19 / 68
第19話 三条院(2)
しおりを挟む
週明け、出勤して二人に会うとにやにやしていた。
面白くなかったが、土産の栗羊羹を渡し口頭で視察の報告をした。
「それで、キヨノさんとはどうなったんだ」
白洲は栗羊羹に釘付けになりながらも聞いてくる。
「ああ、試験期間が一か月延長された」
「え。祝言じゃないのか」
「まぁ、三条院にしてはまずまずじゃないですか。
皮一枚でも首がつながってよかったね」
「ありがとう、黒須。
婚約者殿にも後日改めてお礼をするよ」
「いいえ、大丈夫ですよ。
白洲からマカロンもいただきましたし、櫻子さんも伯爵様のお手伝いができたと喜んでいらっしゃいました。
本当に三条院は婦女子には人気があるんだから」
「で、どうだったんだ、詳しく聞かせろよ」
「もうすぐ議会が始まるぞ」
私は首に回された白洲の腕を解いた。
そうしながらも、二人に感謝した。
温泉旅行から帰ってきたキヨノさんはこれまで通り、使用人たちと屋敷で忙しくしていた。
ただ変わったことは朝夕のハグとキスを受け入れてくれるようになったことだ。
出勤前にキヨノさんに挨拶をすると、どこか心もとないふうに私を見つめてくるので、ほんの少しだけ腕を広げてみると自分からそこに入ってきた。
「ハグ、してもいいですか」
「……はい」
俯きながら返事をする。
「頬にキスをしてもいいですか」
「………」
今度は答えずに小さく頷く。
そっと唇でキヨノさんの頬にふれると、ふっくらとした感触が心地よかった。
「い…てらっしゃいませ、なりあきさま」
「いってきます、キヨノさん」
貴方はどこまでわかっていらっしゃるのか。
私のことを意識してくださっているのか。
のらりくらりとしていたが、金曜の夜に私の名前で馴染みの料亭に予約を入れられてしまい、逃れられなくなってしまった。
朝、出がけにそれを伝え、一緒に夕餉が取れないことをキヨノさんに告げるとあの人は「はい」とうなずき、特に表情を崩すことはなかった。
恨むぞ、黒須。
温泉から帰って初めての週末だというのに。
だが、なにかしらの形で二人には礼をしなければならないので、いい機会なのかもしれない。
先に料理も酒も運ばせ、三人が顔を合わす。
気心が知れた奴等だから、酒は手酌で適当に料理をつまむ。
「私たちにも知る権利があると思ってね」
黒須は涼しい顔をして笑う。
「こいつがやらなかったら、俺が欧蘭亭に予約を入れていたさ」
白洲は、今流行りの高級レストランの名を上げた。
自分が食べたいだけだろう。
そこで出すケーキが絶品だと自分で言っていたではないか。
渋々ながら、私はキヨノさんとの温泉旅行について話をした。
「ふうむ、これは困りましたね」
「初等科男児か、貴様!」
黒須は顎に指をかけ首をひねり、白洲は目を剥いて怒っている。
「いいところを見せた、と言っていたのが、射的!
おまえの銃の腕がいいことは知っていますが、随分大人げないことをしたんだね」
「キャラメルくらい買ってやってもいいだろう。
うまい店を教えてやろうか」
そうだ、射的のキャラメルだ。
月曜の夜、食事をしながらキヨノさんのお話を聞いていると、キャラメルを食べた、という。
詳しく聞くと、風呂の湯を沸かすときに、藤代と二人で食べた、となにごともないようにキヨノさんは言った。
「藤代さんはこれまでずっと餡子玉を買ってくれていたので、今度は俺の番だと思って」
部屋の隅に立っていた中川が餡子玉という言葉に反応し、中川の横にいた藤代が顔色を変えたのには気づかず、キヨノさんは続ける。
「キャラメル、初めて食べました。
おいしいですね。
十あるから、五日間は楽しめます。
なりあきさま、ありがとうございます」
その計算でいくと、キャラメルは全部、藤代と二人で食べる、ということですか、キヨノさん。
「私も一つ、食べたかったです」
「あ。そうですね。すみません」
キヨノさんは本当に申し訳なさそうな顔をした。
そして「なりあきさま、中川さん、川崎さん、シノさん、ハナさん、佐伯さん、小林さん……」と指を折り、「最後に一つ残りますね……なりあきさま、二つ召し上がりますか」と聞いてきた。
私はもうそのキャラメルを食べるのを諦めた。
「私の分も全部、キヨノさんが食べてください」
「でも食べたいんでしょう」
「キヨノさんのお気持ちだけで十分ですよ」
そんな会話をした翌朝、キヨノさんは出がけのハグの後、私の手のひらにキャラメルを一粒落とした。
「俺が二つ食べることにしました。
だから、これ、なりあきさまの分」
私がキヨノさんをぎゅうぎゅうと抱きしめたのは言うまでもない。
佐伯に声をかけられなければ、仕事に遅れていたかもしれないのは、この二人には言わないでおく。
「一か月猶予が伸びたところで、なにか策があるのか、三条院」
「キヨノさんが相手だと色恋の手練手管を使うわけにはいかないしね。
というか、あの子は色恋を知っているのか」
「さあ」
私は猪口をぐっと煽り、手酌で酒を注ぐとまたすぐにくいっと煽った。
「全くもって意識されていないかもな。
温泉に入るときも躊躇せずに浴衣を脱いでいた」
「ははははは、愉快愉快。
伯爵様とあろう者が形無しじゃないか」
「まったく、その通りだよ。
策もなく、意識もしてもらえず、八方塞がりとはまさにこのことだ」
「わははははは、愉しい酒だなぁ。
銚子の追加を頼まなくては」
「飲みすぎるなよ、白洲。
おまえが一番大きいから、介抱するにも骨が折れる」
「そんなこと黒須にさせたことはないだろう」
「ああ、いつも俺ばかりだ」
「三条院、万が一のときには頼むな」
白洲は大笑いをし、酒を追加した。
この二人に心配をかけているのはわかった。
ありがたかった。
深夜、屋敷に帰ってみると、キヨノさんはすでに就寝していた。
「旦那様にお話があったそうです」と中川に静かに言われたときには、黒須と白洲に悪態をつきそうになった。
「明日、お話されるそうです。
聞いて差し上げてください」
「ああ、わかった」
キヨノさんは私の邪魔にならないように、和室で寝ていた。
私は寂しく一人でベッドに入った。
面白くなかったが、土産の栗羊羹を渡し口頭で視察の報告をした。
「それで、キヨノさんとはどうなったんだ」
白洲は栗羊羹に釘付けになりながらも聞いてくる。
「ああ、試験期間が一か月延長された」
「え。祝言じゃないのか」
「まぁ、三条院にしてはまずまずじゃないですか。
皮一枚でも首がつながってよかったね」
「ありがとう、黒須。
婚約者殿にも後日改めてお礼をするよ」
「いいえ、大丈夫ですよ。
白洲からマカロンもいただきましたし、櫻子さんも伯爵様のお手伝いができたと喜んでいらっしゃいました。
本当に三条院は婦女子には人気があるんだから」
「で、どうだったんだ、詳しく聞かせろよ」
「もうすぐ議会が始まるぞ」
私は首に回された白洲の腕を解いた。
そうしながらも、二人に感謝した。
温泉旅行から帰ってきたキヨノさんはこれまで通り、使用人たちと屋敷で忙しくしていた。
ただ変わったことは朝夕のハグとキスを受け入れてくれるようになったことだ。
出勤前にキヨノさんに挨拶をすると、どこか心もとないふうに私を見つめてくるので、ほんの少しだけ腕を広げてみると自分からそこに入ってきた。
「ハグ、してもいいですか」
「……はい」
俯きながら返事をする。
「頬にキスをしてもいいですか」
「………」
今度は答えずに小さく頷く。
そっと唇でキヨノさんの頬にふれると、ふっくらとした感触が心地よかった。
「い…てらっしゃいませ、なりあきさま」
「いってきます、キヨノさん」
貴方はどこまでわかっていらっしゃるのか。
私のことを意識してくださっているのか。
のらりくらりとしていたが、金曜の夜に私の名前で馴染みの料亭に予約を入れられてしまい、逃れられなくなってしまった。
朝、出がけにそれを伝え、一緒に夕餉が取れないことをキヨノさんに告げるとあの人は「はい」とうなずき、特に表情を崩すことはなかった。
恨むぞ、黒須。
温泉から帰って初めての週末だというのに。
だが、なにかしらの形で二人には礼をしなければならないので、いい機会なのかもしれない。
先に料理も酒も運ばせ、三人が顔を合わす。
気心が知れた奴等だから、酒は手酌で適当に料理をつまむ。
「私たちにも知る権利があると思ってね」
黒須は涼しい顔をして笑う。
「こいつがやらなかったら、俺が欧蘭亭に予約を入れていたさ」
白洲は、今流行りの高級レストランの名を上げた。
自分が食べたいだけだろう。
そこで出すケーキが絶品だと自分で言っていたではないか。
渋々ながら、私はキヨノさんとの温泉旅行について話をした。
「ふうむ、これは困りましたね」
「初等科男児か、貴様!」
黒須は顎に指をかけ首をひねり、白洲は目を剥いて怒っている。
「いいところを見せた、と言っていたのが、射的!
おまえの銃の腕がいいことは知っていますが、随分大人げないことをしたんだね」
「キャラメルくらい買ってやってもいいだろう。
うまい店を教えてやろうか」
そうだ、射的のキャラメルだ。
月曜の夜、食事をしながらキヨノさんのお話を聞いていると、キャラメルを食べた、という。
詳しく聞くと、風呂の湯を沸かすときに、藤代と二人で食べた、となにごともないようにキヨノさんは言った。
「藤代さんはこれまでずっと餡子玉を買ってくれていたので、今度は俺の番だと思って」
部屋の隅に立っていた中川が餡子玉という言葉に反応し、中川の横にいた藤代が顔色を変えたのには気づかず、キヨノさんは続ける。
「キャラメル、初めて食べました。
おいしいですね。
十あるから、五日間は楽しめます。
なりあきさま、ありがとうございます」
その計算でいくと、キャラメルは全部、藤代と二人で食べる、ということですか、キヨノさん。
「私も一つ、食べたかったです」
「あ。そうですね。すみません」
キヨノさんは本当に申し訳なさそうな顔をした。
そして「なりあきさま、中川さん、川崎さん、シノさん、ハナさん、佐伯さん、小林さん……」と指を折り、「最後に一つ残りますね……なりあきさま、二つ召し上がりますか」と聞いてきた。
私はもうそのキャラメルを食べるのを諦めた。
「私の分も全部、キヨノさんが食べてください」
「でも食べたいんでしょう」
「キヨノさんのお気持ちだけで十分ですよ」
そんな会話をした翌朝、キヨノさんは出がけのハグの後、私の手のひらにキャラメルを一粒落とした。
「俺が二つ食べることにしました。
だから、これ、なりあきさまの分」
私がキヨノさんをぎゅうぎゅうと抱きしめたのは言うまでもない。
佐伯に声をかけられなければ、仕事に遅れていたかもしれないのは、この二人には言わないでおく。
「一か月猶予が伸びたところで、なにか策があるのか、三条院」
「キヨノさんが相手だと色恋の手練手管を使うわけにはいかないしね。
というか、あの子は色恋を知っているのか」
「さあ」
私は猪口をぐっと煽り、手酌で酒を注ぐとまたすぐにくいっと煽った。
「全くもって意識されていないかもな。
温泉に入るときも躊躇せずに浴衣を脱いでいた」
「ははははは、愉快愉快。
伯爵様とあろう者が形無しじゃないか」
「まったく、その通りだよ。
策もなく、意識もしてもらえず、八方塞がりとはまさにこのことだ」
「わははははは、愉しい酒だなぁ。
銚子の追加を頼まなくては」
「飲みすぎるなよ、白洲。
おまえが一番大きいから、介抱するにも骨が折れる」
「そんなこと黒須にさせたことはないだろう」
「ああ、いつも俺ばかりだ」
「三条院、万が一のときには頼むな」
白洲は大笑いをし、酒を追加した。
この二人に心配をかけているのはわかった。
ありがたかった。
深夜、屋敷に帰ってみると、キヨノさんはすでに就寝していた。
「旦那様にお話があったそうです」と中川に静かに言われたときには、黒須と白洲に悪態をつきそうになった。
「明日、お話されるそうです。
聞いて差し上げてください」
「ああ、わかった」
キヨノさんは私の邪魔にならないように、和室で寝ていた。
私は寂しく一人でベッドに入った。
0
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる