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第2話
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かさりと紙が落ちた小さく乾いた音で、はっと我に返った。
段ボール箱が積まれた部屋。
その幾つかは封を切られ、中途半端に物が取り出されている。
あれもやらなきゃ。これもやらなきゃ。
そう思うと、一つの箱を空にする前に次々と新しい箱を開けてしまう。
そうした中で、そっと見つけた封筒。
宛先は俺の前の住所で、宛名は俺。
差出人は、
「直」
半開きになっていたドアをノックされると同時に声がかけられた。
俺は思わずその手紙を乱暴に近くにあった箱に突っ込み、顔を上げる。
「直」
名前を呼ばれて、「なに?」と返事をする。
「どう?進んだ?」
「あ…うん……まぁまぁかな」
相手はドアの外から俺の部屋を見回し、小さく笑う。
「もし直の部屋が今日中に片付かなくても、寝るときには僕のベッドで寝ればいいから」
「いや、片づけて寝られるようにするよ」
「直はベッドじゃなくて、布団を敷きたいんだろう?
このペースじゃ間に合うかな?」
俺が片づけるのが下手なのを知って、ニヤニヤして言ってる。
からかわれているのはわかっていて、面白くなくてぷいとしそうになるが、我慢我慢。
「頑張るよ、マサ」
「ん。なにか手がいるなら声かけてね」
「ありがとう」
マサはにっこりと笑うと、それ以上何もいわずにドアから離れていった。
マサがいなくなるのを確かめてから、俺は段ボール箱に無造作に突っ込んでしまった手紙を丁寧に取り出す。
あ、少ししわが寄っちゃった。
手のひらで一生懸命伸ばしてみる。
そして、改めて封筒を裏返し、名前を見る。
「翔ちゃん……」
この手紙、結局捨てられなかったな。
今もどうしようかとドキドキしている。
このまま持ち続けていたらマサに悪い気がする。
けれど、やっぱり、捨てられない。
久しぶりに読み返してしまった。
もう大丈夫だと思って、読んでみた。
結果は全然大丈夫じゃなかった。
いろいろ思い出すことが多くて、胸がきりきりと痛んだ。
呼吸ができなくなって、俺はフローリングの床にごろりと転がった。
翔ちゃん……
なんだよ、なんでこんな日に……
今日、俺はマサのマンションに引っ越してきた。
出会ってから8年、そうと意識してつき合うようになってから5年。
随分待たせてからの、マサとの同居。
いや、マサは俺にプロポーズまがいのことも言ってくれた。
「まだ答えを聞いていないから、『同棲』かな?
それでも直が一緒に住むのを了承してくれて嬉しいよ」
あのときマサはそう言って俺を抱きしめ、優しくキスしてくれた。
その荷解きをしている途中で見つけてしまったんだ。
俺の中の奥まで深く濃く、様々なものを刻み、染め上げた翔ちゃんからの手紙を……
気分が落ち込みそうになったので、俺は一旦手を止めた。
そして、財布とスマホを持って立ち上がった。
「マサ、ちょっとコンビニ行ってくる。
なにかほしいもの、ある?」
マサの部屋に声をかけてみるが、返事はない。
きっとヘッドフォンで聞いてる音楽に集中しているんだろう。
俺はマサからもらったここの真新しい鍵も持ったのを確認すると、靴を履いて玄関から出た。
と、お隣さんのドアも開いていた。
「今日はありがと。
じゃあ、またね」
来客の見送りらしい。
そのあとのやり取りの返答がなくて、気になりちらりと見る。
小柄な男がこちらに背を向けもう一人の男の首に腕を回し背伸びをし、熱烈なキスをしているところだった。
あ、お隣さんも男性同士のカップルさんか。
俺は突然のキスシーンにどぎまぎして視線を逸らそうとする。
でも……
キスが終わって小柄な男がかかとをつけると、相手の男の顔が見えた。
「突然するなよ、照れるだろ」
その声。
その顔。
一気に8年前に引き戻される。
『今、直にめちゃくちゃ会いたいです』
『直、愛しています』
さっき読んだ手紙の文字が溢れ出す。
忘れるはずがない。
忘れられるはずがない。
あの手紙の一言一句を覚えるまで読んだんだ。
読んで読んで読んで、待って待って待って、それで。
「………翔ちゃん……」
思ったより大きく呟いていた。
視線を上げ、目の前の恋人ではなく俺のほうを見た男は驚いて固まった。
やっぱり……!!!
俺は思わず、閉めたばかりのドアを開け中に入ると乱暴に閉めた。
そして、どたどたと派手な音を立てて段ボール箱に散乱する自室に駆け込んだ。
息が荒い。
めまいがしそうだ。
俺は身体に力が入れられなくて座り込む。
異変に気がついてマサが来た気がする。
俺の名前を呼ぶ声が遠くから聞こえる。
でもそれは今の俺には届かなくて……
ただ、あのときの声が自分の中で大きく響いていた。
『なーおっ、大好きです!
つき合ってください!』
誰もいない高校の放課後の教室。
ちょっと震えていたけど、はっきりと言い切った声。
俺の返事を聞くとがばりと俺を抱きしめ、とても幸せそうに笑った顔。
翔ちゃん……
段ボール箱が積まれた部屋。
その幾つかは封を切られ、中途半端に物が取り出されている。
あれもやらなきゃ。これもやらなきゃ。
そう思うと、一つの箱を空にする前に次々と新しい箱を開けてしまう。
そうした中で、そっと見つけた封筒。
宛先は俺の前の住所で、宛名は俺。
差出人は、
「直」
半開きになっていたドアをノックされると同時に声がかけられた。
俺は思わずその手紙を乱暴に近くにあった箱に突っ込み、顔を上げる。
「直」
名前を呼ばれて、「なに?」と返事をする。
「どう?進んだ?」
「あ…うん……まぁまぁかな」
相手はドアの外から俺の部屋を見回し、小さく笑う。
「もし直の部屋が今日中に片付かなくても、寝るときには僕のベッドで寝ればいいから」
「いや、片づけて寝られるようにするよ」
「直はベッドじゃなくて、布団を敷きたいんだろう?
このペースじゃ間に合うかな?」
俺が片づけるのが下手なのを知って、ニヤニヤして言ってる。
からかわれているのはわかっていて、面白くなくてぷいとしそうになるが、我慢我慢。
「頑張るよ、マサ」
「ん。なにか手がいるなら声かけてね」
「ありがとう」
マサはにっこりと笑うと、それ以上何もいわずにドアから離れていった。
マサがいなくなるのを確かめてから、俺は段ボール箱に無造作に突っ込んでしまった手紙を丁寧に取り出す。
あ、少ししわが寄っちゃった。
手のひらで一生懸命伸ばしてみる。
そして、改めて封筒を裏返し、名前を見る。
「翔ちゃん……」
この手紙、結局捨てられなかったな。
今もどうしようかとドキドキしている。
このまま持ち続けていたらマサに悪い気がする。
けれど、やっぱり、捨てられない。
久しぶりに読み返してしまった。
もう大丈夫だと思って、読んでみた。
結果は全然大丈夫じゃなかった。
いろいろ思い出すことが多くて、胸がきりきりと痛んだ。
呼吸ができなくなって、俺はフローリングの床にごろりと転がった。
翔ちゃん……
なんだよ、なんでこんな日に……
今日、俺はマサのマンションに引っ越してきた。
出会ってから8年、そうと意識してつき合うようになってから5年。
随分待たせてからの、マサとの同居。
いや、マサは俺にプロポーズまがいのことも言ってくれた。
「まだ答えを聞いていないから、『同棲』かな?
それでも直が一緒に住むのを了承してくれて嬉しいよ」
あのときマサはそう言って俺を抱きしめ、優しくキスしてくれた。
その荷解きをしている途中で見つけてしまったんだ。
俺の中の奥まで深く濃く、様々なものを刻み、染め上げた翔ちゃんからの手紙を……
気分が落ち込みそうになったので、俺は一旦手を止めた。
そして、財布とスマホを持って立ち上がった。
「マサ、ちょっとコンビニ行ってくる。
なにかほしいもの、ある?」
マサの部屋に声をかけてみるが、返事はない。
きっとヘッドフォンで聞いてる音楽に集中しているんだろう。
俺はマサからもらったここの真新しい鍵も持ったのを確認すると、靴を履いて玄関から出た。
と、お隣さんのドアも開いていた。
「今日はありがと。
じゃあ、またね」
来客の見送りらしい。
そのあとのやり取りの返答がなくて、気になりちらりと見る。
小柄な男がこちらに背を向けもう一人の男の首に腕を回し背伸びをし、熱烈なキスをしているところだった。
あ、お隣さんも男性同士のカップルさんか。
俺は突然のキスシーンにどぎまぎして視線を逸らそうとする。
でも……
キスが終わって小柄な男がかかとをつけると、相手の男の顔が見えた。
「突然するなよ、照れるだろ」
その声。
その顔。
一気に8年前に引き戻される。
『今、直にめちゃくちゃ会いたいです』
『直、愛しています』
さっき読んだ手紙の文字が溢れ出す。
忘れるはずがない。
忘れられるはずがない。
あの手紙の一言一句を覚えるまで読んだんだ。
読んで読んで読んで、待って待って待って、それで。
「………翔ちゃん……」
思ったより大きく呟いていた。
視線を上げ、目の前の恋人ではなく俺のほうを見た男は驚いて固まった。
やっぱり……!!!
俺は思わず、閉めたばかりのドアを開け中に入ると乱暴に閉めた。
そして、どたどたと派手な音を立てて段ボール箱に散乱する自室に駆け込んだ。
息が荒い。
めまいがしそうだ。
俺は身体に力が入れられなくて座り込む。
異変に気がついてマサが来た気がする。
俺の名前を呼ぶ声が遠くから聞こえる。
でもそれは今の俺には届かなくて……
ただ、あのときの声が自分の中で大きく響いていた。
『なーおっ、大好きです!
つき合ってください!』
誰もいない高校の放課後の教室。
ちょっと震えていたけど、はっきりと言い切った声。
俺の返事を聞くとがばりと俺を抱きしめ、とても幸せそうに笑った顔。
翔ちゃん……
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