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パパとママ

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 こんなことを言うのは今更なような気がするが、俺の両親はともにいない。死んだ、のではない。忽然と姿を消したのだ。
 当時五歳だった俺は途方に暮れていたが、その時拾ってくれたのが幼馴染である遠江光、瞬華の家族だった。
 感想を言えば、とても温かい家族だ。見ていて、凄く和む。
 その家族の母、遠江昇華は父から受け継いだアパートの大家をしており、父、遠江隆弘は大手の企業の部長という役職についている。
 俺は、そのアパートの一室を借りている。遠江隆弘曰く、家族だからという理由と、ある問題があることから家賃を格安にしてくれ、月八千円ということになっている。
 そして、今。俺たちはそのアパートの一室――六畳一間の部屋で、テーブルを囲んで座っていた。
「狭いですね」
「帰れ!」
 開口一番苦情を吐き出す一彼方に怒声を浴びせる。しかし一彼方はその怒声に欠片も怯まず、部屋をきょろきょろと見渡している。
 別に変なもんがあるわけじゃない。キッチンにトイレ、端にはベッドや勉強机、冷蔵庫やタンス、後は押し入れが一つと、かなり小さい風呂があるだけだ。
「で、場所まで移動させて何がしたいんだお前は」
 気だるげに尋ねると、一彼方は前のめりになりながら俺の口元に人差し指を突き出して首を振った。
「お前、ではありません。私は彼方です。ちなみにママ曰くパパがつけた名前だそうです」
「……わかった、で質問に答えてくれ……。か、彼方……」
「はい!」
 にぱー。物凄い笑顔でそう言われた。
「私は家がありません! 以上です!」
「……は?」
「ですから、私は未来からやってきましたから家がないんです。お金もありません。だから住まわせてもらおうとここの家にやってきたんです」
「いや待て。じゃあ何だ? お前はただ住む場所がなかったからここに場所を変えたのか? 別に他に何か言うこととかないのか?」
「ありませんけど、何か?」
 きょとん、と小首を傾げながら聞き返す彼方。
「……彼方、このアパートの隣には遠江家というものがある。一軒家で中々に綺麗な家だ。俺はその人たちと知り合いだから言ってきてそこに住まわせてやる。少し待ってろ」
 携帯を取り出す。その手をなぜかはたかれる。携帯が床に落ちた。
「ここでいいです」
「いや、俺が嫌だ」
 拾う、がまたはたかれ携帯を落とす。
「俺、男。彼方、女」
「パパ、父、私、娘」
「……それはお前だけの感覚だ。一度もお前と会ったことのない俺にとっちゃそこら辺にいる女に変わりねえ。そもそもお前と俺の共通点だなんてその銀の髪だけだろうが」
「あーっ! またお前って言いました! 言いました! わかったって言ったのに……嘘つきです! 私は彼方です! 一お前ではありません」
「仕方ねえだろ! お前っていうのは癖なんだよ、癖がそう簡単に治るもんか!」
「ぎぃぃ~~」
「…………はぁ」
 睨みつけてくる彼方だったが、馬鹿らしくなった俺は一度大きく息を吐いてから言った。
「何でここに住みてえんだよ、ここよりあっちの方が色々と便利だ。それに、ここじゃ俺に襲われる可能性だってあるんだぞ? だってのに、何でわざわざここを……」
「パパがいるからに決まっています」
「ママがいるだろうがママが」
「ママとは何度だって顔を合わせています。でも、パパと顔を合わせたことは私の記憶の中では一度もありません。ですから、今は私はママよりもパパを優先するのです」
「……そうかよ」
 正直に言えば、俺は彼方の言葉を信じ切れてはいない。半信半疑である。
 何たって未来からやってきただなんて馬鹿馬鹿しいし、そもそも遠江と結婚しているだなんてさらに馬鹿馬鹿しい。
 だってあれだぞ、あいつはあんなに狂暴なんだぞ? 俺が結婚するはずがないだろう、あんな野生動物と。
「まぁそれでも駄目だ。彼方の話が本当だろうと嘘だろうと、俺と彼方が男と女であることには変わりない。お前は遠江のとこに行け」
「……へぇー」
 すると突然、彼方の声色が変わった。その豹変した声に俺はおぞましい寒気を感じた。
「な、何だよ」
「……話をしましょう。それは遠い昔、とある少年が小学二年生の少年がいました。彼はヒーローになりたかった。ずっとその夢を追い続けていました。そしてとある日、彼は近所で多発している下着泥棒を捕まえようと、近所のコインランドリーに出向いて――」
「待てぇ――ッッ!!」
 怒声、ではなく悲鳴染みた叫びを上げて彼方の発言にストップをかける。
「……なぜだ、なぜお前が俺の黒歴史ワースト六を知っている……!」
「ママからの情報ですよ」
 にやっと意地の悪い笑顔を浮かべて、彼方は言う。
「余談ですが、ワースト一ももちろん知っております。……そう、あれは――」
「言うな、お願い、やめて!」
「……実の娘に土下座する親ほど可愛そうなものはありませんね……」
 男にはやらなければならない時がある。そう、それが今だった。
 ――屈辱だ……。
「さて、ここで問題です。今私が明日クラス中にパパの黒歴史を暴露しちゃうと言ったら、パパはどうするかー。答えてみてください、パパ。いえいえ、言うつもりはありませんよ? はい、まぁあくまで今は、ですが」
 彼方を少し甘く見ていていたのかもしれない。そう痛感した今日この頃だった。
「わかった。そう言えばいいんだろうが。ったく、どうなっても知らねえぞ」
 言った直後、ぱぁぁっとめちゃくちゃわかりやすく彼方の顔が輝いた。
「やりましたぁぁぁ!」
 ばんざーい、ばんざーい。
 と、両手の挙げ下ろしが繰り返される。時々テーブルの向かい側にいる俺に当たりかけるため、かなり危ない。おい、やめろ、やめろって痛!
 などと、俺たち二人が狭い部屋の中ではしゃいでいると、突然玄関のドアが開いて、そこから一人の少女が姿を現した。
「何? うっさいわね、また雨水でもやってきて……」
 遠江瞬華だった。部屋に入るや否や絶句し、呆然と立ち尽くしていた。
「あ、ママです」
「…………ごほん」
 嬉しそうな声を上げる彼方に対し、俺は神妙な面構えで腰を上げ、遠江の瞳をジッと見据えながら言った。
「これは誤解だぶるはぁ!?」
 問答無用でグーパンチが飛んだ。改めて再確認することが出来た。
 うん、ありえない。俺はこんな奴と結婚をするだなんて、ありえるはずがない。
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