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不思議すぎる転校生…!?

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 教室内ががやがやとざわめいていて、非常に不愉快極まりないが、俺――一柚季(にのまえゆずき)は頬杖をつきながら窓越しに見える大空に視線を飛ばしていた。
 俺の席は窓際最後方で隣のいない完全に孤立している席なため、真ん中よりはうるさくないのだろうがそれでもうるさい。
 この喧騒の原因は転校生、のことらしい。
 しかし単なる転校生じゃここまではがやがやとしないだろう。
 教室に視線を戻し、クラスメイトたちを観察する。
 騒いでいるのが男子生徒が半数を占めているところを見ると、おそらくは転校生は女だろう。
 だがその女が不細工なら傑作だ。ここにいる男どもはみな顔面蒼白となるだろう。
 滑稽で愉快だ。正直そうなって欲しい。
 言っておくが、別に俺はクラスメイトたちが嫌いなわけじゃない。無関心なだけだ。他の連中などどうだっていい、それが俺だ。
 昔と今じゃ俺は別人だと思う。いや、それは確信に近い。事実、俺は別人だ。
 前までは他人のことを気にかけていた自分は非常に恥ずかしい。所詮は他人、気にかける必要などないのだ。
「はっ――」
 笑いを零す。前の席の女が息を呑む声が聞こえた。恐怖に染まった声だった。
「…………」
 俺は、このクラスから忌み嫌われている。いや、ただ怖がられているという方が正しいか。
 不良――俺はそう呼ばれている。俺自身自覚はないのだが、他人から見たらそうらしい。
 まぁ確かにそうか。授業をサボったり、他校の連中と喧嘩ばっかしているのだからそう蔑まれて当然か。
 言い忘れていたが、ここ海星学園は島一番の進学校として有名である。ゆえに俺のような所業の悪い生徒は珍しく、教師たちからは俺は完全に忌み嫌われている。
 それから少し経ってチャイムが鳴った。立っていた生徒たちが一斉に席に戻って、担任の到着を待った。
 辺りを包む静寂。俺には心地いい。
 やがて、担任が入ってきた。ちなみに体育会系の男で、生徒たちからはよく汗臭いと言われている。しかしそれでも生徒たちに近寄って行くその男に俺は一度敬意を表したことがある。
「あー、まぁわかっているとは思うが、今日転校生がやってくる」
 うおおっ、と男性陣の声。雌に飢えたゴリラを連想させた。
「正直に言ってしまえば上玉だ。しかし――」
 担任はそこで言葉を打ち切って、ごほんと咳払いをした後言った。
「お前たちにはもったいない。あれは俺のものだ」
「せんせー、110番連絡しますね?」
「もちろん冗談だ」
 余談だが、この担任はむっつりスケベとして有名で、一度警察に捕まったことがあるという噂もある。なぜこんな男を採用したのか、疑問である。
「さて、もういいぞ。入ってきなさい」
 担任がそう言うと、ドアをがらりと開け、一人の少女が入り込んできた。
 なるほど、確かに上玉だ。担任がああいう風に口を滑らせるのも見れば頷ける。
 元気、という言葉に見事当てはまりそうな雰囲気を醸し出すその端麗な童顔。
 一般的な女子高校生よりかは若干身長は低いものの、体のしなやかなラインからくびれなどでその汚点は見事払拭され、逆にその汚点を利用していた。
 ぱっちりと見開かれた真紅の双眸に、腰の位置にまで伸びている真珠を彷彿とさせる白銀の髪。
 一言で説明しよう。
 ――ロリコン歓喜である。
「~~♪」
 鼻歌を刻みながら黒板に自分の名前を綴る。
 書道でもしていたのか、まるで見本のような字がそこに書かれてあった。
 書かれているのは――一彼方(にのまえかなた)。
 これは珍しい。ただでさえ珍しい俺の苗字が見事に一致している。どこかの遠い親戚だろうか、と俺は少し考えてみる。
 そうこうしているうちに転校生――一彼方はくるりとターンをして、教室全体を見渡してから自己紹介を始めた。
「私の名前は一彼方と言います。見た目通り元気が取り柄です。そして――」
 ぴっと。彼女は俺に指を差して。
 そして告げた。

「一柚季の――娘です♪」

 そんな、最低最悪な冗談を――。
 騒ぐ教室。発狂するクラスメイト、絶叫するクラスメイト、号泣するクラスメイト、マジ泣きする担任。つーかこのクラスメイトたち絶対精神病院行った方がいいと思うのは俺の勘違いだろうか。
「チッ」
 俺がそう舌打ちをすると、騒がしかった教室は急激に温度を下げ、喧騒は沈黙となった。
「んー?」
 小首を傾げながら一彼方は一言。
「どーしたんですか? パパ?」
 付き合ってられない。俺は席を立って教室を出た。廊下を一歩二歩と進んで行って、何かしら気配がしたので振り向く。
 ……なぜか後ろを付いてきていた。
「…………何だよ」
 ぴたりと足を止めて、俺はそう尋ねた。
「いえ、どこに行くのかなぁと思いまして」
「転校生がサボってどうする。教師たちから目でもつけられてえのかよ」
「滅相もない。私は優等生ですからそんな野蛮なことはしません」
「じゃあさっさと行け。そして二度と俺に近づくな」
「そう言われてしまうと余計に近づきたくなるのが人としての性(さが)なんですけど、まぁそれは一応置いておいて、パパはどこに行くんですか?」
 こいつはいつまで冗談を続ける気なのだろうか、少し頭が痛くなった。
「パパ言うな。そんな冗談言われても俺にとっちゃ何も面白くねえ」
「冗談じゃないんですけど……」
「冗談にしか聞こえねえんだよ。で、俺がどこに行くかって? 答えておくが教える義理はない。せいぜい楽しい学園ライフでも過ごしとけ自称優等生」
 手をひらひらと振って、俺は廊下を再度進んだ。ここまでぶっきらぼうに接すればもうこんな面白味の欠片もない冗談を吐くことはないだろう。
「じゃあパパも一緒に楽しい学園ライフを過ごしましょうよ。サボりは許しません」
 何でまだついてきてんだよ。心中で苦情を述べつつ、口では軽口を並べた。
「生憎と、学園ライフにあまり固執してないんだよ俺は。生徒たちと仲よくする気も毛頭ねえしな」
「ん? ではなぜ今この場にいるのですか? パパにとってデメリットしかないのであれば、ここにくる意味もないはずですが……」
 痛いところを突いてくる。
 しかし馬鹿正直に述べる俺ではない。そもそもこいつは自称俺の娘などと言ってはいるが、ただの赤の他人だ。赤の他人に自分の事情を喋るほど俺は馬鹿じゃない。
「高卒の方がまだ就職率はいいからな。一応肩書きとして卒業はしようと思ってるだけだ。別に特別な理由はねえ」
「ふーん、そうなんですか」
 てくてくと歩き、歩き、階段を下る。
「いい加減戻れ。お前が俺と一緒にいると、俺がお咎めを喰らう」
「お咎めなんてパパなら無視するでしょう?」
「…………」
 事実なので反論が出来ない。
「ところで、パパ」
 答えるのがあまりにも面倒臭くなったので無視したのだが、一彼方はそんなこと気にせず淡々と聞いてきた。
「ママはどこですか?」
「……ママだぁ?」
「ええ、ママです。黒髪で、二重の目で、普通の女性よりも少しだけ身長が高いおしとやかなお姉さんみたいな人です」
「黒髪? 二重の目? ……ちょっと待て」
 一階の廊下を歩きながら、俺は一人の知り合いを思い出す。待て、違うはずだ。あいつはおしとやかなんかじゃない。逆だ、あいつは活発で男勝りな奴だ。だから違う、違うはず――。
「あ、ママです」
「何――!?」
 一彼方がそう言葉を零した直後、一階の廊下に一つの足音が反響した。
 こつん、こつん。
 嫌な汗が流れた。多分俺の顔今引き攣ってる。
「おいおい、今授業中なんだけどなぁ……」
 ずさり。
 後退りながら俺がそう呟くと、前方から返事がきた。
「生徒会長権限よ」
 短い返事の後。
 ひゅん。
 風の切る音がした。俺は前方を注視する。そこで飛来してくる一つの道具を視認した。あれは、何だ。ボールペン……いや違う!?
「――カッターナイフじゃねえかぁぁぁああ!?!?」
 しかも牽制の攻撃ではなく、当たるかと思われる個所は俺の額。当たれば怪我は免れない。
「危ない、パパ!」
「お、お前!」
 すると一彼方が手を広げ俺の前に立った。俺を守るつもりらしい。足ががくがくと震えているが、目はカッターナイフに注がれている。大した根性だった。
 飛来するカッターナイフは虚空を駆け抜け、一彼方の頭上を通り越し、見事俺の額にぶち当たった。
「ぎぃぃぃぃやぁぁぁぁあああああッッ!?!?」
 俺の悲鳴が響いた。あまりに驚いたせいか、足から力が失われ尻餅をつく。
「ん……あれ?」
 なぜだろうか、カッターナイフが当たったというのにまるで痛みを感じなかった。ついに超能力が目覚めたか……とはもちろん思わない。
 落ちたカッターナイフを拾い上げると、何と刃が出ていなかった。
「なっさけないわね。男なら掴んで取ってみなさいよ」
 悠然とやってきたその女はそんな軽口を叩いた。
 見なくてもわかる。学園でも一目置かれている俺にこんなことをする奴など一人しかいない。
「んだよ……生徒会長の遠江さんよ」
 見上げながら、俺はその視線の先にいる女を細目で睨みつけた。
 黒一色で彩られた一つに束ねられているその髪は、夜の空に溶け込んでいきそうな、そんな色だった。瞳はぱちくりと開かれており、初々しい印象抱かせる。
 身長は女にしてはわりと高い方。俺よりは十五センチほど低いがまぁそれでも女子高生にしてはかなり高い方で、胸の方も豊満だ。中々のボインだ。そのボインを己のものにするために奮闘した生徒が何人もいたというが、噂では見事全員撃沈しているらしい。
 ちなみに名は遠江瞬華(とおのえしゅんか)。この学園の生徒会長であり、俺の幼馴染でもある。
「アンタがふぬけた奴だってことは知ってたけど、まさか転校生を即座に連れ去ろうとするなんてね。見た? アンタのクラスの現状を。まさに阿鼻叫喚の図よ?」
「女に飢え過ぎだろそいつら」
 なぜ一彼方のそこまで固執するのかわからない。他の女子が可愛そうだ。
「だが違うぞ。俺はこいつを連れ去ったわけじゃない。こいつが何か変なこと言ってついてきてるだけだ」
 そもそも、と俺は言葉を付け加えて、怒気を孕んで言った。
「お前が一番わかってるはずだぞ、俺が他の女を連れ回すわけがないってな」
「確かにそうね」
 短くそう言葉を返して、遠江は俺に背を向け、一彼方に声をかけた。
「転校初日からサボりだなんて感心しないわよ。確かにこの男が島一番の進学校であるこの学園にいることは珍しいとは思うけどサボりは駄目よ。こいつみたいになっちゃうから」
「……むぅ?」
「えっ、何?」
 遠江が一彼方を注意するも、一彼方はそんな話まるで聞いてなかった。小首を傾げ、ずっと遠江を見続けている。流石の遠江も困惑を隠し切れずにいた。
 やがて、一彼方はぴょーんと跳ねて遠江に抱きついた。背景にユリの花が見えた。
「ふぇっ!?」
「ママですーッ!」
 頬をすりすりさせる一彼方。一方目をぐるぐると回しながら困惑し続ける遠江。かなり面白い図だった。
 数秒間続けた後、冷静さを取り戻した遠江から口パクでこんなことを言った。
「た、す、け、て」
「さっき殺されかけた俺が助けるとでも?」
 無慈悲にも、俺はそう言い、それから数分の間その一彼方の無邪気な愛情表現をぼーっと眺めていた。
 五分程度その愛情表現が続いた。ようやく解放された遠江は床に沈み込み、一彼方はやけにすっきりとした顔をしていた。
「ママは高校時代髪をポニーテールにしてたんですね、初めて知りましたよ」
「この子……怖い」
 ぼそりとそんな感想を口にする遠江。可哀想に、とは思わない。
「ま、遠江はそこの奴を頼む。俺は教室に戻っても視線が痛いだけだろうからな、今日は早退しとく。担任にそう伝えといてくれ」
「えっ、じゃあ私も――」
 がしっ。遠江が一彼方の足を掴んだ。
「初日から、サボりは許さない」
 大した生徒会長だ。あそこまでされてまだ立ち向かう勇気が残っているとは。
 その勇気は俺にとっては好都合。俺は手を振りながら、
「んじゃあな」
 とだけ告げた。
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