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ジャスティン 5 確信する 1

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 休暇明けに護衛として現れたジェフリーは、わかりにくいが不機嫌だった。
 普通、護衛ならば姿勢良く立っているはずなのに、彼は遠慮がないと言うべきか、やる気がないと言うべきか、執務室の長椅子の上で蹲るように座っていた。
「ジェフリー……なにかあったのか?」
 まさかシャロンとの密会がバレたのだろうかとどきりとしてしまう。
 婚約しているのだから会うくらいはいいだろう。いや、一線はとっくに越えてしまっているのだが。
 落ち着かない気分を見透かされないように、極力普段通りを装って訊ねた。
「べーつーにー、殿下には関係ないでしょ……って言いたいけど……たぶん殿下のせいだから兄さんに殿下の頭を握りつぶして貰おうか悩んでるところ」
 なんて物騒な。
 そもそもジェフリーはジャスティンの護衛だろうに。
「お前、仮にも俺の護衛だろ」
「そうなんだけどさ。だって、シャロンがすごく落ち込んでるんだもん。あの子が落ち込むのはいつだって殿下のせいだ」
「は?」
 落ち込んでいる? シャロンが?
 いつだって澄ました顔で平然としている……ように見せかけて余計なことをごちゃごちゃ考えるから……ありえないと切り捨てることはできないな。
「なにがあった?」
「それが僕にもよくわかんないんだよね。昨日お買い物に行ったときは新しい便箋も買うって張り切ってたのに、お店にやってきたお嬢さん見てから元気がなくなっちゃって……シャロンが大人しく僕の膝で寝るなんて何年ぶりだろう」
 膝? シャロンの膝? いや……シャロンが膝枕されたのか?
 ジャスティンはその部分ばかり気になって話の内容を理解するために三度ほど頭の中で反芻した。
「待て、シャロンは誰に手紙を書くつもりだ?」
 便箋を買うなんて珍しい。ジャスティンには殆ど手紙を寄越したことがないくせにと苛立ってしまう。
「今気にするのそこ? 結局疲れちゃって便箋は買わなかったんだよ」
 ジェフリーはわざとらしい溜息を吐く。
「それで、そのお嬢さんなんだけど、テンペスト侯爵家のお嬢さんらしいんだ。でも、シャロンが彼女となにかあったって話は聞いたことがないんだよね。殿下なにか知ってる?」
 訊ねられ、どきりとする。
 テンペスト侯爵家のお嬢さんなんて、コートニー・テンペスト以外存在しない。
 かといってシャロンと直接の接点があるという話も聞いたことがなかった。
「コートニー・テンペストの様子に気になることはなかったか?」
「文具店の店主を罵ってたくらいかなぁ。あ。でも、シャロンはお嬢さんが入ってきたときから彼女のことを気にしていたみたいだよ」
 つまり、コートニー・テンペストの装いに気になる点があったのだろう。
 まさかこれ見よがしにシャロンから奪った耳飾りを着けていただとか?
「巡回の子に聞いたら、お嬢さんの着ていたドレスが殿下のお気に入りデザイナーの作品だって」
「……まさか……」
 シャロンの目の前で、シャロンの為に作らせたドレスを着ていたのか?
 クラウド夫人が没収したものリストを確認する。
「……そのドレスは……このデザインではなかったか?」
 シャロンの為に作らせたときのデザイン画を保管していてよかった。
 デザイン画をジェフリーに見せれば、彼は滅多に見せない驚きの表情を見せた。
「あ……これ……昨日お嬢さんが着てたやつだ……既製服だったの?」
「違う。俺がシャロンに贈ったドレスだ」
 シャロンに似合うと思ったものを注文した。世界でシャロンだけが着こなせるはずだ。なのに……。
「……コートニー・テンペスト……斬首だけでは済まさん……」
 できる限りの積みを暴いてやる。
 ジャスティンは心に誓う。
「だいたいあの女、シャロンとは胸囲が違いすぎるだろう! 俺のシャロンとは!」
 きっと胸囲がぶかぶかだったに違いない。
 詰め物をしたのか仕立て直したのか……。
 なんにしろ、シャロンの前で着るなんて……。
「シャロンは……まさかとは思うが……俺が誰にでも同じ物を贈っていると思い込んでいるのか?」
 ジャスティンはシャロンに出会ってからシャロン以外の女性に自ら贈り物をしたことがない。勿論、礼儀として必要な範囲の贈り物は人に任せている。が、自ら選ぶ贈り物はシャロンが相手のときだけだ。
「……あのドレスは……一月ひとつき悩んであの色に決めたんだぞ? シャロンの肌に合うと……」
 今すぐクラウド夫人を罰することができないだろうか。
 あの女の罪を白日の下にさらせばシャロンの悩みも少しは……いや、きっと事実を知れば知ったで傷ついてしまう。
 くそっ。
 ジャスティンは握りしめた拳を机に叩きつける。
 どうしたらシャロンを傷つけずに済むのだろうか。
「今日は兄さんがシャロンに付いているけど……シャロン、部屋から出てこないんだ。得意のパイが食べたいって言っても……」
 事件だよとジェフリーは蹲る。
 決して背が低い方ではないジャスティンが見上げるほど背があるくせに、仕草が幼い子供のようだ。
「シャロンがパイすら作らないのは本当に一大事だよ?」
「……そんなに頻繁にパイを作っているのか?」
「使用人がみんなパイって聞いただけでうんざりするくらいの頻度で」
 そんなに作るのであればたまには俺に持って来てくれればいいのにと不満を抱く。
 いや、ジャスティンだって立場はわかっている。
 そうそう手料理なんて口にしてはいけないのだ。本来は。
 けれども相手はシャロンだ。
 たとえ毒を盛られていたって最後まで食べてやる。
「……会いに行く」
 落ち込んで、きちんと誤解だと伝えよう。
 けれども……理由を打ち明ければシャロンを傷つけてしまうのではないだろうか。
「殿下、陛下にシャロンと面会禁止って言われてなかった?」
「シャロンと面会禁止と言うのであれば一切仕事をしないと父上に手紙を書いておこう。アレクシスもいつも通りに動けないんだ。父上が悲鳴を上げるに決まっている」
 いつまでも従っているのが馬鹿らしい。さっさと結婚を認めてくれれば今の三倍は働くのに。
「……まあ、確かに……陛下も殿下の監視ばっかりしてられないもんね」
 ジェフリーの考えは読めない。呆れているように見えるが、悪戯を企んでいるようにも見える。
 表情が読みにくい。常に気怠そうな印象だからかもしれないが、カラミティー侯爵家の人間はアレクシスを除き感情を読みにくい。
「お前とシャロンが血縁なのは納得できるが、アレクシスと血縁というのが信じられないな」
「そう? シャロンは結構兄さんと似てると思うけど」
 ジェフリーの言葉に驚く。
 シャロンがアレクシスと似ている?
 シャロンは耐えて耐えて耐え続けて自分の中で押し殺してしまう性格だ。すぐに物や他人に当たるアレクシスと似ているとは思えない。
「シャロンはよく耐える子だけど……限界が来ると兄さんより酷いから」
「は?」
 一体なにを言っているのだろう。
 ジャスティンの頭は理解を拒絶している。
「シャロンは俺がいくらわがままを言っても怒らないだろう?」
「そりゃあ、殿下のわがままなら……まあ、シャロンも困りはするけど……怒るほどでもないって思うんじゃない?」
 シャロンが怒る姿が想像出来ない。
 けれども、限界が来たことがあるのだろう。
「子供の頃、シャロンをからかいすぎて……別邸が崩壊したことがあるんだ」
「……崩壊って大袈裟じゃないのか?」
 しかしアレクシスなら物理的に崩壊させるだろう。
「カラミティー侯爵家に文官が多いのは、力の制御が下手過ぎて、武器の消耗が激しくそのせいで財政難になったことがあるからだって聞いたことがあるけど、アレクシスはまさにその感じだよ。まあ、兄さんは文官でも問題起こしまくってうちの財政に大打撃を与え続けてくれてるんだけど」
 質素倹約というわけでもないカラミティー侯爵家の調度品が安物なのはしょっちゅう壊されるからだと聞いたことはある。
 応接室や玄関だけはそれなりに整えているが、やはりもう少し下位の貴族と比べても質素という印象だ。
「魔法なんて滅びて随分経つけど、生まれ持った魔力っていうか、体質ばかりは仕方がないよね?」
 ジェフリーの言葉ですっかり忘れていたことを思い出す。
 数百年前までは世界に魔法が溢れていた。けれどもいつの間にか魔法というものが衰退した。
 それでも、人には魔力が宿っている。
 それぞれの体質のようなものだ。それは普段全く気にならない、日常生活では全く役にも立たず、害にもならない物が多い。
 ジャスティンだって他人より毒に対する耐性がある程度で、普段は大食いという気にならない程度の体質だ。
 が、カラミティー侯爵家は違う。
 度の過ぎた怪力。これが先祖代々だという。
 侯爵は精々重いものを軽々と持ち上げられる程度なのだが、アレクシスは制御出来ているのか出来ていないのか破壊に特化している。
「その割にお前はあまりそういう話を聞かないな」
 ジェフリーだってカラミティー侯爵家の人間だ。
「僕? まあ、兄さん達と違って制御が得意な方だからね。でも、やろうと思えばたぶんここの壁とか壊せるよ?」
 石造りの壁を指差す。
「やらなくていい」
 出来ると言われてしまえばそうなのだろうと納得するしかない。
「……つまり、シャロンが細腕の割に力があるのは……」
「あれ? 殿下、シャロンになにかされたことあるの?」
 シャロンは気を使ってあんまり人に触れないようにしてるのにと言われてしまい、先日の一件がバレるのではないかとひやひやする。
「ま、まあな……たまに……」
 シャロンに触れられた唇を思い出し、顔が熱くなる。
 いけない。こんなことを考えている場合ではないのに。
「とにかく、シャロンに会いに行くぞ。詳細も確認しないとな」
 報告待ちも多いが、それよりもシャロンだ。
 ジェフリーは呆れたように「はいはい」と返事をして、ゆっくりと起き上がる。
 なんだか怪談話に出てきそうなほどの長身だなと思い、今出発すればこの男と同じ馬車に乗る羽目になるのかと溜息が出てしまった。

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