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第30話
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昨夜、ヴェルミオンといささか飲み過ぎた。
相手が気心が知れていて、たがを少々外しても今の時期は大目に見てもらえるのをカヤは知っていた。
最初は麦酒、次に葡萄酒、そしてもっと強い酒へ。
同じクラディウスの屋敷の敷地内にいるとはいえ、自分がいる寮とヴェルミオンが暮らす離れとは少し距離があった。
ヴェルミオンが「しっかりしなさいよー。あんた、重いわよ」と言いながら肩を支えここまで連れて帰ってくれた。
どうやってベッドに入ったのか、記憶が曖昧だ。
「…………ま」
ヴェルミオンもかなり飲んでいたはずなのに、自分より酔わなかったのか。
それに少し腹が立った。
「……ヤ………ま………」
割れてしまった硝子玉はどうしようもないが、また同じものが見つかるだろうか。
あの瞳と同じような色を探すのは一苦労した。
「カ………………」
いったい、どこに行ってしまったんだ、おまえ。
空色の目を思い出すと、胸が苦しくなる。
「………ヤ…さ…ま」
泣いてないか。
寒がっていないか。
腹は減っていないか。
怯えていないか。
いじめられていないか。
「カヤ様」
酒臭い息とともに呻き、目がぼんやりと開く。
恐ろしく薄い青い布。
額にかかる柔らかな前髪。
顔中に散らばる愛しいそばかす。
そして、淡い空色の瞳。
「ルーポ!」
今度はカッと目を見開いた。
そこには求めて求めて止まなかったあの小さな薬師、いや違う。
カヤは目をこらした。
少し大人びた輪郭。
ほのかに香る薬草の匂い。
芯を持った空色の大きな目。
朝の冷たい空気に身を晒さないように頭からすっぽりとかぶった青の薄布。
ベッドに腕をついて自分を覗き込んでいるルーポをぐいと自分の胸の上に抱き寄せる。
ルーポは少し慌てたが、暴れることなく上半身をカヤの上に預けた。
「ルーポ?
ルーポなのか?」
「はい、カヤ様」
ルーポはとても嬉しそうに微笑んだ。
「ルーポ!」
カヤは逃すものかと胸の上のルーポを抱き締め、一呼吸置くことなくはっきりと言った。
「好きだ。
ルーポ、俺はおまえが好きだ」
腕の中のルーポは花が咲いたように笑った。
そして、「僕もカヤ様のことが好きです」と答えた。
「ああっ!」
カヤは声にならない声を漏らした。
ルーポに会ったら一番に「好きだ」と伝えようとずっと思っていた。
それが叶わぬまま2年が過ぎた。
やっと、今、言った。
ルーポもくっきりと聞こえるようにそれに答えた。
「ルーポ、好きだ好きだ好きだ」
「ふはははは、カヤ様、僕も好き。
カヤ様のことが大好きです」
「ルーポ」
カヤは腕の力を緩め、少しルーポを離して顔を見た。
ルーポは顔をくしゃくしゃにして、ほんのりと頬を染め、幸せそうに笑っていた。
その頬にふれると、少年ぽさが抜けていることがわかった。
そのまま自分の顔に導き、唇がふれそうになったその時。
「ルーポ、カヤは起きたか」
ずっしりと重い声。
するりとカヤの上からルーポは降りてしまった。
カヤがそちらを見ると、波打つ金の髪。
黒い詰襟の服に銀で施された百合の紋章。
自分の団長。
「クラディウス」
「カヤ、ルーポと共に王宮に行く。
用意をしろ。
内密なので普段着でいい。
急げ」
「は?
はい」
「外に馬車を待たせている。
行くぞ、ルーポ」
「はい。
では、カヤ様」
淡い青の瞳が黒曜石の瞳を一瞬強く強くとらえ、そしてくるりと背中を向けるとすでに歩き出しているクラディウスの黒いマントの後を追った。
カヤは我に返った。
肌寒いまだ浅い朝の中、立ち上がり身支度を整え始めた。
相手が気心が知れていて、たがを少々外しても今の時期は大目に見てもらえるのをカヤは知っていた。
最初は麦酒、次に葡萄酒、そしてもっと強い酒へ。
同じクラディウスの屋敷の敷地内にいるとはいえ、自分がいる寮とヴェルミオンが暮らす離れとは少し距離があった。
ヴェルミオンが「しっかりしなさいよー。あんた、重いわよ」と言いながら肩を支えここまで連れて帰ってくれた。
どうやってベッドに入ったのか、記憶が曖昧だ。
「…………ま」
ヴェルミオンもかなり飲んでいたはずなのに、自分より酔わなかったのか。
それに少し腹が立った。
「……ヤ………ま………」
割れてしまった硝子玉はどうしようもないが、また同じものが見つかるだろうか。
あの瞳と同じような色を探すのは一苦労した。
「カ………………」
いったい、どこに行ってしまったんだ、おまえ。
空色の目を思い出すと、胸が苦しくなる。
「………ヤ…さ…ま」
泣いてないか。
寒がっていないか。
腹は減っていないか。
怯えていないか。
いじめられていないか。
「カヤ様」
酒臭い息とともに呻き、目がぼんやりと開く。
恐ろしく薄い青い布。
額にかかる柔らかな前髪。
顔中に散らばる愛しいそばかす。
そして、淡い空色の瞳。
「ルーポ!」
今度はカッと目を見開いた。
そこには求めて求めて止まなかったあの小さな薬師、いや違う。
カヤは目をこらした。
少し大人びた輪郭。
ほのかに香る薬草の匂い。
芯を持った空色の大きな目。
朝の冷たい空気に身を晒さないように頭からすっぽりとかぶった青の薄布。
ベッドに腕をついて自分を覗き込んでいるルーポをぐいと自分の胸の上に抱き寄せる。
ルーポは少し慌てたが、暴れることなく上半身をカヤの上に預けた。
「ルーポ?
ルーポなのか?」
「はい、カヤ様」
ルーポはとても嬉しそうに微笑んだ。
「ルーポ!」
カヤは逃すものかと胸の上のルーポを抱き締め、一呼吸置くことなくはっきりと言った。
「好きだ。
ルーポ、俺はおまえが好きだ」
腕の中のルーポは花が咲いたように笑った。
そして、「僕もカヤ様のことが好きです」と答えた。
「ああっ!」
カヤは声にならない声を漏らした。
ルーポに会ったら一番に「好きだ」と伝えようとずっと思っていた。
それが叶わぬまま2年が過ぎた。
やっと、今、言った。
ルーポもくっきりと聞こえるようにそれに答えた。
「ルーポ、好きだ好きだ好きだ」
「ふはははは、カヤ様、僕も好き。
カヤ様のことが大好きです」
「ルーポ」
カヤは腕の力を緩め、少しルーポを離して顔を見た。
ルーポは顔をくしゃくしゃにして、ほんのりと頬を染め、幸せそうに笑っていた。
その頬にふれると、少年ぽさが抜けていることがわかった。
そのまま自分の顔に導き、唇がふれそうになったその時。
「ルーポ、カヤは起きたか」
ずっしりと重い声。
するりとカヤの上からルーポは降りてしまった。
カヤがそちらを見ると、波打つ金の髪。
黒い詰襟の服に銀で施された百合の紋章。
自分の団長。
「クラディウス」
「カヤ、ルーポと共に王宮に行く。
用意をしろ。
内密なので普段着でいい。
急げ」
「は?
はい」
「外に馬車を待たせている。
行くぞ、ルーポ」
「はい。
では、カヤ様」
淡い青の瞳が黒曜石の瞳を一瞬強く強くとらえ、そしてくるりと背中を向けるとすでに歩き出しているクラディウスの黒いマントの後を追った。
カヤは我に返った。
肌寒いまだ浅い朝の中、立ち上がり身支度を整え始めた。
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