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たくやさん

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 探偵猫が田中さんに会いたがっていると大志に訴え、そして探偵猫にはお世話になっているので飼い主の田中さんに挨拶もしたいと告げると、一体どんな手段を使ったのか、探偵猫まで一緒に田中さんの病室に入れて貰えた。
 病院だぞここは。
 ペットが見舞いに入れるなんて、大志は一体なにをしたのだろう。

 田中さんの第一印象は……。
 想像と全然違う!
 バンドマンと言われた方が納得できるフーセンガムみたいなピンクの髪をしているし、多分カラコンを入れているのだろう、探偵猫とお揃いのグリーンの瞳。なにより、気難しそうに見えるけれど、超のつくイケメンだ。
 正直大志の負けだ。表情に胡散臭さがない。気難しそうだけど。
「は、はじめまして。岬早希です……」
「ああ、岬さんの親戚の……うちのおはぎが世話になったそうだね」
 ベッドに腰掛けた彼は気難しそうに見えたけれど、思ったよりも柔らかく話す。
 なにより、若い。そして和装?
 入院に浴衣を持ってくる人を初めて見た。
 てっきりさみしい中年かと思ったのに、多分大志と同じくらいだ。
「いえ、おはぎさんには私の方がお世話になっていて……」
 そう答えると、田中さんは首を傾げる。
「君が、おはぎの? あー、確かにうちのおはぎは少し変わった猫だが……君は人間だろう?」
「え、ええ……その……」
 ちらりと大志を見る。
 大志の前で猫の言葉がわかるなんて口にしたら絶対嫉妬しておかしなことをする。未だに主人飼い猫の言葉すら理解できない下僕飼い主なのだから。
「……なんとなく予測出来た。岬さん、少し席を外して貰えますか?」
 一体なにを予測したのだろう。
 田中さんは一人で頷いて、それから大志に病室の外で待つように告げる。
 大志は一瞬驚きを見せたが、有権者へのアピールなのか、大人しく従った。
 いや、田中さんに弱味でも握られている可能性もある。
 例えば猫に向かって五体投地していたところを見られてしまったとか。
「それで」
 田中さんが口を開く。
「君は、おはぎの言葉を理解出来るのか?」
 少しだけ警戒するような様子を見せられた。
「えっと……たぶん……はい。おはぎさんだけじゃなくて……大志の飼い猫もなんとなくですが……」
 なんとなくと言うには随分とはっきり悪意を見せられた気はするけれど。
「……おはぎ、本当か?」
 探偵猫は普段はおはぎと呼ばれているのかと少しだけおかしく感じながらも、私の言葉の信憑性を確認しようとする田中さんは、本当に普段から探偵猫と会話しているのだろう。
「うん。さきちゃんは、わたしやてんちょうさんのことばをちゃんとりかいしてくれるし、わたしたちのばしょにいけるこだよ」
 探偵猫ぴょんと、ベッドの横に置かれた椅子に跳び乗って答える。
 あ、跳べたんだ。
 いや、猫だもの。身体能力は高いだろう。
 どうも普段まったりのんびりしているたいやきさんを見慣れているせいで、猫の身体能力を忘れてしまう。
「君の場所に行ける……? 私もまだ行っていないのに……うらやま……しくなんてないぞっ!」
 あ、面倒くさい大人だ。
 田中さんは本気で悔しがっているように見える。
「私は完全におはぎの言葉を理解出来るわけではない、というよりもおはぎにこちらの知識が足りなくて説明が出来ていないのだと思う。だから……君が見た、彼らの場所とやらを……全て漏れなく私に教えてくれ!」
 がっしりと手を握られ、驚くと、探偵猫の猫パンチが田中さんを遅う。
「たくやさん、じょせいにきやすくふれてはいけないよ」
「はっ……つい……すまない。興奮した……」
 素直に謝罪される。
 探偵猫は田中さんの保護者なのかな?
「たくやさんはねっちゅうするとつい、いろんなことがぬけおちてしまうんだ」
「へ、へぇ……」
「ちょっとふけてみえるけど、これでにじゅうごさいのおすだよ」
「え? ええっ?」
 もっと上かと思った。私とそんなに変わらない……。
「おはぎ……君は私の個人情報をべらべらと話し過ぎだ」
 田中さんはひょいと探偵猫を拾い上げ、自分の膝に乗せて背を撫で始めた。
「今のところ早希ちゃん意外におはぎの言葉を理解出来る人間には遭遇したことがないが……いつもこうやってべらべらと個人情報を喋られては困る」
 田中さんは困ったように笑う。
「あれ、助手さんはおはぎさんの言葉がわからないのですか?」
「ああ……彼女のことも知っているのか。おはぎ、なんでも話すな」
「わたしではないよ。ひろしさんだよ」
 田中さんと探偵猫は穏やかに言い争っている。
 多分、このふたりは普段からこうやって静かな会話をしているのだろう。
「早希ちゃんは学生さん?」
「え? あー……卒業して…………大志のところでバイト……してました」
 職業を聞かれると辛いものがある。
 たいやきさんの「おみせ」でにぼしやどんぐりを報酬に働いているが、それ以前はどうだったかというと……まあ、家族に若干心配される有様だ。大志の事務所で働かないかと声が掛かる程度には。
「……フリーターというやつかな?」
「……そ、そういうことにしておいてください」
 気を遣わせてしまった。
「あー、その、君が嫌でなければ、私の助手はどうだろう? おはぎのことばを理解出来る人は稀少だ」
「へ?」
 突然就活が始まる?
「その……今の助手は……ああ、押しかけ助手が……はぁ……」
 相当相性が悪い人を助手に雇ってしまったらしい。
 それ以前に。
「田中さんのご職業って、なんですか?」
 助手が必要な仕事?
「……一応、作家……なのだが……余計な仕事も多くて……」
「作家さん……凄いですね」
 作家に助手が必要なのだろうかと首を傾げる。
「たくやさんはね、ぺんねーむとほんみょうのりょうほうでしごとをしているからね」
「電話の応対をしてくれる女性が必要なんだ……あとは……サイン会の影武者……」
「難易度が高い助手ですね」
 影武者が必要になるって一体なにを書いているんだ。
「少女小説を書いているのが男では少女たちの夢を壊すだろう」
「え? 少女小説を書いているんですか?」
「……まあ……推理小説も出してはいるが……本当は猫ちゃんのファンタジーだけ書いていたいのに……血生臭いやつの方が売れるのはどうしてだ……」
 あ、ホラーも書いてそうだ。
「たくやさんはうれればなんでもかくひとだから」
 職業作家としては正解なのではないだろうか。
「はぁ……猫に囲まれてのんびり過ごしたい……電話線を引っこ抜いて……インターフォンも取り外してしまおう……」
 あ、この人、仕事が嫌で入院したんじゃ……。
「来客対応と電話対応だけでもして貰えると助かる。あとは……私の字が解読できれば素晴らしい」
「へ?」
「今の助手には悪筆だと毎日罵られている」
 つまり私は採用されるのかな?
「えっと……お給料はにぼし何本からでしょうか?」
「は? にぼし?」
 田中さんは本気で呆れた顔をしている。
 これは、長い話が必要になりそうだ。
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