12 / 38
012. 苦手な季節のイヤな音(1)
しおりを挟む
イヤな音を聞いた。
世の中は風薫る5月。
俺はこの季節が1年の中で一番苦手。
新緑がきらきらしていて、服装もどんどん軽く明るくなる素敵な季節。
なのに、俺、ダメだ。
もう聞こえていないはずなのに、あの音をまた聞いた。気がした。
3年に進級し、あっと言う間のゴールデン・ウィーク。
藤堂はレネさんとべったり過ごすんだ、と、うきうきだった。
俺は気が乗らなくて、予定を全然入れなかった。
友達と会うことも、両親が無事に高校に入学した妹をじーちゃんばーちゃんに会わせるから田舎に行くのも、全部ぜんぶ断った。
この時期の俺がこうなのは、家族はよく知っているから、何も言わず俺のやりたいようにさせてくれた。
家でひとりでいたら、あの音を聞いたような気がした。
急に身体が冷える感覚。
俺はチャリキーを掴むと、外に出た。
とにかく自転車を漕ぐ。
ほら。
ほら大丈夫。
ほら動いてる。
ほら大丈夫。
ほら動いてる。
なにも考えず自転車を漕いでいたら、その道は「レークス」に行く道だった。
強気のレークスはゴールデン・ウィークに休む。
白いロールカーテンの下りたウィンドウ。
ドアには店休日のお知らせの爽やかな緑の貼り紙。
汗が額から頬を伝って落ちる。
「靖友くん?」
聞き慣れたハスキーボイス。
「どうしたの、靖友くん?」
動けない俺に心配そうに回り込んで顔を覗き込む美しいトラ。
「泣いてるの?」
汗ですよ。
「ね、靖友くん?」
泣いてませんてば。
ティグさんは大きく腕を広げると俺をぎゅっと抱きしめた。
「うっ」
声が漏れる。
音がね、ティグさん、聞こえたんだ。
あの聞きたくない音が、聞こえた気がしたんだ。
目を閉じるとなにかが頬を伝う。
泣いてないから。
汗だから。
音、聞こえていないから。
「靖友くん」
低く響く、名前を呼ぶ声。
ティグさんが大きな手で俺の顔を包むので、目を開ける。
心配そうな顔してる。
ごめん、ティグさん。
ごめ……
???
「な……???」
深い色の瞳が俺を見つめてる。
まばたきしたら、目に溜まっていた涙がこぼれる。
そうしたら、また。
ティグさんは顔を近づけて、ちゅっとキスをした。
え?
「……なんで??」
「靖友くんが泣き止まないから」
「でも」
「ほら、びっくりして止まっただろ」
「あ、うん、でも」
「まだしてほしい?」
そう聞きながら、ティグさんはまたリップ音を立てて俺にキスをした。
「強引」
「俺もレークスだからね」
大きなウィンクをして、ティグさんはまた。
それを何度繰り返したのか。
「靖友くん、おいで」
ティグさんは俺の肩を抱き、ティグさんの家へ入っていった。
世の中は風薫る5月。
俺はこの季節が1年の中で一番苦手。
新緑がきらきらしていて、服装もどんどん軽く明るくなる素敵な季節。
なのに、俺、ダメだ。
もう聞こえていないはずなのに、あの音をまた聞いた。気がした。
3年に進級し、あっと言う間のゴールデン・ウィーク。
藤堂はレネさんとべったり過ごすんだ、と、うきうきだった。
俺は気が乗らなくて、予定を全然入れなかった。
友達と会うことも、両親が無事に高校に入学した妹をじーちゃんばーちゃんに会わせるから田舎に行くのも、全部ぜんぶ断った。
この時期の俺がこうなのは、家族はよく知っているから、何も言わず俺のやりたいようにさせてくれた。
家でひとりでいたら、あの音を聞いたような気がした。
急に身体が冷える感覚。
俺はチャリキーを掴むと、外に出た。
とにかく自転車を漕ぐ。
ほら。
ほら大丈夫。
ほら動いてる。
ほら大丈夫。
ほら動いてる。
なにも考えず自転車を漕いでいたら、その道は「レークス」に行く道だった。
強気のレークスはゴールデン・ウィークに休む。
白いロールカーテンの下りたウィンドウ。
ドアには店休日のお知らせの爽やかな緑の貼り紙。
汗が額から頬を伝って落ちる。
「靖友くん?」
聞き慣れたハスキーボイス。
「どうしたの、靖友くん?」
動けない俺に心配そうに回り込んで顔を覗き込む美しいトラ。
「泣いてるの?」
汗ですよ。
「ね、靖友くん?」
泣いてませんてば。
ティグさんは大きく腕を広げると俺をぎゅっと抱きしめた。
「うっ」
声が漏れる。
音がね、ティグさん、聞こえたんだ。
あの聞きたくない音が、聞こえた気がしたんだ。
目を閉じるとなにかが頬を伝う。
泣いてないから。
汗だから。
音、聞こえていないから。
「靖友くん」
低く響く、名前を呼ぶ声。
ティグさんが大きな手で俺の顔を包むので、目を開ける。
心配そうな顔してる。
ごめん、ティグさん。
ごめ……
???
「な……???」
深い色の瞳が俺を見つめてる。
まばたきしたら、目に溜まっていた涙がこぼれる。
そうしたら、また。
ティグさんは顔を近づけて、ちゅっとキスをした。
え?
「……なんで??」
「靖友くんが泣き止まないから」
「でも」
「ほら、びっくりして止まっただろ」
「あ、うん、でも」
「まだしてほしい?」
そう聞きながら、ティグさんはまたリップ音を立てて俺にキスをした。
「強引」
「俺もレークスだからね」
大きなウィンクをして、ティグさんはまた。
それを何度繰り返したのか。
「靖友くん、おいで」
ティグさんは俺の肩を抱き、ティグさんの家へ入っていった。
0
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
空と傷
Kyrie
BL
南の大国メリニャの王都で薬師見習いをしているルーポは困った状況に陥り、手立てもなく泣いていた。そこに現れたのは元騎士のカヤだった。
*
専門的な知識がないので、ふんわりと読んでいただけるとありがたいです。
*
王道展開になると思います。
どこかで見たことあるような名称がちらちらします。
*
他サイトにも掲載。
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる