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五章 遠い日、君の涙
キース編⑦「さぁ、キース君行くよ」
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折り重なったツンドラの周りには多量の石が散乱していた。食料やら薬品も散らばっており、所々には焦げたような跡もある。
「遅かった、のか……?」
走ったことによるものとはまた違った心拍数の増加を感じる。
遠回りしなければ良かったか。
「ピュアナ、ピュアナ! どこにっ」
「キース君、シーッ! こっち」
その時、先程通ってきた地下通路から覗くものがあった。すぐにそちらへ行くと、緊張がようやく緩む。
「はぁ……良かった。まだ何も来ていないんだね」
「ごめんね、わざと荒らされた様に見せていたの。向こうは大丈夫だった?」
ピュアナが水を差し出しながら聞いてきた。それを受け取りつつ、これまでのことを思い出す。
彼女を見て一安心はしたが、ここに急いで来た理由を忘れてはいけない。
「……残念だけどかなり深刻だ。来ているんだよ、闇の力を持った眼鏡の男が」
その言葉だけでピュアナの表情が一気に強張った。やはり彼女とあの男の間には、相当の何かがあったらしい。
「そう、なんだ……。いよいよ本気で来たのね……。
キース君、その男の人と話をしたの」
「あぁ。色々教えてくれたよ。ツヴァイって名前とか、今更来た理由とかね」
「……っ」
下を向くピュアナの顔が青くなる。肩や足も少し震えており、支えてやらないと倒れてしまいそうだ。
「大丈夫、ではなさそうだね。でもまだ話さないといけないこともあるから、少し座ろうか」
半ば強引に座らせて少し様子を見る。本当はすぐにでも遠くに行きたいが、今の彼女に無理をさせるのも気が引ける。
しかし、次に口を開けたのは彼女の方だった。
「キース君。私の方こそ、話さないといけないことがあるの」
顔色は悪いが、こちらを見る瞳は真剣そのものだった。そう、それは世界と戦う覚悟があるか聞かれた時の、あの瞳と同じもの。
「いいよ。話して」
「ありがとう。
……私にはね、アテラを壊せちゃうくらいの大きな力があるの。でもその力はコントロール出来なくて。もしそれが発動したら、私は暴走の末に……死んでしまうわ」
僅かに憂いを帯びた笑みを最後に向けて、彼女はそう言った。
「それは彼からも聞いたよ。でも彼は、君は知らないって」
「初めて力が暴走した時のことは覚えていない、ってことになっているからね。当初は本当に忘れていたんだもの。
でもある日思い出したのよ、世界を壊す力のことを。それからはずっと知らないフリ。バレていたら私はとっくにあの世で、アテラは今頃組織のものになっていたかもね」
天井を見上げて淡々とそう話すが、どこかに寂しさを感じる。無理もない。彼女の選択一つで、世界が大きく変わる可能性だってあるのだから。
「でもここに来たってことは、私の力を使える機械か何かが完成したんでしょう。じゃなきゃわざわざ眼鏡君は来ないわ」
一息ついて言ったピュアナは苦笑していた。
こうなることも全て見通した上で、十年前のあの日俺に覚悟を問うたのだろう。彼女の言葉がずしりと胸にのしかかる。
「ピュアナは全部を知っているんだね。その上で世界と戦う覚悟か。本当、背負うものが大きすぎるよ」
「キース君、逃げるなら今のうちよ」
腰を落とした俺にピュアナは真っ直ぐとした瞳を向けた。この問いが最後。まるでそう言われているようだ。
そんな彼女の手を俺はぎゅうと握る。
「俺がここで逃げるような男じゃないことはよく知っているだろう。
大きいものは分ければいいんだよ。今までも、何でも半分ずつにしてきたじゃないか」
自分がどんなに強くなろうとしても、やはり彼女には敵わないらしい。十代、或いはその前から、彼女は望まない運命を受け止め、変えようと動いてきたのだから。
けれど今は一人ではない。ずっと背負ってきたものを、俺だって分かち合いたい。彼女の理解者として。ピュアナの、夫として。
「……やっぱりキース君はどこまでも変人ね。今の今まで隠し事してたの、全然怒らないんだもの」
「誰でも隠し事くらいあるよ」
「ふふ、そうね。不思議。キース君と話していると心が落ち着く。私も覚悟を決められそう」
そう言って手を握り返したピュアナは、大きく深呼吸をした。次に見せたのは、清々しい表情だ。
「眼鏡君が来ているならもう逃げ場はない。彼か私、どちらかが再起不能になるまで戦いは終わらないわ。
そこまで言ったなら最後までついてきて。そして、きっと見届けてよね。結末を」
それはまるで別れの言葉のようだった。しかし彼女に悲壮感は全く感じられない。
支配なんてさせない。きっと、彼女がそう強く決意したからなのだろう。
それならば俺の役割は明確だ。
「君のサポートは全力でやるよ。アテラがより平和になる為にはまだまだ君の力が必要だ。だからこんなところで終わらせない。結末は必ず見届けてよ。何十年も先、皺くちゃの顔でさ」
俺も覚悟はとっくに出来ている。けれどこれが最後になんかしない。ツヴァイって男を葬って、ピュアナが目指した世界へのスタートを切るんだ。
「キース君のそのどこまでもポジティブなところ、とっても好き。
私だって、キース君のハゲを拝むまでは死ねないもの。眼鏡君に必ず勝ってみせるわ」
「俺の毛根は意地でも死守するけどね」
「じゃああと百年は生きないと」
「あはは、その意気だよ! やっぱりピュアナには笑っててもらわないと」
そこまで言ったところで俺達は笑い合った。本来なら緊迫した状況で笑うなんてことは場違いなのかもしれない。けれど、誰もが笑顔で暮らせる世界を作りたいピュアナに、いつまでも辛気臭い顔なんてしてほしくない。
パチン! 頬を叩いて気合いを入れた彼女が立ち上がった。
「さぁ、キース君行くよ。眼鏡君も来たみたいだし。作戦は要らないよね。きっとキース君ならサポートばっちりだもの」
「ああ、そのつもりだよ。だから思い切りやってきな。ピュアナがやりたいように」
俺もぐっと拳を握りしめて立ち上がる。そして、先程渡された水を一気に飲み干して、彼女と背中を合わせた。
「手加減しないからね。
レドー」
彼女が言うのと同時に、地下通路全体を目が眩む程の光が照らす。少し経つと通路に無数の目が現れた。ギョロっとしたその視線は全て俺達に向けられている。
「うわ、気持ち悪っ! これって」
「眼鏡君よ。本当、気味の悪い力」
「これ位の恐怖感がないと私も体裁が保てませんからね」
通路に男の声が反響した。彼女の言う通り、ツヴァイのお出ましのようだ。
「迎えに来ましたよ、ナンバー55」
「そんなの頼んでいないわ」
「おや、昔はもっと素直だったのに。この十年で荒れたみたいですね」
「今まで散々眼鏡君の悪行を見てきたもの。反抗もしたくなるでしょう」
どの方向に言うわけでもなく、その場でピュアナは返した。まるで古い友人と話すような口調だが、そこに彼女の表情はない。
ぐっと握った彼女の拳に青い電気が走る。
「わざわざ来てもらったけど、私は組織に戻るつもりなんてない。眼鏡君の目指すものに賛同出来ないもの。
だからアナタと顔を合わすのもこれっきり。アテラの平和とイリスのみんなの自由の為に、組織には滅んでもらうわ!」
瞬間、物凄い地響きと共に通路が砕け散った。散り散りになった土の周りでは青い電気がバチバチと鳴っており、ピュアナが雷をこの真上に落としたのだとすぐに理解できた。ピュアナが電気のベールで守ってくれなければ即死だっただろう。
「ふ、ハハハハハ! 相変わらず無茶苦茶な力ですねぇ。百目鬼を引いたのに負傷してしまいました。
欲しい、やはり君の力は私の手元に欲しい」
地上に出ると、ガレキと化した地面の上にツヴァイが一人で立っていた。彼の服の袖は破れ、腕にも火傷がいくつか見られる。
しかし、彼は恍惚の表情を浮かべていた。自分の欲する力を前にして興奮しているのだろうか。先程会った時とはまた違った狂気を感じる。
「君が私の元に来ないという選択肢はありません。その男と共に私の元に来るか、二人で死するかの二択です。今ならまだ間に合います。さぁ、私の元へ」
「行かない。さっきも言ったでしょう。滅ぶのはアナタの方よ」
「ふむ、そうですか。なら仕方ありません」
俯いたツヴァイは肩を震わせていた。そして高らかに笑ったと思うと、全身から黒い影のようなものを撒き散らした。
蠢く影は地面とツヴァイ自身を黒く染め上げてゆく。その光景はひどく悍ましい。
「なんなんだよ、あれ……」
「眼鏡君はその捻くれた性格も相まって、闇の力が桁違いなの。あそこまでいくと悪魔そのものね」
「チキュウにいるっていう、闇の化身みたいなやつのこと?」
「そうよ。
キース君気をつけて。ああなった彼は本当に強いから」
冷汗が背中を伝う。だってこんな、両腕に無数の目玉が生えた片翼の人間なんて、資料ですら見たことがない。巨大な翼のせいか、彼自身がとても大きく見える。こんなのと戦わないといけないなんて。
「怖いですかぁ、そうですよねぇ。私も怖いですよ、自分のこの力が。しかし心配ありません。すぐに楽になりますから」
ニヒルな笑みを浮かべると彼は大きく羽ばたいた。空にまで一瞬で影が広がり、辺りは闇に包まれる。
正直、恐怖がないわけではない。けれどこの戦いの末に待っているものを掴むためにも、ここで立ち止まってなんかいられない。
俺は強く右手を握る。
「ピュアナ。俺もね、結構強くなったんだよ。リマナセの炎帝と言われていたあの頃よりも、ずっと。
君にはやらないといけないことがあるんだ。アイツの為に命を懸ける必要なんてない」
「キース君……? 待って、何を」
その右手で思い切り胸を叩く。熱い血が急速に全身に回り、莫大なエネルギーが煙となって身体中から溢れてきた。
決めたんだ。ピュアナを全力で支援し、守ると。
それで俺が死んだとしても。
「さぁ、深い闇に沈みなさい」
「お前ごときにピュアナは渡さないっ‼︎」
「だめ、キース君‼︎」
青く妖しく光る炎に身を包み、俺は一人真っ暗な闇の中へ飛び出す。
悪魔と化したツヴァイの笑い声に、制止するピュアナの声が掻き消されていった。
「遅かった、のか……?」
走ったことによるものとはまた違った心拍数の増加を感じる。
遠回りしなければ良かったか。
「ピュアナ、ピュアナ! どこにっ」
「キース君、シーッ! こっち」
その時、先程通ってきた地下通路から覗くものがあった。すぐにそちらへ行くと、緊張がようやく緩む。
「はぁ……良かった。まだ何も来ていないんだね」
「ごめんね、わざと荒らされた様に見せていたの。向こうは大丈夫だった?」
ピュアナが水を差し出しながら聞いてきた。それを受け取りつつ、これまでのことを思い出す。
彼女を見て一安心はしたが、ここに急いで来た理由を忘れてはいけない。
「……残念だけどかなり深刻だ。来ているんだよ、闇の力を持った眼鏡の男が」
その言葉だけでピュアナの表情が一気に強張った。やはり彼女とあの男の間には、相当の何かがあったらしい。
「そう、なんだ……。いよいよ本気で来たのね……。
キース君、その男の人と話をしたの」
「あぁ。色々教えてくれたよ。ツヴァイって名前とか、今更来た理由とかね」
「……っ」
下を向くピュアナの顔が青くなる。肩や足も少し震えており、支えてやらないと倒れてしまいそうだ。
「大丈夫、ではなさそうだね。でもまだ話さないといけないこともあるから、少し座ろうか」
半ば強引に座らせて少し様子を見る。本当はすぐにでも遠くに行きたいが、今の彼女に無理をさせるのも気が引ける。
しかし、次に口を開けたのは彼女の方だった。
「キース君。私の方こそ、話さないといけないことがあるの」
顔色は悪いが、こちらを見る瞳は真剣そのものだった。そう、それは世界と戦う覚悟があるか聞かれた時の、あの瞳と同じもの。
「いいよ。話して」
「ありがとう。
……私にはね、アテラを壊せちゃうくらいの大きな力があるの。でもその力はコントロール出来なくて。もしそれが発動したら、私は暴走の末に……死んでしまうわ」
僅かに憂いを帯びた笑みを最後に向けて、彼女はそう言った。
「それは彼からも聞いたよ。でも彼は、君は知らないって」
「初めて力が暴走した時のことは覚えていない、ってことになっているからね。当初は本当に忘れていたんだもの。
でもある日思い出したのよ、世界を壊す力のことを。それからはずっと知らないフリ。バレていたら私はとっくにあの世で、アテラは今頃組織のものになっていたかもね」
天井を見上げて淡々とそう話すが、どこかに寂しさを感じる。無理もない。彼女の選択一つで、世界が大きく変わる可能性だってあるのだから。
「でもここに来たってことは、私の力を使える機械か何かが完成したんでしょう。じゃなきゃわざわざ眼鏡君は来ないわ」
一息ついて言ったピュアナは苦笑していた。
こうなることも全て見通した上で、十年前のあの日俺に覚悟を問うたのだろう。彼女の言葉がずしりと胸にのしかかる。
「ピュアナは全部を知っているんだね。その上で世界と戦う覚悟か。本当、背負うものが大きすぎるよ」
「キース君、逃げるなら今のうちよ」
腰を落とした俺にピュアナは真っ直ぐとした瞳を向けた。この問いが最後。まるでそう言われているようだ。
そんな彼女の手を俺はぎゅうと握る。
「俺がここで逃げるような男じゃないことはよく知っているだろう。
大きいものは分ければいいんだよ。今までも、何でも半分ずつにしてきたじゃないか」
自分がどんなに強くなろうとしても、やはり彼女には敵わないらしい。十代、或いはその前から、彼女は望まない運命を受け止め、変えようと動いてきたのだから。
けれど今は一人ではない。ずっと背負ってきたものを、俺だって分かち合いたい。彼女の理解者として。ピュアナの、夫として。
「……やっぱりキース君はどこまでも変人ね。今の今まで隠し事してたの、全然怒らないんだもの」
「誰でも隠し事くらいあるよ」
「ふふ、そうね。不思議。キース君と話していると心が落ち着く。私も覚悟を決められそう」
そう言って手を握り返したピュアナは、大きく深呼吸をした。次に見せたのは、清々しい表情だ。
「眼鏡君が来ているならもう逃げ場はない。彼か私、どちらかが再起不能になるまで戦いは終わらないわ。
そこまで言ったなら最後までついてきて。そして、きっと見届けてよね。結末を」
それはまるで別れの言葉のようだった。しかし彼女に悲壮感は全く感じられない。
支配なんてさせない。きっと、彼女がそう強く決意したからなのだろう。
それならば俺の役割は明確だ。
「君のサポートは全力でやるよ。アテラがより平和になる為にはまだまだ君の力が必要だ。だからこんなところで終わらせない。結末は必ず見届けてよ。何十年も先、皺くちゃの顔でさ」
俺も覚悟はとっくに出来ている。けれどこれが最後になんかしない。ツヴァイって男を葬って、ピュアナが目指した世界へのスタートを切るんだ。
「キース君のそのどこまでもポジティブなところ、とっても好き。
私だって、キース君のハゲを拝むまでは死ねないもの。眼鏡君に必ず勝ってみせるわ」
「俺の毛根は意地でも死守するけどね」
「じゃああと百年は生きないと」
「あはは、その意気だよ! やっぱりピュアナには笑っててもらわないと」
そこまで言ったところで俺達は笑い合った。本来なら緊迫した状況で笑うなんてことは場違いなのかもしれない。けれど、誰もが笑顔で暮らせる世界を作りたいピュアナに、いつまでも辛気臭い顔なんてしてほしくない。
パチン! 頬を叩いて気合いを入れた彼女が立ち上がった。
「さぁ、キース君行くよ。眼鏡君も来たみたいだし。作戦は要らないよね。きっとキース君ならサポートばっちりだもの」
「ああ、そのつもりだよ。だから思い切りやってきな。ピュアナがやりたいように」
俺もぐっと拳を握りしめて立ち上がる。そして、先程渡された水を一気に飲み干して、彼女と背中を合わせた。
「手加減しないからね。
レドー」
彼女が言うのと同時に、地下通路全体を目が眩む程の光が照らす。少し経つと通路に無数の目が現れた。ギョロっとしたその視線は全て俺達に向けられている。
「うわ、気持ち悪っ! これって」
「眼鏡君よ。本当、気味の悪い力」
「これ位の恐怖感がないと私も体裁が保てませんからね」
通路に男の声が反響した。彼女の言う通り、ツヴァイのお出ましのようだ。
「迎えに来ましたよ、ナンバー55」
「そんなの頼んでいないわ」
「おや、昔はもっと素直だったのに。この十年で荒れたみたいですね」
「今まで散々眼鏡君の悪行を見てきたもの。反抗もしたくなるでしょう」
どの方向に言うわけでもなく、その場でピュアナは返した。まるで古い友人と話すような口調だが、そこに彼女の表情はない。
ぐっと握った彼女の拳に青い電気が走る。
「わざわざ来てもらったけど、私は組織に戻るつもりなんてない。眼鏡君の目指すものに賛同出来ないもの。
だからアナタと顔を合わすのもこれっきり。アテラの平和とイリスのみんなの自由の為に、組織には滅んでもらうわ!」
瞬間、物凄い地響きと共に通路が砕け散った。散り散りになった土の周りでは青い電気がバチバチと鳴っており、ピュアナが雷をこの真上に落としたのだとすぐに理解できた。ピュアナが電気のベールで守ってくれなければ即死だっただろう。
「ふ、ハハハハハ! 相変わらず無茶苦茶な力ですねぇ。百目鬼を引いたのに負傷してしまいました。
欲しい、やはり君の力は私の手元に欲しい」
地上に出ると、ガレキと化した地面の上にツヴァイが一人で立っていた。彼の服の袖は破れ、腕にも火傷がいくつか見られる。
しかし、彼は恍惚の表情を浮かべていた。自分の欲する力を前にして興奮しているのだろうか。先程会った時とはまた違った狂気を感じる。
「君が私の元に来ないという選択肢はありません。その男と共に私の元に来るか、二人で死するかの二択です。今ならまだ間に合います。さぁ、私の元へ」
「行かない。さっきも言ったでしょう。滅ぶのはアナタの方よ」
「ふむ、そうですか。なら仕方ありません」
俯いたツヴァイは肩を震わせていた。そして高らかに笑ったと思うと、全身から黒い影のようなものを撒き散らした。
蠢く影は地面とツヴァイ自身を黒く染め上げてゆく。その光景はひどく悍ましい。
「なんなんだよ、あれ……」
「眼鏡君はその捻くれた性格も相まって、闇の力が桁違いなの。あそこまでいくと悪魔そのものね」
「チキュウにいるっていう、闇の化身みたいなやつのこと?」
「そうよ。
キース君気をつけて。ああなった彼は本当に強いから」
冷汗が背中を伝う。だってこんな、両腕に無数の目玉が生えた片翼の人間なんて、資料ですら見たことがない。巨大な翼のせいか、彼自身がとても大きく見える。こんなのと戦わないといけないなんて。
「怖いですかぁ、そうですよねぇ。私も怖いですよ、自分のこの力が。しかし心配ありません。すぐに楽になりますから」
ニヒルな笑みを浮かべると彼は大きく羽ばたいた。空にまで一瞬で影が広がり、辺りは闇に包まれる。
正直、恐怖がないわけではない。けれどこの戦いの末に待っているものを掴むためにも、ここで立ち止まってなんかいられない。
俺は強く右手を握る。
「ピュアナ。俺もね、結構強くなったんだよ。リマナセの炎帝と言われていたあの頃よりも、ずっと。
君にはやらないといけないことがあるんだ。アイツの為に命を懸ける必要なんてない」
「キース君……? 待って、何を」
その右手で思い切り胸を叩く。熱い血が急速に全身に回り、莫大なエネルギーが煙となって身体中から溢れてきた。
決めたんだ。ピュアナを全力で支援し、守ると。
それで俺が死んだとしても。
「さぁ、深い闇に沈みなさい」
「お前ごときにピュアナは渡さないっ‼︎」
「だめ、キース君‼︎」
青く妖しく光る炎に身を包み、俺は一人真っ暗な闇の中へ飛び出す。
悪魔と化したツヴァイの笑い声に、制止するピュアナの声が掻き消されていった。
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