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第6話
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王都の中心部にある仕立屋は大きな店だった。
インティアが入ると店内がざわめき、そして恭しく髭をたくわえた店主が迎えに出てきた。
「前はよくここで服を仕立てたんだ」と、インティアはすこし懐かしそうに店内を眺めた。
そしてルーポを店主の前に出し、作りたい服について簡単に話をすると店主は大きくうなずき別室に四人を通した。
そして次から次へと布を持ってこさせ、ルーポの胸元にあてがって見せる。
インティアとヴェルミオンがそれを眺めいいの悪いのと言い、それらを選っていく。
わけがわからず困り、部屋の隅の壁にもたれかかるカヤに目で助けを求めるが、「諦めろ」と言わんばかりに首を振るので、ルーポはそのまま立ち尽くした。
何枚の布をあてがわれたのだろう。
ときどきヴェルミオンが「ちょっと、あんたはどう思う?」と振り返ってカヤに聞く。
カヤは面倒くさそうに「それは似合ってるんじゃないか」、「そっちは好きじゃないな」と答えている。
インティアは布にさわり、ルーポの肩に布をかけ、外し、時折髪にふれ、目を見ていた。
そしてようやく、「それがいい」とカヤが言ったのは落ち着いた草色の布だった。
インティアが改めてルーポの肩にその布をかけ、目を見、そして全体を眺める。
「ん、いいかも。
青空と草原みたいだよ。
髪の毛の色にも合うね。
薬師様にぴったりだ。
ね、ヴェルミオン、どう?」
軽やかに言うと、インティアはヴェルミオンを見た。
「うん、そうね。
しっくり来ているわ。
あんた、結構見る目があったのね」
ヴェルミオンはそう言ってカヤを見た。
「ルーポを少し休ませたいが、いいか?」
カヤが言うと、インティアとヴェルミオンはうなずき、店主と三人で顔を突き合わせ、採寸した数字を見ながらああだこうだと話し始めた。
カヤはルーポを連れて、一旦、外に出た。
そして果物屋で好きなものを選ばせ、それを買うと日陰にいき座った。
ルーポが選んだのは井戸水で冷やされていたオレンジで、カヤは携帯していたナイフを取り出すと食べやすいように切って、ルーポに渡してやった。
ルーポは礼を言って受け取り、口にした。
ほっとして、思わず笑みがこぼれた。
街の者は誰もカヤの隣で笑っているのが鳥の巣頭のルーポだとは気がつかなかった。
そして一人もルーポのそばかすをからかう者はいなかった。
カヤはつい昨日のことを思い出した。
崩れ落ちた廃屋のそばのベンチで泣くルーポと出会ったこと。
おどおどしながらも、なにか腹を括ったのか、懸命に前を向き始めたルーポに好感を覚えながら、自分も冷えたオレンジを口にした。
鏡の前に立ち、自分を見つめ、髪を切り、前を向き、たくさんの人に会い、たっぷりの布をあてがわれ、慣れないことの連続にルーポはくらくらしていたが、カヤのオレンジのおかげで一息つくことができた。
カヤはまた冷えたオレンジを幾つか買うと、ルーポを連れて仕立屋に戻った。
三人がいる別室に戻る前に、カヤがふと足を止めた。
「ルーポ」
呼ばれたので近づくと、カヤに外套が吊るされた棚の前に連れていかれた。
「おまえ、外套は持っているのか?」
ルーポは首を振った。
昨日、「捨ててもいい」と言ったあの服一着した持っていない、と恥ずかしそうにルーポは言った。
「これを羽織ってみろ」
カヤは吊るされた中から一枚の外套を取り出すとルーポに渡した。
すっと店員が近づいてきた。
「こちらは見た目は多少地味ですが、丈夫で軽いものです」
「裏地の取り外しはできるか?」
「ええ」
まずはルーポが外套を羽織ると店員が前の紐を結び、鏡の前に立たせた。
ルーポは鏡の中の自分と対面し身体を硬くしたが、鏡越しにカヤを見たとき「大丈夫だ」とうなずいたのを見てうなずき返し、まっすぐに鏡の中の自分を見た。
くすんだ干し草色の外套だった。
自分の髪の毛の色に似ていて、ちょっと笑えた。
「お似合いですよ。
素敵なお顔立ちなので、装飾がないほうが映えますね」
「そうだな」
今度は大きくカヤはうなずいた。
「では失礼いたしますね」
着せた外套を脱がすと、店員は裏側を見せた。
「ルーポ、よく見ろ。
こうやって裏地が取り外せるんだ。
これで調節ができる。
おまえ、一枚持っていろ」
「どうして?」と言うようにルーポがカヤを見上げ、空色の瞳で見た。
「今作っている服はいいものかもしれないが、所詮王の前に出るための飾りだ。
この外套があれば、暑さ寒さから身を守ることができる。
一枚はあったほうがいい」
カヤの言葉に店員も大きくうなずいた。
「そうでございますとも。
この外套は旅人から遠征に行かれる兵士様たちにも人気の品でして、今はこの一枚しか残っておりません。
次はいつ入荷するかわからない状態です」
「そうか。
それならなおさらだな。
これをもらおう。
ああ、そうだ。
名前を刺繍してもらおうか。
裏地にももちろん頼む。
明日どうせまたここに来るだろうから、そのときに受け取る。
金はその時でもいいか?」
ルーポがなにも答えないまま、カヤは言った。
「かしこまりました、カヤ様」
「カヤ様っ、それは」
慌てたルーポだったが、カヤは話は終わったと言わんばかりに別室に向かっていった。
「あ、あの」
「おまえはもっと自分を大切にしたほうがいい。
自分の身は自分で守るんだ。
いいな」
カヤはルーポの頭に手を載せ、くしゅっと髪をなでると別室に向かった。
部屋に入りカヤが店主にオレンジを渡すと、店主は恭しく受け取り、店員に渡した。
しばらくすると手を汚さないようにきれいに切られ、涼し気な器に盛られて運ばれてきたのをインティアとヴェルミオンが食べた。
二人が店主にも勧めると「あとでいただきます」と笑い、厳しい顔つきでルーポにまた布をあて始めた。
カヤとルーポが店を出た後も三人は薬師の正装について話し、どんなデザインにするか、挿し色は何色にするか、薬草袋をどうするのか、アイディアを出していた。
ルーポは今さらながら、多くの人が自分のために動いていることを実感した。
「もうちょっとこんなふうにできないかしら」
「申し訳ございません。
日にちがございませんので、そんな細工は少々難しいかと」
「そうか、仕方ないわねぇ。
あと九日……実質七日しかないものね」
今日はもう夕方が近くなり、受勲式の前日には仕上がっていなければならない。
「あまりごてごてと飾らないほうがルーポの良さが出るからいいんじゃないの?」
「そうよねぇ、いいもの持ってるし」
「あんまり流行りのものは入れるなよ」
「なんでよ」
「ルーポはものを大切にするから、長く着られるほうがいい」
「うん、そうだね。
小物でなんとかするから大丈夫」
四人はあれこれ言っている。
ルーポはありがたくて涙がにじんできた。
「あら、やだ、あんた、泣いてんの?」
気づいたヴェルミオンがふかふかした胸にルーポをぎゅっと抱き寄せた。
「か、感謝しても……しきれないくらい、感謝の気持ちがいっぱいに、なって……」
「薬師見習いのルーポ、あんたがやってきたことが評価されるのよ。
それだけ。
感謝なら私たちのほうがしているわ。
カヤ、あんたも何か言ってやりなさいよ」
「そういうの、俺、苦手なんだよ」
「まー、甲斐性のない男ね!」
そんなやり取りをしたあとも、ルーポの服についての打ち合わせは続き、とっぷりと日が暮れた頃、四人は仕立屋を出た。
カヤの屋敷に戻ると、アルベルトが待ち構えており、カヤとルーポを浴室に押し込んだ。
中には煌々とオイルランプが幾つも灯っていた。
ぼんやりしているルーポをよそに、カヤはどんどん着ていた服を脱いでいった。
「受勲式の日まで毎日、アルベルトはおまえを風呂に入れるつもりだとよ」
最後の一枚まで脱ぐとカヤは言った。
「贅沢だよなぁ、毎日風呂だとよ。
俺もお相伴に預かる、ってわけだ。
なんだ、まだ全然脱いでいないじゃないか。
脱がせてやろうか」
ぬっと太い腕が伸びてきてルーポの服の端をつまんだ。
ルーポは慌てて首を振り「じ、自分で脱ぎます!」と叫び、素早く服を脱ぎ捨てていった。
それを笑いながらカヤは眺め、そして二人は湯を浴び、石けんで身体を洗った。
カヤの言う通り、毎日のように大量に湯を沸かし風呂に入るのはとても贅沢なことだった。
ルーポのためにアルベルトがそうしてくれることに、また泣きそうになるほど感謝した。
今日は自分で身体も髪も洗った。
涙も一緒に洗い流し、カヤに悟られないようにした。
そして、湯船に二人で浸かった。
帰りの道中、ルーポが話した「街の噂をよく知っている理由」を思い出し、カヤは笑った。
田舎から王都に出てきてすぐは、村長のつてで安い下宿屋で寝泊まりしながら、ルーポは受験の勉強をしていた。
その下宿屋のおかみさんが大の噂好きで、よくルーポに話していたので、ちょっと古めの街の噂をルーポは知ることとなった。
「もうそんなに笑わないでください」
ルーポがそっぽを向きながら言った。
尖った顎から喉にかけての綺麗な横顔のラインがカヤの目に映った。
「随分切ったな」
思わず手を伸ばし、濡れた後頭部にふれた。
「はい」
ルーポはふくれてぷんぷんしている空気を消し、真面目な声で言った。
「僕は……進んでいかなきゃ」
「長いのもかわいかったのにな」
「かわいいだなんて、よしてください」
「そうだな」
露わになった細い首が少し痛々しく見えた。
すぐにはどうしようもないことなので、カヤはそれ以上は何も言わなかった。
そしてざばりと湯船から立ち上がった。
「そろそろ上がる」
「あ、僕もそうします」
ルーポもぱしゃりと音を立てて湯から出た。
インティアが入ると店内がざわめき、そして恭しく髭をたくわえた店主が迎えに出てきた。
「前はよくここで服を仕立てたんだ」と、インティアはすこし懐かしそうに店内を眺めた。
そしてルーポを店主の前に出し、作りたい服について簡単に話をすると店主は大きくうなずき別室に四人を通した。
そして次から次へと布を持ってこさせ、ルーポの胸元にあてがって見せる。
インティアとヴェルミオンがそれを眺めいいの悪いのと言い、それらを選っていく。
わけがわからず困り、部屋の隅の壁にもたれかかるカヤに目で助けを求めるが、「諦めろ」と言わんばかりに首を振るので、ルーポはそのまま立ち尽くした。
何枚の布をあてがわれたのだろう。
ときどきヴェルミオンが「ちょっと、あんたはどう思う?」と振り返ってカヤに聞く。
カヤは面倒くさそうに「それは似合ってるんじゃないか」、「そっちは好きじゃないな」と答えている。
インティアは布にさわり、ルーポの肩に布をかけ、外し、時折髪にふれ、目を見ていた。
そしてようやく、「それがいい」とカヤが言ったのは落ち着いた草色の布だった。
インティアが改めてルーポの肩にその布をかけ、目を見、そして全体を眺める。
「ん、いいかも。
青空と草原みたいだよ。
髪の毛の色にも合うね。
薬師様にぴったりだ。
ね、ヴェルミオン、どう?」
軽やかに言うと、インティアはヴェルミオンを見た。
「うん、そうね。
しっくり来ているわ。
あんた、結構見る目があったのね」
ヴェルミオンはそう言ってカヤを見た。
「ルーポを少し休ませたいが、いいか?」
カヤが言うと、インティアとヴェルミオンはうなずき、店主と三人で顔を突き合わせ、採寸した数字を見ながらああだこうだと話し始めた。
カヤはルーポを連れて、一旦、外に出た。
そして果物屋で好きなものを選ばせ、それを買うと日陰にいき座った。
ルーポが選んだのは井戸水で冷やされていたオレンジで、カヤは携帯していたナイフを取り出すと食べやすいように切って、ルーポに渡してやった。
ルーポは礼を言って受け取り、口にした。
ほっとして、思わず笑みがこぼれた。
街の者は誰もカヤの隣で笑っているのが鳥の巣頭のルーポだとは気がつかなかった。
そして一人もルーポのそばかすをからかう者はいなかった。
カヤはつい昨日のことを思い出した。
崩れ落ちた廃屋のそばのベンチで泣くルーポと出会ったこと。
おどおどしながらも、なにか腹を括ったのか、懸命に前を向き始めたルーポに好感を覚えながら、自分も冷えたオレンジを口にした。
鏡の前に立ち、自分を見つめ、髪を切り、前を向き、たくさんの人に会い、たっぷりの布をあてがわれ、慣れないことの連続にルーポはくらくらしていたが、カヤのオレンジのおかげで一息つくことができた。
カヤはまた冷えたオレンジを幾つか買うと、ルーポを連れて仕立屋に戻った。
三人がいる別室に戻る前に、カヤがふと足を止めた。
「ルーポ」
呼ばれたので近づくと、カヤに外套が吊るされた棚の前に連れていかれた。
「おまえ、外套は持っているのか?」
ルーポは首を振った。
昨日、「捨ててもいい」と言ったあの服一着した持っていない、と恥ずかしそうにルーポは言った。
「これを羽織ってみろ」
カヤは吊るされた中から一枚の外套を取り出すとルーポに渡した。
すっと店員が近づいてきた。
「こちらは見た目は多少地味ですが、丈夫で軽いものです」
「裏地の取り外しはできるか?」
「ええ」
まずはルーポが外套を羽織ると店員が前の紐を結び、鏡の前に立たせた。
ルーポは鏡の中の自分と対面し身体を硬くしたが、鏡越しにカヤを見たとき「大丈夫だ」とうなずいたのを見てうなずき返し、まっすぐに鏡の中の自分を見た。
くすんだ干し草色の外套だった。
自分の髪の毛の色に似ていて、ちょっと笑えた。
「お似合いですよ。
素敵なお顔立ちなので、装飾がないほうが映えますね」
「そうだな」
今度は大きくカヤはうなずいた。
「では失礼いたしますね」
着せた外套を脱がすと、店員は裏側を見せた。
「ルーポ、よく見ろ。
こうやって裏地が取り外せるんだ。
これで調節ができる。
おまえ、一枚持っていろ」
「どうして?」と言うようにルーポがカヤを見上げ、空色の瞳で見た。
「今作っている服はいいものかもしれないが、所詮王の前に出るための飾りだ。
この外套があれば、暑さ寒さから身を守ることができる。
一枚はあったほうがいい」
カヤの言葉に店員も大きくうなずいた。
「そうでございますとも。
この外套は旅人から遠征に行かれる兵士様たちにも人気の品でして、今はこの一枚しか残っておりません。
次はいつ入荷するかわからない状態です」
「そうか。
それならなおさらだな。
これをもらおう。
ああ、そうだ。
名前を刺繍してもらおうか。
裏地にももちろん頼む。
明日どうせまたここに来るだろうから、そのときに受け取る。
金はその時でもいいか?」
ルーポがなにも答えないまま、カヤは言った。
「かしこまりました、カヤ様」
「カヤ様っ、それは」
慌てたルーポだったが、カヤは話は終わったと言わんばかりに別室に向かっていった。
「あ、あの」
「おまえはもっと自分を大切にしたほうがいい。
自分の身は自分で守るんだ。
いいな」
カヤはルーポの頭に手を載せ、くしゅっと髪をなでると別室に向かった。
部屋に入りカヤが店主にオレンジを渡すと、店主は恭しく受け取り、店員に渡した。
しばらくすると手を汚さないようにきれいに切られ、涼し気な器に盛られて運ばれてきたのをインティアとヴェルミオンが食べた。
二人が店主にも勧めると「あとでいただきます」と笑い、厳しい顔つきでルーポにまた布をあて始めた。
カヤとルーポが店を出た後も三人は薬師の正装について話し、どんなデザインにするか、挿し色は何色にするか、薬草袋をどうするのか、アイディアを出していた。
ルーポは今さらながら、多くの人が自分のために動いていることを実感した。
「もうちょっとこんなふうにできないかしら」
「申し訳ございません。
日にちがございませんので、そんな細工は少々難しいかと」
「そうか、仕方ないわねぇ。
あと九日……実質七日しかないものね」
今日はもう夕方が近くなり、受勲式の前日には仕上がっていなければならない。
「あまりごてごてと飾らないほうがルーポの良さが出るからいいんじゃないの?」
「そうよねぇ、いいもの持ってるし」
「あんまり流行りのものは入れるなよ」
「なんでよ」
「ルーポはものを大切にするから、長く着られるほうがいい」
「うん、そうだね。
小物でなんとかするから大丈夫」
四人はあれこれ言っている。
ルーポはありがたくて涙がにじんできた。
「あら、やだ、あんた、泣いてんの?」
気づいたヴェルミオンがふかふかした胸にルーポをぎゅっと抱き寄せた。
「か、感謝しても……しきれないくらい、感謝の気持ちがいっぱいに、なって……」
「薬師見習いのルーポ、あんたがやってきたことが評価されるのよ。
それだけ。
感謝なら私たちのほうがしているわ。
カヤ、あんたも何か言ってやりなさいよ」
「そういうの、俺、苦手なんだよ」
「まー、甲斐性のない男ね!」
そんなやり取りをしたあとも、ルーポの服についての打ち合わせは続き、とっぷりと日が暮れた頃、四人は仕立屋を出た。
カヤの屋敷に戻ると、アルベルトが待ち構えており、カヤとルーポを浴室に押し込んだ。
中には煌々とオイルランプが幾つも灯っていた。
ぼんやりしているルーポをよそに、カヤはどんどん着ていた服を脱いでいった。
「受勲式の日まで毎日、アルベルトはおまえを風呂に入れるつもりだとよ」
最後の一枚まで脱ぐとカヤは言った。
「贅沢だよなぁ、毎日風呂だとよ。
俺もお相伴に預かる、ってわけだ。
なんだ、まだ全然脱いでいないじゃないか。
脱がせてやろうか」
ぬっと太い腕が伸びてきてルーポの服の端をつまんだ。
ルーポは慌てて首を振り「じ、自分で脱ぎます!」と叫び、素早く服を脱ぎ捨てていった。
それを笑いながらカヤは眺め、そして二人は湯を浴び、石けんで身体を洗った。
カヤの言う通り、毎日のように大量に湯を沸かし風呂に入るのはとても贅沢なことだった。
ルーポのためにアルベルトがそうしてくれることに、また泣きそうになるほど感謝した。
今日は自分で身体も髪も洗った。
涙も一緒に洗い流し、カヤに悟られないようにした。
そして、湯船に二人で浸かった。
帰りの道中、ルーポが話した「街の噂をよく知っている理由」を思い出し、カヤは笑った。
田舎から王都に出てきてすぐは、村長のつてで安い下宿屋で寝泊まりしながら、ルーポは受験の勉強をしていた。
その下宿屋のおかみさんが大の噂好きで、よくルーポに話していたので、ちょっと古めの街の噂をルーポは知ることとなった。
「もうそんなに笑わないでください」
ルーポがそっぽを向きながら言った。
尖った顎から喉にかけての綺麗な横顔のラインがカヤの目に映った。
「随分切ったな」
思わず手を伸ばし、濡れた後頭部にふれた。
「はい」
ルーポはふくれてぷんぷんしている空気を消し、真面目な声で言った。
「僕は……進んでいかなきゃ」
「長いのもかわいかったのにな」
「かわいいだなんて、よしてください」
「そうだな」
露わになった細い首が少し痛々しく見えた。
すぐにはどうしようもないことなので、カヤはそれ以上は何も言わなかった。
そしてざばりと湯船から立ち上がった。
「そろそろ上がる」
「あ、僕もそうします」
ルーポもぱしゃりと音を立てて湯から出た。
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