騎士が花嫁

Kyrie

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本編

11. 食後の話 - ジュリアス

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毎晩、走ってくる足音が聞こえる。

「ただいま帰りました!」

リノは勢いよくドアを開ける。
まだ息が上がったままなのに、「1秒でも早く外したいんです」と俺の足元に跪き、足枷の鍵を外す。
そして必ず、擦れて傷になっていないかどうか、足を丹念に調べる。
傷がないことを確認するとほっとして、ようやく肩の力を抜くのだ。

「あれ?赤い花だ。
ジュリさんが活けたんですか?」

「カーティさんに勧められて。
いかがですか?」

洗濯場での会話以降、花を活けようとしたが花には疎くて困っていたら、今日、カーティさんが「これを活けな」と赤い花を一輪持ってきてくれた。

「綺麗ですね。ありがとうございます」

リノは嬉しそうに言ったので、おそらく気に入ったのだろう。
なかなか細かいことに気がつくヤツだな。

俺はリノを促し椅子に座らせると、夕食の用意をした。
大雑把な俺の料理でも、リノは毎回「おいしい!」と満足そうな顔で言う。
それを見ると、こちらも悪い気はしない。
今夜も「うまい!」とわしわしと食べている。
俺も自分の食事をしていたが、不意にリノが手を止めた。

「あの、ジュリさん」

「はい」

「今夜は勉強をせずに、お話がしたいです。いいですか?」

何事だろう?
たまにリノは小さなことでも思い詰めることがあるので、しっかり時間をかけて聞いてやることが大事だ。

「はい、わかりました。なにか飲み物を準備しましょう」

俺はさりげなくアルコールをほのめかしてみたが、リノは熱めのカモミールティーがいい、と言った。
俺は了承し、食後の片づけをしながら湯を沸かし直し、熱々のカモミールティーを淹れ、リノの前に出してやった。
リノはふぅふぅと息を吹きかけて、冷ますと器に口をつけ、一口飲むと満足そうに目を細めた。

「あのね、ジュリさん」

俺も椅子に座って、テーブルの向かいにいるリノを見た。

「俺、もしかしたらちょっと間違っていたのかもしれない、って思って」

よくわからないが、言葉が続くのを待った。

「俺、ジュリさんに自由にいてほしいんです。
せめてこのうちの中だけでものびのびしていてほしくて」

だから自分が家にいるときは足枷を外しているんだろう?
最近、ますます監視が緩くなったとはいえ、あまり外に漏れないほうがいい。

「あの、言葉づかい、それじゃないでしょう?」

上目遣いでリノが俺を見る。
あえて、「新妻らしく」言葉遣いを変えたのは初夜の時からだった。
あのときはからかい半分もあったが、最初は自虐的な意味や表面上だけでも「従順な妻」を演じるためだった。
少しでも「危険のない人物」として認識されたい。
いざというときのために、相手の隙を作りたい。

「これでは、だめでしょうか?」

「だめ、というより、無理にそんなふうに話していらっしゃるのなら、俺、いやだなぁ、と思って。
ジュリさんのほうが年上だし、騎士様だし、なんだか不自然なしゃべり方だし…えーっと…」

「私が納得して、私の意思ならばいい?」

俺はリノを見た。
リノは戸惑った様子だった。

そう、「最初は」だった。
自分の置かれた立場を忘れないためにも。
「リノの嫁」として振舞うことを忘れないために。

「ジュリさんがそういうふうにしゃべりたい、ってこと?」

俺はうなづいた。

ピニャータ王の馬鹿馬鹿しい思いつきに嫌気がさしていたが、それでもリノの懸命な純真さに救われていた。
どうしてそこまでするのか未だにわからないが、俺に対するリノの精一杯の献身は身に沁みた。

一度、リノに片膝をついて接したことがある。
本人は気づいていないだろうが、略式ではあったが騎士の忠誠を誓うときにするものだ。
本来なら手を取り、甲に口づけをして誓う。
まさかそれをするわけにはいかないのでしなかったが、気持ちの上ではそうしていた。
リノは俺を守りたいらしい。
俺もリノを守りたい。
誰かを守りたい、とこんなにも強く思ったのは初めてかもしれない。
「国民のため」とは思っていた。
しかし、特定の誰かを思ったことはない。
家族の両親でさえ、騎士だった父親はお互いに「騎士だからいつ死んでもおかしくない」と考えていたし、騎士の妻である母親もその覚悟でいたはずだ。

今はもうなくなってしまったスラークの王にしか、「王への忠誠」を誓ったことがなかった。


リノの不利益になることはしたくない。
そのためなら、あの馬鹿馬鹿しい芝居はいくらでも打てる。
従順な妻がいいのならば、そう振舞う。

巻き込まれたリノはもっと怒ってもいい。
すぐには無理だろうが、時期が来れば離縁をし、似合いの女性と結婚するといい。

リノはピニャータ王には怒りを見せても、俺には見せたことがない。
離縁をするとは言わず、俺が望むまでずっとここにいていいと言った。
行く当ても、することもない俺を受け入れると言ったのだ、この男は。


「それで本当にいいんですか?」

「はい」

まだなにか言いたそうだったが、リノは諦めたようだ。

「わかりました。
でも、こんなの窮屈でやーめた!と思ったらすぐにでも元に戻してもいいですからね」

「はい、ありがとうございます、旦那様」

俺は頭を下げた。

「じゃあさ」

ん?
まだなにかあるのか?

「やりたいことはありませんか?」

「やりたいこと?」

「ジュリさんはもっといろいろ言っていいんです!」

誰かに何かを言われたのかもしれない。
リノは少し興奮した様子で俺をぎっと見つめた。
俺のことをこんなにも考えてくれる。
それだけで嬉しい。

ああ、そうだ…

「旦那様、言うだけ言ってみてもいいですか?」

「もちろんですっ!」

リノはすごい勢いで立ち上がり身を乗り出して、俺が言うことを聞こうとした。
ふっと笑みがこぼれそうになる。

「街へ買い物に行きたいです」

「は?買い物?」

予想していたことと違ったらしい。
リノは全身脱力しそうになっているが、持ち直した。

「買い物かぁ。
特に外出が禁止されているわけじゃないしなぁ」

ちらりと俺の足元を見る。

「難しいことを言っているのは承知の上です。
婚儀から時間が少し経っているとはいえ、私はまだ人の注目を集めるでしょう。
それに足枷をしたまま歩かなければなりません。
それが旦那様にどう影響が出るかが心配です」

「いや、俺のことはいいんです。
よし、次の休みの日に一緒に行きましょう!」

「旦那様が嫌な思いをするかもしれませんよ」

「ううん。
ジュリさんは俺が守るし、一緒に行きます。
そうですよね、ずっとこの小屋にいたら嫌になります。
行きましょう!」

だから、私が貴方を守りたいのだ。
しかし、それは言わずにリノの言葉にうなづいた。
リノも嬉しそうだった。




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