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ジャスティン 6 夢ではない 4
しおりを挟むカラミティー侯爵邸に訪れると、シャロンは眠っていると告げられてしまう。せめて寝顔だけでも見せろとごね、無理に起こさないことを条件に寝室に入れてもらった。
相当深く寝入っているらしい。ジャスティンが入った気配にも気づかずに緩やかな呼吸を繰り返している。
寝衣の胸元がはだけているのは彼女の寝相なのだろうか。
しばらく観察を続けていると、ジャスティンの立つ方へと寝返りをうち、豊満な胸が顕わになる。
薄らと滲む汗。夢見が悪いのだろうか。
思わず声をかけてしまいそうになり、起こすなと忠告されていたことを思い出す。
単純にシャロンが疲れているだろうから寝かせてやれという意味なのか、暴走の反動で寝ぼけて暴れる可能性があるという意味なのかはわからない。ただ、この忠告を破ると妹を溺愛する二人の兄たちが恐ろしいだろうと思い、できるだけ足音を殺し部屋を出ようとした時、絵が飾られていることに気がつく。ジャスティンの肖像画だった。
我を失ったときでも肖像画を見て動きを止める程度には視界に入れてくれているらしいそれは今よりも少し幼い印象だ。数年前に描かれた物だろう。
どうして今まで気がつかなかったのだろうと思う。
嫌っている相手の絵を飾ったりなどしない。むしろ、外見だけでも相当気に入ってくれていたはずだ。
入手経路が少し気になったが悪い気はしない。ただ、新しい肖像画を贈ろうかとは思った。いつまでも幼い姿で記憶されるのは不本意だ。
ジャスティンはもう一度シャロンの様子を確認し、まだ眠っていることに安堵する。
それから息を潜めて、今度こそ寝室を出た。
談話室に向かえば、真新しい安物の椅子に腰掛けたアレクシスと、その後ろに立って肩を揉んでいるジェフリーの姿があった。
「兄さんなんでこんな肩がっちがちになってるの?」
「運動不足だろう? 自分で考えているよりも私の拳は脆かったようだ」
怪我のせいで運動不足だと言うアレクシスに、自業自得だろうと言ってやりたくもなる。
そもそも普通の人間は家具や門を素手で壊したりしない。
兄弟仲良く過ごしているところを邪魔すればまたアレクシスの機嫌を損ねるだろうと思い、どう声をかけるべきか悩んでいると、ジェフリーが先に気がついたらしい。
「あ、殿下。もうシャロンの寝顔見飽きたの?」
「まさか。永遠に見てられる。けど、起こしたら困るだろう?」
ジェフリーは兄の肩を揉みながら笑う。
「シャロン相当疲れてるね。うん。朝まで寝せてあげよう」
「もう少し暴れれば良かったのに。シェリーは甘いな」
アレクシスはそう言って、ジェフリーにもっと力を込めろと指示する。
カラミティー一族はあの怪力に肩を揉まれても体が砕けないだけの頑丈さでも持ち合わせているのだろうか。
そんな疑問を抱きながら、アレクシスにどう話を切り出すか悩む。
一発くらいは殴られる覚悟をするべきだっただろうか。
せめてスティーブンを側に置いておくべきだったと後悔する。
今からでも遅くない。呼ぶべきだろうか。
悩んでいると、アレクシスが口を開いた。
「話があるのでは?」
意外にも、やや穏やかな声だった。
溺愛している弟に肩を揉んでもらって上機嫌なのだろうか。
妹も弟も溺愛するなんて面倒な兄だ。
「あ、ああ。アレクシスに協力して欲しい」
「協力?」
話せ、となぜか上から目線で言われ、本当に不敬だなと思いつつ、頼み事をする立場なので飲み込む。
「クラウド夫人がシャロンの私物を盗み、姪に横流ししていた。それに、度重なる虐待の証拠も掴んでいる。が、横流し先の姪の方も不審な行動が見られる」
シャロンから奪った品物をジャスティンからの贈り物だと言いふらしていただとか、テンペスト侯爵家周辺の動きもやや怪しい。
「それで?」
「シャロンは反逆容疑で一度投獄されたことになっている。この状況を利用して、コートニー・テンペストがどこまで状況を把握していたかを探りたい。ただの頭の悪い女なのか明確にシャロンに対する害意があるのかを突き止め、それなりの処分をしたい」
盗品だとわかっていてあの行動であれば処刑だ。
クラウド夫人が姪可愛さにしでかしただけであれば修道院送り程度にしておこう。が、どさくさに紛れて損害賠償請求してきたやつらはとりあえず地位剥奪くらいには持っていきたい。
「この機会にシャロンの敵を全て始末したい」
「なるほど? 上から順番に頭を握りつぶしていけばいいと?」
それは物理的な話だろうか。アレクシスが言うのであればそうだろう。
「俺はそれでも構わないが……お前、さすがに殺人事件はアレクシスだから仕方がないでは済まされないぞ?」
一応法律の範囲に無理矢理でも当てはめて解決しようとしているというのに、アレクシスは空気を読んでくれない。いや、読む気がないのだろう。
「できる限り重い刑になるように、長ったらしい罪状を作れという話か?」
「あ、ああ……俺はそのつもりだった。エイミーがまとめた資料もある」
あとは、シャロンが悲しまないようにできるだけ彼女に気づかれないようにことを進めなくてはいけない。
「……面倒だ。指を一本ずつへし折って、腕を砕いて足をへし折っていけばいい」
最後に頭を握りつぶすと言うアレクシスは、目が笑っていない。
妹に酷い仕打ちをしたやつらを許せないのだろう。
「一応法律に合わせて裁かなくてはシャロンの今後に悪影響だ」
元はと言えばジャスティンが八つ当たりでシャロンを投獄してしまったことが問題ではあるのだが、それを誤魔化す為にもクラウド夫人やテンペスト侯爵家を利用するしかない。
アレクシスはその真意に気がついているのだろう。深い溜息を吐く。
「……シェリー……こんな男のどこがいいんだ……」
額に手を当て蹲る。
「兄さん、仕方ないよ。シャロン、面食いだもん」
「……顔か。顔なら護衛に来ていた騎士の方が整っていないか?」
「仕方ないよ。シャロンの好みがたまたまこれだっただけだから」
仮にも自国の王子に向かって「これ」呼ばわりするなんて、本当に不敬な兄弟だ。
思わず怒鳴りたくなったが、あくまで頼み事をしている立場だと耐える。
意外にもアレクシスはあっさりと手を貸してくれそうだった。
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