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033. 番外編 一人寝の贅沢
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久しぶりの一人でベッド。
この2か月近く感じていた、体温も匂いもベッドのへこみもちょっと狭い感じも自分を抱きしめてくれる腕もない。
寂しかったが、とても落ち着いた気持ちになってほっと息を吐いて、ティグは目を閉じた。
3月末から始まった恋人との共同生活は、まずまず順調だった。
会ってからさよならするときの寂しさを感じなくてもいい。
帰る時間を気にしなくていい。
気がついたら、視界に恋人がいる。
ティグは浮かれていた。
しかし、どこかちょっとずつ苦しくなっていった。
5月の連休も終わり、靖友も始まったばかりの大学生活のリズムに慣れていった。
大きな喧嘩もトラブルもなくここまできたのに。
今日、夕食後、靖友に言われたのだ。
「ティグさん、今日、俺、上で寝るわ」
なんで?
まず、そう思った。
靖友は怒っているふうでもない。
なのにどうしてそんなことを言い出すんだろう。
ティグの前の恋人はとても気性が激しく、ティグはどこか相手の機嫌を損なわないようにびくびくするようになっていた。
フォトグラファーだったその男は、日本にいない時間のほうが長いので何度かティグとの関係を終わらせようとしていた。
執着していたのはティグだった。
なので、できるだけその男に合わせようとしてきた。
「なんで、靖友くん?」
ティグの問いに答えず、靖友はティグを抱きしめ背伸びをして黒い鼻の頭にちゅっとキスをした。
「ね、ティグさんの寝袋を貸して」
そうして黒い瞳でティグを見つめた。
太めの眉とくっきりとした二重まぶたの下の濡れた黒々した目は綺麗だった。
がっしりとした鼻筋に、がばっと開く大きな口はにっと笑っていた。
「ティグさんはさぁ、今日、一人で寝たほうがいいよ。
気がついているでしょ、そろそろ限界なの」
まだ18歳の、自分のテリトリーの端っこに入ることを許してまだ数か月しか経っていない若い恋人になにがわかるというのだろう。
少しむっとしたティグの手を引いて靖友はソファに行くと並んで座った。
そして靖友はティグの頭をそっとなでた。
短い黄色と黒の毛を手ざわりを楽しみながら、靖友はなで続ける。
「ティグさんは『ひとりでいる時間』が必要な人でしょ」
ティグは首をかしげる。
「俺は比較的、そういうのなくても平気なんだけど、ティグさんには大事な時間じゃないの?
家には俺がいるし、仕事ではレネさんと一緒だし、本当にまるっとひとりになる時間って俺がここに来てからあまりなかったんじゃないかな」
確かにひとりっきりになる時間はほとんどなかった。
しかしそれは自分でそうしたいと思ってやったことだ。
「とーちゃんがそういう人でさ。
かーちゃんに教えてもらったんだ」
靖友は頭をなでる手を止め、その手を肩に回すとぎゅっと抱き寄せた。
「俺がここに来るのに、ティグさんに負担をかけたと思う。
荷物整理しているとき、ぼろぼろだったもん。
そのあと、大切な『ひとりの時間』もなくてさ」
肩の手に力が籠る。
そんなことを考えていたんだ。
ティグは靖友を横目でちらりと盗み見る。
喧嘩、とまではいかないが4月の連休前に靖友が上の自室に布団を持っていきたい、と言い出したことがあった。
それを不安に感じたティグは必要がない、と突っぱねて、そのときは靖友が折れた形になった。
あの頃からこういうことを考えていたのかもしれない。
「今夜は一人で過ごしてみて。
どうしても寂しくなったら上に来て、俺、そこにいるから。
ね、ティグさん」
「靖友くん」
「大好きだよ、ティグさん」
「俺も、靖友くん、大好き」
そんなやり取りがあってからの一人寝。
どこか安堵している自分にティグは苦笑した。
それからとろとろと眠りに入ると、ぐんぐん深くまで落ちていった。
熟睡した。
目が覚めたら完璧に近い状態になっていた。
まだ早かったので、この2か月おざなりになっていた手帳への書き込みをしてみた。
満たされた。
静かな一人の時間。
改めてこういう時間が必要だと言った靖友に感謝した。
ごそごそと音がしているのでキッチンに行ってみた。
靖友が煮干しで出汁を取っていた。
「おはよう、ティグさん!」
ティグは靖友に近づき、ぎゅうぎゅう抱きしめ、「おはよう、靖友くん」と言うとちゅっと朝のキスをした。
「眠れた?」
「うん。
靖友くんは?」
「寝袋に興奮したからちょっと遅くなったけど、寝た!」
2人はげらげら笑った。
そしてティグはぼそりと言った。
「熟睡したよ」
「そっか、よかった」
「でもちょっと寂しかった」
靖友の背中に回ったティグの手が切なそうに靖友の肩甲骨をなぞった。
「今日はいちゃいちゃしましょう!
味噌汁作ります!」
「なに、それ」
「ご飯はきちんと食べないと。
それから朝寝をしてもいいですよ。
今度は2人でベッド」
靖友がティグの半袖から出ている二の腕にちゅっとキスをした。
「そのあとえっちになだれ込むのも可」
「っ」
「昼食ってまたえっちして、夜食ってまたえっちして、今晩は一緒に寝ましょう」
「なに、それ」
「いちゃいちゃ週末スケジュールです。
明日は日曜日ですからね、リピも可!」
ティグが吹き出すと靖友も笑った。
「考えておいてください。
まずは朝ごはんだ。
卵も食べたいなぁ」
「うん、どうする?」
「卵焼き!」
「わかった、それは俺が作るよ」
「やった!ティグさんの卵焼き、うまいんだよなぁ。好き!」
2人は互いに顔を近づけ、短いキスを交わすと朝食の準備に取りかかった。
おしまい
この2か月近く感じていた、体温も匂いもベッドのへこみもちょっと狭い感じも自分を抱きしめてくれる腕もない。
寂しかったが、とても落ち着いた気持ちになってほっと息を吐いて、ティグは目を閉じた。
3月末から始まった恋人との共同生活は、まずまず順調だった。
会ってからさよならするときの寂しさを感じなくてもいい。
帰る時間を気にしなくていい。
気がついたら、視界に恋人がいる。
ティグは浮かれていた。
しかし、どこかちょっとずつ苦しくなっていった。
5月の連休も終わり、靖友も始まったばかりの大学生活のリズムに慣れていった。
大きな喧嘩もトラブルもなくここまできたのに。
今日、夕食後、靖友に言われたのだ。
「ティグさん、今日、俺、上で寝るわ」
なんで?
まず、そう思った。
靖友は怒っているふうでもない。
なのにどうしてそんなことを言い出すんだろう。
ティグの前の恋人はとても気性が激しく、ティグはどこか相手の機嫌を損なわないようにびくびくするようになっていた。
フォトグラファーだったその男は、日本にいない時間のほうが長いので何度かティグとの関係を終わらせようとしていた。
執着していたのはティグだった。
なので、できるだけその男に合わせようとしてきた。
「なんで、靖友くん?」
ティグの問いに答えず、靖友はティグを抱きしめ背伸びをして黒い鼻の頭にちゅっとキスをした。
「ね、ティグさんの寝袋を貸して」
そうして黒い瞳でティグを見つめた。
太めの眉とくっきりとした二重まぶたの下の濡れた黒々した目は綺麗だった。
がっしりとした鼻筋に、がばっと開く大きな口はにっと笑っていた。
「ティグさんはさぁ、今日、一人で寝たほうがいいよ。
気がついているでしょ、そろそろ限界なの」
まだ18歳の、自分のテリトリーの端っこに入ることを許してまだ数か月しか経っていない若い恋人になにがわかるというのだろう。
少しむっとしたティグの手を引いて靖友はソファに行くと並んで座った。
そして靖友はティグの頭をそっとなでた。
短い黄色と黒の毛を手ざわりを楽しみながら、靖友はなで続ける。
「ティグさんは『ひとりでいる時間』が必要な人でしょ」
ティグは首をかしげる。
「俺は比較的、そういうのなくても平気なんだけど、ティグさんには大事な時間じゃないの?
家には俺がいるし、仕事ではレネさんと一緒だし、本当にまるっとひとりになる時間って俺がここに来てからあまりなかったんじゃないかな」
確かにひとりっきりになる時間はほとんどなかった。
しかしそれは自分でそうしたいと思ってやったことだ。
「とーちゃんがそういう人でさ。
かーちゃんに教えてもらったんだ」
靖友は頭をなでる手を止め、その手を肩に回すとぎゅっと抱き寄せた。
「俺がここに来るのに、ティグさんに負担をかけたと思う。
荷物整理しているとき、ぼろぼろだったもん。
そのあと、大切な『ひとりの時間』もなくてさ」
肩の手に力が籠る。
そんなことを考えていたんだ。
ティグは靖友を横目でちらりと盗み見る。
喧嘩、とまではいかないが4月の連休前に靖友が上の自室に布団を持っていきたい、と言い出したことがあった。
それを不安に感じたティグは必要がない、と突っぱねて、そのときは靖友が折れた形になった。
あの頃からこういうことを考えていたのかもしれない。
「今夜は一人で過ごしてみて。
どうしても寂しくなったら上に来て、俺、そこにいるから。
ね、ティグさん」
「靖友くん」
「大好きだよ、ティグさん」
「俺も、靖友くん、大好き」
そんなやり取りがあってからの一人寝。
どこか安堵している自分にティグは苦笑した。
それからとろとろと眠りに入ると、ぐんぐん深くまで落ちていった。
熟睡した。
目が覚めたら完璧に近い状態になっていた。
まだ早かったので、この2か月おざなりになっていた手帳への書き込みをしてみた。
満たされた。
静かな一人の時間。
改めてこういう時間が必要だと言った靖友に感謝した。
ごそごそと音がしているのでキッチンに行ってみた。
靖友が煮干しで出汁を取っていた。
「おはよう、ティグさん!」
ティグは靖友に近づき、ぎゅうぎゅう抱きしめ、「おはよう、靖友くん」と言うとちゅっと朝のキスをした。
「眠れた?」
「うん。
靖友くんは?」
「寝袋に興奮したからちょっと遅くなったけど、寝た!」
2人はげらげら笑った。
そしてティグはぼそりと言った。
「熟睡したよ」
「そっか、よかった」
「でもちょっと寂しかった」
靖友の背中に回ったティグの手が切なそうに靖友の肩甲骨をなぞった。
「今日はいちゃいちゃしましょう!
味噌汁作ります!」
「なに、それ」
「ご飯はきちんと食べないと。
それから朝寝をしてもいいですよ。
今度は2人でベッド」
靖友がティグの半袖から出ている二の腕にちゅっとキスをした。
「そのあとえっちになだれ込むのも可」
「っ」
「昼食ってまたえっちして、夜食ってまたえっちして、今晩は一緒に寝ましょう」
「なに、それ」
「いちゃいちゃ週末スケジュールです。
明日は日曜日ですからね、リピも可!」
ティグが吹き出すと靖友も笑った。
「考えておいてください。
まずは朝ごはんだ。
卵も食べたいなぁ」
「うん、どうする?」
「卵焼き!」
「わかった、それは俺が作るよ」
「やった!ティグさんの卵焼き、うまいんだよなぁ。好き!」
2人は互いに顔を近づけ、短いキスを交わすと朝食の準備に取りかかった。
おしまい
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