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第15話
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屋敷に2人が戻ると、いつものようにアルベルトが出迎え、風呂の仕度ができていると告げた。
ただアルベルトが「カヤ様、ちょっと」とカヤに耳打ちをし、カヤが顔をしかめたのが、いつもと違うことだった。
慣れたもので、ルーポもさっさと服を脱ぎ風呂に入るようになった。
浴室に向かう前に、金貨の入った小さな皮の袋をアルベルトに「お願いします」と預けるのも忘れない。
「今日は俺が洗ってやる」
しばらくはずっと自分が洗っていたのに、今日に限ってカヤがそんなことを言い出した。
「い、いや、いいですよ。
自分で洗えます」
「いいから、いいから」
「なにがいいんですか、カヤ様」
「おまえ、いつも耳の後ろを洗い残しているのが気になっていたんだよ」
え?と思ったときにはすでにカヤにとらえられており、ルーポは頭からざばーっと湯をかけられていた。
耳の後ろについてはアルベルトにも最初から注意を受けていたので、昨日も丹念に洗ったばかりだ。
「御髪が短くなりましたからね。耳の後ろは気をつけてください」とずっと言われている。
自分の洗い方が足りなかったのか、と不安に思って動きが止まってしまったのをカヤに狙われ、あっと言う間に石鹸を泡立てられ髪を洗われていた。
もし、汚れが残っていたら、朝のうちにアルベルトに指摘されているはずだ。
あれ?あれ?と思っていたが、カヤの太い指が頭の地肌をマッサージするように動く。
気持ちよくて、ルーポは思わずカヤにされるがままになってしまった。
が、それが間違いだった。
「いや、そこはっ。カヤ様、自分でっ、あっ」
「いいからいいから。任せておけ」
カヤは小さな子どもを洗うようにルーポの身体の前も後ろも石鹸をつけた布で丁寧に洗った。
屋敷に連れてこられたときには、一筋縄ではいかない汚れ具合にカヤとアルベルトの2人がかりで洗われるのも仕方ない、と思ったが、今日は違う。
股間を洗われるときにはルーポはもう恥ずかしくて恥ずかしくて泣きそうになった。
ざぱーんと仕上げの湯をかけるとカヤは満足そうに「よし、きれいになったぞ、ルーポ」と言い、2人で湯船に入っていた。
ルーポは半泣きになって、恨めしそうにカヤを見た。
カヤはいたずらっぽく笑っているに違いない、と思っていた。
が、違っていた。
解いた長い黒髪が背中に流れ落ち、目は憂いを帯びて、そして遠くを見ていた。
様子の違うカヤにルーポは少し緊張した。
「なぁ、ルーポ。
ちょっと昔話をするから、ここから上がったら忘れてくれないか」
え。
「なんだかおまえに話してみたくなって」
カヤ様、なにを?
これまでのふざけた雰囲気が消えた。
「俺は子どもの頃からやんちゃをしていた。
大人のいうことは聞かない悪たれ坊主だった。
それに…、あるだろ、自分を無敵だと思い込む頃が」
カヤがぼそりと話し出した。
ルーポはおとなしく聞いていた。
「5歳の時だった。
その頃にはアルベルトはもう俺と弟の世話係として、うちにいた。
俺は自分のことがよくわかっていなかったんだ。
本当にコドモだった。
だからアルベルトの目を盗んでは、俺は屋敷から出て一人遊びに行っていた。
父も母も周りの大人たちも、そしてアルベルトもうるさいほど一人で行動してはいけない、と言っていた。
俺はそれがうっとうしくて聞き流していた。
意味がわかっていなかったんだ、あの時まで」
カヤはまだ遠くを見ている。
「その日も俺は一人で屋敷を出た。
街へ出かけていく途中、人気のない路地で俺は襲い掛かられたんだ。
そのときの俺にとっては大きな男に思えた。
後ろからいきなり抱きつかれ、手で口を塞がれた。
暴れてもびくともしなかった。
腕白だったから、少しは力があると思っていたのに、それがまったくの妄想だということに、そのとき気がついたんだ。
叫ぶこともできず、逃れることもできなかった。
『怖い』と初めて思った」
5歳のカヤを想像することはルーポには難しかった。
しかし5歳の小さな少年が男に捕まり、恐怖を感じたことは想像できた。
「男は俺を連れて走り出した。
ここでは殺すつもりがない、とわかった。
誘拐か慰み者か、後で殺すのか、それはわからなかった。
俺は必死になって暴れたが、やっぱり逃げ出せなかった」
ぷるりとルーポは震えた。
「ただ幸いにもアルベルトが気づき、助けに来てくれた。
一緒についてきたい、とごねる弟を振り切って置いていったんだ。
残された弟が泣き喚いたせいで、普段よりも早く、俺が屋敷から抜け出したことが大人たちにバレたらしい」
助けに来たアルベルトを思い浮かべると、ルーポはほっとした。
今でもとても頼れる人だ。
「アルベルトは剣術も上手くて、それもあって俺たち兄弟の世話係になったんだ。
もちろん男から俺を助けるために剣を抜いた。
すると男の仲間が現れた。
多少は剣が操れるようだった。
アルベルトの相手をしている間に、俺を捕まえていた男は走り出した。
アルベルトはすぐに目の前の男を倒して、追いかけてきてくれた。
俺は嬉しくなったのと、怖かったのと両方でまた暴れた。
そうしたら男の手の力が抜けて自由になった。
アルベルトに目がけて走り出した。
が、その男は短刀を何本か持っていて、俺の背中に投げつけた。
俺をかばうためにアルベルトは動いた。
短刀はアルベルトの剣で弾かれた。
そこまではよかったんだ。
そのとき、倒れていたはずの男が起き上がり、アルベルト目がけて切りつけてきた。
馬鹿な俺はそのまま逃げればよかったのに、足がすくんでしまった。
アルベルトの立ち位置を悪くしてしまい、アルベルトは攻撃をかわしきれず」
「ひゃあっ!」
不意にカヤに股間を握られ、ルーポは飛んでもない声を上げ、足を滑らせ湯船の中で溺れかけた。
カヤはすぐにルーポを抱き寄せると、ぴたりと自分の身体につかまらせた。
「ここを切られてしまったんだ」
え。
萎えて小さく力なくなってしまった股間のものがカヤの手の中で縮こまるのが、ルーポにもわかった。
「やっと屋敷からの大人たちが追いつき、襲ってきた男2人を捕まえた。
アルベルトは医者に担ぎ込まれた。
幸い、切り落されてはいなかったが………男としては不能になってしまった。
まだ24歳だったのに、5歳の俺が馬鹿なことをしでかしたために、アルベルトの人生を狂わせてしまった」
カヤ様……
アルベルトさん……
「男たちは財務大臣の俺の父親をよく思っていない貴族から、自分たちの生活が貧しく厳しいのは財務大臣のせいだ、と吹き込まれたらしい。
息子をさらってくればいい、気が向けば殺せばいい、と言われたようだった。
結局、今でもその貴族は誰だかわかっていない。
そして、大臣や貴族の子どもは狙われやすいから、あんなに口うるさく単独行動が禁じられ、護衛がついていたのに」
カヤ様……
「だから、な。
俺はアルベルトには逆らえない。
これが嫌で一度家を飛び出したが、逃げ切れなかったな。
明日、午後から客人が来るらしい。
俺はその相手をしなければならない。
おまえにもっとこの国のことを教えてやりたかったのに」
カヤはルーポの後頭部に手を回し、自分の身体に引き寄せた。
濡れた脇腹に頬が押し付けられるかたちになり、ルーポはどぎまぎとした。
今、カヤに語られたことは衝撃的で、ルーポはまだ頭をくらくらとさせていた。
カヤはルーポの短い後ろの髪をなであげた。
「ルーポと一緒に過ごすほうが楽しいのにな。
すまないな」
ルーポは首を横に振るしかできなかった。
風呂から上がり、夕食を食べたが、どこになにを食べたのかよくわからなかった。
アルベルトから何度も注意されたので、上の空になっていたのだと思う。
食後、カヤとわかれてからアルベルトからも明日のことを告げられた。
「デボラ嬢がうちの庭の薔薇を見にいらっしゃいます。
積極的でいてくださって、嬉しい限りですね」
アルベルトは浮き浮きとして言った。
「今度こそ、カヤ様の縁談をまとめてみせなくては。
あの方は家長になる素質はない、とおっしゃっていますが、実際にやっていただくととても有能なんですよ。
今日も明日も家長としての仕事ができませんが、お相手がデボラ嬢ですからね、致し方ありません。
早くご結婚していただき、お子様の世話係をしてみたいものです」
いつになく口数の多いアルベルトに対し、ルーポはうなずくしかなかった。
「なので、明日のレッスンは食事のことだけになります」
「はい」
「あなたに新しい地図をお見せするつもりだったのですが、また今度にしますね」
「はい」
「ルーポとのレッスンもなかなか楽しくて、私は気に入っているんですよ」
「ありがとうございます」
アルベルトは始終浮かれたまま、夜の挨拶をして、ルーポの部屋から去った。
ルーポは身支度を整え、ベッドにもぐりこんだ。
街を歩き回り、疲れているはずだった。
しかし、眠れなかった。
「あいつは俺のせいじゃない、というけれど、結婚もしなかったんだ。
子が成せない、ということを気にしないわけはないのに」
そんなことを言いながら、カヤはルーポの股間のものを握り込んでいた。
そう言ったカヤのことをぼんやりと思い出していたルーポは自分の異変に気づいた。
え、なんで?
熱が集まり、疼き出した。
これまで薬師になるための勉強、慣れない王都での生活、薬局での仕事、そして生きるだけで精一杯の状況のため、自分の性欲をそこまで意識したことはなかった。
しかし、あの大きくて分厚い手に触れた感触が妙に生々しく思い出された。
あと数日でこの屋敷を去る。
自分は薬草園を作って研究をする。
美しい女性との縁談がある。
結婚は逆らえない状況にある。
ルーポは激しく混乱した。
なのに身体が熱くなり、どうしようもないほど反応している。
まさかここで自慰をするわけにもいかない。
ルーポは枕を抱きしめ、この湧き上がってくる熱をなんとかやり過ごそうと身を硬くして横になっているだけしか、できなかった。
いつまでも熱はひかなかった。
自分の反応にも驚き、不安になった。
様々なものが渦巻いた。
汗ばみ、熱い息を吐く。
どうすればいいのだろう。
答えは出ているはずなのに、どこかで抗いたくなる自分がいる。
やんわりと握り込んでくる太い指の感覚。
もっとあれを動かされたら。
また一人になる自分。
濡れた脇腹。
頬に残る筋肉の硬さ。
首筋をなで上げられて微かに感じているぞくぞくと這い上がってくるもの。
それらをなんとかして、身体から逃そうとするが、少し動くだけでも熱が全身に回るだけだった。
眠れるはずもなく、ルーポはまた寝不足の一夜を過ごす。
ただアルベルトが「カヤ様、ちょっと」とカヤに耳打ちをし、カヤが顔をしかめたのが、いつもと違うことだった。
慣れたもので、ルーポもさっさと服を脱ぎ風呂に入るようになった。
浴室に向かう前に、金貨の入った小さな皮の袋をアルベルトに「お願いします」と預けるのも忘れない。
「今日は俺が洗ってやる」
しばらくはずっと自分が洗っていたのに、今日に限ってカヤがそんなことを言い出した。
「い、いや、いいですよ。
自分で洗えます」
「いいから、いいから」
「なにがいいんですか、カヤ様」
「おまえ、いつも耳の後ろを洗い残しているのが気になっていたんだよ」
え?と思ったときにはすでにカヤにとらえられており、ルーポは頭からざばーっと湯をかけられていた。
耳の後ろについてはアルベルトにも最初から注意を受けていたので、昨日も丹念に洗ったばかりだ。
「御髪が短くなりましたからね。耳の後ろは気をつけてください」とずっと言われている。
自分の洗い方が足りなかったのか、と不安に思って動きが止まってしまったのをカヤに狙われ、あっと言う間に石鹸を泡立てられ髪を洗われていた。
もし、汚れが残っていたら、朝のうちにアルベルトに指摘されているはずだ。
あれ?あれ?と思っていたが、カヤの太い指が頭の地肌をマッサージするように動く。
気持ちよくて、ルーポは思わずカヤにされるがままになってしまった。
が、それが間違いだった。
「いや、そこはっ。カヤ様、自分でっ、あっ」
「いいからいいから。任せておけ」
カヤは小さな子どもを洗うようにルーポの身体の前も後ろも石鹸をつけた布で丁寧に洗った。
屋敷に連れてこられたときには、一筋縄ではいかない汚れ具合にカヤとアルベルトの2人がかりで洗われるのも仕方ない、と思ったが、今日は違う。
股間を洗われるときにはルーポはもう恥ずかしくて恥ずかしくて泣きそうになった。
ざぱーんと仕上げの湯をかけるとカヤは満足そうに「よし、きれいになったぞ、ルーポ」と言い、2人で湯船に入っていた。
ルーポは半泣きになって、恨めしそうにカヤを見た。
カヤはいたずらっぽく笑っているに違いない、と思っていた。
が、違っていた。
解いた長い黒髪が背中に流れ落ち、目は憂いを帯びて、そして遠くを見ていた。
様子の違うカヤにルーポは少し緊張した。
「なぁ、ルーポ。
ちょっと昔話をするから、ここから上がったら忘れてくれないか」
え。
「なんだかおまえに話してみたくなって」
カヤ様、なにを?
これまでのふざけた雰囲気が消えた。
「俺は子どもの頃からやんちゃをしていた。
大人のいうことは聞かない悪たれ坊主だった。
それに…、あるだろ、自分を無敵だと思い込む頃が」
カヤがぼそりと話し出した。
ルーポはおとなしく聞いていた。
「5歳の時だった。
その頃にはアルベルトはもう俺と弟の世話係として、うちにいた。
俺は自分のことがよくわかっていなかったんだ。
本当にコドモだった。
だからアルベルトの目を盗んでは、俺は屋敷から出て一人遊びに行っていた。
父も母も周りの大人たちも、そしてアルベルトもうるさいほど一人で行動してはいけない、と言っていた。
俺はそれがうっとうしくて聞き流していた。
意味がわかっていなかったんだ、あの時まで」
カヤはまだ遠くを見ている。
「その日も俺は一人で屋敷を出た。
街へ出かけていく途中、人気のない路地で俺は襲い掛かられたんだ。
そのときの俺にとっては大きな男に思えた。
後ろからいきなり抱きつかれ、手で口を塞がれた。
暴れてもびくともしなかった。
腕白だったから、少しは力があると思っていたのに、それがまったくの妄想だということに、そのとき気がついたんだ。
叫ぶこともできず、逃れることもできなかった。
『怖い』と初めて思った」
5歳のカヤを想像することはルーポには難しかった。
しかし5歳の小さな少年が男に捕まり、恐怖を感じたことは想像できた。
「男は俺を連れて走り出した。
ここでは殺すつもりがない、とわかった。
誘拐か慰み者か、後で殺すのか、それはわからなかった。
俺は必死になって暴れたが、やっぱり逃げ出せなかった」
ぷるりとルーポは震えた。
「ただ幸いにもアルベルトが気づき、助けに来てくれた。
一緒についてきたい、とごねる弟を振り切って置いていったんだ。
残された弟が泣き喚いたせいで、普段よりも早く、俺が屋敷から抜け出したことが大人たちにバレたらしい」
助けに来たアルベルトを思い浮かべると、ルーポはほっとした。
今でもとても頼れる人だ。
「アルベルトは剣術も上手くて、それもあって俺たち兄弟の世話係になったんだ。
もちろん男から俺を助けるために剣を抜いた。
すると男の仲間が現れた。
多少は剣が操れるようだった。
アルベルトの相手をしている間に、俺を捕まえていた男は走り出した。
アルベルトはすぐに目の前の男を倒して、追いかけてきてくれた。
俺は嬉しくなったのと、怖かったのと両方でまた暴れた。
そうしたら男の手の力が抜けて自由になった。
アルベルトに目がけて走り出した。
が、その男は短刀を何本か持っていて、俺の背中に投げつけた。
俺をかばうためにアルベルトは動いた。
短刀はアルベルトの剣で弾かれた。
そこまではよかったんだ。
そのとき、倒れていたはずの男が起き上がり、アルベルト目がけて切りつけてきた。
馬鹿な俺はそのまま逃げればよかったのに、足がすくんでしまった。
アルベルトの立ち位置を悪くしてしまい、アルベルトは攻撃をかわしきれず」
「ひゃあっ!」
不意にカヤに股間を握られ、ルーポは飛んでもない声を上げ、足を滑らせ湯船の中で溺れかけた。
カヤはすぐにルーポを抱き寄せると、ぴたりと自分の身体につかまらせた。
「ここを切られてしまったんだ」
え。
萎えて小さく力なくなってしまった股間のものがカヤの手の中で縮こまるのが、ルーポにもわかった。
「やっと屋敷からの大人たちが追いつき、襲ってきた男2人を捕まえた。
アルベルトは医者に担ぎ込まれた。
幸い、切り落されてはいなかったが………男としては不能になってしまった。
まだ24歳だったのに、5歳の俺が馬鹿なことをしでかしたために、アルベルトの人生を狂わせてしまった」
カヤ様……
アルベルトさん……
「男たちは財務大臣の俺の父親をよく思っていない貴族から、自分たちの生活が貧しく厳しいのは財務大臣のせいだ、と吹き込まれたらしい。
息子をさらってくればいい、気が向けば殺せばいい、と言われたようだった。
結局、今でもその貴族は誰だかわかっていない。
そして、大臣や貴族の子どもは狙われやすいから、あんなに口うるさく単独行動が禁じられ、護衛がついていたのに」
カヤ様……
「だから、な。
俺はアルベルトには逆らえない。
これが嫌で一度家を飛び出したが、逃げ切れなかったな。
明日、午後から客人が来るらしい。
俺はその相手をしなければならない。
おまえにもっとこの国のことを教えてやりたかったのに」
カヤはルーポの後頭部に手を回し、自分の身体に引き寄せた。
濡れた脇腹に頬が押し付けられるかたちになり、ルーポはどぎまぎとした。
今、カヤに語られたことは衝撃的で、ルーポはまだ頭をくらくらとさせていた。
カヤはルーポの短い後ろの髪をなであげた。
「ルーポと一緒に過ごすほうが楽しいのにな。
すまないな」
ルーポは首を横に振るしかできなかった。
風呂から上がり、夕食を食べたが、どこになにを食べたのかよくわからなかった。
アルベルトから何度も注意されたので、上の空になっていたのだと思う。
食後、カヤとわかれてからアルベルトからも明日のことを告げられた。
「デボラ嬢がうちの庭の薔薇を見にいらっしゃいます。
積極的でいてくださって、嬉しい限りですね」
アルベルトは浮き浮きとして言った。
「今度こそ、カヤ様の縁談をまとめてみせなくては。
あの方は家長になる素質はない、とおっしゃっていますが、実際にやっていただくととても有能なんですよ。
今日も明日も家長としての仕事ができませんが、お相手がデボラ嬢ですからね、致し方ありません。
早くご結婚していただき、お子様の世話係をしてみたいものです」
いつになく口数の多いアルベルトに対し、ルーポはうなずくしかなかった。
「なので、明日のレッスンは食事のことだけになります」
「はい」
「あなたに新しい地図をお見せするつもりだったのですが、また今度にしますね」
「はい」
「ルーポとのレッスンもなかなか楽しくて、私は気に入っているんですよ」
「ありがとうございます」
アルベルトは始終浮かれたまま、夜の挨拶をして、ルーポの部屋から去った。
ルーポは身支度を整え、ベッドにもぐりこんだ。
街を歩き回り、疲れているはずだった。
しかし、眠れなかった。
「あいつは俺のせいじゃない、というけれど、結婚もしなかったんだ。
子が成せない、ということを気にしないわけはないのに」
そんなことを言いながら、カヤはルーポの股間のものを握り込んでいた。
そう言ったカヤのことをぼんやりと思い出していたルーポは自分の異変に気づいた。
え、なんで?
熱が集まり、疼き出した。
これまで薬師になるための勉強、慣れない王都での生活、薬局での仕事、そして生きるだけで精一杯の状況のため、自分の性欲をそこまで意識したことはなかった。
しかし、あの大きくて分厚い手に触れた感触が妙に生々しく思い出された。
あと数日でこの屋敷を去る。
自分は薬草園を作って研究をする。
美しい女性との縁談がある。
結婚は逆らえない状況にある。
ルーポは激しく混乱した。
なのに身体が熱くなり、どうしようもないほど反応している。
まさかここで自慰をするわけにもいかない。
ルーポは枕を抱きしめ、この湧き上がってくる熱をなんとかやり過ごそうと身を硬くして横になっているだけしか、できなかった。
いつまでも熱はひかなかった。
自分の反応にも驚き、不安になった。
様々なものが渦巻いた。
汗ばみ、熱い息を吐く。
どうすればいいのだろう。
答えは出ているはずなのに、どこかで抗いたくなる自分がいる。
やんわりと握り込んでくる太い指の感覚。
もっとあれを動かされたら。
また一人になる自分。
濡れた脇腹。
頬に残る筋肉の硬さ。
首筋をなで上げられて微かに感じているぞくぞくと這い上がってくるもの。
それらをなんとかして、身体から逃そうとするが、少し動くだけでも熱が全身に回るだけだった。
眠れるはずもなく、ルーポはまた寝不足の一夜を過ごす。
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