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心の傷(トラウマ)

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「……私がこの聖属性の魔法を身に着けたのは私が吸血鬼になるより前の事……私が人間だった時の事です」

「人間だった……」

「はい……私は人間でした。私は元々、王国の王女だったのです。ですが、役割としては王国の王女としてだけではありませんでした。聖女として、自分達の王国を守護する役割を果たしていたのです……」

 聖女。聖女とは主に、神官など、神に仕え、国や人々を邪悪な存在から守護する天職である。そうか……彼女は先天的な生まれた時からの吸血鬼ではなく、後天的に、恐らく、何者かに血を吸われた、後天的な吸血鬼だったのか。

「最初は穏やかな日々を過ごしておりました……ですが、ある日の晩。今でも鮮明に覚えております……とても綺麗な満月でした。しかもただの綺麗な満月ではありません……血のように赤く染まった、異様な満月でした」

 ティアは語る。月が実際に血のように赤く染まるわけではない。恐らくはその襲撃してきた人物による、結界か何かの作用によるものであろう。その結果として、当時のティアの見ていた月が血のように赤く映し出された、そう思う方が自然だ。

「そんな血のように赤い月をした満月の日に……赤い瞳と髪をした、不思議な女性が姿を現したのです。一目見ただけでわかりました……何者かまではわからない。ですが、明らかに邪悪な存在である事を聖女である私は直観的に理解する事ができたのです……」

「……そうか。そんな事が……」

「はい……。私はその真っ赤な女性と闘いました。聖女として、自らの王国を守る為に……今、思えばその方は吸血鬼に間違いなかったのでしょう。私は聖女として、その方と闘いました……ですが、その闘いに敗れ、私はその方に血を吸われ、吸血鬼になってしまったのです……」

「……そうか。そんな事があったのか……」

 ティアの話は続いた。

「吸血鬼になってからの私の生活は悲惨なものでした……国を守護する立場にある、聖女が吸血鬼になってしまったのですから。それから、国民による内乱が起きたのです。私は捕らえられ、凄惨な処罰を受けました。磔にされ、何人もの魔法師による、火炎魔法で焼かれたのです」

 ティアは心痛な表情で告げる。そのあまりに痛ましい表情に来斗の心臓が締め付けられるような感覚になる。

「しかし……吸血鬼化した私の回復力は尋常なものではありませんでした。私はその火炎魔法を受けても尚、絶命する事は決してなかったのです。どのような拷問を受けても蘇生する私に手を焼いた人々は結局、私の命を奪う事を諦め、ダンジョンに遺棄し、封印措置をする事にしたのです……。決して、私が目覚めないように……」

 彼女はそう語った。

「不幸な事に、聖女である私がいなくなった王国は魔に冒され、滅んでしまいました。王国を守る守り手を欠いた為、滅ぶ以外の結末がなかったようです……」

 何の救いもない話だった……。

「悪いな……思い出させたくもない事、思い出させてしまって」

 来斗はそう、謝罪をした。

「いえ……ライトさんが謝る事はありません……。私が話したくて話しただけですから。それに、こうして初めて誰かに打ち明けたら、大分心が楽になりました」

「……そうか。だったら良かったけどさ」

「こうして話しているだけでは埒があきません。進みましょうか」

「ああ……そうしようか」

 二人は進む。この地下迷宮(ダンジョン)『ウロボロス』を。

 来斗は知っていた。この地下迷宮(ダンジョン)の攻略が終局へと至ってきている事に。

 永遠に終わりの見えない地下迷宮(ダンジョン)でも、一歩、また一歩と踏み出す度に、確実に終わりは近づいてきているのだ。

 地下迷宮(ダンジョン)『ウロボロス』の完全攻略(クリア)は近かった。

 しかし……来斗にはひとつの疑念が残っていた。ティアがいた王国を襲った吸血鬼の目的……存在だ。そして吸血鬼は永遠の命を持っている、不死身の存在だ。恐らくは今も生きている事だろう。不死者(アンデッド)が生きているというのも不思議な話ではあったが……。生きている、というよりは『存在している』と言った方が誤解がないか。

 もしかしたらその深紅の吸血鬼と相まみえる機会もあるかもしれない。そう、来斗は思っていた。
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