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第4話 ドリンキ
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エミュは威嚇音をずっと出していたが、ザムエルとダイスを大きな金の目に映すと小さく「ミギュゥ」と鳴いた。
「痛むだろうが……羽の下を見る…ぞ」
ザムエルは声を途切れさせながらも、できるだけエミュを興奮させないように穏やかに言った。
エミュの羽のつけ根の羽毛に近づくとエミュは暴れた。
「エミュ……、おまえ、ブリスベリーを食べたんだったな……」
「そうです」
口の周りをブリスベリーの果汁で赤くして森の中からエミュが出てきたのを思い出し、ダイスが答えた。
「…ダイス、俺の嚢から火起こし器とナイフを……」
ダイスがザムエルを座らせ、腰のベルトに固定してあったザムエルの嚢を開くと濡れないように油紙で包まれた火起こし器と小さなナイフ、軟膏や丸薬などが入っていた。
ダイスははっとなった。
それはダイスも似たようなものをいつもなら携帯している。
しかし今回は「湖に水浴びに行くだけだから」と甘く考え、そういったものを一切持ってきていなかった。
「火を起こします」
「……ぁぁ」
火起こしは何度もしたことがあった。
しかし手が震え、いつもならすぐに火が起きるのに時間がかかってしまった。
ザムエルもエミュも我慢強く待った。
ダイスは日ごろの訓練の意味を知った。
緊急時に考えなくても体が動くようにしておかなければ。
やっと小さな火を起こすと、ザムエルがナイフを手にしエミュのそばに行こうとした。
「エミュ、ダイス」
「はい」
「おそらくエミュはドリンキに食いつかれている」
「ドリンキ?」
「まずはそいつの体を切り落とす。
頭は無理に引っ張るとエミュの肉もごっそり持っていかれる」
「そんな」
「残った頭は焼く」
「え」
「ダイス…、エミュ…」
ザムエルは肩で大きく息をした。
「放っておくとそこから腐っていく。
エミュ、火は怖いだろうが俺を信じてくれ。
助けてやる」
「ギュゥゥゥゥ」
エミュは情けない声を上げた。
「やるぞ」
ザムエルがふらつきながらも立ち上がり、エミュの羽毛の中を探した。
すぐにドラゴンの血を吸ってぶくぶくになった毒々しい緑のドリンキが見つかった。
手足はなく頭と胴の境目もよくわからないが子どもの腕ほどの太さに、ダイスは顔を引きつらせた。
「またでけぇのに捕まっちまったな。
すぐに楽にしてやるから…な」
ザムエルはドリンキの「解体の目」を見つけ、体を切り落とした。
頭だけになったドリンキはまだエミュの体に黒く大きな牙を突き立てて血を吸っていた。
「ダイス、火を」
「はい」
言われていたとおり、枝に移した火をダイスはザムエルに渡した。
ザムエルはエミュを焼かないように細心の注意をしながら、どろどろと緑の体液を流すドリンキの頭の切り口に火を押し付けた。
「ギャアアギャアアッ」
「動くなっ」
「エミュっ、エミュっ。落ち着いて」
気を付けても羽毛が焦げる嫌な臭いがした。
エミュはパニックになりそうだが、ダイスが必死になだめた。
「動いたら火傷をしてしまう。
ザムエルさんも傷つけてしまう。
エミュ、我慢だ、エミュ」
「ギュウウウウウギュウウウウウウ」
「エミューーーっ」
しつこかったがようやくドリンキの頭がエミュの体から離れ、地面に転がった。
「よく耐えたな……」
そう言い終えると、今度はザムエルが倒れた。
「ザムエルさんっ」
「耳元で騒ぐ…な」
「熱っ。ザムエルさん、熱が」
ダイスがザムエルを抱き起すと、その体がひどく熱くて思わず叫んでしまった。
ザムエルはダイスに、嚢の軟膏をエミュに塗ること、救援花火は誰かが近くまで来てから打ち上げることを伝えた。
「……あとは…竜騎士様に…お任せ…だ」
そう言うと、ザムエルは意識を失ってしまった。
残されたダイスはひどく動揺したが、今動けるのは自分しかいないと思い直し、冷静になろうと努めた。
ザムエルの火起こし器とナイフがあるのは心強かった。
まずはザムエルに言われたように、エミュがドリンキに噛まれていたところに軟膏を塗った。
傷跡を見ると深くまで牙が入っていたのがわかった。
それからけがをしていないほうのエミュの羽の下にザムエルを寝かした。
寒いと震えるザムエルにはエミュの羽毛がいいだろうと思ったからだ。
それに森の中だ。
ほぼ丸腰の人間はモンスターにとって格好のエサだ。
しかしモンスターはドラゴンを恐れる。
ダイスは火が絶えないようにしながら、時々ザムエルを抱きしめながら眠った。
それ以外、なすすべがなかった。
ザムエルの乾いた唇を潤す水でさえ、確保することができなかった。
三日三晩そうやって過ごし、四日目の朝、ダイスは上空に呼子笛を鳴らしながら飛ぶワイバーンの姿を木々の間からちらりと見た。
今だ。
ダイスは救援花火を上げた。
救出されたザムエルはけがと衰弱がひどく、森の砦では埒が上がらないと大きな街の医者に診せるため別の竜騎士が慎重に運んだ。
エミュはザムエルの軟膏が効いたのか、短い飛行ができそうだったので森の砦まで飛び、ダイスは馬車で森の砦まで運ばれた。
生きていたことは喜ばれたが、森の砦の長モススと解体屋の長に経緯を話すとひどく怒られた。
特に解体屋の長からは「竜騎士とあろう者がドリンキも知らないとは」と猛烈に怒られた。
あとで竜騎士の先輩からも同様に怒られた。
しばらくはエミュもダイスも療養するしかなかった。
ザムエルのことが知りたかったが、誰も何も教えてはくれなかった。
***
療養を経てダイスとエミュは都に戻った。
随分して、風の噂でザムエルも都に戻ってきたと聞いた。
しかしダイスとエミュは都から近いとはいえ、山の中で訓練をしてるのでそう簡単に都の中心を訪れることはできなかった。
それでも一言礼が言いたくて、ダイスは機会を狙い、都へ下りてきた。
モンスターの解体の仕事がないときには、市場の肉屋を手伝っている、と聞き、そこへ行ってみた。
いたのは何でも屋のザジだった。
「いやぁ、ダイスの旦那じゃないですか。その後、お元気で?」と調子のいい挨拶から始まり、ザムエルはインペゲ解体で名が知れ、ギルドを通して討伐隊に同行することが増えたとザジはべらべらと話した。
「それで肉屋の人手が足りない、ってんで、俺がここにいるわけなんですよ。
いやあ、都はやはり違うねぇ」
ひとしきりザジのおしゃべりに付き合い、一番聞きたかった「いつザムエルが都に戻るのか」については「俺が知るわけないじゃないですか」で終わってしまった。
がっかりしてザムエルは山の中の訓練所に戻るしかなかった。
***
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いつになったらキュンとかギュンとかするの? / ワイバーンの背中 第4話
https://etocoria.blogspot.com/2021/11/wyvern-04.html
「痛むだろうが……羽の下を見る…ぞ」
ザムエルは声を途切れさせながらも、できるだけエミュを興奮させないように穏やかに言った。
エミュの羽のつけ根の羽毛に近づくとエミュは暴れた。
「エミュ……、おまえ、ブリスベリーを食べたんだったな……」
「そうです」
口の周りをブリスベリーの果汁で赤くして森の中からエミュが出てきたのを思い出し、ダイスが答えた。
「…ダイス、俺の嚢から火起こし器とナイフを……」
ダイスがザムエルを座らせ、腰のベルトに固定してあったザムエルの嚢を開くと濡れないように油紙で包まれた火起こし器と小さなナイフ、軟膏や丸薬などが入っていた。
ダイスははっとなった。
それはダイスも似たようなものをいつもなら携帯している。
しかし今回は「湖に水浴びに行くだけだから」と甘く考え、そういったものを一切持ってきていなかった。
「火を起こします」
「……ぁぁ」
火起こしは何度もしたことがあった。
しかし手が震え、いつもならすぐに火が起きるのに時間がかかってしまった。
ザムエルもエミュも我慢強く待った。
ダイスは日ごろの訓練の意味を知った。
緊急時に考えなくても体が動くようにしておかなければ。
やっと小さな火を起こすと、ザムエルがナイフを手にしエミュのそばに行こうとした。
「エミュ、ダイス」
「はい」
「おそらくエミュはドリンキに食いつかれている」
「ドリンキ?」
「まずはそいつの体を切り落とす。
頭は無理に引っ張るとエミュの肉もごっそり持っていかれる」
「そんな」
「残った頭は焼く」
「え」
「ダイス…、エミュ…」
ザムエルは肩で大きく息をした。
「放っておくとそこから腐っていく。
エミュ、火は怖いだろうが俺を信じてくれ。
助けてやる」
「ギュゥゥゥゥ」
エミュは情けない声を上げた。
「やるぞ」
ザムエルがふらつきながらも立ち上がり、エミュの羽毛の中を探した。
すぐにドラゴンの血を吸ってぶくぶくになった毒々しい緑のドリンキが見つかった。
手足はなく頭と胴の境目もよくわからないが子どもの腕ほどの太さに、ダイスは顔を引きつらせた。
「またでけぇのに捕まっちまったな。
すぐに楽にしてやるから…な」
ザムエルはドリンキの「解体の目」を見つけ、体を切り落とした。
頭だけになったドリンキはまだエミュの体に黒く大きな牙を突き立てて血を吸っていた。
「ダイス、火を」
「はい」
言われていたとおり、枝に移した火をダイスはザムエルに渡した。
ザムエルはエミュを焼かないように細心の注意をしながら、どろどろと緑の体液を流すドリンキの頭の切り口に火を押し付けた。
「ギャアアギャアアッ」
「動くなっ」
「エミュっ、エミュっ。落ち着いて」
気を付けても羽毛が焦げる嫌な臭いがした。
エミュはパニックになりそうだが、ダイスが必死になだめた。
「動いたら火傷をしてしまう。
ザムエルさんも傷つけてしまう。
エミュ、我慢だ、エミュ」
「ギュウウウウウギュウウウウウウ」
「エミューーーっ」
しつこかったがようやくドリンキの頭がエミュの体から離れ、地面に転がった。
「よく耐えたな……」
そう言い終えると、今度はザムエルが倒れた。
「ザムエルさんっ」
「耳元で騒ぐ…な」
「熱っ。ザムエルさん、熱が」
ダイスがザムエルを抱き起すと、その体がひどく熱くて思わず叫んでしまった。
ザムエルはダイスに、嚢の軟膏をエミュに塗ること、救援花火は誰かが近くまで来てから打ち上げることを伝えた。
「……あとは…竜騎士様に…お任せ…だ」
そう言うと、ザムエルは意識を失ってしまった。
残されたダイスはひどく動揺したが、今動けるのは自分しかいないと思い直し、冷静になろうと努めた。
ザムエルの火起こし器とナイフがあるのは心強かった。
まずはザムエルに言われたように、エミュがドリンキに噛まれていたところに軟膏を塗った。
傷跡を見ると深くまで牙が入っていたのがわかった。
それからけがをしていないほうのエミュの羽の下にザムエルを寝かした。
寒いと震えるザムエルにはエミュの羽毛がいいだろうと思ったからだ。
それに森の中だ。
ほぼ丸腰の人間はモンスターにとって格好のエサだ。
しかしモンスターはドラゴンを恐れる。
ダイスは火が絶えないようにしながら、時々ザムエルを抱きしめながら眠った。
それ以外、なすすべがなかった。
ザムエルの乾いた唇を潤す水でさえ、確保することができなかった。
三日三晩そうやって過ごし、四日目の朝、ダイスは上空に呼子笛を鳴らしながら飛ぶワイバーンの姿を木々の間からちらりと見た。
今だ。
ダイスは救援花火を上げた。
救出されたザムエルはけがと衰弱がひどく、森の砦では埒が上がらないと大きな街の医者に診せるため別の竜騎士が慎重に運んだ。
エミュはザムエルの軟膏が効いたのか、短い飛行ができそうだったので森の砦まで飛び、ダイスは馬車で森の砦まで運ばれた。
生きていたことは喜ばれたが、森の砦の長モススと解体屋の長に経緯を話すとひどく怒られた。
特に解体屋の長からは「竜騎士とあろう者がドリンキも知らないとは」と猛烈に怒られた。
あとで竜騎士の先輩からも同様に怒られた。
しばらくはエミュもダイスも療養するしかなかった。
ザムエルのことが知りたかったが、誰も何も教えてはくれなかった。
***
療養を経てダイスとエミュは都に戻った。
随分して、風の噂でザムエルも都に戻ってきたと聞いた。
しかしダイスとエミュは都から近いとはいえ、山の中で訓練をしてるのでそう簡単に都の中心を訪れることはできなかった。
それでも一言礼が言いたくて、ダイスは機会を狙い、都へ下りてきた。
モンスターの解体の仕事がないときには、市場の肉屋を手伝っている、と聞き、そこへ行ってみた。
いたのは何でも屋のザジだった。
「いやぁ、ダイスの旦那じゃないですか。その後、お元気で?」と調子のいい挨拶から始まり、ザムエルはインペゲ解体で名が知れ、ギルドを通して討伐隊に同行することが増えたとザジはべらべらと話した。
「それで肉屋の人手が足りない、ってんで、俺がここにいるわけなんですよ。
いやあ、都はやはり違うねぇ」
ひとしきりザジのおしゃべりに付き合い、一番聞きたかった「いつザムエルが都に戻るのか」については「俺が知るわけないじゃないですか」で終わってしまった。
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