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第106話 試乗。

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「ここからお見せするものや魔法は、あちこちに伝搬されるとほんとうに面倒事になると思いますので、できるだけご内密にお願いします。」

 注意事項というほどでもない僕の希望を伝えた上で、指定された場所にインベントリから車を取り出す。もちろん呪文はない。なぜならばインベントリの魔法を使うとき他の方がどんな呪文を詠唱しているのか知らないので、もうだいぶ前から開き直っている。何か取り出したり入れたりする度に『<インベントリ>』とか言うのは間抜けだし・・・。

 いつものように、アレンさんをはじめとして、ヘイゼルさん、御者さんは口をあんぐりとあけて固まっている。この反応には慣れた。ちなみに演習場にいる騎士さん達も遠目に見る限り、こちらに気づいている方々は、固まっているようだ。もう、僕の希望に反してあちこちに伝搬される未来しかない気がする。

 後部座席のドアを開け、アレンさん親子を誘う。御者さんは申し訳ないが馬車の番をしていただくことに。

「この魔道具は何で出来ておる?」

「金属です。金属に色を塗っています。ほかにもいろいろな材料を組み合わせていますけども。」

 そういえば金属に塗装とか、この異世界ではまだ見たことがないかもしれない。プラスティックは勿論ないだろうから、素材の説明はなかなか難しい。律儀に答える必要もないかな。

「とにかくそこで座っていてください。それでは走りますので。窓からは乗り出さないようにお願いします。」

 エンジンをかけると、アレンさんもヘイゼルさんもビクッとしている。まあ、基本機械音のない世界だから、このエンジン音には驚くよね。国王様とかアート様はやはり特殊な方々なんだよな・・・。まあ先に転移したり空飛んだのもあるのか・・・。

 車をゆっくりと走らせる。向かう先は訓練場の端。馬場ってけっこう柔らかいのかもしれないけれど、スタックすることもなくゆっくりと走る。ゆっくり走るのは馬たちを驚かせないため。いきなりフルスロットルとかかませば、馬たちがパニックになってしまうだろう。人もなるかもしれないけれど。

 少しずつスピードを上げるけど、広いとはいえ馬用の訓練場なので、車にとっては狭い。演習場の内周を周る感じで、少しずつスピードを上げて行く。時速30キロ程度でも既に馬車よりも早いわけで、もう演習場に居る騎士さん、兵士さんに目撃されまくりながらそのまま15分ほど車を走らせた。アレンさんとヘイゼルさんは走っている間は終始無言で外を眺めていたようだけど、乗った感想ぐらいは聞いてみたい。

「どうでしたでしょうか?」

「凄いな。それしか言いようがない。ファガの王都を蹂躙したと聞いたが、これならば・・・。」

 いや、蹂躙とかしてないですからね。ただ普通に街を走っただけだし、そもそも噂は、メダルの効果であって、車の効果ではない・・・はず。

 車を止めたところに、馬に乗った騎士さんたちが集まってきた。窓から顔を出してヘイゼルさんが騎士さんと何か話している。よく聞いてみると、馬車を曳いていない馬、要するに騎馬と並走させようとしている。これはもう1回走らされるわけですね。

 申し訳ない。少し調子に乗り過ぎました。時速60kmというのは、高速な乗り物に乗ったことのない方にとっては、目を回す速度のようです。未舗装なので車話揺れまくりましたしね。後続の騎馬に大きく差を付けたうえで、元の場所に戻ってきた僕。いや僕たち。

 できれば目を回している間に適当に話を付けてもう開放されたいのが本音。この車という魔道具の目撃者多数、体験者2名。口止めしても一両日中にはこの街の噂になるだろうから、もうここへの滞在は考えない。やはり異世界でも都会というか人の多い場所は面倒事が多くなる。関所をスルーしたという自分の問題はこの際棚に上げた上で、今後は異世界田舎巡りへと行動指針をシフトすることにする。できればエルフさんのいる村とかを探してみよう。あ、でも繁華街巡りもしてみたいかもしれない。もしかしたらエロフさんが勤めているお店なんかが見つかるかもしれないし。そうすると街にもやはり行かなければ・・。もう街に入る場合は、街門もスルーしてしまった方がいいのかもしれないな。どうせ誰が入って出て行くとかいちいち管理しているとも思えないし・・・。

「アタール様?聞いておられますか?」

「あ、いえ・・・。」

 色々考えているうちにアレンさんとヘイゼルさんは復活してしまっていた。『目を回している間に話を誤魔化す作戦』はいきなり失敗だ。アレンさんからはこの車、ようするに魔道具を是非とも譲ってほしいと懇願され、ヘイゼルさんには、この魔道具を領軍に貸し出してくれと懇願された。もちろんお断りする。

 いくらでも複製できるとはいえ、さすがに文明の利器をこの異世界に拡散する気はない。なにしろそうすると僕のアドバンテージが無くなるからね。しかもオッサンと兄ちゃんだし。でも断ったことで牢獄行きとかないよね・・・。

「この魔道具はジャーパン皇国でもひとつしか出土していないアーティファクトですので、どなたかにお譲りすることはできません。皇帝の申し出もお断りいたしましたので。」

 すみません、嘘です。こんな車日本では中古ならば二束三文でいくらでも入手できますし、皇帝も居ません。

「そうか、ジャーパン皇国であっても希少なものなのか。ところでそのジャーパン皇国というのは何処にあるのだ。」

 うぅ、そこから説明しなきゃいけないのか・・・。そういえばオッサンだから気軽に相手していたけど、この方たちとお会いしてまだ数時間しか経っていないんだった。ここはまたボロが出ないように適当に話を作らねば。

「巻き込まれ転移でしたので、この国といいますか、この大陸からどちらの方向にあるのかも分かっておりません。僕は国に戻るためにこの大陸を旅してジャーパン皇国の情報を探しているのです。」

 どや、これならば突っ込まれることもないだろう。

「ふむ。それでは我々もアタール君に力を貸そうではないか。我が国の王都や西の港町ならば情報があるやもしれんぞ。」

 あ~、そう来ましたか。西の港町とやらには行ってみたいけれど、普通通りには王都に行きたくはない。ここで貴族に関係を作るとまたファガ王国のようにいろいろなことに巻き込まれる気もするし。どうやってこの方たちの気分を害さないで断るのが一番良いのだろうか。

「お言葉は嬉しいのですが、僕はジャーパン皇国の情報を探しながらも、のんびりと旅もしたいのです。なのでファガ王国からの同行者もお断りし、ひとりで原野を通りながら旅してきたのです。」

 旅を始めたのは今日からなんだけど、徒歩なら結界守の村やファガ王国の王都を経由してここまで移動するには何十日かかるわけで、馬を使っても10日以上だ。まあ車があるからもっと早いのは気づいていると思うけど、それでもひとり旅であることは理解していただけるだろう。そしてそれをファガ王国では理解してくれたことも。

「そうか。残念だのぉ。ならばせめて今日くらいはモシュカのワシの屋敷に泊まってまいれ。いろいろ話も聞きたいしの。」

 どうしようか。この話を受けるとなると、さらにいろいろ僕のことを聞かれることになるんだよなぁ。できれば断りたいけど、ここで断ると機嫌を損ねてしまうかもしれない。でももう街をのんびり見物というのもできないなら、とどまっても仕方ないんだよなぁ。

 とりあえず車からアレンさんとヘイゼルさんを下ろして、車を収納。そして断る口実を必死で考える。アレンさんとヘイゼルさんはなにかひそひそと話しているけれど、何か少し目が怖い。あ、ヘイゼルさんが騎士さん達を呼んでいる。
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