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第二章

学園祭の後片付け

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◇◆◇◆

「ねぇ、リディア。この衣装、どうする?」

 そう言って、ルーシーさんはローブと仮面をヒラヒラと振った。
その後ろで、クラスメイトの男子達が大道具や小道具を運び出していく。
『これは処分?寄贈?』と質問し合う彼らは、学園祭の後片付けに集中していた。

「ルーシーさんは、どうされるんですか?」

「私はとりあえず、記念に貰っておこうかな~って思っている。場合によっては、このまま処分されちゃうみたいだし。それはさすがに勿体ないじゃん?」

 小脇に抱えたドレスを見つめ、ルーシーさんは『もう着る機会なんて、ないと思うけど』と苦笑。
もしこのまま聖女になれば普段着はもちろん、式典やパーティーの衣装も決められているため、観賞用になる未来しか見えないのだろう。
でも、思い出の品としての価値は計り知れないもので……取っておきたい気持ちはよく分かった。

「では、私も同じようにします」

「オッケー。じゃあ、レーヴェンにそう伝えてくるわー」

 ステージの上に立つ銀髪の美青年を指さし、ルーシーさんはさっさとこちらに背を向ける。
『また後でね』と手を振る彼女に、私はペコリと頭を下げた。

 さてと、私も仕事に戻ろう。

 人で溢れ返った一階のホールを一瞥し、私は手元の資料に視線を落とす。
学園から借りた物品のリストを前に、私はクラスメイトへ指示を出した。
公爵令嬢という立場上、雑用などはやらせてもらえないため。
何より、レーヴェン殿下に全ての指揮を任せるのは少々無理があった。

 まあ、こうやって振る舞えるのも今日で終わりかもしれないけど。
何故なら、明日────皇城にて、憑依のことを話すことになっているから。

 皇帝陛下や両親からの手紙を思い浮かべ、私はそっと眉尻を下げる。

 両者とも、『とりあえず、話を聞きたい』というスタンスだったけど、内心はどう思っているのかしら?

 もう腹を括ったとはいえ、不安の尽きない私はキュッと唇に力を入れる。
『最悪、勘当や投獄も有り得るのかな』と考えながら、自分の役割をこなした。
そうこうしている内に後片付けは終わり、

「皆、本当にお疲れ様。もう帰っていいよ。明日から学園は三日ほど休みだから、しっかり体を労わってね」

 と、レーヴェン殿下のお言葉を頂き解散した。
ゾロゾロとホールから出ていくクラスメイト達を前に、私も一旦寮へ戻ろうとする。
────と、ここで両肩に手を掛けられた。

「リディア、ちょっと来い」

「明日の話し合いの前に、伝えたいことがある」

 聞き覚えのある声に導かれ、後ろを振り返ると────そこには、案の定兄とリエート卿の姿があった。
時間を置いたおかげか、二人は随分と落ち着いており概ねいつも通りに見える。
ただ、表情は若干強ばっていた。
やはり、緊張しているのだろう。

 あんなことがあった直後だものね。

 肩に載った大きな手と真っ直ぐな瞳を交互に見つめ、私は小さく深呼吸。
『大丈夫』と自分に言い聞かせ、体ごと後ろへ向けようとした。
その瞬間────

「「リディア(嬢)……!」」

 ────今度は両手を引かれた。
突然のことに驚いて踏ん張れなかった私は、少し前のめりになる。
が、何とか転倒は回避した。
『危ない危ない』と肝を冷やす中、前に立つ二人は厳しい表情を浮かべる。

「ニクス様、リエート様。リディアに何の用ですか?」

「話し合いは明日の予定だよね?なのに、どうして接触を?」

 『例のことなら明日話すよ』と言い、レーヴェン殿下は兄の手をそっと下ろす。
その横で、ルーシーさんもリエート卿の手を叩き落とした。

「あの、お二人とも……私は大丈夫ですから。覚悟は出来ています」

 『お気持ちは嬉しいですけど……』と苦笑しつつ、私はレーヴェン殿下とルーシーさんを宥めた。
帝国や神殿の今後を担っていく二人と、それを支える兄達が仲違いすれば不味いことになる。
なので、穏便に済ませたかった。
『お二人は寮に戻ってください』と促す中────何故か、後ろから溜め息が聞こえてくる。

「いや、覚悟って……もしかして、俺達めちゃくちゃ警戒されている?」

「……チッ」

 嘆くリエート卿に反して、兄は苛立たしげに眉を顰めた。
が、一度深呼吸して気持ちを落ち着ける。
さすがにここで怒鳴り散らすのは不味い、と判断したようだ。

「そんなに心配なら、殿下達もついてきてもらって構いません。見られて困るようなことは、何もないので」

「……なら、お言葉に甘えて」

「遠慮なく」

 兄達の態度を見て思うことがあったのか、ルーシーさんとレーヴェン殿下は提案を受け入れた。
さっきまで、接触そのものを警戒していたのに。
少しばかり肩の力を抜く二人の前で、兄とリエート卿は歩き出す。
行き先は案の定とでも言うべきか、生徒会室だった。

 何故だか、とても懐かしい気持ちになるわね。
昨日だって、ここへ来たのに。

 幸せだった頃の記憶が薄れているからか、どうも落ち着かない。
『ここへ来るのも今日で最後かな』なんて思いながら、一先ず席に着いた。
真新しい長テーブルを眺めつつ、私はギュッと胸元を握り締める。

「それで、えっと……お話というのは?」

 なんだか居た堪れない気持ちになってしまい、私は早速話を切り出す。
多分、思い出の詰まったこの場所に長く居たくなかったんだと思う。
どうしても、名残惜しく感じてしまって。
『未練なんて、残しちゃダメよ』と自分に言い聞かせる中、兄とリエート卿は互いに顔を見合わせた。
かと思えば、どちらからともなく頷き合い、こちらへ視線を向ける。

「リディア、先に言っておく。僕達はお前を責めるつもりもなければ、蔑ろにするつもりだってない」

「完全に『今まで通り』とはいかないだろうけど、俺達なりの関わり方っつーか、新しい関係性?を見つけて行ければと思う」

「!!」

 非常に前向きな……まるで夢のような言葉を投げ掛けられ、私は固まった。
レーヴェン殿下やルーシーさんも、少し驚いたように目を剥く。
────と、ここで兄とリエート卿が席を立った。

「確かに僕達はずっと騙されてきたかもしれない。でも、それには必ず事情があると思っている」

「何より、リディアの取ってきた言動が全て嘘だとは思えないからな」

 左右に分かれてグルッと長テーブルを回ってきた二人は、こちらまでやってくる。
そしてポンッと私の頭や肩に手を置き、後ろから顔を覗き込んできた。

「「僕達俺達僕達俺達の見てきたリディアを信じたい」」

「っ……!」

 約十年、皆を欺いてきた。
リディア・ルース・グレンジャーの人生を歩んできた。赤の他人である私が。
それなのに、いいのだろうか?許されて……変わらず、接してもらって。
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