青の記憶を瓶に詰めて

ROSE

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12 褒美

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 表彰状とケーキ、それに新しい外出着と靴。
 目の前に並べられた品々を見て、溜息が出た。
 緊張しすぎて逃げ出してしまった閉会式。
 帰宅するとアルジャン様が表彰状と贈り物を届けてくださった。

「……よくやった」

 ぽんと、頭を撫でられたことに困惑する。
 今日はよく頭を撫でられる日だ。
 兄も大きな花束をくれた。
「頑張ったな。今日はしっかり休め」
 就寝前にお茶を持って来てくれたことに驚く。
「ありがとうございます」
「あー、アルジャンの誘いは断りたかったら断っていい」
「え?」
「週末の歌劇だ」
 外出着は週末に着ろと贈られたことを思い出す。
「……歌劇のお誘いは……嬉しいのです。でも……」
 アルジャン様とふたりになってしまうのは緊張する。
 彼の機嫌をいつ損ねるかわからない。
 それに、今日もアルジャン様は不機嫌そうだった。
「変に遠慮しているならその必要はない。レア様だって快く席を譲って下さるだろう。どうしてもアルジャンと同席したくないなら席だけ譲り受けろ。演目はお前の好きそうな……あー、これは悲恋ものか?」
 兄は雑誌を手に演目を確認し、頭を抱える。
「アル……演目を確認せずに誘ったな?」
「悲劇も嫌いではありません。歌劇は音楽が全てです」
 噂の歌手が素晴らしい悲恋の歌を披露するらしい。演奏の参考になりそうだとは思っていた。
 それに……歌劇は中々父の許可が下りない。
 正直、アルジャン様が誘ってくださったのは意外だった。彼はああいう大人しく座っていなければいけない場面が苦手だから嫌がるとばかり思っていた。
「そうか……いや、あまり気負わず楽しんでこい。アルジャンもお前の演奏を褒めて……褒美をやりたいと言っていただろう?」
 兄の言葉に、思わず自分の頭に触れる。
 アルジャン様に撫でられた感触がまだ残っているような気がして、胸の奥が熱くなった。
 褒められた。
 その実感に困惑してしまう。
「素直に喜んでもいいと思うぞ?」
 ふわりと、兄の手が頭を撫でる。
 アルジャン様とは違う、柔らかく髪を撫でるような手つきに安心する。
 アルジャン様に撫でられたときは、胸の奥からなにかが込み上げてきたような気がした。
 おかしい。
 兄が撫でてくれているのに、どうしてアルジャン様と比較してしまうのだろう。
 アルジャン様の手を恋しいと思っている?
「……アルジャン様に褒めて頂けるとは思いませんでした」
 失望させてしまうとばかり考えてしまっていたのに、急にあんな態度を取られては困惑してしまう。
「お前のヴァイオリンの腕だけは俺も、ヴァネッサも認めている。演奏にはもっと自信を持っていい。それと……オプスキュールの血筋だ。外見だって……お前が自分で思っているほどは悪くない」
 くしゃくしゃと頭を撫でられ、困惑する。
「お兄様……慰めて、くださっているのですか?」
「黙れ。……俺だってらしくないと思っている……けど……着飾ればそれなりなんだ。もう少しくらい日頃から着飾っても……いいと思うぞ?」
 年頃の娘なんだし。と付け足され、困惑する。
 兄の意外な一面を見た気がする。
「……私は……お姉様のようにはなれません」
「ならなくていい。むしろ、あれは手本にしてはいけない生き物だと思え」
 強い口調で言い放たれ、思わず背筋が伸びる。
 どうも、兄は姉を真似ることを快く思っていないようだ。
「セシリア、お前にはお前の良さがある……とアルジャンもイルム様も言っている。だから、無理に姉上を真似る必要はない」
 諭すような声はきっと私を案じてくれている。
「……はい、お兄様……イルム様のお考えも理解はできませんが……今日のイルム様は私を励ましてくださろうとしたのでしょう」
「……そう言うことにしておけ」
 少し呆れた声に、なにか失敗してしまったのではないかと不安になる。
 兄のように賢い頭は授からなかった。
 姉のような美貌も授からなかった。
 ない物ばかりねだってはいけないと理解はしていても、やはり心のどこかで比較してしまう。
「今日はもう休め。そして、アルジャンの誘いを断るか考えろ。まあ、席だけ貰ってアルジャンを放っておくのも手だ。なんなら、レア様とふたりで行ってもいい」
 お前の為なら時間を作ってくれると兄は言うけれど、一国の王妃にそんなことをさせるわけにはいかない。
 それに……。
 せっかくアルジャン様が誘ってくださったのに、そんな扱いをするのは失礼だ。
「……アルジャン様の気が変わらなければ……ご一緒させていただきます」
 歌劇には興味がないであろう彼が誘ってくださったのだから。
「そうか。なら、俺からも褒美だ」
 一冊の本を渡される。
 なんだろう?
 首を傾げながら受け取れば、楽曲集だった。
 ヴァイオリンとヴィオラの為の二重奏ばかりを集めた楽譜。
「あの……これは?」
「気が向いたら合奏してやる」
 その言葉に飛び上がりそうになる。
 拍手より嬉しい。
 兄は合奏をねだっても中々相手をしてくれなかった。
 本当に特別な時だけ合奏してくれた。
「お兄様……ありがとう……ございます……今まで頂いたものの中で一番嬉しいです」
「……大袈裟だ。それに、俺も忙しい。気が向いたらだぞ」
 念押しをして、今日は休めと寝台を示す。
 眠るまで側に居てくれるのはここ数日の流れで、私が休むことを確認しなければ理由をつけていつまでも部屋に留まる。
「はい、おやすみなさい」
 兄が休めるように早く休まなくては。
 そう思うのに、胸が高鳴りすぎて眠れそうになかった。
 
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