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第24話
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なりあきさまに起こされ、目を覚ます。
なんだか最近、よく眠れない。
ぼんやりとしていると、
「おはようございます、キヨノさん」
となりあきさまに言われ、ふわっと唇が降ってきた。
「おはようございます、なりあきさま」
「眠そうですね、大丈夫ですか」
「……ん」
「じゃあ、藤代を呼びますね」
俺は目をこすりながらなりあきさまのベッドから出ると、なりあきさまがふわりと軽い綿入れを肩にかけてくれた。
春になったとはいえ、まだ寒い。
ぼーっとしていると、藤代さんがやってきて俺を隣の俺の部屋へと連れていった。
今日はデエトの日だ。
遊園地に行くらしい。
「洋装にしましょうよ。
そのほうがたくさん楽しめますよ」
と藤代さんが勧めるので、昨日のうちに着るものの支度を一緒にしていた。
慣れないので、藤代さんに少し手伝ってもらって着替えをする。
姿見の前に自分を映す。
着飾る意味がよくわからない。
似合っているのかどうかもわからない。
髪が伸びている。
前に小林さんに切ってもらったのはいつだったか。
庭仕事の合間に切ってもらった。
「坊ちゃんらしくおなりですよ」
「俺、坊ちゃんじゃない」
「キヨノさんは和装も洋装もお似合いです。
今日は旦那様とご一緒ですから、旦那様の洋装に合わせているんですよ。
並んでいらっしゃるとますます素敵に見えますよ」
「そんなものかな」
「おやおや?
どうしました、キヨノさん」
「……べつに」
「もしかして、緊張してます?」
…………
「旦那様がいいようにしてくれますよ。
遊園地、初めてなんでしょう。
楽しいですよ」
「……ん」
「お元気がないですか?」
「ううん」
こうしてなりあきさまと俺はデエトに出かけた。
遊園地の近くまで佐伯さんが車で送ってくれた。
なりあきさまは春物の軽い外套を羽織っていらっしゃる。
そして約束通り手をつないでいる。
みんなに見られているような気がして、嫌だった。
でも、がんばると決めたから握られたままにしていた。
俺は温泉の神社でのことをちらりと思い出す。
あの手なのか。
俺は少し後ろからなりあきさまを盗み見るように見上げてみる。
なりあきさまは始終ご機嫌で、今も口の端が上がっていて楽しそうだ。
こんなに見られているというのに。
なりあきさまは綺麗で美形だとは思っていたが、ここまで見られているとは思わなかった。
白洲様と黒須様が「婦女子に人気がある」とおっしゃっていたのは、こういうことか。
ついでになりあきさまの隣を歩く、というのがどういうことなのかも痛いほど感じた。
俺は後戻りできないことを身を持って知った。
街の中ほどにあるという広場には移動遊園地ができていた。
入り口の簡単な小屋でなりあきさまが入場券を買ってくださる。
「さあ、キヨノさん、行きましょう」
手を繋がれてまず、遊園地の地図の貼ってある看板を見上げる。
「どこから回りましょうか」
俺はさっぱりわからないので、なりあきさまにお任せしたいと言う。
「わかりました」
なりあきさまはにっこりと笑って俺を見る。
泣きぼくろは今日は笑ってる。
遊園地はまるで異国にいるようだった。
並んでいる出店はすべて異国様式で、見たことのないようなものがずらりと並んでいる。
赤や黄や青の、まるでガラスのような玉が飴玉だと知って驚いた。
小さな人形も、おもちゃの車も売っていた。
なりあきさまが最初に連れてきてくれたのは、お椀型の乗り物だった。
少し並び、順番が来ると係員がそのお椀になりあきさまと俺を乗せた。
まるで一寸法師の気分だったが、高らかにラッパが鳴るとそのお椀は回り始めた。
「おお」と声を上げて周りを見ていると、ぐぅんっと速度が速くなった。
驚いて見ると、なりあきさまが真ん中にある輪っかを回している。
「ほら、キヨノさんもハンドルを回してみてください」
言われるがままに回してみると、回る速度が増した。
「きゃははははは、目が回るっ」
「それ、もっともっと」
俺たちはふざけて輪っかを回し続けた。
なりあきさまも笑うし、自分も愉快な気持ちになってしまうので、必死に回していると、笑いが止まらなくなる。
「なりあきさまあ」
「キヨノさんっ」
お互いの目を見ながらぐるぐる回る。
回っていると景色は回って、あっと言う間に見えなくなる。
見えているのはなりあきさまだけだ。
なりあきさまと俺だけだ。
とても不思議な気がした。
が、その気持ちに浸ることはなかった。
時間がきて、またラッパが鳴るとお椀は速度を落としていった。
俺はなりあきさまに抱えられるようにしてお椀から下りた。
立っていられない。
ぐるぐるする。
なりあきさまは水飲み場に俺を連れていこうとするが、俺が動けないので、長椅子に俺を寝かせ、どこかに行ってしまった。
回る回る、目が回る。
気持ちわる。
でも見えていたのは、優しく回るなりあきさまだけ。
景色はどんどん流れていくのに、なりあきさまだけが俺を見て、俺はなりあきさまだけを見ている。
へんな感じ。
きもちわる。
「キヨノさん、飲めますか」
なりあきさまは両手で作った器に水を汲んできてくれた。
俺の口のそばに近づけてくれるので、なんとか飲んだ。
大きな手だ。
水は思ったよりたっぷりとなりあきさまの手の中にあった。
しかし、指の間からこぼれるし、俺もうまくは飲めなかった。
それでも手の中が空になると、いくぶんか気分がさっぱりしたような気になった。
なりあきさまが濡れてしまった口の周りと顎を綺麗な白いハンケチで拭いてくれた。
俺は大きな息をひとつついた。
落ち着くまで俺はなりあきさまによりかかり、長椅子に座っていた。
なりあきさまは心配そうにしていたが、俺が笑うとなりあきさまもほっとしたようににこっと笑った。
よかった。
俺もまた、にこっと笑った。
なんだか最近、よく眠れない。
ぼんやりとしていると、
「おはようございます、キヨノさん」
となりあきさまに言われ、ふわっと唇が降ってきた。
「おはようございます、なりあきさま」
「眠そうですね、大丈夫ですか」
「……ん」
「じゃあ、藤代を呼びますね」
俺は目をこすりながらなりあきさまのベッドから出ると、なりあきさまがふわりと軽い綿入れを肩にかけてくれた。
春になったとはいえ、まだ寒い。
ぼーっとしていると、藤代さんがやってきて俺を隣の俺の部屋へと連れていった。
今日はデエトの日だ。
遊園地に行くらしい。
「洋装にしましょうよ。
そのほうがたくさん楽しめますよ」
と藤代さんが勧めるので、昨日のうちに着るものの支度を一緒にしていた。
慣れないので、藤代さんに少し手伝ってもらって着替えをする。
姿見の前に自分を映す。
着飾る意味がよくわからない。
似合っているのかどうかもわからない。
髪が伸びている。
前に小林さんに切ってもらったのはいつだったか。
庭仕事の合間に切ってもらった。
「坊ちゃんらしくおなりですよ」
「俺、坊ちゃんじゃない」
「キヨノさんは和装も洋装もお似合いです。
今日は旦那様とご一緒ですから、旦那様の洋装に合わせているんですよ。
並んでいらっしゃるとますます素敵に見えますよ」
「そんなものかな」
「おやおや?
どうしました、キヨノさん」
「……べつに」
「もしかして、緊張してます?」
…………
「旦那様がいいようにしてくれますよ。
遊園地、初めてなんでしょう。
楽しいですよ」
「……ん」
「お元気がないですか?」
「ううん」
こうしてなりあきさまと俺はデエトに出かけた。
遊園地の近くまで佐伯さんが車で送ってくれた。
なりあきさまは春物の軽い外套を羽織っていらっしゃる。
そして約束通り手をつないでいる。
みんなに見られているような気がして、嫌だった。
でも、がんばると決めたから握られたままにしていた。
俺は温泉の神社でのことをちらりと思い出す。
あの手なのか。
俺は少し後ろからなりあきさまを盗み見るように見上げてみる。
なりあきさまは始終ご機嫌で、今も口の端が上がっていて楽しそうだ。
こんなに見られているというのに。
なりあきさまは綺麗で美形だとは思っていたが、ここまで見られているとは思わなかった。
白洲様と黒須様が「婦女子に人気がある」とおっしゃっていたのは、こういうことか。
ついでになりあきさまの隣を歩く、というのがどういうことなのかも痛いほど感じた。
俺は後戻りできないことを身を持って知った。
街の中ほどにあるという広場には移動遊園地ができていた。
入り口の簡単な小屋でなりあきさまが入場券を買ってくださる。
「さあ、キヨノさん、行きましょう」
手を繋がれてまず、遊園地の地図の貼ってある看板を見上げる。
「どこから回りましょうか」
俺はさっぱりわからないので、なりあきさまにお任せしたいと言う。
「わかりました」
なりあきさまはにっこりと笑って俺を見る。
泣きぼくろは今日は笑ってる。
遊園地はまるで異国にいるようだった。
並んでいる出店はすべて異国様式で、見たことのないようなものがずらりと並んでいる。
赤や黄や青の、まるでガラスのような玉が飴玉だと知って驚いた。
小さな人形も、おもちゃの車も売っていた。
なりあきさまが最初に連れてきてくれたのは、お椀型の乗り物だった。
少し並び、順番が来ると係員がそのお椀になりあきさまと俺を乗せた。
まるで一寸法師の気分だったが、高らかにラッパが鳴るとそのお椀は回り始めた。
「おお」と声を上げて周りを見ていると、ぐぅんっと速度が速くなった。
驚いて見ると、なりあきさまが真ん中にある輪っかを回している。
「ほら、キヨノさんもハンドルを回してみてください」
言われるがままに回してみると、回る速度が増した。
「きゃははははは、目が回るっ」
「それ、もっともっと」
俺たちはふざけて輪っかを回し続けた。
なりあきさまも笑うし、自分も愉快な気持ちになってしまうので、必死に回していると、笑いが止まらなくなる。
「なりあきさまあ」
「キヨノさんっ」
お互いの目を見ながらぐるぐる回る。
回っていると景色は回って、あっと言う間に見えなくなる。
見えているのはなりあきさまだけだ。
なりあきさまと俺だけだ。
とても不思議な気がした。
が、その気持ちに浸ることはなかった。
時間がきて、またラッパが鳴るとお椀は速度を落としていった。
俺はなりあきさまに抱えられるようにしてお椀から下りた。
立っていられない。
ぐるぐるする。
なりあきさまは水飲み場に俺を連れていこうとするが、俺が動けないので、長椅子に俺を寝かせ、どこかに行ってしまった。
回る回る、目が回る。
気持ちわる。
でも見えていたのは、優しく回るなりあきさまだけ。
景色はどんどん流れていくのに、なりあきさまだけが俺を見て、俺はなりあきさまだけを見ている。
へんな感じ。
きもちわる。
「キヨノさん、飲めますか」
なりあきさまは両手で作った器に水を汲んできてくれた。
俺の口のそばに近づけてくれるので、なんとか飲んだ。
大きな手だ。
水は思ったよりたっぷりとなりあきさまの手の中にあった。
しかし、指の間からこぼれるし、俺もうまくは飲めなかった。
それでも手の中が空になると、いくぶんか気分がさっぱりしたような気になった。
なりあきさまが濡れてしまった口の周りと顎を綺麗な白いハンケチで拭いてくれた。
俺は大きな息をひとつついた。
落ち着くまで俺はなりあきさまによりかかり、長椅子に座っていた。
なりあきさまは心配そうにしていたが、俺が笑うとなりあきさまもほっとしたようににこっと笑った。
よかった。
俺もまた、にこっと笑った。
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