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猫の女神
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なんだかとっても寝苦しい夜だった。
たいやきさんと押し入れをシェアして、上段で眠った。高級布団に大出世した快適な眠りのはずだったのに、胸の上になにかがのしかかったような奇妙な息苦しさを感じていたと思う。
たぶん、怖い夢を見た。
けれども目が覚めたとき、その内容を全く覚えていなかった。
朝食の席、既にきっちりとヘアスタイルも整えられた田中さんが、和装姿なのにコーンフレークを食べているのが少し不思議だなと思いつつ、コーンフレークを分けてもらった。
シンプルで美味しい。たいやきさんのところではめざしとお肉ばかりだったからこんなものを食べるのは久しぶりな気がしてしまう。
いや、大志のところでそこそこ高級なパンとか食べさせて貰っていたかも。それでもコーンフレークは特別だ。
たいやきさんと探偵猫はちょっと高そうな猫缶を用意されていた。探偵猫はお上品にはむはむと、たいやきさんは全力でがつがつ食べている。
やっぱりたいやきさんの食べっぷりが見ていて幸せな気分になる。
痩せてしまった分たくさん食べてふっくらころころして欲しいと思うのが人情というものだろう。
おかわりも沢山用意しますねと山積みにされた缶を追加しようと手を伸ばした瞬間、急に視界にノイズが入った気がした。
まるで古いテレビのチャンネルが合わないようなノイズで、そのまま目の前が真っ暗になった。
気がつくと、いつか見た『白い空間』に居た。
「人間」
声が響く。石像の女神だ。
猫頭の女神は、前に見たときよりも巨大に見える。
「女神様……」
とうとうお肉の時間が来てしまった。
最早諦めの境地だった。
その場で石像にひれ伏す。
「選べ」
声が響く。
「この世界に留まるか、たいやきの場所へ戻るか」
え?
選べるの?
「え? 私、猫を傷つけた罪でお肉にされるんじゃ……たいやきさんがお腹いっぱいになるためのお肉になるんじゃ……」
探偵猫に自棄ラムネをさせてしまった罪でお肉コースだと思っていたのに。
「……自ら猫に肉を捧げる覚悟があるのか……珍妙な人間だ」
心なしか女神の声が呆れている気がする。
相手は石像だから表情が変わるはずもないのに。
「あれらは人肉は口にしない」
それから、なにかが頭に触れる。
驚いて顔を上げると、田中さんと同じくらいの身長になった石像の女神のひんやりとした手が私の頭に触れていた。
「人間、お前は我と波長が合う。我に仕えよ。猫に仕えよ」
「え?」
下僕コースでしたか?
私は大志とは違う。猫の下僕になんて……まぁ、たいやきさんにお仕えするのは悪くないかなーとは思っているけど。
「供物を忘れるな」
石像の指が額に触れた。
ひんやりと冷たい石の指先からゆっくりと熱が額へと伝う。それが少しずつ奧に伝導し、脳の一部を熱くするような感覚があった。
「夢を渡れ」
石像の手が離れていく。
「夢を……渡る?」
そう、訊ねたときには目の前にノイズが入り、女神の姿は消えていた。
「早希ちゃん、大丈夫か?」
心配そうな田中さんの顔が見える。
「え? あの……私……」
「たいやきにおかわりをやろうとしてふらついたのは覚えているか?」
「……ふらつ……え?」
眠っていたわけではなかったようだ。
つまり、起きたまま、あの女神様とチャンネルが合ってしまった?
不思議に思って、たいやきさんを見ると、尻尾をピンと立ててなにかに驚いている様子だった。
どうしたのだろう。
探偵猫も確認する。彼も同じようになにかを感じ取っていたらしい。
「めがみさまのひだ」
「おそなえをよういしないと」
どうやら女神は自分で供物を要求するタイプの神様らしい。
厄介だな。
それに……私になにをしたのだろう。
「一瞬、石像の女神に会いました……頭を触られて……猫に仕えよと」
そう告げると田中さんは困惑した様子を見せる。
私だって同じ気持ちだ。
「そう……か。やはり岬家は猫となにかがあるのか?」
私も女神とやらに会いたいぞと叫び出しそうな田中さんを見て、どうして女神は彼に声をかけないのだろうと不思議に思う。
いや、女神は私に触れていた。
もしかして……。
「田中さん」
「ん?」
「ちょっと失礼します」
田中さんの手を握る。
女神様。この人間も猫に仕えたがっています。あなたに仕えさせて下さい。
心の中で祈る。
これが届いたら……田中さんは供物扱いなのか下僕扱いなのかはわからないけれど……。
「いきなりなにをするんだ。君は」
一瞬硬直した田中さんは照れたように顔を背けるけれど、手を振り払うようなことはしない。
照れ屋さんなのか。
「私たちもお供えを用意しましょう。やっぱりお肉屋さんでいいお肉を買うべきでしょうか。それとも釣りに行ってなにか魚を……」
いや、牧場に行って産みたて卵でも……猫って卵食べるのかな?
困惑する田中さんを放置して、女神様へのお供えを真剣に考えることにした。
たいやきさんと押し入れをシェアして、上段で眠った。高級布団に大出世した快適な眠りのはずだったのに、胸の上になにかがのしかかったような奇妙な息苦しさを感じていたと思う。
たぶん、怖い夢を見た。
けれども目が覚めたとき、その内容を全く覚えていなかった。
朝食の席、既にきっちりとヘアスタイルも整えられた田中さんが、和装姿なのにコーンフレークを食べているのが少し不思議だなと思いつつ、コーンフレークを分けてもらった。
シンプルで美味しい。たいやきさんのところではめざしとお肉ばかりだったからこんなものを食べるのは久しぶりな気がしてしまう。
いや、大志のところでそこそこ高級なパンとか食べさせて貰っていたかも。それでもコーンフレークは特別だ。
たいやきさんと探偵猫はちょっと高そうな猫缶を用意されていた。探偵猫はお上品にはむはむと、たいやきさんは全力でがつがつ食べている。
やっぱりたいやきさんの食べっぷりが見ていて幸せな気分になる。
痩せてしまった分たくさん食べてふっくらころころして欲しいと思うのが人情というものだろう。
おかわりも沢山用意しますねと山積みにされた缶を追加しようと手を伸ばした瞬間、急に視界にノイズが入った気がした。
まるで古いテレビのチャンネルが合わないようなノイズで、そのまま目の前が真っ暗になった。
気がつくと、いつか見た『白い空間』に居た。
「人間」
声が響く。石像の女神だ。
猫頭の女神は、前に見たときよりも巨大に見える。
「女神様……」
とうとうお肉の時間が来てしまった。
最早諦めの境地だった。
その場で石像にひれ伏す。
「選べ」
声が響く。
「この世界に留まるか、たいやきの場所へ戻るか」
え?
選べるの?
「え? 私、猫を傷つけた罪でお肉にされるんじゃ……たいやきさんがお腹いっぱいになるためのお肉になるんじゃ……」
探偵猫に自棄ラムネをさせてしまった罪でお肉コースだと思っていたのに。
「……自ら猫に肉を捧げる覚悟があるのか……珍妙な人間だ」
心なしか女神の声が呆れている気がする。
相手は石像だから表情が変わるはずもないのに。
「あれらは人肉は口にしない」
それから、なにかが頭に触れる。
驚いて顔を上げると、田中さんと同じくらいの身長になった石像の女神のひんやりとした手が私の頭に触れていた。
「人間、お前は我と波長が合う。我に仕えよ。猫に仕えよ」
「え?」
下僕コースでしたか?
私は大志とは違う。猫の下僕になんて……まぁ、たいやきさんにお仕えするのは悪くないかなーとは思っているけど。
「供物を忘れるな」
石像の指が額に触れた。
ひんやりと冷たい石の指先からゆっくりと熱が額へと伝う。それが少しずつ奧に伝導し、脳の一部を熱くするような感覚があった。
「夢を渡れ」
石像の手が離れていく。
「夢を……渡る?」
そう、訊ねたときには目の前にノイズが入り、女神の姿は消えていた。
「早希ちゃん、大丈夫か?」
心配そうな田中さんの顔が見える。
「え? あの……私……」
「たいやきにおかわりをやろうとしてふらついたのは覚えているか?」
「……ふらつ……え?」
眠っていたわけではなかったようだ。
つまり、起きたまま、あの女神様とチャンネルが合ってしまった?
不思議に思って、たいやきさんを見ると、尻尾をピンと立ててなにかに驚いている様子だった。
どうしたのだろう。
探偵猫も確認する。彼も同じようになにかを感じ取っていたらしい。
「めがみさまのひだ」
「おそなえをよういしないと」
どうやら女神は自分で供物を要求するタイプの神様らしい。
厄介だな。
それに……私になにをしたのだろう。
「一瞬、石像の女神に会いました……頭を触られて……猫に仕えよと」
そう告げると田中さんは困惑した様子を見せる。
私だって同じ気持ちだ。
「そう……か。やはり岬家は猫となにかがあるのか?」
私も女神とやらに会いたいぞと叫び出しそうな田中さんを見て、どうして女神は彼に声をかけないのだろうと不思議に思う。
いや、女神は私に触れていた。
もしかして……。
「田中さん」
「ん?」
「ちょっと失礼します」
田中さんの手を握る。
女神様。この人間も猫に仕えたがっています。あなたに仕えさせて下さい。
心の中で祈る。
これが届いたら……田中さんは供物扱いなのか下僕扱いなのかはわからないけれど……。
「いきなりなにをするんだ。君は」
一瞬硬直した田中さんは照れたように顔を背けるけれど、手を振り払うようなことはしない。
照れ屋さんなのか。
「私たちもお供えを用意しましょう。やっぱりお肉屋さんでいいお肉を買うべきでしょうか。それとも釣りに行ってなにか魚を……」
いや、牧場に行って産みたて卵でも……猫って卵食べるのかな?
困惑する田中さんを放置して、女神様へのお供えを真剣に考えることにした。
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