35 / 52
未来からの手紙
未来からの手紙 1
しおりを挟む浮かれている。
僕は完全に浮かれている。
フローレンスの指に輝く婚約指輪が目に入る度に現実なのだと実感する。
フローレンスと正式に婚約した。
魔術抜きで。脅迫も危険な薬物ももちろんなしだ。
半生どころかほぼ生卵のオムレツだって気にならない程度には浮かれている。
花嫁姿のフローレンスが今から楽しみで仕方ない。まあ、彼女の家族からの多少の嫌がらせは覚悟が必要だが。
未だにフローレンスの二番目の兄、ベンジャミンは僕が気に入らないらしくフローレンスに考え直せと説得の電話を日に三度は掛けてくるらしい。しかしダニエルに言わせれば弟でさえフローレンスに近づくのが気に入らない人だから気にしなくていいらしい。確かに妹を溺愛し過ぎている男だった。
フローレンスはフローレンスで浮かれている。結婚式のドレスを選ぶのが楽しみだと(なぜか)ラスールだけでなく学生のひとりを連れていくと言っていた。僕は当日まで見せてもらえないらしい。
それに新婚旅行はどこに行くかとこれも相当楽しみにしている。フローレンス程語学ができればどこに行っても安心だろう。なにせ古代言語すら母国語のように操る女だ。しかし僕としては国内の方が嬉しい。あまり遠出は好きではない。できるだけフローレンスの要望通りにしたいとは思っているが……。
フローレンスのご両親にはいつ挨拶に行けばいいのだろう。
言語の壁、生活水準の壁その他諸々。不安は増大するばかりだ。
それに……。
フローレンスに僕の母親について話さなくてはいけない。
正直あの人の話はしたくない。フローレンスの耳が穢れそうだ。
結婚は僕たち二人のものだと考えたいが、どうしても家の話は出てしまう。
フローレンスの実家は意識が遠のきそうな程に由緒正しい立派な家だろうし、僕の家は足下の泥より汚らわしく見えてしまうかもしれない。
本来であればフローレンスのようないいところのお嬢さんと接点すらないはずなのだ。
そう考えると浮かれていたはずの気持ちがどんどん沈んでいく。
やはりラスールに言語を教わろう。
たくさん罵られるかもしれないがフローレンスの家族の前で恥をかくよりはマシだ。フローレンスは僕を甘やかしすぎるから僕の講師には向いていない。
溜息が出てしまう。
思っていた以上にまだまだ問題が残っている。
結婚を申し込むだけでも僕の中では人生最大の苦難と言えるほどの覚悟が必要だったのに更なる苦難が待ち構えているとは。
それでも、幸せそうなフローレンスを見ていればもう少し頑張ろうという気になれる。
まずは自分の出来ることからやっていこう。
例えば母にもう連絡を寄こさないでくれと頼むことだとか。
職場に届いた見合い写真にうんざりする。
時々届く母基準での「いいお嬢さん」達の写真。
確かに真面目そうで、お堅い職業の人が多い。教師だとか弁護士だとか優秀な人ばかりだ。
けれども僕だって相手は自分で選ぶ。その結果がフローレンスだったとしたって母にしつこく写真を送られるのは迷惑だ。
そもそも相手がフローレンスでなければ結婚しようだなんて考えなかった。僕はひとりで植物でも育てながら生涯を終えるつもりだった。
机に積まれた大きな包みにうんざりする。
明らかに中身はそれだ。
事務員さんが気を利かせて「お母様からのお届け物です」とメモを貼ってくれているが、この人からの郵便物は全て受け取り拒否して欲しい。
だいたいフローレンスに見られたら殺される。
それが僕なのか写真の中の女性達なのかはわからないが。
フローレンスのことは大切に思っているが怖いと言えば怖い。たぶん僕はこの先ずっと尻に敷かれ続ける。けれどもそれで構わないとも思っている。
開けるのも億劫な包みを動かすと、その下封筒がひとつあった。
真っ白な封筒に差出人名はない。
本当に僕宛なのだろうか?
けれども封筒にはなにも書かれていないので開けてみるしかない。
一応封筒の上から触れて硬い物が入っていないか確認する。ごく稀に刃物が入った手紙を受け取ることがあるからだ。
確認した限りだとどうやら紙しか入っていない。
ペーパーナイフで封を切る。
中身は無地の便箋で、たった一行しか書かれていなかった。
結婚式を中止しろ。
その文字はよく知っている筆跡だった。
僕の字だ。
けれどもラスールが僕の文字をそっくり再現出来ることを知っている。
まさかラスールの仕業か?
けれども彼は僕にフローレンスを押しつけたがっていた気がする。
他に誰かが僕の筆跡を真似て脅してきたのだろうか。そうなると思い浮かぶのはマーク・レルムだ。
あいつは妙にフローレンスに執着しているし、その関係で僕を恨んでいるのだからなにかしでかすとしたら一番の容疑者だろう。
しかし、差出人不明の不審な封筒を置くために研究所に侵入するなんてことができるだろうか? 一応それなりに機密や危険物も取り扱うのだ。部外者は入れないはずだ。
しかし、あの男はフローレンスと同じように魔術を扱える。警備員を洗脳したりして侵入した可能性も除外できない。
一応ラスールに会ったら確認だけしておこう。それまではフローレンスに見つからないように隠しておかなければ。
差出人不明の手紙を鞄の奧に押し込んだ。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる