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第三章

最終イベント《ルーシー side》

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◇◆◇◆

 ────憑依の一件……というか、前世の暴露大会から早一週間。
こちらの予想に反してリエート達は直ぐに現状を受け入れ、順応してきた。
そのおかげか思ったより混乱は少なく、予定通りイベントをこなせている。
────でも、それももう今日で終わり。

「ルーシーさん……いえ、麻由里さん・・・・・本当にお一人で行かれるのですか?」

 つい先日互いに本名を明かし合ったからか、朱里はここぞとばかりに名前を呼ぶ。
ここで迷わず苗字の寺田ではなく、名前の麻由里と選ぶあたり彼女らしい。
『まあ、きっと本人は無意識でしょうけど』と思いつつ、私は苦笑を漏らした。

「しょうがないでしょ。このイベントには、私しか参加出来ないんだから」

「で、ですが……やはり、お一人で行くのは危険だと思います」

 チラリと私の後ろにある洞窟を見つめ、朱里はそっと眉尻を下げた。
それも、その筈────この洞窟の奥には、とても危険な存在が居るから。
私だって逆の立場なら、引き止めていただろう。
でも、

「皆で行く方が危険なの。何度も説明したでしょ」

「……はい」

 沈んだ声色で返事する朱里は、これでもかというほど肩を落とす。
『私に麻由里さんを守れる力があれば……』と零し、すっかり意気消沈してしまった。
タンザナイトの瞳に不安を滲ませる彼女の前で、私は小さく肩を竦める。

「まあ、大丈夫だって。あっちは『光の乙女』である私に手出し出来ないから。サクッと行って、サクッと最後・・のアイテムを回収して、サクッと帰ってくるよ」

 『ちょっとだけ待っていて』と言い、私はレーヴェンに用意してもらったローブのフードを被る。

「このイベントが終わったら────即刻魔王戦なんだから、心の準備でもしておいて」

 ついに目前まで迫ったラスボスとの戦いを指摘し、私は朱里の頭を撫でた。
すると、ようやく諦めがついたのか……彼女はおずおずと首を縦に振る。

「分かりました……どうか、お気をつけて」

「朱里達もね。ここ、野生の動物盛りだくさんだから」

 どこからともなく聞こえてくる動物の鳴き声や唸り声を前に、私は『なかなか物騒』と頬を引き攣らせる。
────と、ここで男性陣が呆れたように溜め息を零した。

「動物など、僕達の敵ではない」

「まあ、魔物に比べれば全然マシだよな」

「それに今回は護衛騎士も居るからね。私達のことは気にせず、行ってくるといい」

 『焦らずにね』と言い聞かせ、レーヴェンは少し離れた場所に居る騎士達を一瞥した。
じっとこちらを見つめてくるアメジストの瞳を前に、私は小さく笑う。

「はい、行ってきます」

 『信じて待つ』と示してくれた彼らに挨拶し、私はクルリと身を翻した。
緊張で強ばる体に鞭を打ちながら洞窟へ入り、奥を目指す。
何故なら、ここを住処としている者────聖獣に会わなければならないから。

 聖獣とはその名の通り、聖なる動物のこと。
基本俗世のことには無関心で、あまり干渉してこない。
ただし、神の代理人とも呼ばれる『光の乙女』の所持者には強い関心と敬愛を抱いていた。
というのが、ゲームの設定。

 一応、シナリオ通りに行けば聖獣はヒロインのことを気に入って色々世話を焼いてくれるんだけど……多分、私じゃ無理だろうな。
だって、ヒロインに好感を抱いた理由が────純粋で清らかな心を持っているため、だったから。
自分で言うのもなんだけど、私はそういうタイプじゃないし……ヒロイン並の高待遇は期待出来ないと思う。
恐らく、『光の乙女』所持者に渡さないといけないアイテムだけ渡して、直ぐに追い返すんじゃないかな?

 そもそも、聖獣の存在理由は『光の乙女』所持者にしか使えないアイテム────聖なる杖を守るためだから。
お供になって仕えるのは、完全に別の話。

 『ヒロインが特別なだけ』と思いつつ、私は歩を進める。
すると、間もなくして光を放つ泉が見えてきた。
『あそこに聖獣が居る筈……』とゲームの知識を呼び起こす中、

「今代の『光の乙女』は随分と凡庸ぼんようだな」

 と、奥から声が聞こえてきた。
『この口調、もしかして……』と思案しながら、私は泉の前まで足を運ぶ。
と同時に─────白い虎が水面から顔を出した。

 間違いない……この虎が、

「聖獣……」

「ご名答」

 ひょいっと水の上に上がり立ち、こちらを見つめる虎はさっきまで泉の中に居たのに全く濡れていない。
『これもゲームの設定通り……』と考え込む私を前に、聖獣はゆらゆらと尻尾を揺らす。
真っ青な瞳に不快感を滲ませながら。

「目的は分かっている。聖なる杖の受け渡しだろう?」

「話が早くて、助かります」

 深く被ったフードを取り払い、私はおもむろに両手を差し出す。

「早速で申し訳ありませんが、聖なる杖を渡してください」

 『外で人を待たせているので』と言い、私は譲渡を急かした。
が、聖獣はピクリとも動かない。

「渡さない、と言ったら?」

「それは不可能な筈です。貴方は『光の乙女』の所持者が来たら、聖なる杖を渡さないといけない制約を受けているので」

「ほう?それは神と僕しか知らないことなのだが……どうして、知っているんだ?」

 公式ファンブックより仕入れた情報に、聖獣は警戒心を抱く。
『こいつ、平凡そうに見えて案外やり手か?』という本音を滲ませて。

 ゲームのヒロインには、懐きまくっていたくせに。

 『やっぱ、私じゃ無理か』と落胆しながら、腰に手を当てた。

「お答えする義務はないかと」

 嫌な態度を取る相手にわざわざ媚びる必要もないだろうと、私は感じの悪い女を演じる。
『光の乙女』の所持者には危害を加えられない、という制約を最大限利用して。

「生意気なガキだ」

「お褒めに預かり、光栄です。それより、早く杖を」

 右手をズイッと前に突き出し、私は『勿体ぶらないで』と急かした。
さっさと朱里達の元へ帰りたい私に対し、聖獣は渋る動作を見せる。

「君にこれを扱い切れるとは思えないが」

「それはやってみないと、分かりません」

「凡人はどうして、無謀なことをやりたがるんだ」

「何が言いたいんですか?」

 いい加減頭に来て嫌味っぽく言い返すと、聖獣はゆっくりとこちらへ近づいてきた。
思わず後退りしそうになる私を前に、白い虎はスッと目を細める。
『ほらな、意気地なし』と嘲笑うかのように。

「君だって、気づいているだろう?自分に『光の乙女』の所持者は……聖女は務まらない、と」

「っ……」

 初対面にも拘らずズケズケと土足で踏み込んでくる聖獣に、私は苛立ちを覚える。
と同時に、『嗚呼、図星だ』と歯軋りした。

「君はとても平凡で、人を引っ張っていける力も優しく包み込む心もない。端的に言うと、聖女に向いていない」

「……」

 ぐうの音も出ないほどの正論だ。
確かに私は聖女に……ヒロインに向いていない。
そんなことは誰より一番分かっている。自覚している。
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