上 下
20 / 52
Episode3

お稲荷様の狙い

しおりを挟む
 面倒だが、黙っていたら更にうるさそうだし、一応説明するか。

「まあ、結論から言うと────お稲荷様は今回の件について、あまり怒っていない」

「えっ?そうなの?憑依までしたのに?」

「あれは一種の警告であり、お説教だ」

「うわ……分かりづら」

 思わずといった様子で本音を零す悟史に、お稲荷様は眉を顰めた。

「それを本人の前で言うか、無礼者め」

「あっ、すみません、つい」

「はぁ……言葉には気をつけろ。口は災いの元と言うじゃろう。我じゃなかったら、間違いなく祟られておったぞ」

 冗談じゃなくて本気で注意するお稲荷様に、俺は大きく頷いた。

「ここまで寛大なお稲荷様はそうそう居ないから、さっきの言葉肝に銘じておけ」

「了解。で、話の続きは?」

 相変わらず切り替えの早い悟史は、『教えて教えて』と急き立てる。
まるで読み聞かせを強請る子供のような態度に、俺もお稲荷様も嘆息した。

「えっと、つまりな、お稲荷様は『もうそんな危ないことするな』という意味合いでわざとこの騒ぎを起こしたんだ。この手のガキには、口で言うより効果覿面だろ?」

「あー……それは確かに。このくらいの年齢になると、『ダメ』って言われたことほどやりたくなるもんね」

 『僕も昔、色々やったなぁ』と懐かしむ悟史に、俺は若干頬を引き攣らせた。
こいつの学生時代なんて、絶対ろくなものじゃないと思って。
『知らぬが仏だ』と自分に言い聞かせつつ、俺は言葉を続ける。

「とにかく、お稲荷様はコックリさんをやめさせたかったんだよ。たまにタチの悪いやつが、ちょっかいを出してくるからな」

「特に最近は山の物の怪……人間達は妖と言うんじゃったか?そいつらの動きが、活発化しておってのぉ。街に降りることも多くなった。故に危険だと判断したんだ。あと、単純にうるさかったというのもあるが」

 『そろそろ我慢の限界だった』と語り、お稲荷様は後ろ足で軽く耳を掻いた。

「まあ、でも最初はここまで大きな騒ぎにする気などなかった。二、三日取り憑いて退散する筈だったんじゃ。だが、こやつらと来たら……謝りに来ないどころか、嘘までついて。さすがに看過出来なかった」

「そこら辺の筋は通すべきですもんね~。それで、壱成はいつから気づいていたの?お稲荷様は本気で怒ってないって」

 『僕、全然気づかなかったんだけど』と不思議がる悟史に、俺は小さく肩を竦める。

「わりと最初の方から」

「えっ?マジ?」

「マジ。ほら、東雲家に入ってお稲荷様の気配を感じ取った時さ────感情が見えてこなかったんだよ。普通本気で腹を立てているなら、敵意なり殺意なり放つ筈だろう?でも、どんなに意識を集中しても感じ取れるのはほんの僅かな怒りだけだった。だから、何か訳ありか?って思ったんだ」

 『あの威圧感の中で、お稲荷様の意向を読み取るのは大変だったけど』と述べ、前髪を掻き上げる。
と同時に、気を失った綿貫紗夜と皇桃花へ視線を向けた。

「あと、こいつらの話を聞いて二点ほど引っ掛かることがあった」

「引っ掛かることって?」

「まず、綿貫紗夜と皇桃花には取り憑かなかったこと。そこら辺の浮遊霊ならまだしも、神レベルなら一度に複数人へ取り憑くことが可能だ。でも、お稲荷様はそうしなかった。だから、狙いは東雲麻里一人か、憑依という行動を通して何か伝えたいのかと考えた」

 ワンチャン、東雲麻里に惚れ込んだ故の蛮行という線もあった。

 ────とはさすがに言えず、俺は淡々と説明を続ける。

「次に、東雲麻里の体で悪さをしなかったこと。多少おかしな行動こそ取っていたものの、他人を害したり東雲麻里の体を著しく傷つけたりはしなかった。本気で怒っているなら、こうは行かないだろう?」

「確かに」

 『よくよく考えてみると、違和感ありだね』と頷き、悟史は納得を示す。

「ちなみに何かを要求するための人質として、憑依した線は考えなかったの?」

「お前の思考回路は何でいつもそう物騒なんだよ」

 さすがはヤクザとも言うべき質問に、俺は内心ゲンナリする。
が、目の付けどころ自体はとても良かった。

「まあ、一応その線も考えた。でも、もしそうなら東雲麻里の体を通して既に要求を伝えていると思うんだよな。あと、他二人を見逃した理由に説明がつかない」

「あぁ、人質は多い方がいいもんね」

「お前がそれを言うと、マジで洒落にならねぇ……」

 額に手を当てて辟易しつつ、俺はおもむろに立ち上がった。
遠くに見える夕日を眺めながら。

「兎にも角にも、これで一件落着だ。お稲荷様もそろそろ気が済んで……というか、飽きてきた頃だろうし」

「さすがに何日も人の体に憑依するのは、疲れるしの」

 『いい加減、のんびりしたい』と主張し、お稲荷様は軽く伸びをした。
かと思えば、近くの草むらへ足を向ける。
どうやら、お帰りのようだ。

「東雲麻里とやらの憑依はもう解いた。そなた達が家に着く頃には、元へ戻っているじゃろう」

「ありがとうございます」

「うむ。では、縁があればまた会おう」

 そう言うが早いか、お稲荷様は草むらへ姿を消した。
と同時に、境内を満たす厳かな空気も霧散する。

「さて、とりあえずこの小便娘共を担いで帰るか」

 ────という訳で、待機していた及川兄弟を急遽呼び出し、東雲家に送ってもらった。
すると、そこには娘と抱き合う東雲柚子の姿があり……深く深く感謝される。
東雲麻里も、泣きながらお礼を言ってくれた。
どうやら、お稲荷様に憑依されたとき体こそ動かせなかったものの……意識や感覚はあったようで、凄く怖かったとのこと。
『もう元に戻れないかもしれない』という不安を、ずっと抱えていたらしい。

「これに懲りたら、もう危ない真似はしないように。次も何とかなるとは、限りませんからね。ぶっちゃけ、今回のように助かるケースは極稀です」

 『運が良かったとしか言いようがない』と重々言い含め、俺は悟史を連れて東雲家から出た。
そして帰りの車に揺られながら、すっかり暗くなった外を眺める。
『今日はさすがに疲れたな』と欠伸を零し、俺はおもむろに目を閉じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

未亡人クローディアが夫を亡くした理由

臣桜
キャラ文芸
老齢の辺境伯、バフェット伯が亡くなった。 しかしその若き未亡人クローディアは、夫が亡くなったばかりだというのに、喪服とは色ばかりの艶やかな姿をして、毎晩舞踏会でダンスに興じる。 うら若き未亡人はなぜ老齢の辺境伯に嫁いだのか。なぜ彼女は夫が亡くなったばかりだというのに、楽しげに振る舞っているのか。 クローディアには、夫が亡くなった理由を知らなければならない理由があった――。 ※ 表紙はニジジャーニーで生成しました

成長率マシマシスキルを選んだら無職判定されて追放されました。~スキルマニアに助けられましたが染まらないようにしたいと思います~

m-kawa
ファンタジー
第5回集英社Web小説大賞、奨励賞受賞。書籍化します。 書籍化に伴い、この作品はアルファポリスから削除予定となりますので、あしからずご承知おきください。 【第七部開始】 召喚魔法陣から逃げようとした主人公は、逃げ遅れたせいで召喚に遅刻してしまう。だが他のクラスメイトと違って任意のスキルを選べるようになっていた。しかし選んだ成長率マシマシスキルは自分の得意なものが現れないスキルだったのか、召喚先の国で無職判定をされて追い出されてしまう。 一方で微妙な職業が出てしまい、肩身の狭い思いをしていたヒロインも追い出される主人公の後を追って飛び出してしまった。 だがしかし、追い出された先は平民が住まう街などではなく、危険な魔物が住まう森の中だった! 突如始まったサバイバルに、成長率マシマシスキルは果たして役に立つのか! 魔物に襲われた主人公の運命やいかに! ※小説家になろう様とカクヨム様にも投稿しています。 ※カクヨムにて先行公開中

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

あなたが好きでした

オゾン層
BL
 私はあなたが好きでした。  ずっとずっと前から、あなたのことをお慕いしておりました。  これからもずっと、このままだと、その時の私は信じて止まなかったのです。

春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる

釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。 他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。 そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。 三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。 新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。   この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。

- カ ミ ツ キ 御影 -

BL
山神様と妖怪に育てられた俺は… ある日、こっそり山を下りた。 ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー 山神の杜に住む妖怪と山神に育てられた俺は人でもなく、純粋な妖怪でもない… 半端な存在。 ーーまだ物心がついたばかりの頃、 幼い俺は母に雇われた男達に追われ追われて、地元の人間からは山神の杜と呼ばれているこの山に逃げ込み、崖から落ちても怪我した足を引きずり幾つも連なる朱い鳥居をくぐり冷たい雪路を肌足で進む… 真白の雪が降り積もる中、俺の足も寒さと怪我で動けなくなり… 短い一生を終えようとしたときーー 山神様が俺に新しい生命を吹き込んでくれた。

【怖い話】さしかけ怪談

色白ゆうじろう
ホラー
短い怪談です。 「すぐそばにある怪異」をお楽しみください。 私が見聞きした怪談や、創作怪談をご紹介します。

処理中です...