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第三章 三つ目の願いを握った小さな娘
五
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雫さんとは、駅で別れ、僕と真君は、並んで歩いている。一日全力で遊びまわり真君の足元がおぼつかない。僕が、少し前に出て屈むと、真君は素直に背中に乗った。眠気が限界だったのだろう。僕の背中で、真君はすぐに寝息を立て始めた。玄常寺の千年階段に到着すると、九十九さんが待ち構えており、申し訳ないけれど、真君を預けた。僕も疲労がピークに達していて、真君を背負ってこの長い階段を上る自信がなかったのだ。
千年階段を上りきると、そのまま九十九さんが真君を部屋まで運んでくれた。僕は、大広間へと向かい、響介さんに帰宅の挨拶をした。そして、今日あった出来事を報告する。
「そうかいそうかい、真君が能力を使ったのかい? それは、大きな一歩だねえ! 喜ばしいことだ! それに、晴天雨合羽に出会ったのは、良い経験だったねえ。彼等は希少種だからねえ! 種の保存の為にも良いことをしたよ。明日、真君を褒めてあげようかねえ」
ほろ酔いの響介さんが、嬉しそうに酒を流し込む。
「あの、響介さん? 真君のことで、聞きたいことがあるんですけど」
「目のことかい?」
「はい。勿論、それもあるんですけど、まだ小学生の真君が、何故玄常寺に住んでいるんですか? 鳳凰寺財閥のことは、知っているんですけど・・・家庭で何かあったんですか?」
小学生の女の子が、単身住み込みで働いている。あまり考えないようにしていたけれど、考えてみれば、不思議なことだ。何か不幸に見舞われたと、考えるのが一般的だ。会社が倒産してしまって一家離散とか、ご両親やご家族が事故か何かで亡くなってしまったとか。それと、男の子のフリをしているのも気になる。祈子さんの話ではないけれど、男のフリをしなければならない、理由があったのだろうか?
「そうだねえ、時には話しておいた方が、良いだろうねえ。結論から言うと、真くんは、ご両親・・・いや、親族全員から疎まれ、捨てられたんだよ。目が三つもある化け物だとねえ。真君は、生まれながらに、第三の目があった奇形児だった。巨大財閥の時期後継者として生まれた待望の子供だった。その反動も大きかったんだろうねえ? 期待を裏切られると、絶望に変わるんだろうねえ。時は、パーフェクトヒューマンシンドロームという言葉を知っているかい?」
「いいえ、知りません」
「そのことも、悲劇の要因だろうねえ。真君のご両親は、なかなか子供に恵まれなかったんだ。だから、不妊治療を行っていたそうだ。そして、真君の父親は、異常にプライドが高い傲慢な人だったみたいでねえ。不妊治療は、彼にとって屈辱的だったそうだ。まあ、大金持ちだから金銭的な余裕はあっただろうけどねえ。そして、治療に大金をつぎ込んだそうだ。そうまでして、子供が欲しかったんだろうねえ。いや、必要だったと表現した方が、正しいのかもしれない」
響介さんは、一息ついて、湯呑を口につけた。一気に飲み干し、九十九君が酒を注いだ。
「つまり異常にプライドが高い男が、屈辱を受けて、大金を注ぎ込んだのだから、優秀な子供が生まれてくるはずだと、思い込んでいたんだろうねえ? しかし、生まれてきた子供は、目が三つあって、しかも女児だった。それでも、小さい頃は、まだ良かったんだろうねえ? 父親はまだしも、母親は育ててくれていた。しかし、本当の悲劇は、ここからだ。数年後、母親は男の子を出産した。そして、真君は、完全に居場所を失ったんだねえ」
酒臭い息を吐きながら、心痛な面持ちで響介さんは顔を歪めた。
真君が、第三の目を使いたがらなかった理由が分かった気がした。額にある目は、悲劇の・・・不幸の象徴なのだろう。そして、男の子のフリをするのは、真君自身の意図的な行為なのか、親からの洗脳かは知らないけど、そう言った事情があったのだろう。僕が想像していたことよりも、更に悲劇的で胸が苦しくなった。僕に暴言を吐いていたのも、日々のストレスの拠り所や強くなろうとする意思表示だったのかもしれない。そんな真君が、忌み嫌っていた能力を発揮してくれた。響介さんの頼みを拒否していたのに、李九の為に能力を使った。いや、違う。あれは、李九ではなく、雫さんの為だったのだろう。雫さんに好かれたという想いの現れだったのだ。
真君の家庭の事情を考えると、きっと遊園地に連れて行ってもらえなかったはずだ。だから、真君は、始めていく遊園地をあんなにも楽しんでいたのだ。きっと、真君にとっては、生まれて初めて感じた―――
かけがえのない、楽しい時間だったのだ。
真君の笑顔を思い出すと、次から次へと、涙が零れてきた。胸が苦しくて、呼吸することすら困難だ。僕は、涙を拭って、響介さんを見た。
「そう言った事情で、ご両親が、ここに預けにきたんですね?」
「いや、真君を連れてきたのは、彼の世話をしていた使用人だ。大財閥だからねえ、真君の存在を世間から隠す為に、別宅で幽閉されていたんだ。監禁と言っても良いだろうねえ。それを不憫に思った使用人が、ここに連れてきたんだ・・・そして、真君が、我が家にきたことによって、更に根が深い事実が発覚したんだねえ」
「え? それは、どういうことですか?」
響介さんは、腕組みをして、俯いた。目を閉じ、動かなくなった。暫く、響介さんの様子を伺っていると、ゆっくりと顔を上げて、真剣な眼差しとぶつかった。
「真君の誕生には、『長縄』が関係していることが、分かったんだ」
背筋に悪寒が走った。腕を確認すると、鳥肌が立っていた。予想以上の出来事が起こっていた。視線を響介さんに戻すと、恐ろしいほど冷たい目をしていた。僕は、心臓を撃ち抜かれたように、指一本動かすことが出来なかった。
「ま、何はともあれ、時には、真君の面倒を見て上げてもらえると、ありがたいねえ。願わくば、腫物に触るようにではなく、今まで通り自然に接して上げて欲しい」
「も、もちろんです。今日もとても楽しい時間を過ごすことができましたからね」
努めて平然と毅然と対応できたと思う。あんな小さな体に、想像を絶する程の苦しみや悲しみが詰まっていると思うと、体が震えてしまう。祈子さんも真君も過去を背負って、今を必死に生きているのだろう。平凡で何不自由なく生きてきた僕なんかが、上辺だけの安っぽい言葉なんかかけられる訳がない。僕に出来ることと言えば、今まで通り気楽に気軽に接することだけだ。僕は、大きく息を吸って、大きく息を吐いた。勿論、良い意味で、響介さんのように、もう少し肩の力を抜いていこう。変に意識しないように。
長縄のことももう少し、深堀りして尋ねたかったが、響介さんの有無を言わせぬ眼差しに、すっかり腰が引けてしまった。
「それにしても、真君の能力は、『千里眼』というものなのですね? あの能力は、凄く便利ですよね?」
真君の不幸の象徴を便利と表現しても大丈夫なのか、不安であったが話題と空気を変えたかった。一か八か過ぎただろうか? 息を飲んで響介さんを見つめていると、彼をまとっていた張りつめていた空気が緩んだ気がした。
「うん、確かに、遠くを見通せる能力もあるけどねえ。もう一つ、透視能力も備わっているそうだよ? ぶっちゃけ、僕は実際に見たことがないから、聞いた話だけどねえ。なにせ、真君は、能力を使いたがらないからねえ。先週も僕のお願いを断られちゃったし」
「聞いた話というのは?」
「真君をここに連れてきた使用人から聞いたんだよ。彼も確信を持っていた訳ではないけど、まあ実家に住んでいた時に、色々あったみたいだねえ」
響介さんは、酒臭い息を吐いて、畳に横になった。今日はいつもより、酒のペースが速いような気がした。きっと、響介さんも真君のことで嬉しくなって、ついつい飲み過ぎてしまったのだろう。
「時も疲れただろう? 今日はもう休みなさい」
「はい。おやすみなさい」
僕は、会釈をして、自室へと向かった。
それから、真君は人が変わったように、積極的に僕に接してきた。前と比べたら、幾分言葉使いも柔らかくなった。まだ少しぎこちないけれど、祈子さんとも話している場面を目撃した。少しずつ、皆が良い方向へと向かっていると感じていたある日のことだ。
夜中に突然僕の部屋に訪れた真君が、『お願いがある』と気まずそうに、俯いていた。部屋の中に招き入れ、扉を閉めた。部屋の電気をつけて、寝間着姿に帽子というアンバランスな格好をした真君が、畳に腰を下ろした。
「僕にお願いって、何かな? 僕に出来ることがあったら、何でも言ってよ」
夜更けに現れたことには正直驚いたが、僕を頼ってくれたことは、素直に嬉しかった。真君は、うつむいたまま、唇を噛み締めていた。悟られないように深呼吸をして、真君からの返答を待つ。
「あのさ、時は、古杉だっけ? あの狼男が言っていたことを覚えてる?」
「古杉さん? どのことだろう?」
ゆっくりと顔を上げた真君が、また俯いた。そして、勢いよく顔を上げると、ぶつかりそうになる程、顔を寄せてきた。
「玄常寺にあるって言ってた『もののけ』を人間に戻す、『妖結晶』って奴が、本当にあると思う?」
真剣な眼差しをした真君の顔が、鼻先に浮いている。予期せぬ言葉が飛んできて、思考が停止してしまっていた。僕は、慌てて距離を取ったが、真君は離れた分だけ詰め寄ってくる。
「ちょっと、待って! 落ち着いてよ!」
真君の小さな肩を掴んで、ゆっくりと押し返す。僕は、小さく咳払いをして、間を取った。考えがまとまらない。よくよく、考えてみれば、古杉さん同様、真君も『もののけ』の能力・・・いや、自身が『もののけ』であることを忌み嫌っているのだ。『妖結晶』という存在が気になるに決まっている。
「響介さんは、あくまでも噂話だって、言っていたよね?」
「僕は、時の意見を聞いてるんだ」
返す刀で切り返され、ものの見事に急所に命中した気分だ。責任転嫁に失敗した無様な姿を晒している。響介さんは、確かに噂話だと言っていた。しかし―――『この玄常寺に存在しない』とは、明言していない。あくまでも噂話で、この世に存在するかどうかも定かではない。と、お茶を濁していたようにも受け取れた。そして、古杉さんや真君が、望むような作用はないとも。「・・・響介さんはともかく、神槍さんの反応は・・・何かを知っているようだったね」
「そうなんだよ! 響介さんは、噂話だと言っていたけど、あの神槍って女の反応は、明らかにおかしいんだよ! 絶対に何かを隠してる! それは、何か? 『妖結晶』だよ! 御三家の人間が知らない訳ないし、僕達にも言えないような危険な物なんだ!」
「でも、『妖結晶』は、『もののけ』の能力を奪うものではなく、人間に『もののけ』の能力を与える物だって、言っていたけど」
だから、真君の欲する物ではない。
「そんなの分からないじゃん! 存在を隠そうとしたんだ! 本当の効果を誤魔化していたって、不思議じゃないよ!」
真君の言い分も一理ある。効果を隠す為に、存在そのものを隠そうとした。そう考えると、辻褄があってくる。
『妖結晶』は、『長縄』が作り出した代物だ。そして、『長縄』は、禁忌を犯したがゆえ、討伐された。犯した禁忌とは―――
『もののけ』を生み出しては、いけない。
人間に、『もののけ』の能力を与えることができる『妖結晶』。
そして―――真君の誕生に、『長縄』が関係している。
もしかしたら、真君は、『妖結晶』によって、生み出されたのかもしれない。
長縄の元当主である『長縄縛寿』を討伐した際、『妖結晶』を没収した。そして、中立であり看守の役目を担っている『歪屋』が、預かることになった。
つまり―――『妖結晶』は、玄常寺にある。
「・・・時? どうしたの?」
「え? あ、ごめん。確かに、真君の言う通りかもしれない」
「でしょ? 絶対そうだよ!? 『もののけ』を人間に戻す『妖結晶』は、ここにあるんだ!」
え? あ、そっち? しかし、真君に、僕の仮設を教える訳には、いかない。せっかく、こうやって普通に会話をすることができるようになった彼を、これ以上傷つける訳にはいかないんだ。
「分かった。今度、響介さんに、聞いてみるよ」
「それじゃ、ダメだよ! また、誤魔化されるに決まってるじゃん!」
「それじゃあ、どうするの?」
「時は、ここの地下がどうなってるのか、知ってる?」
「え、ああ、うん。九十九さんに聞いたことがあるよ。牢屋になってるんだよね?」
真君が頷いて、互いの膝がつくまで、寄ってきた。
「そう、一・二階は人間で、三・四階は『もののけ』。そして、最下層の五階には、貴重品が保管してある」
「え? まさか!?」
僕は、思わずのけ反りながら、大声を上げてしまい、真君に口を押えられた。シーと人差し指を口に当てている。そして、真君は、ニヤリと口角を上げた。
「そう! 僕達が、侵入するんだ!」
絶句してしまった。そこまでは、考えていなかったからだ。五階に『妖結晶』が保管されている。という、話だと思っていたら、まさかの侵入とは穏やかではない。僕達? 達? 僕もですか?
僕に出来ることがあったら、何でも言ってよ。確かに、言いました。でも、その案件は、少々荷が重い気がする。もし、響介さんに黙って、地下へと潜入し、もしバレようものなら、破門になるのではないか? そもそも、響介さんにバレないなんて、あり得るのか?
「時、安心して! もし、失敗して見つかったら、僕が無理やり時にお願いしたって言うから!」
完全に子供の発想だ。そんなもので、お咎めなしなら、苦労しない。でも、真君の願いは、聞いてあげたい。『妖結晶』なる代物が、真君が望むようなものでなかったとしても、希望があるなら一緒に追いかけてあげたい。一緒に探してあげたい。僕の立場が、悪くなるかもしれない・・・立場?
「真君! やっぱり、響介さんに話そう!」
「だから、それじゃダメだって!」
「そうじゃないよ! 警視庁の渋沢さんが言ってたんだけど、僕はいずれは『歪屋』の右腕にならないといけないらしいんだよ。だから、響介さんは、僕に色々なことを経験させようとしてくれている。つまり、僕が地下へ行ってはいけない理由は、ないはずなんだよ! 様々なことを知って、経験値をためていかなきゃいけないんだから。だから、わざわざ潜入しなくても、堂々と入ればいいんだよ!」
「あ! 確かにそうだ! 盗むことばかり考えていたから、潜入しかないと思い込んでた・・・ハハハ」
ハハハって、おい! 盗むって、はっきり言ったぞ? 分かってたけどもさ。
「でも、問題は、九十九さんだ。たぶんだけど、案内人として、九十九さんが同行すると思うんだ。どうやって、九十九さんの目を逸らせるか、そして地下には沢山の九十九君がいるはずだ。彼等の監視の目を掻い潜るなんて、不可能に近い。それに、万が一、響介さんが同行したら、お終いだ。だから、その時は、次の機会の為の下見ってことで、その場はおとなしく引く。それで良いね? 焦りは禁物だよ? 僕は、真君の頼みを聞いてあげたいんだよ。だから、真君も僕の頼みを聞いて欲しいんだ」
「・・・分かったよ」
本当に分かってくれたのかな? 怪しいものだが、詮索しても仕方がない。すると、真君が大きなあくびをした。小学生の消灯時間は、とっくに過ぎている。消灯時間なんて、ないけれど。
「真君、そろそろ寝た方が良いよ」
「うん、そうする。また、作戦会議をしようね。明日は、雫が遊びに来るから、もう寝るよ」
「え? そうなの?」
僕には、何の連絡もないのだけど、いったいどういうことだ?
「うん。陽衣子のことが、心配みたいだから、本当は会わせて上げたいんだけど、流石にそれは無理だもんね?」
「流石に、部外者は無理だろうね。元町先輩もそろそろ回復すると良いんだけど」
「元町先輩って、陽衣子のこと? 僕も陽衣子に会ってみたいんだよね? 仲良くできるかな?」
「うん、なれると思うよ。優しい人だから」
笑みを浮かべ、真君を見送った。そう、元町先輩は、少し気弱なところもあるけれど、優しい女性だ。雫さんの友達なのだから、そうに違いない。あの日、元町先輩は突然豹変し、前九十九さんを刺してしまった。あの姿は、本来の彼女の姿ではないはずだ。まさに、何者かに操られていたような、悪霊が憑依してしまったような、そんな感じであった。
元町先輩が元気になって、様々な問題が解決し、今度は四人で遊びに行けたら、楽しいだろうし、真君も喜んでくれるに違いない。
地下牢見学を明日にでも、響介さんに頼んでみることにしよう。
千年階段を上りきると、そのまま九十九さんが真君を部屋まで運んでくれた。僕は、大広間へと向かい、響介さんに帰宅の挨拶をした。そして、今日あった出来事を報告する。
「そうかいそうかい、真君が能力を使ったのかい? それは、大きな一歩だねえ! 喜ばしいことだ! それに、晴天雨合羽に出会ったのは、良い経験だったねえ。彼等は希少種だからねえ! 種の保存の為にも良いことをしたよ。明日、真君を褒めてあげようかねえ」
ほろ酔いの響介さんが、嬉しそうに酒を流し込む。
「あの、響介さん? 真君のことで、聞きたいことがあるんですけど」
「目のことかい?」
「はい。勿論、それもあるんですけど、まだ小学生の真君が、何故玄常寺に住んでいるんですか? 鳳凰寺財閥のことは、知っているんですけど・・・家庭で何かあったんですか?」
小学生の女の子が、単身住み込みで働いている。あまり考えないようにしていたけれど、考えてみれば、不思議なことだ。何か不幸に見舞われたと、考えるのが一般的だ。会社が倒産してしまって一家離散とか、ご両親やご家族が事故か何かで亡くなってしまったとか。それと、男の子のフリをしているのも気になる。祈子さんの話ではないけれど、男のフリをしなければならない、理由があったのだろうか?
「そうだねえ、時には話しておいた方が、良いだろうねえ。結論から言うと、真くんは、ご両親・・・いや、親族全員から疎まれ、捨てられたんだよ。目が三つもある化け物だとねえ。真君は、生まれながらに、第三の目があった奇形児だった。巨大財閥の時期後継者として生まれた待望の子供だった。その反動も大きかったんだろうねえ? 期待を裏切られると、絶望に変わるんだろうねえ。時は、パーフェクトヒューマンシンドロームという言葉を知っているかい?」
「いいえ、知りません」
「そのことも、悲劇の要因だろうねえ。真君のご両親は、なかなか子供に恵まれなかったんだ。だから、不妊治療を行っていたそうだ。そして、真君の父親は、異常にプライドが高い傲慢な人だったみたいでねえ。不妊治療は、彼にとって屈辱的だったそうだ。まあ、大金持ちだから金銭的な余裕はあっただろうけどねえ。そして、治療に大金をつぎ込んだそうだ。そうまでして、子供が欲しかったんだろうねえ。いや、必要だったと表現した方が、正しいのかもしれない」
響介さんは、一息ついて、湯呑を口につけた。一気に飲み干し、九十九君が酒を注いだ。
「つまり異常にプライドが高い男が、屈辱を受けて、大金を注ぎ込んだのだから、優秀な子供が生まれてくるはずだと、思い込んでいたんだろうねえ? しかし、生まれてきた子供は、目が三つあって、しかも女児だった。それでも、小さい頃は、まだ良かったんだろうねえ? 父親はまだしも、母親は育ててくれていた。しかし、本当の悲劇は、ここからだ。数年後、母親は男の子を出産した。そして、真君は、完全に居場所を失ったんだねえ」
酒臭い息を吐きながら、心痛な面持ちで響介さんは顔を歪めた。
真君が、第三の目を使いたがらなかった理由が分かった気がした。額にある目は、悲劇の・・・不幸の象徴なのだろう。そして、男の子のフリをするのは、真君自身の意図的な行為なのか、親からの洗脳かは知らないけど、そう言った事情があったのだろう。僕が想像していたことよりも、更に悲劇的で胸が苦しくなった。僕に暴言を吐いていたのも、日々のストレスの拠り所や強くなろうとする意思表示だったのかもしれない。そんな真君が、忌み嫌っていた能力を発揮してくれた。響介さんの頼みを拒否していたのに、李九の為に能力を使った。いや、違う。あれは、李九ではなく、雫さんの為だったのだろう。雫さんに好かれたという想いの現れだったのだ。
真君の家庭の事情を考えると、きっと遊園地に連れて行ってもらえなかったはずだ。だから、真君は、始めていく遊園地をあんなにも楽しんでいたのだ。きっと、真君にとっては、生まれて初めて感じた―――
かけがえのない、楽しい時間だったのだ。
真君の笑顔を思い出すと、次から次へと、涙が零れてきた。胸が苦しくて、呼吸することすら困難だ。僕は、涙を拭って、響介さんを見た。
「そう言った事情で、ご両親が、ここに預けにきたんですね?」
「いや、真君を連れてきたのは、彼の世話をしていた使用人だ。大財閥だからねえ、真君の存在を世間から隠す為に、別宅で幽閉されていたんだ。監禁と言っても良いだろうねえ。それを不憫に思った使用人が、ここに連れてきたんだ・・・そして、真君が、我が家にきたことによって、更に根が深い事実が発覚したんだねえ」
「え? それは、どういうことですか?」
響介さんは、腕組みをして、俯いた。目を閉じ、動かなくなった。暫く、響介さんの様子を伺っていると、ゆっくりと顔を上げて、真剣な眼差しとぶつかった。
「真君の誕生には、『長縄』が関係していることが、分かったんだ」
背筋に悪寒が走った。腕を確認すると、鳥肌が立っていた。予想以上の出来事が起こっていた。視線を響介さんに戻すと、恐ろしいほど冷たい目をしていた。僕は、心臓を撃ち抜かれたように、指一本動かすことが出来なかった。
「ま、何はともあれ、時には、真君の面倒を見て上げてもらえると、ありがたいねえ。願わくば、腫物に触るようにではなく、今まで通り自然に接して上げて欲しい」
「も、もちろんです。今日もとても楽しい時間を過ごすことができましたからね」
努めて平然と毅然と対応できたと思う。あんな小さな体に、想像を絶する程の苦しみや悲しみが詰まっていると思うと、体が震えてしまう。祈子さんも真君も過去を背負って、今を必死に生きているのだろう。平凡で何不自由なく生きてきた僕なんかが、上辺だけの安っぽい言葉なんかかけられる訳がない。僕に出来ることと言えば、今まで通り気楽に気軽に接することだけだ。僕は、大きく息を吸って、大きく息を吐いた。勿論、良い意味で、響介さんのように、もう少し肩の力を抜いていこう。変に意識しないように。
長縄のことももう少し、深堀りして尋ねたかったが、響介さんの有無を言わせぬ眼差しに、すっかり腰が引けてしまった。
「それにしても、真君の能力は、『千里眼』というものなのですね? あの能力は、凄く便利ですよね?」
真君の不幸の象徴を便利と表現しても大丈夫なのか、不安であったが話題と空気を変えたかった。一か八か過ぎただろうか? 息を飲んで響介さんを見つめていると、彼をまとっていた張りつめていた空気が緩んだ気がした。
「うん、確かに、遠くを見通せる能力もあるけどねえ。もう一つ、透視能力も備わっているそうだよ? ぶっちゃけ、僕は実際に見たことがないから、聞いた話だけどねえ。なにせ、真君は、能力を使いたがらないからねえ。先週も僕のお願いを断られちゃったし」
「聞いた話というのは?」
「真君をここに連れてきた使用人から聞いたんだよ。彼も確信を持っていた訳ではないけど、まあ実家に住んでいた時に、色々あったみたいだねえ」
響介さんは、酒臭い息を吐いて、畳に横になった。今日はいつもより、酒のペースが速いような気がした。きっと、響介さんも真君のことで嬉しくなって、ついつい飲み過ぎてしまったのだろう。
「時も疲れただろう? 今日はもう休みなさい」
「はい。おやすみなさい」
僕は、会釈をして、自室へと向かった。
それから、真君は人が変わったように、積極的に僕に接してきた。前と比べたら、幾分言葉使いも柔らかくなった。まだ少しぎこちないけれど、祈子さんとも話している場面を目撃した。少しずつ、皆が良い方向へと向かっていると感じていたある日のことだ。
夜中に突然僕の部屋に訪れた真君が、『お願いがある』と気まずそうに、俯いていた。部屋の中に招き入れ、扉を閉めた。部屋の電気をつけて、寝間着姿に帽子というアンバランスな格好をした真君が、畳に腰を下ろした。
「僕にお願いって、何かな? 僕に出来ることがあったら、何でも言ってよ」
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「響介さんは、あくまでも噂話だって、言っていたよね?」
「僕は、時の意見を聞いてるんだ」
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「そうなんだよ! 響介さんは、噂話だと言っていたけど、あの神槍って女の反応は、明らかにおかしいんだよ! 絶対に何かを隠してる! それは、何か? 『妖結晶』だよ! 御三家の人間が知らない訳ないし、僕達にも言えないような危険な物なんだ!」
「でも、『妖結晶』は、『もののけ』の能力を奪うものではなく、人間に『もののけ』の能力を与える物だって、言っていたけど」
だから、真君の欲する物ではない。
「そんなの分からないじゃん! 存在を隠そうとしたんだ! 本当の効果を誤魔化していたって、不思議じゃないよ!」
真君の言い分も一理ある。効果を隠す為に、存在そのものを隠そうとした。そう考えると、辻褄があってくる。
『妖結晶』は、『長縄』が作り出した代物だ。そして、『長縄』は、禁忌を犯したがゆえ、討伐された。犯した禁忌とは―――
『もののけ』を生み出しては、いけない。
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そして―――真君の誕生に、『長縄』が関係している。
もしかしたら、真君は、『妖結晶』によって、生み出されたのかもしれない。
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つまり―――『妖結晶』は、玄常寺にある。
「・・・時? どうしたの?」
「え? あ、ごめん。確かに、真君の言う通りかもしれない」
「でしょ? 絶対そうだよ!? 『もののけ』を人間に戻す『妖結晶』は、ここにあるんだ!」
え? あ、そっち? しかし、真君に、僕の仮設を教える訳には、いかない。せっかく、こうやって普通に会話をすることができるようになった彼を、これ以上傷つける訳にはいかないんだ。
「分かった。今度、響介さんに、聞いてみるよ」
「それじゃ、ダメだよ! また、誤魔化されるに決まってるじゃん!」
「それじゃあ、どうするの?」
「時は、ここの地下がどうなってるのか、知ってる?」
「え、ああ、うん。九十九さんに聞いたことがあるよ。牢屋になってるんだよね?」
真君が頷いて、互いの膝がつくまで、寄ってきた。
「そう、一・二階は人間で、三・四階は『もののけ』。そして、最下層の五階には、貴重品が保管してある」
「え? まさか!?」
僕は、思わずのけ反りながら、大声を上げてしまい、真君に口を押えられた。シーと人差し指を口に当てている。そして、真君は、ニヤリと口角を上げた。
「そう! 僕達が、侵入するんだ!」
絶句してしまった。そこまでは、考えていなかったからだ。五階に『妖結晶』が保管されている。という、話だと思っていたら、まさかの侵入とは穏やかではない。僕達? 達? 僕もですか?
僕に出来ることがあったら、何でも言ってよ。確かに、言いました。でも、その案件は、少々荷が重い気がする。もし、響介さんに黙って、地下へと潜入し、もしバレようものなら、破門になるのではないか? そもそも、響介さんにバレないなんて、あり得るのか?
「時、安心して! もし、失敗して見つかったら、僕が無理やり時にお願いしたって言うから!」
完全に子供の発想だ。そんなもので、お咎めなしなら、苦労しない。でも、真君の願いは、聞いてあげたい。『妖結晶』なる代物が、真君が望むようなものでなかったとしても、希望があるなら一緒に追いかけてあげたい。一緒に探してあげたい。僕の立場が、悪くなるかもしれない・・・立場?
「真君! やっぱり、響介さんに話そう!」
「だから、それじゃダメだって!」
「そうじゃないよ! 警視庁の渋沢さんが言ってたんだけど、僕はいずれは『歪屋』の右腕にならないといけないらしいんだよ。だから、響介さんは、僕に色々なことを経験させようとしてくれている。つまり、僕が地下へ行ってはいけない理由は、ないはずなんだよ! 様々なことを知って、経験値をためていかなきゃいけないんだから。だから、わざわざ潜入しなくても、堂々と入ればいいんだよ!」
「あ! 確かにそうだ! 盗むことばかり考えていたから、潜入しかないと思い込んでた・・・ハハハ」
ハハハって、おい! 盗むって、はっきり言ったぞ? 分かってたけどもさ。
「でも、問題は、九十九さんだ。たぶんだけど、案内人として、九十九さんが同行すると思うんだ。どうやって、九十九さんの目を逸らせるか、そして地下には沢山の九十九君がいるはずだ。彼等の監視の目を掻い潜るなんて、不可能に近い。それに、万が一、響介さんが同行したら、お終いだ。だから、その時は、次の機会の為の下見ってことで、その場はおとなしく引く。それで良いね? 焦りは禁物だよ? 僕は、真君の頼みを聞いてあげたいんだよ。だから、真君も僕の頼みを聞いて欲しいんだ」
「・・・分かったよ」
本当に分かってくれたのかな? 怪しいものだが、詮索しても仕方がない。すると、真君が大きなあくびをした。小学生の消灯時間は、とっくに過ぎている。消灯時間なんて、ないけれど。
「真君、そろそろ寝た方が良いよ」
「うん、そうする。また、作戦会議をしようね。明日は、雫が遊びに来るから、もう寝るよ」
「え? そうなの?」
僕には、何の連絡もないのだけど、いったいどういうことだ?
「うん。陽衣子のことが、心配みたいだから、本当は会わせて上げたいんだけど、流石にそれは無理だもんね?」
「流石に、部外者は無理だろうね。元町先輩もそろそろ回復すると良いんだけど」
「元町先輩って、陽衣子のこと? 僕も陽衣子に会ってみたいんだよね? 仲良くできるかな?」
「うん、なれると思うよ。優しい人だから」
笑みを浮かべ、真君を見送った。そう、元町先輩は、少し気弱なところもあるけれど、優しい女性だ。雫さんの友達なのだから、そうに違いない。あの日、元町先輩は突然豹変し、前九十九さんを刺してしまった。あの姿は、本来の彼女の姿ではないはずだ。まさに、何者かに操られていたような、悪霊が憑依してしまったような、そんな感じであった。
元町先輩が元気になって、様々な問題が解決し、今度は四人で遊びに行けたら、楽しいだろうし、真君も喜んでくれるに違いない。
地下牢見学を明日にでも、響介さんに頼んでみることにしよう。
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そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
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2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
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にちゃんねる風創作小説をお楽しみください。
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