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二章 初めまして地球の皆さん

「二人とも、ちょっといいかな」

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「今回の任務はどうだい?」

 日曜日の昼下がり。紅茶のシフォンケーキが置かれたテーブルを囲み、ハーブの浮いたティーポットを傾けつつキースは言った。

「そうですねぇ。今まではずっと戦場の最前線だったので、それからすると今回は平和的ですね。まぁ正直ボクにとっては物足りない気もしますけど」
「はは。確かに今回は今のところまったりしてるからね」

 向かいには、ハニーディスペンサーを手にしてメープルシロップをカップに入れるサンが座っていた。ハーブの香りが消えるのではないかと思うくらい彼はシロップを入れている。

「でも今回の君の役割は、戦うことじゃなくて情報を集めることだからね」
「分かってますよぉ。ボクの愛くるしいキャラクターでお姉様方を誘惑しろってことでしょう」

 可愛らしくウインクをすると、彼はカップに口をつける。好みの甘さになったのか、とても緩んだ顔をした。

「そうそう。それで、情報収集は上手くいってるかい?」
「全然ですよ。だってチューガッコーってところに行って、周りに合わせてベンキョーしないといけないんですよ。生徒はバカな奴ばっかりだから面白そうな情報もってなさそうだし、教師も平和ボケしすぎて緊張感とかないし」

 そこまで言ってサンはシフォンケーキにかぶりつく。同級生のことを鼻で笑うその様子に、キースは苦笑していた。

「相変わらずヨータは毒舌だね。地球で流行っているピコとかひゃくもじ、やっていないの?」
「一応よく話しかけてくる奴と交換しましたけど、振ってくるのはどうでもいい話題ばっかり。ひゃくもじってやつはちょっと面白いですよ」

 二口目を口にしながらサンはスマートフォンを取り出す。その画面にはひゃくもじ! のアイコンが表示されていた。
 彼らの言うひゃくもじ! とは、日本中の人が誰でも見られる投稿型のアプリケーションのことだ。日常の中で思ったこと等を百文字以内で書いて投稿することで様々な人から反応を得たり、自分がお気に入り登録した人の投稿を見たりすることができるものである。
 現在は世界中で使われるようになっており、多くの人々との間で情報交換が行われているため、調査団の五人は毎日欠かさず中を覗いている。しかし、現段階では特に気になる情報は得られていなかった。

「それで、マナも問題なく使えたし、この後ボク達は何をするんですか? チキューを侵略しちゃいます?」
「いやいや、それは上の人達の判断だから。まだ危ないことはしないでいて」
「つまんないの。まぁチキューは美味しいものが多いので、ボクはテキトーに学校行きつつグルメを楽しみますよ」

 サンはスマートフォンを操作しながら退屈そうに言った。

 彼がこの状況をつまらないと言うのも無理はない。彼は今まで幾度となく戦場での国防任務を請け負ってきたのだから。
 アテラには地球のような紛争地帯がいくつかある。アテラ人同士の戦争の他に、星を征服しにやってきた異星人との戦いが行われていることもある。
 そしてサンは、異星人の侵略を防ぐ目的で秘密裏に組織されている国防軍の一員だった。

 この事実を知るのはここではキースのみ。優雅にハーブティーを飲むこの男は、学園の全ての情報を知り尽くす陰の実力者とも言える存在なのだ。
 そしてサン同様にこの男にも、主人公らが知らない秘密は多い。

「ロイおじさんこそ、今回は何で自ら任務に参加したんですかぁ? いつもは地下に籠って見ているだけなのに」
「うーん。今回は特殊なメンバーだからね。楽しそうだなと思って」
「特殊ねぇ。確かに篤志さんは元チキュー人っていう聞いたこともない例ですけど。実は何か隠していることがあるんじゃないですか」
「何もないよ。うん、何もない」
「怪しいなぁ。おじさん、隠し事だらけだもん。ま、どうせボクには関係ないだろうけど」

 ニヤリと不敵に笑うキースを尻目に、サンはスマートフォンを見続ける。
 その時ピコンという音が鳴った。

「あ、ピコだ。こいつ、いつもどうでもいい話振ってくるんだよねー。なになに……」

 サンは言いながら再度画面を操作し始める。口では悪態をついてるが、その顔はどことなく嬉しそうだ。これまで年の近い子達とほとんど交流してこなかったため楽しいのだろう、とキースは思う。

 年頃の男の子なんだから、戦場に行くよりこうして普通の学校生活を送る方がいいよね。彼の母親もこっちの方が喜ぶだろうし。

 そのサンの様子を見ながら、キースはテレビをつける。様々なバラエティ番組がやっているが、彼はニュース番組にチャンネルを切り替えた。タイミングよく次のニュースが流れ出す。

『昨夜、○○区にて放火が原因と見られる住宅火災がありました。住民は不在だったため怪我人はいませんでしたが、警視庁では七月から起きている連続放火事件との関連性を──……』

「へー、放火ねぇ。地球にも物騒な事件ってあるんだねぇ」

 シフォンケーキを食べながらキースが興味無さげに言う。

「いちいち消火屋さんみたいな人を呼ばないといけないなんて、大変ですね。ボクなら一瞬で消せるのに」
「ヨータの場合は消すんじゃなくて炎ごと氷に包むんでしょ」
「さすが、よく分かってますね」

 得意げに言うサンにキースは苦笑する。
 確かにこういう時、マナが使えない地球人は不便だなと思う。地球人はこれが当たり前だと思っているのがまた可笑しなところだ。こんなにもマナが溢れている環境なのに。

「地球人は本当に不便な中でものんびり暮らしているよね。紛争地帯はあるみたいだけど、平和な地域からすれば他人事みたいだし。魔法使いは空想上の生き物だし、異星人だってあまり信じていない。あ、のんびりって言うよりも臆病で排他的なのかな?」

 言いながらキースは考察する。そういえば、アッシュが魔女狩りの話をしてくれたことがあった。実はマナが使える人間が昔はいて、けれど異質な存在だからと無能で臆病な大多数の人間から排除された。そう考えることは出来ないだろうか。

「へー。じゃあボク達が異星人だって言ったら、チキュー人は大パニックですね。面白そう」
「ちょっと興味はあるけど、上からゴーサインが出るまでは言っちゃダメだからね」
「はいはい」

 悪い笑みを浮かべるサンを軽くなだめつつ、キースは今の仮説を胸ポケットのメモ帳に書く。少し調べたら何か発見がありそうな気がした。

「あ、ちなみにさっきのピコもこの放火の話でしたよ。なんでも、この連続放火は巷では“魔法使いの仕業”って言われているとか」
「魔法使い?」

 その単語にキースが反応する。

「そう。この事件で火が上がるのは、決まって収納スペースらしいです。住民が不在で鍵もかかっている筈なのに、火の気のない場所から出火する。侵入の痕跡は全くなし。だからなのか、ネットでは魔法使いが火をつけたって噂されているらしいです」

 なるほど、その仮説は一理ある。炎を操る魔法型のアテラ人であれば、容易にそれが出来る。
 待てよ、とキースは思う。自分達以外にアテラ人が来ているというのは聞いていない。単に漏電などで出火したのではないだろうか。
 それとも、聞かされていないだけで実は他にも地球を調査している仲間がいるのか。

 そうでなければ、マナを使える人間がいるのか。

 もしいるとすれば、これは上に報告しなければいけない案件になる。どうやら、調べる必要がありそうだ。

「ヨータ。その魔法使いの噂、もう少し詳しく調べてくれるかい?」
「え、まさか本当に誰かがマナを使ってやってるとか思っているんですか」
「可能性がゼロではないからね。もしマナが使える人間がいたら話を聞かないといけないし、上に報告しないといけない。俺達以外に調査団がいるという可能性もある。だから調べてほしいんだ」

 サンはやや面倒臭そうにキースを見ていた。彼もこの事件は人の仕業ではないと思っているのだ。
 しかし、可能性は全て潰しておかなければならない。

「分かりましたよ。少し学校の奴らに聞いてみます」
「ありがとう。俺は自分で色々と調べてみるからさ。宜しくね!」

 ウインクを飛ばすキースにサンは呆れ顔になっていた。
 そんなことも気にせず、キースは煙草に火をつける。肺に煙を入れると、落ち着きと共に少しの興奮が胸の中をくすぐった。

「それ、最近よく吸ってますけど何なんですか。ボクそれ臭くて苦手だから部屋でやってくれます?」
「あぁ、これね、タバコって言うんだよ。身体には悪いみたいだけど、大人の男の一服って感じに見えて始めてみたんだ。吸うと何故か落ち着くんだよね。地球人も食えないよ」

 フゥと煙を吐くと、サンはあからさまに嫌そうな顔で煙をパタパタと仰いだ。

「篤志さんに怒られますよ」
「それは困るね。結構口煩いからね、彼は」
「誰が口煩いと? あ、キースさんここで煙草はやめてくださいとこの間も言いましたよね」

 キースの背後に現れたアッシュは怪しく眼鏡を光らせていた。

「やぁ、おかえり篤志。今部屋に戻ろうと思っていたところだよ。あ、シフォンケーキと特製ハーブティーがあるから良ければ食べてみて」
「えぇ、ありがとうございます。ところでキースさん」
「じゃ、今日の夕飯当番宜しく!」

 アッシュの言葉を遮り、キースはそそくさと退散していった。その手にしっかりと煙草の箱が握られていたのを、アッシュは見逃さなかった。

「おかえりなさい篤志さん。あとの二人は?」
「ただいま、陽太。ソフィアは汗を流したいと浴室へ行きました。礼音は走りに行きましたよ」

 袋から冷蔵庫に入れ替えをしながらアッシュは話す。サンはティーポットに湯を入れていた。室内に残っていた煙草の臭いがハーブの香りに上書きされてゆく。

「うん、いい香りです。まったく、煙草なんてどこで覚えたのだか……。今度見つけたら捨てておかないと」
「まぁまぁ。このケーキも結構美味しいですよぉ。ブレイクタイムにしましょう」

 文句を言うアッシュをなだめつつ、サンはシフォンケーキを切り分ける。

「ありがとうございます。キースさんに変なこと言われませんでしたか」
「大丈夫ですよ。ああ見えて意外と普通のおじさんですし」
「ふふ。陽太はたくましいですね」

 アレを普通のおじさんと言えるとは、サンもなかなかの強者だ。
 なんて思いながらアッシュはシフォンケーキを口にする。甘さ控えめでさっぱりとしており、とても食べやすかった。

「ところで陽太は今後の任務について何か聞いていませんか」
「いいえ、特に何も」
「そうですか。上層部でまだ方針が決まっていないのでしょうか。そろそろやることも無くなってきたんですけどね」

 アッシュは深い溜息をつく。
 ここ最近は個人的なことに時間を割いていたので良かったが、それがひと段落した今は本当にやることが無くて困っていた。早く次の任務を与えてもらわないと、何の為に地球に来たのかが分からなくなりそうだ。

「昔の思い出の地を巡ったりはしないんですか」
「前の人生は本当につまらないものだったので、特に行きたい場所とかもないんですよ」
「ご両親とかは」
「いません。親と呼べる人は、僕にはいませんでしたから」

 サンが軽く言ったこの発言にアッシュは淡々と返す。
 昔の家族関係については出来るだけ触れたくなかった。あまりいい思い出もない。

「まぁ、一人、気になる人はいますけどね」
「好きな人?」
「僕の大切な人です」

 ただ、恵美とはまた違う意味で、現況を知りたい人はいた。その人が居る場所も概ね予想がつく。会うのは少し躊躇われるが。

「なんて言うか、会えるといいですね。その人に」
「えぇ。きっとそのうち」

 そう、そのうち。任務の合間にもし行く機会があれば、その時少しだけ顔が見られればいい。
 アッシュはハーブティーを飲む。メープルシロップの甘みと合わさって、心身共に癒されていく感覚がした。

「二人とも、ちょっといいかな」

 その時、部屋に戻ったはずのキースが顔を出した。

「あれぇ、キースさん忘れ物?」
「上から連絡があったから伝えておこうと思って」

 それを聞いて二人は一気に緊張感が高まる。いよいよ次の任務が始まるのだろうか。

「マナの回収を可能にする機器の開発をするから、何日間かアテラからここに人が出入りするらしい。荷物とか自分でしっかり管理してね」
「なんだ、じゃあボク達はまだあまりやることないですね」

 上がっていたサンの肩が下りる。その内容にホッとしたのかガッカリしたのかは、今の様子だとよく分からない。
 しかしキースの表情は更に硬くなっていた。

「まぁそこはいいんだけど。それよりも」

 いつもの飄々とした雰囲気とは別の険しい表情に、アッシュは何かを感じとる。
 これはもしかしたら、今までのような緩い感じとは真逆の出来事が起こるのかもしれない。

「地球でマナの調査をしているということが、敵国にバレたらしいんだ。それで、地球に敵軍が来るかもしれないから気をつけろって」

 まさかそうくるとは。
 アッシュは腕を組む。上層部からしたら、これだけ使われないままのマナがある地球は他の星には渡したくないだろう。もし何の前触れも無く敵軍が来たとしたら、地球人にどうにか出来るとは考えにくいため、自分達が退治するしかなさそうだ。

「気をつけろって、もし攻められたらボクらはその相手をボコボコにしていいんですか?」
「やむを得ないと思う。地球人にバレずに戦うのは大変だと思うけど」
「へー。ちょっとオモシロそう」

 サンはテンション高めに言った。
 戦うことになるかもしれないと言うのに、この状況を楽しんでいるのか。これはゲームなどではないのに。とアッシュは思う。
 若いからこその心理なのか、それとも単に戦い慣れているのか。後者だとしたら自分のサンに対する認識を改めなくては。

「いいかい。今後もし、地球人とは違うような雰囲気のやつを見たら俺に報告するんだ。攻撃されるようなら反撃もやむを得ないけど、その場合は出来るだけ殺さずに俺のところに連れてくるように。
 ソフィアと礼音には、後で俺から説明しとく。いいね?」
「分かりました」

 それだけ言ってキースはまた部屋へと戻っていった。その顔は真剣そのものだった。
 地球が敵国に乗っ取られては、故郷自体が滅び兼ねない。リーダーであるキースには、対応策を含めて考えねばならないことが山積みなのだ。

 その後ろ姿を見ていたアッシュも気を揉む。

「こういう刺激を求めているわけではないんですけどね」

 やることが無くて退屈はしていたが、ここまで急に状況が変わるとは。暇していた分の罰なのか。

 アッシュは一口のみになったシフォンケーキを口に押し込む。サンのやや下手くそな鼻歌を聞きながら食べたそれは、全く味が感じられなかった。
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