騎士が花嫁

Kyrie

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番外編 騎士が花嫁こぼれ話

55. あなたの好きなところ(2)

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……う。
気持ちわる…

強烈な吐き気と胸焼けと頭痛で目が覚める。

あ…れ…?

いつもより明るい。
今、何時だ…?

普段なら俺が起きてこないとジュリさんが優しく「リノ、朝だ」とキスをしながら起こしてくれるのに、それもなかった。
ぐわんぐわんするのとこみ上げてくる何かをどうにかしながら、服を着替え寝室から出る。
そこには出かける支度のすっかり整った騎士ジュリアス様がいた。

はぁ、カッコい…っぷ。
だめだ、すんごい気持ち悪い。

ジュリさんは「行ってくる」と言うと紺色のマントを翻して、出ていった。
俺は「いってらっしゃい」の一言さえ言えずにいた。



テーブルにはいつものパンやソーセージはなく、冷たい水と熱々のカモミールティー、そして緑の細長いぶどうが置かれていた。
ありがとう、ジュリさん!

まず、水をごくごくと飲む。
二日酔いにはまず水。
あー、うまい…
少しましになる。

ちょっとして温かいカモミールティーをすすり、水気たっぷりのぶどうを二、三粒つまむ。

はぁ、俺が二日酔いでいつものご飯が食べられないとわかって、食べられそうなものを用意してくれたんだ。
ジュリさん、ありがとう。
本当に、好き。

でも…でも…………、やっぱ気持ち悪い……







俺は吐き気と頭痛とだるさを抱えながら、ユエ先生のところに行った。
午前中、俺はクラディウス様の屋敷内のユエ先生の診療所で書類整理をした。
先生は街の診療所に行かれている。
昼過ぎ、ミウさんがわざわざここまで俺を訪ねてきてくれた。

「ミウさん!」

「よう、おまえ、昨日大丈夫だったか?」

ミウさんはザクア伯爵様のところで働いていたときの先輩で、ペリヌさんの下で一緒に働いていた。
俺より2年早く伯爵様のところで働き始めていたので、仕事のコツや手抜きの仕方などいろいろ教えてくれた人だ。

「う…、ひどい二日酔いですよ」

「だろうな。
あれだけ飲めば」

「今日もここに来たらユエ先生に『酒臭い!』と叱られて、一緒に街の診療所についていくことは許されませんでした。」

「まだ臭うぞ」

「え、ほんと?
まいったなぁ」

「早いうちからペリヌさんと一緒におまえに水を飲まそうとしたけど、全然飲まないんだから。
あのときジュリアス様が来てくださらなかったら、どうなることかと思った」

あ、そうか。
俺、酔いつぶれてジュリさんが迎えに来てくれたんだ。

「ジュリアス様だとおまえ、水飲むのな」

「あ…いや…、いろいろ迷惑かけてすみません」

「まぁ、これぐらい動けてるんだったらよかった。
他のみんなも心配で、俺が代表で様子を見にきたわけ」

昨日、ジュリさんは夜の勤務だったので、仕事帰りにザクア伯爵様のところで働いているみんなが海猫亭に飲みにいくのに出くわして誘われると、すぐに「行く!」と返事をした。
懐かしかったし、みんながジュリさんとのこともよく知っているから、「今の俺たちはちゃんとやっています!」ということが伝えたかった。
なのにかえって心配かけちゃったな。

「これ、ケーティさんから二日酔いの煎じ薬。
すんごい臭いだけど、効き目が確かなのは俺が保証する」

「ミウさんも飲んだんですか?」

「まぁな、飲みたいしヤりたい年頃だろ、俺たち」

「ああ、まぁ…」

「一応、元気そうなリノを見て安心したよ。
他のみんなにも伝えておく」

「わざわざすみません。
今度、お礼に行かなくちゃ」

「ジュリアス様と来いよ。
女連中が恋しがっていた」

「ふふふ、わかりました」

昼休みに抜けて俺の様子を見にきたミウさんは、伯爵様のところにいたときと同じように俺の髪をくしゃっとつかむと「じゃ」っと言って帰っていった。
走っていくミウさんの後ろ姿を見送りながら、俺はじーんとしていた。
もう伯爵様のところを出て何年か経つけど、こうやって気にかけてもらっているのがたまらなく嬉しかった。
今度、焼き菓子かなにかを持って訪ねてみよう。
ジュリさんと休みを合わせて。






午後三時も近くなった頃、ユエ先生が街から戻ってこられた。

「ちょーーーーーと、リノーーーーーーーーっ!
あれ、どういうことなのっ?」

へっ?!
途中で出会ったというインティアも一緒で、来るなりすんげー怒鳴られた。

「なにがっ!」

俺も負けずに怒鳴り返す。

「ジュリアスのことだよっ!
あのうなじの痕はなにっ?!」

「うなじ?」

「今朝、ディーの迎えに来たジュリアスのうなじにすっごい痕の大量のキスマークと噛みあとがあったの!
ジュリアス、それに気づかずにうちまで来たみたいで、ディーと僕で大慌てになってさ」

なにそれ…?

「髪も結んでいたから、多分、うちに来るまで他の人に派手なあの痕を見られているはずだよ。
髪を下しても隠しようがないし、見えるとすんごいえっちな感じになるから仕方なく包帯を巻いたんだけどさ」

ほ、包帯?!

「目立つのなんのって!」

「そのあと、全然仕事になりませんでした」

叫ぶインティアのあとを引き継ぐように、ユエ先生が怒りをこらえた様子で話し始めた。
なにそれ怖い。

「なにを怒っていらしたのかはわかりませんが、目の縁を真っ赤にして怒っているのに色気が増量していまして。
誰もなにも問えるような状況ではありませんでした。
しかし意味深な包帯の憶測も相まって、気にした騎士たちの仕事のミス続出。
訓練も伝達も進まない、と冷静さを買われて私も街の診療所に行くこともできず王宮の詰所に駆り出される始末」

は?

「しかし、この私でもあれは苦しいものでした。
熱に熟れたような目をしてなにか色香が漏れ出ているジュリアスに対して、冷静になれというのは無理、というくらい凶悪でした。
なにがあったんですか?
クラディウスが頭を抱えて、仕事にならない、と今日はもうジュリアスを帰してしまいました」

「お、俺、なにもしてな……あ…」

「思い当たる節がおありのようですね、リノ」

「なにやったんだよ!」

「いや、なにもしてないっていうか…」

ほんとになにもしてないんだよ。
ぼんやりしていた記憶がざーっと蘇る。

そうだ、なにもしなかったんだ、ジュリさんの背中で欲情して「欲しい、抱きたい」と言って、反応しているジュリさんを煽るだけ煽って、俺、そのまんま寝ちゃったんだ…

「ユエ先生、リノの顔が真っ青!」

「知りませんよ。
今日の仕事はきっちりやってもらいますからね。
第一、仕事に来るのに酒の臭いをぷんぷんさせて来るだなんて。
それも街の診療所に行く日にですよ」

「それはだめだ」

ユエ先生とインティアの会話が遠く聞こえる。

お、怒ってる?
ジュリさん、怒ってる?
ねぇ、怒ってる?

「で、なにがあったの、リノ?」

すんごい勢いで迫る壮絶に綺麗な天使のインティアと、眼鏡の奥から冷たい冷たい視線で貫くように見るユエ先生に負けて、俺は昨日のことをかいつまんで話す。

「さいっっっっっっっってーーーーーーーーー!!」

「そんなに叫ぶなよ、インティア!
耳が痛いじゃん!」

「リノ、サイテーーーー!!!」

「いや、だって」

「最低じゃなかったらなんだと言うんですか、リノ?」

「あ、いやその…」

「仕事、きっちりしていただきましょうか」

「…あ、はい」

「インティア、あなたも今夜は大変かもしれませんよ。
クラディウスへの影響も大きいですからね。
部下のミスを補うのに必死でした」

「わっ、それは大変だ!
今日は甘やかしてあげなくちゃ」

「っていうか、騎士様がそんなにぐらぐらで大丈夫なんでしょうか?」

ふと感じた疑問を口にして、すぐに後悔した。
二人の目が怖いです。

どこまでが本当かわからないけど、ジュリさんの大荒れと色気で大変だった、ということらしい。

「どうしよう、俺」

「自分で考えなさい」

「ジュリアスの機嫌の取り方なんて知らないよ、僕」

うっわあああああああああああ!
ほんとにほんとにどうしようぅぅぅぅぅっっっ!!!















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