文月文

Kyrie

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第8話

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10月半ばの晴れて気持ちいい土曜日だった。
俺がマサと一緒に暮らすようになって1か月半。
この日は出かけずに、二人で家事に専念した。

マサの家事能力は高い。
俺もそこそこできるけど、マサには叶わない。
それでも任せっきりにするのもなんなので、一応分担はしている。

今日は季節も移ってきたので朝から洗濯物をたくさんして、服の入れ替えをしていた。
強い日差しは暑いくらいで、おやつのアイスを食べ、俺はベランダでからりと乾いた洗濯を取り込んでいた。

隣の窓が開く音がした。

「それで今日、翔ちゃんはここに泊まっていけるんでしょう?」

甘えた声がして、金属のガラガラという音がした。
おそらく空いたビール缶をベランダに溜めているらしい。
奥から「ああ」という翔ちゃんの声がした。

「嬉しい!」

高くかわいらしい声が上がり、ばたばたとあの彼は部屋の中に入っていく音がした。


もちろんベランダには仕切りがあって、お互いに姿は見えない。

多分、翔ちゃんは、あのかわいい恋人との会話を俺が聞いているとはちっとも想像しないだろう。

でも。

俺は聞いてしまった。

恋人が夜泊まっていく、ということは、あの二人はきっと抱き合うんだろう。
そこまで想像して、俺は急激に血圧が下がるのを感じた。

「おいで」

聞こえるか聞こえないかぎりぎりの小さな声がして、俺は誰かに抱き留められた。
その人は優しく俺の肩を抱くと、部屋の中に連れて入ってくれた。
俺はフローリングの床にぺたりと座り込む。


翔ちゃんが俺じゃない誰かを抱く…?




そのあと、なにもする気になれなくて、のろのろと自分の部屋に入り込んだ。
隣の部屋から一番遠いところが、自分の部屋でよかった。
少しでも隣から離れていたかった。

しかし、何度思い直しても、衝撃は止まらない。

翔ちゃんが俺じゃない誰かを抱く…?




翔ちゃんに初めて抱かれたのは、高1の秋だった。
夏休み前に告白されてコイビトになった俺たちは「宿題を一緒にやる」という名目で翔ちゃんのマンションによく行っていた。
でも、宿題なんて集中できるはず、ない。
気がついたらクーラーの効いた翔ちゃんの部屋で抱きしめられ、ベッドに押し倒されキスをしまくった。
いつも放課後、誰かの目を盗むように微かに交わす唇だったのに、人目がないと何度も何度も長い時間キスできるなんて信じられなくて、お互いに貪った。
すぐにカラダが反応した。

「直、かわいい、好き、かわいい」

翔ちゃんはうなされたようにキスの合間にそう言いながら、だんだん俺のTシャツをたくし上げるようになっていき、首筋や胸までキスするようになり、そして身体中をまさぐられた。

「どうしよう、直。
食べたい。抱きたい。欲しい」

熱っぽい吐息交じりにキスしながらそんなことを言われたら、俺もたまらなくなってきた。
恐かったけど、翔ちゃんの望むようにしたくて、もっと翔ちゃんとくっついていたくて、溶けてドロドロになりたくて、夢中でうなずいた。

結局、やり方がわからなかったし、初めてアソコに指を突っ込まれたときは痛くて泣きだしてしまった。
それでも、お互いが求め、もどかしくなる思いが強くなり、カラダもどうにもならなくなってきて。
そうこうしているうちに、俺の身体も少しずつ翔ちゃんの指に慣れ、夏休みが終わり、翔ちゃんの両親が泊りがけで親戚の結婚式に出席して留守のとき、俺たちはやっと一つになれた。

激痛が走り、逃げたくて仕方なかったけど、それでも翔ちゃんを満足させたくてそばにいたくて我慢した。
翔ちゃんもやっとのことに泣いていた。

それからの俺たちは盛りのついたケダモノのようだった。
時間さえあればセックスしていた。
キスしてさわり合って吐き出してまたキスしてまさぐって高まって、それを繰り返す。







「直、こっち見て」

ぐっとアナルに突っ込まれたモノがぐいぐいと内臓を押し上げる。

涙で濡れたまつ毛で焦点を合わせると、切羽詰まった顔のマサがいた。

「今、直を抱いているのは、誰?」

その間もぐいぐいと侵入が進む。

「……マサ?」

「そう、僕だよ」

「んあっ」

「覚えておいて。
今、直とセックスしているのは正行だ。
ほら、ここ。
僕しか知らない直のイイトコロ」

「はぁぁっ」

マサに激しく突かれ、俺は声を上げた。


そうだ、お隣さんの「夜のこと」を想像してしまい閉じこもった俺をマサは布団越しに撫でながら、大きな氷を入ったグラスでウィスキーを飲んでいた。
ふわりと香るマサのシャンプーの匂いとウィスキーの甘い匂い。
俺のよく知るマサの匂いだった。

「お隣さんのこと、気になるの?」

「……」

返事をしない俺にマサは真面目な声で言った。

「僕たちもセックスする?」

「……」

「なにも考えられないくらいに、ぐちゃぐちゃになってみてよ、直」

これまで恥ずかしくて、声を上げるのも極力抑えていた。
疼く身体の動きもとにかく抑えていた。
マサの前ではケダモノになることはなく、マサも穏やかに抱いてくれた。


「忍耐力と気の長さには自信があるんだ」と豪語するマサは、本当に言葉通りだった。
大学の卒業の時にマサの好意を受け入れることに決めた後、キスしたのはその半年後だった。

「せっかく直がゆっくりでも僕を受け入れてくれようとしているのに、邪魔したくないじゃない?」

マサはそう言って静かに微笑んだ。
俺がちょっとでも嫌がったり拒んだりしたら、それ以上はなにもしようとはしなかった。
だからその年の年末、一緒に過ごしながら思い切って「マサ、セックスしなくてもいいの?」と聞いてみた。
自分なりに覚悟を決めたつもりだったけど、「ナオが僕に『申し訳ない』と思わなくなるまでしないよ」とあっさり言われた。
俺は抱かれてもいいと思っていたから、「そんなふうに思っていない」と伝えてみたけれど、「そうかなぁ」とのんびりと言い、激しいキスはしたけれどセックスには至らなかった。


マサと初めてセックスしたのは、彼の誕生日だった。
俺が誘うと、「ちょっと待って」とマサは雰囲気に流されずに、まず俺の手を握った。

「直がそういう気分になってくれたのは嬉しいけど、ちょっとだけ真面目な話をしよう」

マサはそう言うと、彼の家のソファに座らされた。

「ね、直、僕とセックスすることってどう考えてるの?
僕たちは二人とも男性だ。
相手を『抱きたい』、つまりトップでいたい、と思うのは自然なことだよ。
でも、どちらかがボトムになるわけだし、もしかしたら両方してもいいわけだし」

俺はマサが何を言っているのか、最初、本当にちっともわからなかった。
もう少し言葉を足してもらって、「抱くか抱かれるか、どっちがいいのか?リバもできるけど、どう思う?」と聞かれているのだと理解した。
驚いた。
翔ちゃんはそんなこと、聞きもしなかった。
とにかく「直が欲しい。抱きたい」だった。
だから、俺は自分が翔ちゃんを抱くこともできる、ということさえ考えず、翔ちゃんに抱かれた。

結局、俺がマサを抱くというのが想像できなかった。
マサがどうしたいかというのも聞いてみたら、マサには珍しく赤い顔をして「直を抱きたい、と思ってる。でも、君が僕を抱きたいというのであれば、受け入れる覚悟もしている」と言い切った。

俺はマサに抱かれることにした。
それが自分の中で自然だった。
そう告げ、俺たちは裸で抱き合った。
いつも余裕のあるマサの様子がおかしかった。

「おかしいかい?
当然だと思うよ。
大好きな人と一緒になれるんだから、緊張しないほうがヘンだよ」

そう言いながら、優しく優しく抱いてくれた。

翔ちゃんのような熱さと激しさはない。
俺には翔ちゃんの押し当てた焼き印が深く深く刻まれている。
それは消えはしない。
マサはそれを消すつもりはなく、焼き印の跡がある俺を丸ごと抱いた。






今夜は乱れに乱れている。

「くっ、たまらないな、君は。
こんなに一緒にいるつもりだったのに、まだ、こんな知らない顔を持ってる」

「ふぁっ、マサっ」

過去から逃げ出したい俺と共犯者になるように「セックスしよう」と誘ったマサは、もう一つ提案した。

「本当かどうか知らないけど、これにウィスキーを混ぜたら直腸から直接アルコールを摂取することになるから、すごく感じやすくなるらしい、って噂があるけど、どうする?
やってみる?」

マサはグラスを大きく振って氷の音をカラカラ立てながら、もう片方の手でローションの容器を持ち上げた。
斜めにするととろんとした液体が容器の中を移動する。

布団の中からそれを見ていた。
すごくいやらしい。
マサがそんなふうになるのも初めてだ。

このままでも、隣が気になって眠れるはずがない。
いっそのこと、マサにぐちゃぐちゃにしてもらって、なにもわからなくなったほうがいいのかもしれない。

いつもいつもマサに甘えている。
マサはそれを軽々と受け止める。

「言ったでしょ。
直はもうちょっと人に甘えることを覚えたほうがいいよ。
僕が教えてあげる」

マサと距離を取ったほうがいいのかもしれない、と思ったらそのたびにこう言われた。



とろりと動く液体を見ながら、俺は言った。

「それ、やってみる」

マサはローションのふたを開け、ほんの少量、ウィスキーを入れると容器を振った。
ぐちゅぐちゅと音がした。
あのときみたいないやらしい音。



そして、今、その音は俺とマサの間でしている。

こんなにマサに突き上げられ、揺すられたことはなかった。
今まで入ったことがないところまで、マサが入ってきているような気がする。
ウィスキーのせいか、それともそれで暗示にかかったのか。

俺は初めて声を抑えることをしなかった。
どんどんいやらしい声を上げ、マサを挑発した。

「こんな人だとは思わなかった」といつ呆れられるか、と待っていた。
それなのに、マサは乱れる俺を「かわいい」と褒め続けた。
いつもと違うマサに思わず感じて、あっという間にイッてしまったときも「上手にイケたね」と抱きしめ、髪にキスをするとまた激しく求められた。

初めてマサの上に乗って腰を振った。
マサも下から突き上げていたけど、物足りなくなったのか乱暴に身体を入れ替え、今度はマサが上から突き刺した。

マサの言葉通りぐちゃぐちゃになり、俺はなにもわからなくなるまでマサとセックスをした。








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