一家惨殺事件

日本のスターリン

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一家惨殺事件

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 1999年7月1日。群馬県の某所。
 残業を終えた広瀬家の長女が家に着く。女性が家の中に入ると玄関には元恋人が立っていた。男の名前は安藤誠。男は彼女にしつこく復縁を迫っていた。いわゆるストーカーである。
 安藤は酷く興奮した様子だったが、女性は冷静に安藤を落ち着かせ、家族について尋ねる。女性は父・母と祖父の三人の家族と同居しているのだ。安藤は「三人は口を塞ぎ縛り上げている」と言った。さらに、安藤はその女性をいかに愛しているかを延々と熱弁した。女性は安藤を興奮させないために大人しく聴いて居た。安藤は1時間以上も歪んだ愛情を語った。そして我に返ったように彼女を見つめた。彼女の不安そうな顔を見て、安藤は無駄だと悟ったかのように、彼女の家から逃げるように去って行った。
 彼女は拘束されているという家族を急いで探しに行った。
 しかし、そこで彼女が見つけたのは、三人の変わり果てた姿だった…。
 
 それから20年…2019年。その殺人事件はノストラダムスの大予言に準えて「恐怖の大王殺人事件」と呼ばれていた。犯人とみられる安藤は指名手配にされていたが、未だなお、逃走中で事件はずっと未解決のままだった。
 警察は懸賞金も掛けて安藤の行方を捜索していた。SNSも駆使して情報提供を呼び掛けていた。
 そんな中SNSで一つの呟きが目に留まった。

「安藤誠は『恐怖の大王殺人事件』の犯人じゃない。僕が『恐怖の大王殺人事件』を犯した真犯人だ。安藤は僕の殺人に便乗しただけ。安藤が犯したのは住居侵入罪だけだ」

「『恐怖の大王殺人事件』の真犯人は僕です。可哀想だから安藤を指名手配から外してあげて下さい」

 アカウント名は「@恐怖の大々王」。最近作られた明らかに捨てアカだった。警察は当初相手にしなかった。悪いジョークだと批判をするリプライが2・3件付く程度の呟きだった。
 しかし、恐怖の大々王は自分こそが真犯人だとひけらかす呟きを続けた。すると、警察の目にある呟きが目に留まった。

「最初に殺害したのは在宅中の祖父だった。昼寝をしている所を扇風機のコンセントで絞殺したんだ。爺さんは絞殺中に目を覚まし、コンセントを外そうと首を掻きむしったが、僕は構わず首を絞め続けた」

 犯行内容を説明する呟きだった。なんと、恐怖の大々王のこの呟き通りの犯行が行われていた。しかし、警察は、扇風機のコンセントで殺害された事など公表していない。捜査関係者以外は被害者遺族と犯人しか知らない情報である。
 恐怖の大々王はさらに犯行内容の説明する呟きを続けた。

「次に殺害したのは買い物から帰宅した母親だった。台所に隠れ、買って来た物を冷蔵庫にしまっている所を背後から刺した。包丁は背中の左の僧帽筋の下辺りに刺さった。次に振り向いた瞬間、腹を刺し、うつむきに倒れ込んだ所を上から首を刺して止めをさした」

 またしても公表していない事実が書き込まれていた。被疑者の刺された場所や回数は一切公表していない。それどころか刺された順番については遺族にすら話していない。
 さらに恐怖の大々王の呟きは続く。

「最後に殺害したのは仕事から帰ってきた父親だ。妻を探しに台所に来た所を背後から襲い、左の広背筋の下辺りを刺した。さらに振り向く間もなく、右の広背筋の下・右の僧帽筋の下の順に刺し、倒れた所で、首を刺して止めをさした」

 やはり、公表していない刺された個所や刺された順番を正確に挙げていた。これは偶然とは思えない。警察はアカウントから個人を特定し、事情聴取する事にした。
 恐怖の大々王という名乗る男、本名古畑洋史ひろふみ。北海道在住。なんと28歳。犯行当時はまだ8歳の男の子である。
 警察は古畑が本当に犯人なのか疑いながらも、古畑を署まで任意同行させた。49歳のベテラン刑事、伊藤任三郎が取り調べを担当した。伊藤は若い時から恐怖の大王殺人事件を追っている敏腕刑事だ。
 古畑は自宅を訪ねた時はパジャマで出てきたが、着替えてから署に行きたいと申し出し、スーツで署まで同行していた。伊藤は古畑に訊ねる。

「本当に、君が恐怖の大王殺人事件の犯人なのか?」

 伊藤はいきなり核心を突いた。伊藤は若干28歳の古畑が本当に犯人だとは思えなかったため、戸惑ったような表情で尋問していた。
 対して古畑は口を堅く結び、かなり落ち着いた様子である。古畑は警察が訪ねてきた時も、ようやく来たというような顔をしており、冷静であった。

「だからネットで何度もそう言っているじゃないですか」

 古畑は無表情で形式的に答える。あまりにあっさりした即答であったため、伊藤はますます困惑する。

「君は当時まだ8歳だったじゃないか。しかも、君は生まれてから今の今までずっと北海道に住んでいた。君はわざわざ北海道から群馬まで殺しに行ったというのか?」

 伊藤は疑問をぶつけた。古畑が嘘を付いているとしか思えないからである。
 古畑もそれに気が付いた様子である。

「もしかして僕を疑っているんですか?なら何のためにわざわざ僕を署まで呼び寄せたんですか?」

 古畑が逆に聞き返してきた。伊藤は古畑の疑問ももっともだと思い、その問いに答えた。

「君は公表していない捜査情報を知っていた。だから署まで同行して貰ったんだ。君はコンセントが凶器である事や刺された個所・順番という警察が公表していない事実を正確に知っていた。なぜ君はあんなに詳しい犯行状況を知っていたんだ?」

 それまで無表情だった古畑は満面の笑みになった。

「やはりそうでしたか!」

 歓喜のような声に伊藤は驚く。ニヤニヤしながら古畑はしゃべり続ける。

「だから言ったでしょう!僕が犯人ですって!犯人だから詳しい犯行状況を語れたのです!」

 伊藤は古畑の反応に違和感を覚えた。

「君は当時8歳だった。本当に君が犯人だとはとても思えない。君は何らかの方法で漏えいした捜査情報を知っただけではないか?」
「違いますよ!正真正銘僕が見た出来事です!僕が見たままに話しました!」

 古畑は力強く情報漏えいを否定した。しかし、伊藤はどうも古畑の話を信用しきれない。
伊藤は穿った質問をした。

「もし君が犯人だとするなら犯行動機は何だ?どうやって北海道から群馬まで行った?」
 
 それまでハキハキと答えていた古畑は黙り込んだ。古畑は眉間にしわを寄せている。沈黙が続くなか、約5分後に古畑は口を開いた。

「群馬まで行ったのは電車ですよ。一人で飛行機に乗れるほど利口ではありませんでしたからねえ…」

「なぜ群馬まで行ったんだ?なんのために?」
「…
 …
 家出ですよ。当てもなくフラフラ出かけてたまたま群馬にたどり着いたんです。」
「『たまたま』だと?」
「はい」

 古畑は軽い返事で即答する。しかし、古畑の表情はそれまでと違い、どこかそわそわした表情だ。古畑のたどたどしい様子に、伊藤はますます疑念を抱く。
 伊藤は疑問をぶつける。

「たまたま群馬に行ったのなら、広瀬家を狙った動機はなんなんだ!?広瀬家は最寄り駅からでも10km以上は離れているぞ!」

 古畑はまた黙り込む。さっきの沈黙と言い今の沈黙と言い、何か考え込んでいるようだ。伊藤はそう直感した。

「…
 …
 行く当てもなく歩いていたら偶然、広瀬家にたどり着いたんですよ。神の思召しみたいな」
「ではなぜ広瀬家の住人を殺したというんだ!?」
「ムシャクシャしたから…」

 伊藤は耳を疑う。

「はい?」
「動機ですか…。それは家出してムシャクシャして人を殺したくなったからですよ。誰でも良いから殺したくなった。その時目に付いたのがたまたま広瀬家だった」

 古畑は改めて動機を言い直した。しかし、一向に釈然としない動機である。
 伊藤は理解に苦しんだ。というよりもそんな無茶苦茶な話理解したくもない。

「そんな下らない理由で人を三人も殺したというのか!?」
「はい」

 伊藤はとても信じられなかった。何から何までこの古畑と言う男の話は胡散臭い。
 疑念に満ちた伊藤は怖い顔で、古畑を追及した。

「では、安藤と君の関係は何なんだ?」
「安藤は僕が被害者たちを殺し終えた後にやってきたようですね
 僕が殺したのを知ってか知らずか、僕の犯行後に広瀬家に侵入したようです」

 古畑はまたたどたどしい顔で返答する。伊藤は古畑の話は嘘だと確信に近い物を感じていた。古畑の話は何もかも都合が良すぎた。
 しかし、古畑は伊藤の疑念に気が付いていない。

「と、言う訳で。僕が正真正銘の真犯人です。どうか逮捕して下さい」

 古畑は頭を下げながら腕を曲げて両手を軽く握りしめ前に出した。伊藤はあんぐりと口を開け、茫然とした。そして、少し間を開けてから一言呟いた。

「帰っていいぞ」
「はい?」
 
 古畑は素っ頓狂な声を出した。伊藤は鋭い眼差しに、強い口調で再び言い直した。

「今日の所はひとまず帰って良い」
「逮捕しないんですか?」
「今の話だけでは君を犯人とは断定できない
 とりあえず今日はお引き取り願おう」

 古畑は不満そうな顔をした。が、大人しく帰る支度を始めた。帰る支度を終えると、古畑は最後に意味深な発言をした。

「最後に一つ言わせて下さい。犯行に使った凶器の刃物なんですが、あれは最寄りの公園…つまり桃季公園のゴミ箱の下に埋めてありますよ。探してみて下さい」

 そう言うと、古畑は一礼し帰って行った。

 古畑は、帰った後もSNSで呟き、続けていた。驚いたことに、古畑は自分の本名と顔を公開していた。警察で供述した犯行動機についても呟いていた。

「ムシャクシャしてやった。反省はしていない。広瀬家の人たちは運が悪かった」

 伊藤も古畑のSNSを見ていた。伊藤は古畑の呟きを見て腸が煮えくり返った。

「あの野郎…」

 伊藤は激しい怒りを覚えた。古畑の呟きはまだ続いている。今日警察に事情聴取された内容までことさらにひけらかしていのだ。

「今日警察で事情聴取された。警察に呼び出されたのは、僕の挙げた絞殺に使われた凶器や被害者の刺された個所・刺された順番などが、公表されていない事実だったからだよ~。それでも僕を逮捕しないんだから警察は無能だよな~」

 古畑は警察を挑発するような呟きも始めた。
 伊藤には被害者の長女から、古畑の言っている事が本当かどうか問い合わせる電話が来ていた。

「古畑の話は本当だ。彼は犯人と警察しか知らないはずの事実を知っていた。しかし、犯行当時、彼は8歳で北海道に住んでいた。彼が犯人だとはとても思えない」

 電話を終えた被害者の長女は、古畑のSNSにリツイートして抗議した。

「ふざけるのは止めて貰えませんか?あなたは当時8歳でしたよね?あなたが犯人なわけないじゃないですか。どうやって捜査情報を盗んだのかしりませんけれど、不謹慎な発言は慎んでください!」

古畑は反論するリプライを飛ばした。

「人聞きの悪い。僕は捜査情報なんて盗んでいませんよ。正真正銘僕が見た出来事を見たままに話しているだけです!」

 被害者女性がリツイートした事で、古畑のSNSは炎上状態になった。しかし、古畑は自分に寄せられたリツイートやリプライに全て返信してのけた。
 犯行状況を詳しく聞きたいというリプライには動画を付けて返信した。古畑は動画で犯行状況について楽しそうに説明した。

「最初に殺した爺さんは絞殺だったから死ぬまでに長い時間がかかった。首を掻きむしりながら『助けてくれぇ。助けてくれ』と命乞いをするんだ。恐怖に歪んだその声で絞り出す命乞いの言葉を聞くのは最高だった。命乞いをしながら泣きわめく爺さんの姿はお笑いだったぜ」

 伊藤もその動画も視聴していた。そして、その動画の古畑のサイコパスのような猟奇的な発言に大激怒した。動画ではさらに過激な発言が続く。

「爺さんを絞殺で殺すのには時間がかかったから、台所にあった包丁を使って父親と母親を殺す事に切り替えたんだ。今思えば勿体ない事をしたな。絞め殺して爺さんみたいにみじめに命乞いさせて殺せばよかった。無能な警察さん!こんな猟奇犯を野放しにせず早く逮捕して下さい!」

 そう言いながら、古畑は頭を下げて腕を曲げながら両手を軽く握りしめ前に出した。警察署でしたポーズと全く同じである。古畑は警察をさらに挑発したのだった。動画はそこで終わる。
動画で語られていた台所にあった包丁が凶器に使われたというのも、遺族と警察しか知らない情報だ。
 伊藤は古畑の過激な発言動画に怒り心頭だった。一方で、古畑の生々しい発言はリアリティがあり、本当に体験した事を正直に述べているように感じた。しかし、それと同時に矛盾も感じていた。

「彼は初めて広瀬家に行ったはず。なのに母親や父親が帰ってくるのを知っていたかのような言い草だ」

 一方、伊藤に電話が入った。古畑が自供した場所から犯行に使われたとみられる凶器が発見されたのだ。本当に凶器かどうか今調べている。
 その後、発見された凶器が犯行に使われたものであると断定された。伊藤の部下の若い刑事は伊藤に言う。

「これで決まりですね」
「凶器の隠し場所…。それは犯人しか知らない情報だ」
「はい。我々警察ですら知らない真正の『秘密の暴露』です」
「しかし、妙だ。彼が犯人だとはとても思えない」
「刑事の勘ですか?」

 若い刑事は疑問をぶつけた。犯人以外は誰も知り得ない純粋な「秘密の暴露」が出た以上、古畑が犯人である事はもはや疑いようがないと思っているからだ。

「違うな。まず彼の身長だ。彼は8歳だろう?大人の背筋せすじ付近を刺せるだろうか?」
「それはそうですね…何か台を使ったとか?」
「それなら台を使った痕跡が現場にも残っているはずだが、現場にはそんな痕跡はなかった」
「なるほど。確かに奇妙ですね。」
「それだけじゃない。犯人は母親や父親が帰ってくるのを知っていて殺害したはずだ。古畑の供述だと、その時偶然見つけた家でたまたま犯行に及んだのにそんな家族事情を最初から知っていたのはおかしい」
「部屋を物色して他の家族が帰ってくる事を知ったのでは?」
「それはない。部屋は荒らされた様子はなかった」

 若い刑事は思い直す。

「今一度古畑について詳しく調べる必要がありそうですね」
「そうだ。今のままでは逮捕状が請求できない」

 警察は、古畑の両親に事情聴取した。古畑は8歳の時に家出したのは本当なのか、その真偽を確かめるためだ。
 答えはNOだった。古畑は8歳の時どころか、一度も家出などしたことが無いのである。しかし、20年以上も前の事、古畑が20年前の7月1日に何をやっていたかは家族にも分からないし、証明できない。しかし、その日は曜日から学校に行っていたはずだと証言した。その日の出欠の記録は学校にももう残っていなかったため証明はできなかった。
 しかし、家出して学校を欠席までしていたなら大騒ぎになっていたはずである。警察は古畑の小学生時代のクラスメイトにも話を聞いたが、そんな話は聞いた事が無いという。

「なんだか怪しくなってきたな…」

 伊藤は再び古畑本人から事情を聴くことにした。古畑はやはりスーツで来ている。

「僕が言っていた所に凶器はありましたか?」

 先に口を開いたのは古畑の方だった。古畑は伊藤を問い詰めるように凄んだ。

「あったよ凶器。君の言っていた場所に」
「本当ですか!やはりありましたか!」

 伊藤は古畑の反応に再び違和感を覚えた。

「やはり本当に君が犯人なのか?」
「そうです。だから、安藤の居場所も知っていますよ」
「なに?安藤は犯行後にやってきて君とは面識がないんじゃなかったか?」
「ああ。あれは嘘です。安藤も共犯です。彼の居場所は島根県益田市匹見町上内集落の空き家に潜んでいます。はやく連れてきてあげて下さい」

 あまりにも唐突な証言の翻しに伊藤は困惑した。伊藤は頭を掻きむしり机を叩いて怒号を飛ばした。

「安藤が共犯だというのはどういう事なんだ!?やはり安藤が殺したのか!?」
「黙秘します」
「何ぃ!?」

 それまでペラペラしゃべっていた古畑は突然黙秘を始めた。伊藤は古畑の今までとは全く違う対応に混乱し、頭に血が上った。

「ふざけるな!」
「僕には黙秘権があります。供述を拒否します。
 僕に供述して欲しかったら、安藤をここに連れてきて下さい」

 警察は、古畑の供述を信用し、島根県益田市匹見町上内集落に安藤を探しにいった。今までの供述内容が事実であったため、今回の供述内容も事実であると推測したからである。
 するとなんと安藤は空き家に隠れていた!安藤は逃げ出そうとするが、すぐに警察官に捕まった。

「す、すみません…」

 安藤は大人しく謝るのであった。安藤は逃走犯とは思えないほど清潔な格好をしていた。髪型や体格も犯行当時とは大きく変わっており、事件を担当する警察官でなければ安藤だとはとても見抜けない変貌だった。
 安藤はそのまま警察に強制連行されていった。安藤は犯行を全て自供した。なんと安藤は犯行は自分一人で全て行ったと供述したのである。
 伊藤は古畑に再び聴取を始めた。

「君の言う通り安藤は逮捕したぞ。安藤は全て自分の犯行だと自白した。君の事も知らなかった。君の事を庇っている様子でもない。君は一体何者なんだ?事件と君は何の関係がある?」
「そうですか。無事捕まりましたか
 では、僕も全てをお話しましょう」

 古畑は肩の荷が下りたように、安堵した表情で語り出した。古畑の口からは衝撃の真実が明かされる。

「僕はある日突然、夢を見たんです。恐怖の大王殺人事件の犯行の様子です。あまりにもリアルでとても夢だとは思えませんでした。悍ましい事に、その夢は安藤目線の夢でした。お爺さんの首を絞める安藤の猟奇的な快感・感情もひしひしと伝わってきました」

 なんと古畑のそれまでの供述は夢で見たものだったというとんでもない事を喋り出した。
 古畑のSNSでのサイコパスのような猟奇的な呟きは、安藤の感情をそのまま体現したものだったのだ。
 伊藤はあまりのショックにたまげた顔になった。だが、古畑はそのまま話を進める。

「安藤はお母さんとお父さんを殺害する時は殺傷能力が高い刃物を選びましたが、絞殺で殺したかったという感情・欲望があるようでした
 安藤の犯行時の様子・思考・感情がリアルに僕の脳裏に伝わってきました。と同時に凶器の隠し場所や潜伏場所も伝わってきました。そして現在の居場所を知った途端に目が覚めました。目が覚めると夢の記憶はぼやっとする事が多かったのですが、その時だけは夢の内容を鮮明に覚えていました」

 伊藤は突拍子もないオカルトチックな話に再び古畑への不信感を募らせた。伊藤は明らかに疑わし気な表情をしている。しかし、古畑は構わず話を続けた。

「あまりにもリアルで鮮明な夢だったのでこれは実夢だと直感で思いました。これは神のお告げだと。しかし、確信は持てませんでした。そもそも警察に話しても信じて貰えるとは思いませんでした。今の伊藤さんみたいに」

 全く信用していなかった伊藤は痛い所を付かれたと思った。伊藤はかかとの足の裏で剣山を踏んでしまったような地味な痛みを感じた。

「だから、僕は真偽を確かめるためにネット上で僕の見たことを拡散する事にしたんです。注目を浴びるように過激な発言をしながら
 もし僕が夢で見た事を書いた呟きが事実であったなら、警察も僕の証言に耳を傾けてくれると思いました
 そしたら思った通り、警察は僕を呼び出し、警察が僕の見た犯行様子が事実である事を教えてくれました。これで僕はその夢が実夢であったと9割方確証を持ちました。しかし、まだ、偶然一致しただけという可能性もありました。だから警察に凶器を探してもらったんです。僕の夢が本当に当たっているかどうか。すると、またしても僕の夢は当たっていたのです!」

 伊藤が古畑の取り調べで感じていた違和感はこれだったのだ!
 古畑の反応は、犯人と言うより、まるで自分の推理が当たった探偵かのような反応に感じたのだった。

「警察には僕の証言に注目し続けて貰える様に、過激な発言を続けました。途中で実名と素顔を晒したのも注目を集める為です。犯人逮捕までの覚悟示す為と言う意味もありましたが
被害者遺族の方には申し訳ない事をしたと思っています。しかし、どうしても犯人を逮捕して欲しかった
まだ僕の見た夢が全て正しいとは確証も持てませんでしたし、途中まで的中していたとはいえ、実夢の話なんてしたら途端に信憑性を疑われるかも知れません。だから安藤が逮捕されるまでは、自分が犯人であるという嘘を着き通す必要があったのです」
「そういう事だったのか…」

 そうは言ったものの、伊藤はまだ現実を受け入れられていなかった。

「確かに、君が実夢の話なんてしだしたら、凶器も安藤も捜索に行かなかっただろうなぁ」
「もし安藤が潜伏先を変えた場合、次の神のお告げがそれを教えてくれたとしても、警察が信用してくれなかったら困りますからね。安藤が潜伏先を変えたら…それをせっかく新たな実夢で知る事ができても信用してもらえなきゃ意味がない。凶器と違って安藤は移動するおそれがあったので、安藤が逮捕されるまでは夢の話だとは口が裂けない限りは言えませんでした。ですので最後には黙秘させていただきました。申し訳ありません」
「そうか。そういう事だったのか。まだ信じられないが、そういう事なら確かに辻褄があう…」

 伊藤は納得が行かないものの、現実を受け入れたようだ。
 古畑は安堵した表情から一転して、後悔した表情になった。

「被害者遺族にだけは本当に申し訳ない事をしたと思っています。できれば直接謝りたいです」
「それはやめておいた方が良い。謝罪の意はわしから何とか上手く遺族に伝えておこう」
「そうして頂けるとありがたいです。よろしくお願いします」

 古畑は一応SNS上でそれまでの発言を謝罪した上でSNSを消した。古畑の謝罪では実夢や神のお告げの話はしなかった。また、伊藤も被害者遺族に対し、古畑の謝罪の言葉と古畑が安藤逮捕の為に犯人のフリをし、安藤逮捕に大きく貢献してくれた事はそれとなく伝えたが、実夢やお告げの話は伏せていた。それでも遺族は伊藤の話を信頼して、古畑の行動が安藤逮捕に繋がったと信じ、古畑に感謝してくれた。

 古畑はその後も実夢を見る事がたびたびあり、未解決事件解決に貢献した。ゴーストラーターならぬゴースト警官の誕生であった。
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