キヨノさん

Kyrie

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第19話 三条院(2)

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週明け、出勤して二人に会うとにやにやしていた。
面白くなかったが、土産の栗羊羹を渡し口頭で視察の報告をした。

「それで、キヨノさんとはどうなったんだ」

白洲は栗羊羹に釘付けになりながらも聞いてくる。

「ああ、試験期間が一か月延長された」

「え。祝言じゃないのか」

「まぁ、三条院にしてはまずまずじゃないですか。
皮一枚でも首がつながってよかったね」

「ありがとう、黒須。
婚約者殿にも後日改めてお礼をするよ」

「いいえ、大丈夫ですよ。
白洲からマカロンもいただきましたし、櫻子さんも伯爵様のお手伝いができたと喜んでいらっしゃいました。
本当に三条院は婦女子には人気があるんだから」

「で、どうだったんだ、詳しく聞かせろよ」

「もうすぐ議会が始まるぞ」

私は首に回された白洲の腕を解いた。
そうしながらも、二人に感謝した。





温泉旅行から帰ってきたキヨノさんはこれまで通り、使用人たちと屋敷で忙しくしていた。
ただ変わったことは朝夕のハグとキスを受け入れてくれるようになったことだ。
出勤前にキヨノさんに挨拶をすると、どこか心もとないふうに私を見つめてくるので、ほんの少しだけ腕を広げてみると自分からそこに入ってきた。

「ハグ、してもいいですか」

「……はい」

俯きながら返事をする。

「頬にキスをしてもいいですか」

「………」

今度は答えずに小さく頷く。
そっと唇でキヨノさんの頬にふれると、ふっくらとした感触が心地よかった。

「い…てらっしゃいませ、なりあきさま」

「いってきます、キヨノさん」

貴方はどこまでわかっていらっしゃるのか。
私のことを意識してくださっているのか。





のらりくらりとしていたが、金曜の夜に私の名前で馴染みの料亭に予約を入れられてしまい、逃れられなくなってしまった。
朝、出がけにそれを伝え、一緒に夕餉が取れないことをキヨノさんに告げるとあの人は「はい」とうなずき、特に表情を崩すことはなかった。
恨むぞ、黒須。
温泉から帰って初めての週末だというのに。

だが、なにかしらの形で二人には礼をしなければならないので、いい機会なのかもしれない。



先に料理も酒も運ばせ、三人が顔を合わす。
気心が知れた奴等だから、酒は手酌で適当に料理をつまむ。

「私たちにも知る権利があると思ってね」

黒須は涼しい顔をして笑う。

「こいつがやらなかったら、俺が欧蘭亭に予約を入れていたさ」

白洲は、今流行りの高級レストランの名を上げた。
自分が食べたいだけだろう。
そこで出すケーキが絶品だと自分で言っていたではないか。

渋々ながら、私はキヨノさんとの温泉旅行について話をした。

「ふうむ、これは困りましたね」

「初等科男児か、貴様!」

黒須は顎に指をかけ首をひねり、白洲は目を剥いて怒っている。

「いいところを見せた、と言っていたのが、射的!
おまえの銃の腕がいいことは知っていますが、随分大人げないことをしたんだね」

「キャラメルくらい買ってやってもいいだろう。
うまい店を教えてやろうか」

そうだ、射的のキャラメルだ。
月曜の夜、食事をしながらキヨノさんのお話を聞いていると、キャラメルを食べた、という。
詳しく聞くと、風呂の湯を沸かすときに、藤代と二人で食べた、となにごともないようにキヨノさんは言った。

「藤代さんはこれまでずっと餡子玉を買ってくれていたので、今度は俺の番だと思って」

部屋の隅に立っていた中川が餡子玉という言葉に反応し、中川の横にいた藤代が顔色を変えたのには気づかず、キヨノさんは続ける。

「キャラメル、初めて食べました。
おいしいですね。
十あるから、五日間は楽しめます。
なりあきさま、ありがとうございます」

その計算でいくと、キャラメルは全部、藤代と二人で食べる、ということですか、キヨノさん。

「私も一つ、食べたかったです」

「あ。そうですね。すみません」

キヨノさんは本当に申し訳なさそうな顔をした。
そして「なりあきさま、中川さん、川崎さん、シノさん、ハナさん、佐伯さん、小林さん……」と指を折り、「最後に一つ残りますね……なりあきさま、二つ召し上がりますか」と聞いてきた。

私はもうそのキャラメルを食べるのを諦めた。

「私の分も全部、キヨノさんが食べてください」

「でも食べたいんでしょう」

「キヨノさんのお気持ちだけで十分ですよ」


そんな会話をした翌朝、キヨノさんは出がけのハグの後、私の手のひらにキャラメルを一粒落とした。

「俺が二つ食べることにしました。
だから、これ、なりあきさまの分」

私がキヨノさんをぎゅうぎゅうと抱きしめたのは言うまでもない。
佐伯に声をかけられなければ、仕事に遅れていたかもしれないのは、この二人には言わないでおく。




「一か月猶予が伸びたところで、なにか策があるのか、三条院」

「キヨノさんが相手だと色恋の手練手管を使うわけにはいかないしね。
というか、あの子は色恋を知っているのか」

「さあ」

私は猪口をぐっと煽り、手酌で酒を注ぐとまたすぐにくいっと煽った。

「全くもって意識されていないかもな。
温泉に入るときも躊躇せずに浴衣を脱いでいた」

「ははははは、愉快愉快。
伯爵様とあろう者が形無しじゃないか」

「まったく、その通りだよ。
策もなく、意識もしてもらえず、八方塞がりとはまさにこのことだ」

「わははははは、愉しい酒だなぁ。
銚子の追加を頼まなくては」

「飲みすぎるなよ、白洲。
おまえが一番大きいから、介抱するにも骨が折れる」

「そんなこと黒須にさせたことはないだろう」

「ああ、いつも俺ばかりだ」

「三条院、万が一のときには頼むな」

白洲は大笑いをし、酒を追加した。



この二人に心配をかけているのはわかった。
ありがたかった。







深夜、屋敷に帰ってみると、キヨノさんはすでに就寝していた。

「旦那様にお話があったそうです」と中川に静かに言われたときには、黒須と白洲に悪態をつきそうになった。

「明日、お話されるそうです。
聞いて差し上げてください」

「ああ、わかった」

キヨノさんは私の邪魔にならないように、和室で寝ていた。
私は寂しく一人でベッドに入った。










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