騎士が花嫁

Kyrie

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本編

15. 花街のインティア(1) - リノ

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今日の俺はこれまでよりちょっとちが~~うぅぅぅ♪

なんて鼻歌が出そうなくらいご機嫌だぜ、俺様!
今朝なんて、「いってきますのチュウ」なんてものを、初めてジュリアス様としたし!

ドアの前で足枷の鍵をかけ、立ち上がったときになんとなくきゅんとして、ぴょんと飛び跳ねて(これ、カッコ悪い!早く背が伸びないかなぁ)ジュリアス様の首にかじりつき「チュッ」とやっちゃったんだあ。

なんだか、シャツを買ってもらった嬉しさ余ってキスをしてしまってから、止まらない。
気がついたらジュリアス様にキスしたくてたまらない。
あんまり頻繁にするとジュリアス様に嫌われないか心配で抑えているけど、それでも全部は抑えきれなくて唇を求めてしまう。
今のところ、ジュリアス様も拒否はしない。
でも、したくないのに我慢していたらどうしよう。
だって、滅多にジュリアス様からキスしてくれないから…

いやいやいやいやいや。
ジュリアス様、嫌そうな顔してないし!
今、仕事中だし!
しっかり働いてジュリアス様に「お土産」をするんだもんね!


ジュリアス様について字の勉強を始め、少しずつ読めるようになったので、紙を持ってお使いすることも増えてきた。
やっぱり、17歳。
下っ端の仕事が多くて、お使いもその一つ。
経験がなくちゃ上に行けない。

今日のお使いは、ザクア伯爵様のお庭に建てる東屋の細工の細かい部品と、大工の棟梁さんが使う道具の特別な部品。
特別過ぎて書いてもらわないとわからなかった。
大工専門の金物屋さんに行って、必要なものを買って通りに出た。
こっちの道のほうが近道かな。
俺は細い路地に入っていった。





「先週の休みには見せつけてくれらじゃないか、え、名誉な男さんよお」

まずい。
俺、浮かれぱなしで忘れていたけど、ジュリアス様との買い物のことは街中でちょっとした話題になっていたんだった。
あのあと街に行ったけど割と好意的な目で見られていたから安心してた。

もうちょっとで細い路地から大きな通りに出る、というところで中年の男に絡まれた。
肩を掴まれ、建物の壁にぐりぐりと押さえつけられる。
やめてくれよ、シャツが汚れちゃう!

左肩が痛い。
男の酒臭い息がかかる。
気持ち悪い。
両腕に抱えた部品の入った布袋は守らなくちゃ。
特に道具の部品はこれが最後で、次はいつ入荷するかわからないと言われたし。

「まだ懲りないのな、おまえ。
スラークの奴に媚を売ってよぉ。
痛めつけたって、なんならヤっちまってもいいぐらいなのに」

男はぐっと顔を近づける。
なんとかして逃げる隙がないかな…
殴られたら、またジュリアス様に心配をかけてしまうし。

「ぐっっ」

俺の反応が気に入らないらしく、一発腹を殴られた。
み、みぞおちかよ…

北のスラーク王国との戦いは長く、勝ったメリニャも無傷じゃいられない。
職を失ったり戦争に行って亡くなったり怪我をしたりした人だってたくさんいる。
俺はもっと前の西の国との戦いで両親を失った。
だからスラークを憎んでいる人も多いし、差別する人もいるし、スラークの人を見ると殴りたくなる人もたくさんいる。

でも、俺はジュリアス様の夫であの人を守りたいし、自由にして差し上げたい。
黙って殴られているわけにはいかないけれど、こいつ、酔って尋常じゃない目をしている。
こういうヤツはヘタに動くとヤバいんだ。

で、腹が痛い…

立っていられなくて壁づたいにずるずるとしゃがみそうになる俺のシャツの襟をつかみ、男は濁った目で俺を見た。

「これが噂のシャツかぁ?
俺はこのシャツ1枚しか持ってないってぇのに、2枚も買うだなんて金持ちだね、旦那」

「…やめ…」

このシャツだけは手を出させたくない。

「もう1枚あるから、こっちはどうなってもいいよなぁ」

男はシャツを両手に持って左右に引っ張った。
ボタンがいくつかはじけ飛ぶ。

「やめろっ!」

頭に血が上る。
やめろやめろやめろ!
俺のシャツ!
ジュリアス様に!

途端に暴れ出した俺に驚いた男は、忌々しそうにもう1度腹を殴った。

「ぐぇっ」

息ができない。
涙がにじむ。
くらくらする。
力、入らない…

男は静かになった俺に満足したのか、シャツを破ろうと力を込める。

やめてやめてやめて!

しかし、俺に力が入らない。
もう、やめろっ!


「もし、そこの方」

男の背中で見えないが、誰かが立って話しかけている。
優しく穏やかな声だ。

「こちらの御仁に我が主人が用がありますので、お連れしますね」

「あんっ?邪魔するなっ」

わたくしの主、インティア様がご所望なのですよ」

上品な物腰のおじさんが男と俺の間にするりと入ると、俺の肩を半分抱くようにして男の力から助け出してくれた。

「おいっ、オレはまだそいつと話が終わっていねぇっ!」

「花街のアルティシモが主人の館です。後で訪ねてきてください」

男の大声も乱暴も何食わぬ顔をしておじさんは俺を守りながら大通りに連れ出してくれ、そこに停まっていた馬車に俺を押し込めると御者に何かを言い、馬車が走り出した。

「へぇ、君が『名誉な男』かぁ」

俺は腹が痛くてうずくまり、座席にうまく座れないでいると、奥から明るい軽快な声がした。
綺麗な子がいた。
ほっそりとした身体に薄い布の服を着て、丸くてネコのようにツンと吊り上がった目が印象的だった。

「お腹殴られてるの?大丈夫?」

俺が黙って腹を抱え、苦しそうに息をしているのを見て言った。
男の子だ、こいつ。

「ねぇ、ラバグルト、間に合わなかったの?」

「申し訳ありません」

さっきのおじさんが綺麗な動きで頭を下げた。

「もう、無傷がよかったのに。
着いたらすぐに僕の部屋に通して。
僕が手当をする」

「いえ、インティア様の手を煩わせるようなことは」

「いいの、僕がやりたいんだから!
それより、『名誉な男』を座らせてやって」

綺麗な子の命令で、おじさんが狭い馬車の中で俺を抱きかかえるようにして座席に座らせてくれた。

馬車がどこに進んでいるのかわからない。
お使いの部品が入った布袋から鈍い金属の音がした。
多分壊れていない。

ジュリアス様のシャツは…
ボタンが飛んだけど、破れてはないはず…
そう願いたい。

殴られた腹が痛い。









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