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第一章 のっぺらした道にも希望の花は咲く
九
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「うわあ! 凄い階段だね?」
通称、千年階段(僕が勝手に命名)を見上げて、藍羽先輩が声を上げた。
授業が終了し、僕達三人は約束通り、一緒に玄常寺へと辿り着いた。正確には、まだ辿り着いていない。ここからが、本番だ。最難関の心臓破りの階段だ。元町先輩は、不安そうに階段の先を見ている。ここからでは、ゴールの鳥居は見えない。
「おかえりなさい、染宮殿。そして、ようこそ、いらっしゃいました。お嬢様方。主の命により、お向かいに参りました」
階段の一段上で、九十九さんが深々とお辞儀をし、その後ろには四人の九十九君がいた。後ろの四人の九十九君は、手に何かを持っている。
「この階段を上るのは、骨が折れますからね。我々が運んで差し上げます。どうかお嬢様方、この籠にお乗り下さい」
九十九さんが言うと、後ろの九十九君達がそれぞれ上下に距離を取り、手に持っていた物を広げた。あれは、人を運ぶ籠だったようだ。長い棒に紐がついており、ブランコのようになっている。藍羽先輩と元町先輩は、戸惑っている様子で、ブランコの部分に腰を下ろした。
「斜めになってしまい、しかも揺れますから、座り心地は悪いでしょうけれど、ご容赦下さい」
九十九さんが、深々と頭を下げ、申し訳なさそうにする。当然、二人の先輩は、恐縮している。それにしても玄常寺に、こんな送迎サービスがあるとは、知らなかった。
「檀家様の中には、ご年配の方も大勢いらっしゃいますからね。檀家離れが叫ばれる昨今、あの手この手で繋ぎ留めなければなりません。一種の営業努力です」
なるほど、納得した。しかし実際は、檀家料で賄っている訳ではないのだろうけれど。表家業と裏家業でのバランスがあるのだろう。体裁と言っても過言ではない気がするが。裏家業でぼろ儲けしている気もするが、その家業の実態は、僕には分からないから、ただの想像だ。
「染宮殿もお疲れでしたら、おぶって差し上げますよ? 顔色も優れないご様子ですし」
「いえいえ、大丈夫です。気にしないで下さい」
流石に、女性の前で、小さな少年に背負われる絵を見せる訳にはいかない。みっともないにもほどがある。寝不足と筋肉痛で、体はボロボロだけど、少しくらいは格好をつけたい。
小さな九十九君に運ばれているから、足が階段についてしまわないか心配だったけれど、杞憂に終わった。ブランコには腰を下ろす部分と足を延ばして置ける部分があり、背もたれもついている。確かに、斜めになっているけど、九十九さんが言うような座り心地の悪さはなさそうだ。その証拠に、二人の女性は、案外楽しそうに会話している。先ほどまでの暗い雰囲気が嘘のように、和んでいて安心した。
「それは、そうと、六角堂殿は、もうお見えになっておりますよ」
「そうですよね? 鍵助さんの術を使ったんですよね? もう、ズルいですよ。僕がお願いしたら、拒否されました」
「アハハ! それは、そうですよ。あのお二方も一緒に来るおつもりだったのでしょう? 一般の方に、能力をお見せする訳には、いきませんからね」
九十九さんは、軽快に笑い、僕は頬を膨らませた。
僕と九十九さんは、籠の集団から、数段下がって階段を歩いている。あんなにも小さな九十九君のどこに、あれほどの力と体力があるのかと不思議になった。九十九さんは勿論のこと、九十九衆も己に課せられた任をまっとうしている。では、僕のやるべきこととは、いったい何なのだろうか?
「九十九さん。僕ね、昨日、何もできなかったんですよ」
無意識の内に、声が勝手に漏れていた。僕は、ハッとして慌てて口を押えた。九十九さんは、ツルッとした黒光りした仮面越しに、僕を見ている気がした。そして、フッと優しく微笑んだようにも。
「話は伺っておりますが、『何もできなかった』と言うのは、間違いですよ?」
「いや、本当に、できなかっただけなんです。僕は、ただ逃げ回って、何もできないくせに、自分の理想を鍵助さんに押し付けたり。その挙句、鍵助さんに叱られてしまいました」
「ちゃんと、逃げたでは、ありませんか? 自分の命を守る為に。自分の命を守るからこそ、他人の命を守れるのです。何もしない人は、逃げもしません。生きることを選択することは、最も大切で根本的なことですよ。染宮殿は、ちゃんと自分の命を守り抜き、未来で助けるべき人の命を守ったのです」
「未来で助けるべき人?」
「ええ、染宮殿は、これからもっと精進し、もっと沢山の経験を積みます。そして、将来貴方を頼ってくる人々を救うのです。そして、こう言われるのです。『助けてくれて、ありがとう』と。それは、『生まれてくれて、ありがとう』や『生きていてくれて、ありがとう』という意味と同義だと、私は思います」
僕は、思わず、九十九さんから、顔を背けた。話が壮大過ぎて、良く理解できなかったけれど、ふいに目頭が熱くなってしまった。九十九さんの柔らかくて優しい声が、僕の胸の奥にそっと触れ、撫でてくれたような気がした。
痛いの痛いの飛んでけ。何故か、子供の頃の母親の言葉を思い出した。
僕は、大袈裟に咳をして、鼻を啜る音を消そうとした。きっと、九十九さんなら、僕を励ましてくれる。きっと、そう思ったから、無自覚で体が求めていたから、自然と心の奥深くにあった想いが、顔を出したのだ。
「あの・・・九十九さん?」
「なんでしょう?」
「僕って、ちょろいですか?」
「そうですね。とても、素直な方だと思いますよ」
僕と九十九さんは、互いに笑いながら、顔を前方に向けた。気が付けば、千年階段の頂上にある鳥居をくぐっていた。九十九さんと一緒に歩いていると、苦しいはずの千年階段も楽に上ることができる。とても不思議で、とても心地良い雰囲気を持った人だ―――人ではないけれど。しかし、そんなこと、何一つ関係ないことだ。ずっと、いつまでも、九十九さんに背中を押してもらいたいと願った。そして、九十九さんが笑って僕を見ていられるくらいに、もっともっと成長しなければならないと、心に誓った。
九十九衆と別れ、僕は二人の女性をエスコートしながら、響介さんの屋敷へと向かう。屋敷の玄関の前では、相変わらず琥珀が、眠っていた。すると、二人の女性は、歓喜の声を上げ、琥珀へと駆け寄った。
「あ! 気を付けて下さいね。寝ている時に触ると、そいつ凄く機嫌悪くなるんですよ」
「え? そう? 気持ち良さそうだけど?」
藍羽先輩と元町先輩が、琥珀を撫でまわしている。確かに、琥珀は嬉しそうに尻尾を振っていた。と、言う事は何か? 僕に触られるのが、嫌なのか? どうにも腑に落ちず、僕も琥珀の頭に手を伸ばすと、犬歯を剥き出しに、盛大に威嚇された。なるほど、そういうことか。
僕は、若干拗ねながら、二人を促し、屋敷内へと入った。長い廊下を渡り、突き当たりの大広間の襖を開ける。中には、響介さん・銀将君・鍵助さん・祈子さん、そして数名の九十九君がいた。皆が、畳に座っている。一番奥の上座に座っている響介さんに歩み寄っていく。
「ねえねえ、銀将さん? 最近、お忙しいのですか? あまり、ここに来て下さりませんよね?」
ん? 物凄い違和感を覚え、僕は思わず、声の方へと視線を向けた。聞いたことのない、甘ったるい猫なで声を出す祈子さんが、体をくねらせている。
「ああ、悪いな祈子。今ちょっと、立て込んでてな。時間ができたら、遊びにくるよ」
「本当ですか? 私、また銀将さんが会いに来てくれるのを楽しみに楽しみに、待っていますね」
祈子さんは、嬉しそうに、そして恥ずかしそうに、銀将君を見つめている。銀将君は、僕と目が合い、片手を上げた。
「おう、お疲れ」
「あ、うん。お疲れ様」
僕が返事をしたが、祈子さんは、一向にこちらを見ようともしない。銀将君に釘付けだ。僕の存在に全く気が付いておらず、そもそも誰のことも目に入っていない様子だ。二人がそんなに親しいとは、知らなかった。そんな二人を後にして、僕は響介さんの前で正座をして、両手を畳につけた。
「只今、戻りました。こちらの方々が、元町さんと藍羽さんです」
僕は、顔を上げて、二人を紹介する。
「うん、おかえりい! だから、時は固いって言ってるじゃないか? 見てごらん? 二人のお嬢さんが、恐縮しているじゃないか?」
僕が振り返ると、藍羽先輩と元町先輩が、正座をして深々と頭を下げていた。僕は、どうしたら良いのか分からず、あたふたして二人の女性と響介さんを交互に見るしかできなかった。響介さんは、煙管から煙を吸い込み、溜息のように吐き出した。
「お嬢さん方? そんなに畏まらなくて良いよ。親戚の家に来たくらいの気持ちで、くつろいでくれて良いからねえ」
親戚の家でくつろげるのか、甚だ疑問であったが、響介さんはいつもの気さくな雰囲気のままだ。確かに、これから話し合う内容は、なかなかに濃いものだけれど、だからと言って身構えていては、進む話も進まない。恐る恐る顔を上げる女性達は、互いに顔を見合わせている。だいぶ戸惑っているようだ。すると、響介さんが、二人の女性を相手に、世間話を始めた。気さくで気軽な雰囲気の響介さんの会話に、二人の緊張が解れていっているのが、手に取るように分かった。次第に笑い声が漏れ始める。すると、襖が開く音が聞こえ、僕は背後を振り返った。開かれた襖には、九十九さんが正座をしていた。
「失礼します」
九十九さんは、襖を閉じ、お盆を持って畳を歩く。そして、それぞれの前に湯呑を置いていく。お茶を配り終わった九十九さんが、列をなして座っている九十九衆の先頭に立ち、静かに正座した。響介さんは、膝をパシンと叩いた。
「もっと、若くて美しい女性方と話をしていたいけれど、そろそろ本題に入ろうかねえ?」
通称、千年階段(僕が勝手に命名)を見上げて、藍羽先輩が声を上げた。
授業が終了し、僕達三人は約束通り、一緒に玄常寺へと辿り着いた。正確には、まだ辿り着いていない。ここからが、本番だ。最難関の心臓破りの階段だ。元町先輩は、不安そうに階段の先を見ている。ここからでは、ゴールの鳥居は見えない。
「おかえりなさい、染宮殿。そして、ようこそ、いらっしゃいました。お嬢様方。主の命により、お向かいに参りました」
階段の一段上で、九十九さんが深々とお辞儀をし、その後ろには四人の九十九君がいた。後ろの四人の九十九君は、手に何かを持っている。
「この階段を上るのは、骨が折れますからね。我々が運んで差し上げます。どうかお嬢様方、この籠にお乗り下さい」
九十九さんが言うと、後ろの九十九君達がそれぞれ上下に距離を取り、手に持っていた物を広げた。あれは、人を運ぶ籠だったようだ。長い棒に紐がついており、ブランコのようになっている。藍羽先輩と元町先輩は、戸惑っている様子で、ブランコの部分に腰を下ろした。
「斜めになってしまい、しかも揺れますから、座り心地は悪いでしょうけれど、ご容赦下さい」
九十九さんが、深々と頭を下げ、申し訳なさそうにする。当然、二人の先輩は、恐縮している。それにしても玄常寺に、こんな送迎サービスがあるとは、知らなかった。
「檀家様の中には、ご年配の方も大勢いらっしゃいますからね。檀家離れが叫ばれる昨今、あの手この手で繋ぎ留めなければなりません。一種の営業努力です」
なるほど、納得した。しかし実際は、檀家料で賄っている訳ではないのだろうけれど。表家業と裏家業でのバランスがあるのだろう。体裁と言っても過言ではない気がするが。裏家業でぼろ儲けしている気もするが、その家業の実態は、僕には分からないから、ただの想像だ。
「染宮殿もお疲れでしたら、おぶって差し上げますよ? 顔色も優れないご様子ですし」
「いえいえ、大丈夫です。気にしないで下さい」
流石に、女性の前で、小さな少年に背負われる絵を見せる訳にはいかない。みっともないにもほどがある。寝不足と筋肉痛で、体はボロボロだけど、少しくらいは格好をつけたい。
小さな九十九君に運ばれているから、足が階段についてしまわないか心配だったけれど、杞憂に終わった。ブランコには腰を下ろす部分と足を延ばして置ける部分があり、背もたれもついている。確かに、斜めになっているけど、九十九さんが言うような座り心地の悪さはなさそうだ。その証拠に、二人の女性は、案外楽しそうに会話している。先ほどまでの暗い雰囲気が嘘のように、和んでいて安心した。
「それは、そうと、六角堂殿は、もうお見えになっておりますよ」
「そうですよね? 鍵助さんの術を使ったんですよね? もう、ズルいですよ。僕がお願いしたら、拒否されました」
「アハハ! それは、そうですよ。あのお二方も一緒に来るおつもりだったのでしょう? 一般の方に、能力をお見せする訳には、いきませんからね」
九十九さんは、軽快に笑い、僕は頬を膨らませた。
僕と九十九さんは、籠の集団から、数段下がって階段を歩いている。あんなにも小さな九十九君のどこに、あれほどの力と体力があるのかと不思議になった。九十九さんは勿論のこと、九十九衆も己に課せられた任をまっとうしている。では、僕のやるべきこととは、いったい何なのだろうか?
「九十九さん。僕ね、昨日、何もできなかったんですよ」
無意識の内に、声が勝手に漏れていた。僕は、ハッとして慌てて口を押えた。九十九さんは、ツルッとした黒光りした仮面越しに、僕を見ている気がした。そして、フッと優しく微笑んだようにも。
「話は伺っておりますが、『何もできなかった』と言うのは、間違いですよ?」
「いや、本当に、できなかっただけなんです。僕は、ただ逃げ回って、何もできないくせに、自分の理想を鍵助さんに押し付けたり。その挙句、鍵助さんに叱られてしまいました」
「ちゃんと、逃げたでは、ありませんか? 自分の命を守る為に。自分の命を守るからこそ、他人の命を守れるのです。何もしない人は、逃げもしません。生きることを選択することは、最も大切で根本的なことですよ。染宮殿は、ちゃんと自分の命を守り抜き、未来で助けるべき人の命を守ったのです」
「未来で助けるべき人?」
「ええ、染宮殿は、これからもっと精進し、もっと沢山の経験を積みます。そして、将来貴方を頼ってくる人々を救うのです。そして、こう言われるのです。『助けてくれて、ありがとう』と。それは、『生まれてくれて、ありがとう』や『生きていてくれて、ありがとう』という意味と同義だと、私は思います」
僕は、思わず、九十九さんから、顔を背けた。話が壮大過ぎて、良く理解できなかったけれど、ふいに目頭が熱くなってしまった。九十九さんの柔らかくて優しい声が、僕の胸の奥にそっと触れ、撫でてくれたような気がした。
痛いの痛いの飛んでけ。何故か、子供の頃の母親の言葉を思い出した。
僕は、大袈裟に咳をして、鼻を啜る音を消そうとした。きっと、九十九さんなら、僕を励ましてくれる。きっと、そう思ったから、無自覚で体が求めていたから、自然と心の奥深くにあった想いが、顔を出したのだ。
「あの・・・九十九さん?」
「なんでしょう?」
「僕って、ちょろいですか?」
「そうですね。とても、素直な方だと思いますよ」
僕と九十九さんは、互いに笑いながら、顔を前方に向けた。気が付けば、千年階段の頂上にある鳥居をくぐっていた。九十九さんと一緒に歩いていると、苦しいはずの千年階段も楽に上ることができる。とても不思議で、とても心地良い雰囲気を持った人だ―――人ではないけれど。しかし、そんなこと、何一つ関係ないことだ。ずっと、いつまでも、九十九さんに背中を押してもらいたいと願った。そして、九十九さんが笑って僕を見ていられるくらいに、もっともっと成長しなければならないと、心に誓った。
九十九衆と別れ、僕は二人の女性をエスコートしながら、響介さんの屋敷へと向かう。屋敷の玄関の前では、相変わらず琥珀が、眠っていた。すると、二人の女性は、歓喜の声を上げ、琥珀へと駆け寄った。
「あ! 気を付けて下さいね。寝ている時に触ると、そいつ凄く機嫌悪くなるんですよ」
「え? そう? 気持ち良さそうだけど?」
藍羽先輩と元町先輩が、琥珀を撫でまわしている。確かに、琥珀は嬉しそうに尻尾を振っていた。と、言う事は何か? 僕に触られるのが、嫌なのか? どうにも腑に落ちず、僕も琥珀の頭に手を伸ばすと、犬歯を剥き出しに、盛大に威嚇された。なるほど、そういうことか。
僕は、若干拗ねながら、二人を促し、屋敷内へと入った。長い廊下を渡り、突き当たりの大広間の襖を開ける。中には、響介さん・銀将君・鍵助さん・祈子さん、そして数名の九十九君がいた。皆が、畳に座っている。一番奥の上座に座っている響介さんに歩み寄っていく。
「ねえねえ、銀将さん? 最近、お忙しいのですか? あまり、ここに来て下さりませんよね?」
ん? 物凄い違和感を覚え、僕は思わず、声の方へと視線を向けた。聞いたことのない、甘ったるい猫なで声を出す祈子さんが、体をくねらせている。
「ああ、悪いな祈子。今ちょっと、立て込んでてな。時間ができたら、遊びにくるよ」
「本当ですか? 私、また銀将さんが会いに来てくれるのを楽しみに楽しみに、待っていますね」
祈子さんは、嬉しそうに、そして恥ずかしそうに、銀将君を見つめている。銀将君は、僕と目が合い、片手を上げた。
「おう、お疲れ」
「あ、うん。お疲れ様」
僕が返事をしたが、祈子さんは、一向にこちらを見ようともしない。銀将君に釘付けだ。僕の存在に全く気が付いておらず、そもそも誰のことも目に入っていない様子だ。二人がそんなに親しいとは、知らなかった。そんな二人を後にして、僕は響介さんの前で正座をして、両手を畳につけた。
「只今、戻りました。こちらの方々が、元町さんと藍羽さんです」
僕は、顔を上げて、二人を紹介する。
「うん、おかえりい! だから、時は固いって言ってるじゃないか? 見てごらん? 二人のお嬢さんが、恐縮しているじゃないか?」
僕が振り返ると、藍羽先輩と元町先輩が、正座をして深々と頭を下げていた。僕は、どうしたら良いのか分からず、あたふたして二人の女性と響介さんを交互に見るしかできなかった。響介さんは、煙管から煙を吸い込み、溜息のように吐き出した。
「お嬢さん方? そんなに畏まらなくて良いよ。親戚の家に来たくらいの気持ちで、くつろいでくれて良いからねえ」
親戚の家でくつろげるのか、甚だ疑問であったが、響介さんはいつもの気さくな雰囲気のままだ。確かに、これから話し合う内容は、なかなかに濃いものだけれど、だからと言って身構えていては、進む話も進まない。恐る恐る顔を上げる女性達は、互いに顔を見合わせている。だいぶ戸惑っているようだ。すると、響介さんが、二人の女性を相手に、世間話を始めた。気さくで気軽な雰囲気の響介さんの会話に、二人の緊張が解れていっているのが、手に取るように分かった。次第に笑い声が漏れ始める。すると、襖が開く音が聞こえ、僕は背後を振り返った。開かれた襖には、九十九さんが正座をしていた。
「失礼します」
九十九さんは、襖を閉じ、お盆を持って畳を歩く。そして、それぞれの前に湯呑を置いていく。お茶を配り終わった九十九さんが、列をなして座っている九十九衆の先頭に立ち、静かに正座した。響介さんは、膝をパシンと叩いた。
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