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第12話 罠は卑怯じゃないか

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 こいつは意外とコミュニケーション能力が高いんじゃないだろうか……?
 家主のキョウカの出勤に合わせ、二人で家を出てきたエリアとレンリ。彼女に弁当と「困ったらこの家を尋ねなさい」と下手くそな手描きの地図の描かれた紙きれを持たされ──無論、キョウカは出発前に害獣の出没地点を教えてはくれたのだが。無謀に突っ込んでいくということは彼女も勧めなかったのだ。
 案の定二人は真っ先にその家を尋ねることになった。
 そして現在、二人は指定された民家の中にいる。キョウカの言っていた「家主」は留守であったが、その子供が留守番をしていたのだ。
 年の頃は十歳前後。エリア達よりずっと若い子供だがレンリの口から用件を聞き出すと中へ通し、二人にお茶を出すなど中々しっかりとしている。キョウカは特に何も言わなかったが、部屋の壁に掛けられた毛皮や絨毯を見るに──この家は狩猟を生業としているのかもしれない。子供でも話が通じるのだろうか。

「それでキョウカさんはウチを推薦してくれたってわけね。生憎父さんは仕事で別の村へ行っていて留守。でも仕事なら私が教えてあげられると思う」
「えっと……お父様は村の害獣駆除に参加されないんですか?」
「村の仕事はお金にならないから」

 娘はちゃっかり自分の分のお茶も用意していて、それを二人の前でごくごくと喉を鳴らして飲み干した。エリアは昨日キョウカの家で出された茶より味が薄い、などとやや失礼な感想を抱きながらも村娘などこんなものかと黙って見守っている。レンリも一応これには腹を立てている様子もなく一安心だ。
 この村の人間達は挙って出稼ぎにでも行っているのか──これは都会暮らしの長いエリアからすると信じられないことであった。街の中にいれば仕事に困ることはない。そもそも聖騎士は仕事を斡旋してもらえる立場だ、コネもある。人様に地域貢献をしろと言える立場ではない……むしろ自分であっても報酬が安いならやらない仕事というのはきっと存在する。
 とはいえ報酬を払えば害獣問題は解決するのでは?──村全体の問題に対し、誰にそれが報酬を払うのか。そこが争点になるのだろうか。長というものが存在しない集落において問題解決に向かう者も疎ら、指導者の不在……思い当たる点は複数ある。
 が、所詮自分は他人なのだからその末端に属する子供に意見したところでどうしようもないというのがエリアの見解である。

「父さんは猟師じゃなくて罠師なの。お姉さんたちも魔力の塊を見たことはあるでしょ。魔石ってやつ」
「魔力を放出し……固形物にしたもの、ですよね?国によってはそれが燃料になったりするって習いましたけど。僕の国では魔石の使い方といえば大規模な術式を使う際に補助として用いることがほとんどで……転移魔法で遠くに行く時とかに使うってイメージで。魔道具とかに使うのはあまりないんですよね」
「売れるんですかね?ソレ。貴方、毎日魔力を放り出してそれで小金を稼いでは」

 少女は二人との間に置かれたテーブルに石をいくつか並べた。
 一見すると硝子の破片にも小石にも見える透明な破片──離れていても魔力を感じられるソレはエリアの母国では燃料として知られているものであった。主に大規模な魔法を使う際、自分に足りない魔力を補うのに使う物だ。緊急時に治癒魔法を使えるように旅人の鞄に入っていることも珍しくない。
 とはいえ燃料というのは……エリア、そしてカサンドラの国は魔力を持っているのが当然の社会で、魔力が無ければ定職に就くことも結婚も難しい国だ。当然の事ながらカサンドラもエリアも魔力を持っている。レンリとして目覚める前はカサンドラにも充分過ぎるほどの魔力が有った。
 魔道具に魔石を用いる場合は石人形のコアになったり、武器の弾になったり……用途は様々だが、自国においては魔力を持たない人間の使い方という印象が強い。エリアは彼等に差別意識が有るどころか日常の中で彼等の事を意識すらしていなかった。こうして異国にやってきて「本当にそういう使い方もあるんだな」と抱く感情はある種関心に近い。
 少女の言葉にこくこくと頷きながらエリアはレンリの言葉を軽く流す。少なくともこれに腹を立てた彼女がコップの中身をぶち撒けるような事態にはならなかった。

「大体その認識で合ってるわ。で、父さんはこれを罠に加工してるのよ。それを売ったり、仕掛けに行ったりとかしてるの」
「罠に魔法を封じ込められるってことですか?」
「そんなところ。でも人間が唱えるわけじゃないから複雑なことは出来ないわ。火を付けるとか光らせるとか。そこから先は人間の仕事」

 それでこれが罠の一つ。
 少女が懐から取り出した石は硝子の破片のように薄く鋭利な形状をしている。よく見ると薄い蜂蜜色をしていて綺麗なものだが……エリアとレンリが手元のコップをテーブルに置くのを見計らい、少女は徐に立ち上がるとゆっくりと破片を手に窓へと近づいていく。そしてその小さな石を自らの魔力で更に細かく切ると、そのうちの一つを勢いよく窓の外へと投げ飛ばした。
 ──その瞬間、外に閃光が走る。小さな破裂音と共に破片の飛んだ先で数秒の間ちかちかと光が照っていた。幸い距離が離れていて、直視しなかった屋内の三人は無事。然しながら少女が破片を投げつけるまでの一部始終を見守っていたエリアは開いた口が塞がらないと言った様子であり、彼女が椅子に戻ってくるまで硬直している始末であった。

「私はまだ見習いで作らせてもらえないんだけどさ。こんな感じなのよ。個人でも作っている人はいるけど、たくさん種類を作ってるのはここではうちぐらい」
「流石、キョウカ様が推薦するだけありますね。要はあれでしょう。地雷や閃光弾のような使い方が出来るわけですね」
「地雷……というのは分かりませんが、設置型なんでしょうね。僕……僕達の国だと罠は法律で厳しく規定があって好き勝手に創作するのは難しいんですけど、自由に作れるっていうのは狩猟の幅が広がっていいですね」

 レンリの言う地雷や閃光弾というワードにエリアは理解が及ばなかったが、少女とレンリが楽しそうな会話内容……から察するに設置型の罠なのであろう。少女がいくつかテーブルに置いた破片の一つを手に取ると簡易的な魔力の流れを読み取ることが出来た。魔力の塊それそのものに爆破、光らせるといったこれまた単純な術式が組み込まれている仕組みらしい。
 自国において魔物の駆除は個人で対処するものではない。狩猟は生活の為ではなく、趣味でするものというイメージだ。個人が狩猟を生業にしているというのも珍しい。住民は罠に慣れていないため、古い時代の感覚で罠を設置すると狩猟対象ではなく一般住民に被害が及んでしまう──故に厳しい規制が設けられているようだ。
 狩猟をしない為、詳しくは知らないのだが少なくとも人間が踏んで爆発するようなものは確実に駄目だろう。

「売り物は持たせてあげられないけど試作品ならあげるし、作り方なら教えてあげる。魔力があるなら作ってみてもいいんじゃない?」
「はあ……」

 魔力を持っているのは現状エリアだけ。少女に魔力を捻り出せというわけにもいかず、レンリは依然カサンドラとしての魔力に覚醒した様子は無い。
 然し手本が無ければ作るものも作れない。エリアは少女に他に罠をいくつか持っていないかと問うと彼女は部屋の隅からいくつものサンプルを並べた。用意がいい。
  レンリはすっかりこちらを見ている──期待というよりかはさもこちらがやって当たり前という様子で。自分がやるしかないようだ。
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