかもう遅いこのまま俺は魔王になる!

金国佐門
ファンタジー
 憧れのマドンナを守るために車にひかれて死んだ主人公天原翔は異世界召喚に巻き添こまれて転生した。  神っぽいサムシングはお詫びとして好きなスキルをくれると言う。  未使用のまま終わってしまった愚息で無双できるよう不死身でエロスな能力を得た翔だが。 「なんと破廉恥な!」  鑑定の結果、クソの役にも立たない上に女性に害が出かねないと王の命令により幽閉されてしまった。  だが幽閉先に何も知らずに男勝りのお転婆ボクっ娘女騎士がやってきて……。  魅力Sランク性的魅了Sクラス性技Sクラスによる攻めで哀れ連続アクメに堕ちる女騎士。  性行為時スキル奪取の能力で騎士のスキルを手に入れた翔は壁を破壊して空へと去っていくのだった。  そして様々な美少女を喰らい(性的な意味で)勇者となった翔の元に王から「戻ってきて力を貸してくれと」懇願の手紙が。  今更言われてももう遅い。知らんがな!  このままもらった領土広げてって――。 「俺、魔王になりまーす」  喰えば喰うほどに強くなる!(性的な意味で) 強くなりたくば喰らえッッ!! *:性的な意味で。  美少女達を連続絶頂テイムしてレベルアップ!  どんどん強くなっていく主人公! 無双! 最強!  どんどん増えていく美少女ヒロインたち。 エロス! アダルト!  R18なシーンあり!  男のロマンと売れ筋爆盛りでお贈りするノンストレスご都合主義ライトファンタジー英雄譚!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

パーティーを追放されるどころか殺されかけたので、俺はあらゆる物をスキルに変える能力でやり返す

名無し
ファンタジー
 パーティー内で逆境に立たされていたセクトは、固有能力取得による逆転劇を信じていたが、信頼していた仲間に裏切られた上に崖から突き落とされてしまう。近隣で活動していたパーティーのおかげで奇跡的に一命をとりとめたセクトは、かつての仲間たちへの復讐とともに、助けてくれた者たちへの恩返しを誓うのだった。

ダンジョンが出現して世界が変わっても、俺は準備万端で世界を生き抜く

ごま塩風味
ファンタジー
人間不信になり。 人里離れた温泉旅館を買い取り。 宝くじで当たったお金でスローライフを送るつもりがダンジョンを見付けてしまう、しかし主人公はしらなかった。 世界中にダンジョンが出現して要る事を、そして近いうちに世界がモンスターで溢れる事を、しかし主人公は知ってしまった。 だが主人公はボッチで誰にも告げず。 主人公は一人でサバイバルをしようと決意する中、人と出会い。 宝くじのお金を使い着々と準備をしていく。 主人公は生き残れるのか。 主人公は誰も助け無いのか。世界がモンスターで溢れる世界はどうなるのか。 タイトルを変更しました

処理中です...