乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ

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 新作が出るたびにチュートリアルからプレイしていたから、王都アイゼンは何度も攻略している。もちろん、今、わたくしが生きているこの世界とゲーム世界そのものが同じではないことは理解している。
 それでも見知ったマップであることは確かだ。

 王都は平野に横たわる大蛇のような街だ。西側に王城を戴く丘陵があるから、南北に長く伸びている。南側に流れるロッタフルス川港が物流拠点だ。ロッタフルス川は太く豊かな大河で、悠然と平野を流れて遠く、海へ至る。
 西の丘の上にある王城は山城というほど傾斜はないが、城の周囲には堀が巡らされていて、跳ね橋を下さなければ入り込めない。
 王都市街地を守る城壁はない。丘陵地隊を抱える平野は住民を増やすのには適している。平和な時代が続いた証のような街だ。

 王都の最短攻略のコツとしては、ロッタフルス川とその港を最初に取ること。これに尽きる。敵方の補給を難しくし、かつ、自軍は物資を運び込みやすくなるから。
 加えて、王都の物流を止めることにもなって、暮らしを圧迫する。暮らせないとなれば民は逃げだす。

 そして現在、わたくしは川港の本拠点にいる。
 天幕ではなく、占領した宿の一室だ。本来、川港で商いをしている人たち向けの宿屋だから簡素な部屋しかないが、野営よりはずっといい。屋根とベッドはありがたい。

 エンダベルト軍はすでに布陣も済み、戦前の小休止中である。英気を養う時間だ。食事もたっぷりと出すように指示してある。

 包囲されている方は生きた心地もしないだろうけど。

 王城には国王夫妻と王太子夫妻、王弟・フレーべ公爵と夫人、その三人の息子たちを筆頭にして、領地を攻められても王都を離れなかった高位貴族たちが逃げ込んでいる。シーレンベック公爵夫妻もいるはずだ。
 王城守備の主力は近衛騎士団十五部隊二千騎。王城騎士団五千騎。さらに歩兵で構成されている守備隊一万二千。それぞれに魔法兵が千人ずつ。合計二万二千。
 市街地を守る王都守備隊は別勘定で、歩兵中心に二万いる。

 一方、我が攻略軍はいつも通りの五軍編成、総兵力九万。攻城槌に加えて投石機も用意した。魔法軸も軸を扱える魔法兵も増強している。跳ね橋対策に飛び道具を揃えてきたのだ。
 シーレンベック領を手に入れてから一年半の間に、この国の八割がわたくしのものになったのだ。軍資金も人口も増えたからこその軍備である。

 もう本当に大詰め。
 王城を落とせばわたくしの勝利だ。

 わたくしはクリームヒルト卿を連れて部屋を出て、宿屋に併設されている食堂に入った。戦には補給を含めて事務的な仕事がたくさんある。ここはそういう文官たちが働く場だ。

「ウーゴ師、状況に変化はありましたか?」
 その文官たちの中心にいるのがウーゴ師、フォンストルム王国出身の魔術師であり、軍師だ。

 アイゼン王国編最終マップに挑むにあたり、わたくしは公開求人を行なった。二ヶ月ほど前のことである。
 公開求人、いわゆる求人ガチャは一回一千万ゲール要る。金額を確認して、わたくしは五度見した。一千万。一千万ゲールといえば、騎士爵の年俸に匹敵するのだ。それこそ騎士をひとり、普通に雇うほうがいい。

 それでもボタンがあれば押したくなるもの。くじ引きがそこにあったら引いてしまうのが人情だ。

 初回無料分以降、わたくしは二度、公開求人を行なった。

 一度目はチェーリア・ベルリンギ、星4の治癒師だった。彼女はいわゆる流れ者で、我が軍に入ってくれることになった。
 二度目はなんと、ハズレ。魔法軸が二本。もう二度と公開求人なんてするものかと思った。

 けれども二ヶ月前。王都戦の景気付けというか、占いというか……公開求人ボタンをタップしなくてはいけない気持ちが沸々と湧いてしまって、誘惑に負けた。
 その結果がウーゴ師だ。
 黒髪を長く編み垂らした痩身長躯。瞳の色は金色で、顔だけ見れば女性かと思うほど繊細な美人だ。


 ◆文官一覧
  021:ウーゴ ★★★★★ 軍師
    年齢 ?? :性別 男 :気質 変幻自在 :野心 2 :忠誠 20
    統率 ∞ :武勇 1 :知略 88 :内政 90 :外政 90

    フォンストルム王国出身。十大魔法使いに数えられていて、
    歴史上の戦いのいくつかに名が現れている。
    謎に包まれた存在で、面白いことと魔法を愛する魔法使い。
    酒より甘味が好き。バナナケーキが大好物。


 現時点で考えられる最強の大当たりだ。十大魔法使いの存在はわたくしでも知っている。ほとんど伝説級の存在だ。魔法使いであるというだけで希少なのに、とんでもない。アイゼン王国軍にも魔法使いはいないのだ。
 
 ウーゴ師は軍師として加わってくれることになった。

「魔法の風に囁かせましたから、退避命令は行き渡りました。おかげで王都に一般市民の姿はほぼ見当たりません。アイゼン東西に配置した各部隊からは逃げ出す市民の列が途切れてきたとの報告も来ていますよ」
 市民は経済であり、国力だ。将来を考えれば生かした方がいい。そのための時間は十分に与えられたようだ。

「大学図書館と研究棟の退避は?」
「稀覯本と研究書付類を優先して運び出せています。守備隊には見つかっていません。夕刻には作業完了の見通しですよ」
 上首尾だ。
 わたくしは笑んだ。

「では全軍に伝令を。作戦開始は予定通り、今夜半」
「承知いたしました」
 ウーゴ師は戦には不似合いなくらいの穏やかな笑みで頷き、すぐさまわたくしの指示通りに動き始めた。


   ×   ×   ×


 迎えた深夜、王都のディエーブ大神殿の鐘が鳴った。


 それを合図に、南北と東から囲んでいたエンダベルト全軍が一斉に篝火をあげた。轟々と激しく強く、人気のない王都を明るく照らしながら動き出す。魔法軸を使った篝火は輿に据えられていて、騎士六人がかりで運ぶのだ。


『マップ表示:王都アイゼン包囲戦』
 ◆アイゼン王城
  拠点防御力:60000
  防衛兵力 :42000
   近衛騎士団 3000 王城騎士団 6000
   王城守備隊 13000 王都守備隊 20000

 <重要拠点>
  ◇王城広場 ◇メルクル街 ◇シュニク宮 ◇ニッツ宮
  ◇アイゼン大学 ◇大ディエーブ神殿 ◇ブルメンビート区館
  ◇王都守備隊本部
  ◆ロッタフルス川港
 ――
  ◇近衛騎士団本部  ◇王城騎士団本部  ◇王城守備隊本部

 
 落とすべき拠点は◇表示、すでに手に入れた拠点は◆だ。
 マップ左側にある王城を目指して進軍する我が軍は青いマーカー。敵軍は赤いマーカーだ。タップすれば敵でも部隊の基本情報が確認できる。
 展開されたウィンドウには、リアルタイムで戦況が表示される。これこそがストラテジーゲームの本領と言っていい。

 王都の東と南北から、青いマーカーがコの形で進軍していく。刻々とマーカーは線状に動いていて、西側にある王城を囲むように進んでいる。
  
 さて、ここでゲーム知識。
 王都アイゼン包囲戦では、自軍との戦力差によって敵軍の戦略が変わる。
 敵軍有利の場合は正面から出てきて、市街地で接敵、拮抗あるいはやや自軍有利のときには敵は籠城するので攻城戦になる。そして、自軍が極めて有利なとき、具体的には兵力差が倍を超えた場合が問題だ。

 前触れなく、コの形に展開している青いマーカーの最も王城に近い部分に赤い点が灯った。エルネスタ通りとイルメントルート街の交差点、貴族庁のあたりだ。東側から進軍してきたエミリヤ卿の部隊がちょうどそこにいる。

「来たわね」

 わたくしはウィンドウを眺めながらティーカップをとった。
 かつて愛用していた窯の、新しいデザインのカップだ。シーレンベック領を手に入れた時に手配して以来、ふたたび使っている。

 そう。わたくしはまだ川港の宿屋の食堂にいる。出陣の支度を整えて、そのタイミングを待っているところだ。文官たちやわたくしを守る護衛騎士がいるが、みな、私語もなく控えている。
 陽気な働く死体ヨーゼフ卿は帳簿の検算をしているようで、紙を繰る小気味いい音だけがしていた。

 そこにようやく伝令が飛び込んできた。
 いや、リアルタイムで戦況を把握しているのはわたくしだけだ。敵襲点灯から起算すれば途方もなく速い反応だ。我が軍は優秀だ。

「エミリヤ隊より伝令! 王城より火球が着弾! 貴族庁舎で火災発生!」

 火球は文字通り、火のついた球のことだ。それを専用の投石機で打ち出す兵器がある。大砲のようなもので、破壊力も大きいし周辺を燃やす。

 わたくしが立ち上がると、すぐに食堂の扉が開け放たれた。大きな破砕音が断続的に聞こえてくる。
 そうしている間にも伝令が次々に飛び込んできて、王都内の通り名をあげては同じような報告を叫ぶ。食堂の中は騒然としはじめた。

 いよいよだ。

「前哨部隊は篝火を残して退避」
 ウーゴ師が伝令に指示を出した。
 派手に炊いた篝火は侵攻が始まったと見せかけるための陽動だ。どの部隊も本隊はまだ動いていない。

 兵力差が倍を超えた時、籠城した国王は王都ごと攻略軍を焼き払う戦術を選ぶ。王都を燃やすなんて正気の沙汰ではないが、国王がそれだけ追い詰められているということなのだ。

 王都攻めの兵力についてはわたくしだって迷った。
 王都を焼き尽くすのは気が進まなかったから。でも、でもだ。
 万が一にも負けることはできない。負け戦をすることも、したこともある。けれど、絶対に負けられない戦いは落とさなかった。
 だからわたくしは今、ここに生きている。


 アイゼン王城を落とせなかったら、わたくしに従ってきた有力貴族が離反する可能性が高くなる。ここまで重ねた勝利が無駄になってしまうのだ。
 それに、国王を倒そうというわたくしの立場からすれば、王は悪逆であってくれると助かる。

 『ヒロイン』が『悪役令嬢』を必要とするのと同じだ。

 悪ではなく、『悪役』。
 わたくしにとっては国王一家がソレというだけのこと。



 王城からの攻撃を受けた王都アイゼンの火が静まるまで、ほぼ一昼夜かかった。それだけ大きな街だったのだ。敵軍殲滅を狙った魔法の炎は、自分たちの都を灰燼にした。
 焼け残ったのはわずかな建物と川港の我が軍の陣地のみ。

 作戦開始から二日して、わたくしは全軍に進撃の指示を出した。
 兵力はもとから二倍以上、こちらが有利。その上、王都守備隊がエンダベルト軍に寝返った。指揮官ごと投降してきたのだ。

「王城から攻撃を受けるとは想像もしていなかった……」
 王都守備隊大隊長ラルス卿は呆然として言った。
 王家のお膝元で、自分たちの生まれた街を守る守備隊。その誇りを主君に踏み躙られたのだ。
 衝撃は大きかっただろう。
 


 王城陥落は本当にあっという間だった。
 本当の本当に呆気なかった。



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