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第75話 レイビョウの集落。

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 1時間ほど睡眠をとっただけで、随分午前中の疲れが取れた気がするな。エレナは先に起きていたようで、キッチンでインスタントコーヒーを淹れてくれている。たった数日なのに、もうこのログハウスのキッチンを把握しているようだ。

 食事もコンビニ弁当だけではなくて、素材から作ることも考慮しないといけないな。僕ひとりならばコンビニ弁当やインスタント食品でもいいけど、エレナの場合というか亜人のなかでも獣人系の方々は、消費エネルギーが高そうに思える。あくまでイメージだけど。基礎代謝が高そうというか。

 今日の午後と明日、明後日は特に予定がない。のんびりするのもいいけど、エレナに何をしたいか聞いてみようか。

「ねえエレナ、仕事というか用事も落ち着いたけど、何かしたいことある?」

「そうですね~・・・。」

 腕を組んで首をかしげなが熟考している。日本ではこんな仕草アニメでしか観たことない。まあ、近くに女の子が居る事自体、学校の教室くらいしかなかったんだが。あ、なんか思いついたみたいだ。

「あの、あのですね。わたしが住んでいた集落、もう燃やしてしまいましたが、もういちどあの場所に行ってみんなの供養をしてあげたいかなって。お墓も何もないから・・・。」

 そっか、そうだよね。エレナのご両親や兄弟たちもそのままなんだし、何かしら供養してあげないとな。エレナと遠縁の親戚ならばその家族だって親戚のようなもだし。

 僕はエレナの意見を快諾し、それぞれ旅人風の服と村人風の服に着替えて、例の崖近くに転移した。

「どっちの方向なのかわかる?」

「いえ、ずっと北に歩いてはいたのでですけど、途中で小川を渡るために西に向かったり、山を歩いたり、魔物を見つけて避けたりしていたので大まかにしかわからないです。」

 そうか、っていうかどれだけの距離を歩いて来たんだろう。

「集落の近くに村や街はあった?」

「はい。集落から南東のほうに歩いて2日ほどの場所に村があって、そこから1日くらい南に歩くと街がありました。どちらも海の近くです。」

「その村からならば集落の場所がわかるね。まずその村まで飛んでみよう。」

 エレナは『はい!』と笑顔で元気に返事してくれたけど、実際集落に着いたら、いろいろ思い出して辛くなるんだろうな。

 エレナと手を繋いで、上空に飛び上がる。もう手を繋がなくても一緒にとべるんだけど、ふたりので転移や飛行をするときは、エレナが自然と手を繋いでくるんだよね。人生のなかで女の子から手を繋いでくるなんて、小学生の時のフォークダンスが最後だったような・・・。

 村や街を見逃さないように上空を海岸線に沿ってゆっくりと南下すると、眼下に小さな村が見えてきた。かなりゆっくり飛んだけれど、軽く100km以上の距離は飛んだと思う。そこから、進路を北西に向けて、またゆっくりと飛行しながらエレナに道案内ならぬ航路案内をお願いする。

「ゆっくり飛んでくださいね、道がまっすぐではなかったから、見落とすと大変なんです。」

 見落とすって、隠れ里じゃないんだから・・・。

「あ、見えてきました、あの細い道の先、森を切り開いているから、上から見るとよくわかります。」

 確かに直線距離だと1日の距離かもしれないけれど、さっきの村から僕が歩いたら、2日以上はかかる。棄民の集落だから誰も来ることがなかったのだろう、道も獣道と変わらないほどだから、エレナに教えてもらうまでは気づかなかった。けれども集落の場所は木々がほぼ長方形に伐採されて上空からでもはっきりと視認できた。

 集落に降りると、木々が焼けた独特の臭いがまだ充満してた。周りの森に延焼しなかったのは、切り開いた周囲に沿ってぐるりと集落を囲むように堀というか、幅2m程、深さ50cmほどの溝が掘られていたからかもしれない。溝は生活用水であり、集落の作物のための農業用水でもあったようだ。

「はぁ、何もなくなっちゃいました。」

 エレナはそう呟くと、炭となった家々の間を歩き回り、1軒の家であった場所で立ち止まった。おそらくここがエレナの家族が住んでいた場所だろう。しゃがみこんで嗚咽を漏らし始めた。こういうシーンでは僕には何もできない。特別にかける言葉も持っていないし、かっこいいことも言えない。ただ見守ることくらいかな。

 彼女が落ち着くまでの間、僕も集落の隅になった家々周る。家と言っても木造の粗末なものだったのだろう、炭として僅かに形が残っているのは家の柱くらい。他は焼け崩れていて、住んでいた方々は炭や灰に埋もれてしまっている。

「アタールさん、もう大丈夫です。わたし、集落のひとたちのお墓を作ろうと思います。」

 この集落の少し北側に、集落程ではないが墓地のようなところがあり、そこに埋葬したいと言う。

「僕が焼けた家を片付けるから、家があった場所にもし名前が分かるなら、名前を刻んだ墓石を建てて、この集落の跡をそのまま墓所にするというのはどうかな。」

 木と木の炭と灰だけを結界で持ち上げて処理すれば、集落のすべての家を処理できるだろう。その後、焼け残った遺体を見ないようにしながら、これも結界で家々の跡から人骨や焼け残った遺体だけを集めることができる。

「もしできるのならば・・・お願いします。」

 もちろんできる。早速集落すべての家の焼け跡から、家を形作っていたものだけを結界で持ち上げてまとめてインベントリに収納する。出すときはひとまとめに認識して取り出せるだろう。あとで近くに穴を掘って埋めよう。

 あとは、集落の入り口あたりの家から順に骨と遺体だけを持ち上げて一旦横にどかし、家のあった範囲をまとめて土魔法で混ぜたあと、中央に正立方体の穴を掘る。穴の壁面は磨いた大理石をイメージして固めて底は土のままで軽く固め、その中に骨や遺体を埋葬する。途中かなり気持ち悪くなりながらも、平静を装う。

 骨だけならば底も固めようと思ったのだけど、炭になった遺体もあったので底は土のままにした。掘った土を固め、分厚い石のような蓋と墓石を作り、エレナに聞きながら名前を刻み込んでいく。

 同じ作業を繰り返し、11軒分の処理が終わる。最後にエレナの住んでいた家があった場所で、骨と遺体を除けた後、エレナに形見となるようなものがないか探してもらった。何かしらあればいいな。

 無言で家の跡のガレキの中を探していたかと思うと、エレナの動きが止まってとても優しい微笑みを浮かべている。

「アタールさん、もういいですよ。」

 振り返った彼女はそう僕に告げ、愛しそうに何かを両手で包み、戻ってきた。僕の前で開いた彼女の手の中には、焼け焦げた二つの指輪と金属の髪飾りらしきものがあった。

「クリーンかける?リペアでもいいよ。」

「いいえ、これは自分の手で磨きます。」

 確かに一瞬にして綺麗になったり完全に直ったりするというのもこういうときは違う気がする。残念ながらもともと燃えないような私物を持っていない兄と弟の形見は見つけることができなかったらしい。僕は頷いてから、他の家と同じように跡を丸ごと地面と混ぜ返した後穴を作り、エレナの家族の骨と遺体を納めたあと、蓋をする前にしばらく手を合わせた。

「そういえば、エレナのお父さんお母さんや兄さん弟さんたちの名前ちゃんと聞いてなかったね。いろいろ忙しかったとはいえゴメン。」

「いいのです。父はスタン、母はオクサナ、兄がキエルで弟がアレクです。」

「うん、僕の家族として覚えておくよ。」

 穴に蓋をして墓石を建てた後、エレナが告げる名前を刻む。

 エレナの父 スタン
 エレナの母 オクサナ
 エレナの兄 キエル
 エレナの弟 アレク
 ファガ歴632年7月ここに眠る。

 亡くなった正確な日付が分からなかったので、月だけ表記し、再び墓前でエレナと並んで手を合わせた。

「エレナ、この集落には名前はあるの?」

「いえ、ないです。」

「そっか、ならレイビョウの集落って名前付けてもいいかな。」

 エレナは頷くことで返事を返してくれた。レイビョウは霊廟ではなく、霊猫。ネーミングセンスは自分自身ないことを知っているからこれでいい。

 集落の中央の小さな広場に少し大きめで深い穴を掘り、先ほどインベントリに収納した家々の焼けた残骸を取り出して投入し、圧縮する。掘った土もその上に投入してまた圧縮する。今は深さ3mくらいの丸い穴になっている。

 村の周りの深さ50cm溝を土魔法で掘り下げ、3mほどにして、掘った土でオベリスクを作成。ものすごき気合を入れて圧縮して表面も大理石をイメージしてツルツルにしてから、先ほどの穴に突き立て、周りに再び土を投入して押し固める。

『レイビョウの集落の碑・流行り病にて亡くなった高潔なる猫人族の方々がこの地に眠る。』

 オベリスクにはそう刻んで僕とエレナは黙とうをささげる。黙とうの前に形見探しで真っ黒になっているエレナに<クリーン>の魔法をかけたとき、エレナが手に持っていた指輪と髪飾りも綺麗になってしまったのをただジト目返されたのは、僕の唯一のスキルであるスルーで何とかした。
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