48 / 53
12 褒美
しおりを挟む表彰状とケーキ、それに新しい外出着と靴。
目の前に並べられた品々を見て、溜息が出た。
緊張しすぎて逃げ出してしまった閉会式。
帰宅するとアルジャン様が表彰状と贈り物を届けてくださった。
「……よくやった」
ぽんと、頭を撫でられたことに困惑する。
今日はよく頭を撫でられる日だ。
兄も大きな花束をくれた。
「頑張ったな。今日はしっかり休め」
就寝前にお茶を持って来てくれたことに驚く。
「ありがとうございます」
「あー、アルジャンの誘いは断りたかったら断っていい」
「え?」
「週末の歌劇だ」
外出着は週末に着ろと贈られたことを思い出す。
「……歌劇のお誘いは……嬉しいのです。でも……」
アルジャン様とふたりになってしまうのは緊張する。
彼の機嫌をいつ損ねるかわからない。
それに、今日もアルジャン様は不機嫌そうだった。
「変に遠慮しているならその必要はない。レア様だって快く席を譲って下さるだろう。どうしてもアルジャンと同席したくないなら席だけ譲り受けろ。演目はお前の好きそうな……あー、これは悲恋ものか?」
兄は雑誌を手に演目を確認し、頭を抱える。
「アル……演目を確認せずに誘ったな?」
「悲劇も嫌いではありません。歌劇は音楽が全てです」
噂の歌手が素晴らしい悲恋の歌を披露するらしい。演奏の参考になりそうだとは思っていた。
それに……歌劇は中々父の許可が下りない。
正直、アルジャン様が誘ってくださったのは意外だった。彼はああいう大人しく座っていなければいけない場面が苦手だから嫌がるとばかり思っていた。
「そうか……いや、あまり気負わず楽しんでこい。アルジャンもお前の演奏を褒めて……褒美をやりたいと言っていただろう?」
兄の言葉に、思わず自分の頭に触れる。
アルジャン様に撫でられた感触がまだ残っているような気がして、胸の奥が熱くなった。
褒められた。
その実感に困惑してしまう。
「素直に喜んでもいいと思うぞ?」
ふわりと、兄の手が頭を撫でる。
アルジャン様とは違う、柔らかく髪を撫でるような手つきに安心する。
アルジャン様に撫でられたときは、胸の奥からなにかが込み上げてきたような気がした。
おかしい。
兄が撫でてくれているのに、どうしてアルジャン様と比較してしまうのだろう。
アルジャン様の手を恋しいと思っている?
「……アルジャン様に褒めて頂けるとは思いませんでした」
失望させてしまうとばかり考えてしまっていたのに、急にあんな態度を取られては困惑してしまう。
「お前のヴァイオリンの腕だけは俺も、ヴァネッサも認めている。演奏にはもっと自信を持っていい。それと……オプスキュールの血筋だ。外見だって……お前が自分で思っているほどは悪くない」
くしゃくしゃと頭を撫でられ、困惑する。
「お兄様……慰めて、くださっているのですか?」
「黙れ。……俺だってらしくないと思っている……けど……着飾ればそれなりなんだ。もう少しくらい日頃から着飾っても……いいと思うぞ?」
年頃の娘なんだし。と付け足され、困惑する。
兄の意外な一面を見た気がする。
「……私は……お姉様のようにはなれません」
「ならなくていい。むしろ、あれは手本にしてはいけない生き物だと思え」
強い口調で言い放たれ、思わず背筋が伸びる。
どうも、兄は姉を真似ることを快く思っていないようだ。
「セシリア、お前にはお前の良さがある……とアルジャンもイルム様も言っている。だから、無理に姉上を真似る必要はない」
諭すような声はきっと私を案じてくれている。
「……はい、お兄様……イルム様のお考えも理解はできませんが……今日のイルム様は私を励ましてくださろうとしたのでしょう」
「……そう言うことにしておけ」
少し呆れた声に、なにか失敗してしまったのではないかと不安になる。
兄のように賢い頭は授からなかった。
姉のような美貌も授からなかった。
ない物ばかりねだってはいけないと理解はしていても、やはり心のどこかで比較してしまう。
「今日はもう休め。そして、アルジャンの誘いを断るか考えろ。まあ、席だけ貰ってアルジャンを放っておくのも手だ。なんなら、レア様とふたりで行ってもいい」
お前の為なら時間を作ってくれると兄は言うけれど、一国の王妃にそんなことをさせるわけにはいかない。
それに……。
せっかくアルジャン様が誘ってくださったのに、そんな扱いをするのは失礼だ。
「……アルジャン様の気が変わらなければ……ご一緒させていただきます」
歌劇には興味がないであろう彼が誘ってくださったのだから。
「そうか。なら、俺からも褒美だ」
一冊の本を渡される。
なんだろう?
首を傾げながら受け取れば、楽曲集だった。
ヴァイオリンとヴィオラの為の二重奏ばかりを集めた楽譜。
「あの……これは?」
「気が向いたら合奏してやる」
その言葉に飛び上がりそうになる。
拍手より嬉しい。
兄は合奏をねだっても中々相手をしてくれなかった。
本当に特別な時だけ合奏してくれた。
「お兄様……ありがとう……ございます……今まで頂いたものの中で一番嬉しいです」
「……大袈裟だ。それに、俺も忙しい。気が向いたらだぞ」
念押しをして、今日は休めと寝台を示す。
眠るまで側に居てくれるのはここ数日の流れで、私が休むことを確認しなければ理由をつけていつまでも部屋に留まる。
「はい、おやすみなさい」
兄が休めるように早く休まなくては。
そう思うのに、胸が高鳴りすぎて眠れそうになかった。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
【完結】悪役令嬢エヴァンジェリンは静かに死にたい
小達出みかん
恋愛
私は、悪役令嬢。ヒロインの代わりに死ぬ役どころ。
エヴァンジェリンはそうわきまえて、冷たい婚約者のどんな扱いにも耐え、死ぬ日のためにもくもくとやるべき事をこなしていた。
しかし、ヒロインを虐めたと濡れ衣を着せられ、「やっていません」と初めて婚約者に歯向かったその日から、物語の歯車が狂いだす。
――ヒロインの身代わりに死ぬ予定の悪役令嬢だったのに、愛されキャラにジョブチェンしちゃったみたい(無自覚)でなかなか死ねない! 幸薄令嬢のお話です。
安心してください、ハピエンです――
婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~
扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。
公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。
はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。
しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。
拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。
▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。
伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。
しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。
当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。
……本当に好きな人を、諦めてまで。
幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。
そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。
このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。
夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。
愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。
父の大事な家族は、再婚相手と異母妹のみで、私は元より家族ではなかったようです
珠宮さくら
恋愛
フィロマという国で、母の病を治そうとした1人の少女がいた。母のみならず、その病に苦しむ者は、年々増えていたが、治せる薬はなく、進行を遅らせる薬しかなかった。
その病を色んな本を読んで調べあげた彼女の名前は、ヴァリャ・チャンダ。だが、それで病に効く特効薬が出来上がることになったが、母を救うことは叶わなかった。
そんな彼女が、楽しみにしていたのは隣国のラジェスへの留学だったのだが、そのために必死に貯めていた資金も父に取り上げられ、義母と異母妹の散財のために金を稼げとまで言われてしまう。
そこにヴァリャにとって救世主のように現れた令嬢がいたことで、彼女の人生は一変していくのだが、彼女らしさが消えることはなかった。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる