上 下
35 / 47

ジャスティン 6 夢ではない 4

しおりを挟む



 カラミティー侯爵邸に訪れると、シャロンは眠っていると告げられてしまう。せめて寝顔だけでも見せろとごね、無理に起こさないことを条件に寝室に入れてもらった。
 相当深く寝入っているらしい。ジャスティンが入った気配にも気づかずに緩やかな呼吸を繰り返している。
 寝衣の胸元がはだけているのは彼女の寝相なのだろうか。
 しばらく観察を続けていると、ジャスティンの立つ方へと寝返りをうち、豊満な胸が顕わになる。
 薄らと滲む汗。夢見が悪いのだろうか。
 思わず声をかけてしまいそうになり、起こすなと忠告されていたことを思い出す。
 単純にシャロンが疲れているだろうから寝かせてやれという意味なのか、暴走の反動で寝ぼけて暴れる可能性があるという意味なのかはわからない。ただ、この忠告を破ると妹を溺愛する二人の兄たちが恐ろしいだろうと思い、できるだけ足音を殺し部屋を出ようとした時、絵が飾られていることに気がつく。ジャスティンの肖像画だった。
 我を失ったときでも肖像画を見て動きを止める程度には視界に入れてくれているらしいそれは今よりも少し幼い印象だ。数年前に描かれた物だろう。
 どうして今まで気がつかなかったのだろうと思う。
 嫌っている相手の絵を飾ったりなどしない。むしろ、外見だけでも相当気に入ってくれていたはずだ。
 入手経路が少し気になったが悪い気はしない。ただ、新しい肖像画を贈ろうかとは思った。いつまでも幼い姿で記憶されるのは不本意だ。
 ジャスティンはもう一度シャロンの様子を確認し、まだ眠っていることに安堵する。
 それから息を潜めて、今度こそ寝室を出た。

 談話室に向かえば、真新しい安物の椅子に腰掛けたアレクシスと、その後ろに立って肩を揉んでいるジェフリーの姿があった。
「兄さんなんでこんな肩がっちがちになってるの?」
「運動不足だろう? 自分で考えているよりも私の拳は脆かったようだ」
 怪我のせいで運動不足だと言うアレクシスに、自業自得だろうと言ってやりたくもなる。
 そもそも普通の人間は家具や門を素手で壊したりしない。
 兄弟仲良く過ごしているところを邪魔すればまたアレクシスの機嫌を損ねるだろうと思い、どう声をかけるべきか悩んでいると、ジェフリーが先に気がついたらしい。
「あ、殿下。もうシャロンの寝顔見飽きたの?」
「まさか。永遠に見てられる。けど、起こしたら困るだろう?」
 ジェフリーは兄の肩を揉みながら笑う。
「シャロン相当疲れてるね。うん。朝まで寝せてあげよう」
「もう少し暴れれば良かったのに。シェリーは甘いな」
 アレクシスはそう言って、ジェフリーにもっと力を込めろと指示する。
 カラミティー一族はあの怪力に肩を揉まれても体が砕けないだけの頑丈さでも持ち合わせているのだろうか。
 そんな疑問を抱きながら、アレクシスにどう話を切り出すか悩む。
 一発くらいは殴られる覚悟をするべきだっただろうか。
 せめてスティーブンを側に置いておくべきだったと後悔する。
 今からでも遅くない。呼ぶべきだろうか。
 悩んでいると、アレクシスが口を開いた。
「話があるのでは?」
 意外にも、やや穏やかな声だった。
 溺愛している弟に肩を揉んでもらって上機嫌なのだろうか。
 妹も弟も溺愛するなんて面倒な兄だ。
「あ、ああ。アレクシスに協力して欲しい」
「協力?」
 話せ、となぜか上から目線で言われ、本当に不敬だなと思いつつ、頼み事をする立場なので飲み込む。
「クラウド夫人がシャロンの私物を盗み、姪に横流ししていた。それに、度重なる虐待の証拠も掴んでいる。が、横流し先の姪の方も不審な行動が見られる」
 シャロンから奪った品物をジャスティンからの贈り物だと言いふらしていただとか、テンペスト侯爵家周辺の動きもやや怪しい。
「それで?」
「シャロンは反逆容疑で一度投獄されたことになっている。この状況を利用して、コートニー・テンペストがどこまで状況を把握していたかを探りたい。ただの頭の悪い女なのか明確にシャロンに対する害意があるのかを突き止め、それなりの処分をしたい」
 盗品だとわかっていてあの行動であれば処刑だ。
 クラウド夫人が姪可愛さにしでかしただけであれば修道院送り程度にしておこう。が、どさくさに紛れて損害賠償請求してきたやつらはとりあえず地位剥奪くらいには持っていきたい。
「この機会にシャロンの敵を全て始末したい」
「なるほど? 上から順番に頭を握りつぶしていけばいいと?」
 それは物理的な話だろうか。アレクシスが言うのであればそうだろう。
「俺はそれでも構わないが……お前、さすがに殺人事件はアレクシスだから仕方がないでは済まされないぞ?」
 一応法律の範囲に無理矢理でも当てはめて解決しようとしているというのに、アレクシスは空気を読んでくれない。いや、読む気がないのだろう。
「できる限り重い刑になるように、長ったらしい罪状を作れという話か?」
「あ、ああ……俺はそのつもりだった。エイミーがまとめた資料もある」
 あとは、シャロンが悲しまないようにできるだけ彼女に気づかれないようにことを進めなくてはいけない。
「……面倒だ。指を一本ずつへし折って、腕を砕いて足をへし折っていけばいい」
 最後に頭を握りつぶすと言うアレクシスは、目が笑っていない。
 妹に酷い仕打ちをしたやつらを許せないのだろう。
「一応法律に合わせて裁かなくてはシャロンの今後に悪影響だ」
 元はと言えばジャスティンが八つ当たりでシャロンを投獄してしまったことが問題ではあるのだが、それを誤魔化す為にもクラウド夫人やテンペスト侯爵家を利用するしかない。
 アレクシスはその真意に気がついているのだろう。深い溜息を吐く。
「……シェリー……こんな男のどこがいいんだ……」
 額に手を当て蹲る。
「兄さん、仕方ないよ。シャロン、面食いだもん」
「……顔か。顔なら護衛に来ていた騎士の方が整っていないか?」
「仕方ないよ。シャロンの好みがたまたまこれだっただけだから」
 仮にも自国の王子に向かって「これ」呼ばわりするなんて、本当に不敬な兄弟だ。
 思わず怒鳴りたくなったが、あくまで頼み事をしている立場だと耐える。
 意外にもアレクシスはあっさりと手を貸してくれそうだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...