上 下
19 / 52
Episode3

粗相

しおりを挟む
「お稲荷様だ、バカ……!頭を下げろ!喋るな!」

 小声で二人を叱責し、俺は『マジで命知らずだな、最近の女子中学生は!』と眉を顰めた。
最悪の滑り出しを見せた交渉に不安を覚える中、目の前のお稲荷様は呑気に毛繕いを始める。
先程のやり取りは見なかったことにしてくれたのか……それとも、本物のキツネに憑依しているせいで少し感覚が鈍ったのか、怒りや不快感を露わにすることはない。

 とりあえず、大丈夫そう……なのか?

 などと考えていると、お稲荷様は賽銭箱から降りた。
そのまま迷いのない足取りで、綿貫紗夜と皇桃花の前に足を運ぶ。

「────して、何をしに来た?」

 どこか女性のような……少年のような声で二人に話し掛け、お稲荷様はスッと目を細める。
『あぁ、俺らは眼中にないって訳ね』と肩を竦める中、綿貫紗夜と皇桃花はこちらへ視線を向けた。
喋っていいのか分からず、意見を求めているのだろう。

『跪いたまま、喋れ。聞かれたことにだけ、答えろ』

 口パクでそう教えると、二人はおずおずと首を縦に振る。
出来ることなら俺達に交渉を任せたかったんだろうが、『こうなったらしょうがない』と腹を括ったらしい。

「せ、先日働いた無礼を謝罪しに参りました」

「お稲荷様の領域で騒がしくしてしまい、申し訳ありませんでした」

 二人揃って深々と頭を下げ、精一杯の謝意を示す。
すると、お稲荷様は『くくくっ……!』と低く笑った。

「ほう?今更、謝りに来たのか。で、許しが欲しい、と?」

「は、はい。出来れば……」

「……麻里を元に戻してほしいんです」

 中学生なりに言葉を選んで頼み込み、綿貫紗夜と皇桃花は強く唇を引き結ぶ。
目にいっぱいの涙を溜めながら。
必死に恐怖と不安を押し殺す二人の前で、お稲荷様はゆらゆらと尻尾を揺らす。

「それで?」

「えっ?そ、それでって……」

「わ、私達は麻里を元に戻してくれたら満足なんですけど……?」

 『これ以上要求はない』と見当違いなことを述べる二人に、お稲荷様は一歩近づいた。

「それで?」

「へっ……?」

「あの……?」

 訳が分からずポカンとする綿貫紗夜と皇桃花は、思わず顔を見合わせる。
が、再び地面へ伏せた。いや、押し潰されたと言った方が正しいか。

「────頭が高いぞ、小娘共」

 『誰が顔を上げていいと言った?』と威嚇し、お稲荷様は未だ嘗てないほどの威圧感を放つ。
その途端、綿貫紗夜と皇桃花は竦み上がった。
怖くて声も出せない様子の二人を前に、お稲荷様は顎を反らす。

「全く……礼儀のなっていない小娘共だ。こちらは代わりに何を差し出せるのか聞いておるだけなのに、答えをはぐらかすどころかこのような無礼を働くなど……そなた達も、麻里とやらと同じ目に遭わせてやろうか」

「「っ……!?」」

 弾かれたように首を横に振り、綿貫紗夜と皇桃花は────まさかの失禁。
ただのオカルト好きの女子中学生に、お稲荷様のお相手は厳しかったらしい。
ひたすら恐怖に震え、嗚咽を漏らしていた。

「そなた達は本当に懲りぬな。神域内で粗相を仕出かすとは」

「ご、ごめんなさい……」

「わざとじゃなくて……」

「発言権を与えた覚えはない」

 前足で勢いよく地面を踏みつけ、お稲荷様はより一層圧を掛けた。
────と、ここで綿貫紗夜と皇桃花が気を失う。
お稲荷様の力によって眠ったのか、もしくは恐怖のあまり気絶したのか……まあ、なんにせよこの場ではもう使い物にならない。
土下座した状態で眠る二人を前に、俺は────

「このくらい脅かしておけば、もう危ないことはしないと思いますよ」

 ────と、お稲荷様に声を掛けた。
すると、キツネはおもむろにこちらを振り返る。

「なんだ?気づいておったのか」

「ええ、何となく。実際にお会いするまで、確証は持てませんでしたが」

 小さく肩を竦めながら答えると、悟史は困惑気味にこちらを見る。

「えっ?僕だけ、置いてけぼり?」

 何がどうなっているのか分からない様子で、悟史はパチパチと瞬きを繰り返した。
『どういうことか説明してよ』と強請ってくる彼を他所に、俺はゆっくりと身を起こす。

「そろそろ、楽な体勢でもいいですか」

「聞く前に寛いでおいて、よく言う」

 『全く……』と呆れ返るお稲荷様に、俺は愛想笑いを返した。
そしてガチガチになった体を解すと、何の気なしに胡座をかく。
悟史もさっさと体勢を崩し、お稲荷様へ向き直った。

「それで、どういうことなんです?」

「お前も図々しいやつだな。目上の者に対する態度が、なっておらん」

「すみません。師匠に似ちゃったみたいです」

「いや、お前は元からだろ」

 『俺のせいにするな』と悟史を軽く小突き、俺は大きく息を吐いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる

釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。 他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。 そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。 三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。 新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。   この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

母獣列島

櫃間 武士
キャラ文芸
 瀬戸内海の離島、女岩島で父親から虐待を受けていた少年、藤原育人は人ならざるものから生まれた魔少年であった。  育人に触れられた女性は瞬時に常軌を逸した母性愛を抱き、育人のためなら死をも辞さない母獣と化す。  育人はその能力を使って島中の女性を下僕にし、父や周囲の男を殺害して島を征服する。  やがて育人の行動は、日本中を巻き込んだ女性対男性の戦いへと発展してゆく。  シナリオ形式です。

俺がママになるんだよ!!~母親のJK時代にタイムリープした少年の話~

美作美琴
キャラ文芸
高校生の早乙女有紀(さおとめゆき)は名前にコンプレックスのある高校生男子だ。 母親の真紀はシングルマザーで有紀を育て、彼は父親を知らないまま成長する。 しかし真紀は急逝し、葬儀が終わった晩に眠ってしまった有紀は目覚めるとそこは授業中の教室、しかも姿は真紀になり彼女の高校時代に来てしまった。 「あなたの父さんを探しなさい」という真紀の遺言を実行するため、有紀は母の親友の美沙と共に自分の父親捜しを始めるのだった。 果たして有紀は無事父親を探し出し元の身体に戻ることが出来るのだろうか?

俺がカノジョに寝取られた理由

下城米雪
ライト文芸
その夜、知らない男の上に半裸で跨る幼馴染の姿を見た俺は…… ※完結。予約投稿済。最終話は6月27日公開

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...