【短編未満集】かけらばこ

Kyrie

文字の大きさ
上 下
195 / 211

空と傷 かけら(4)

しおりを挟む
マグリカ王の父は争いと贅沢が好きな男だった。
取り巻きたちと共に周りの国にどんどん戦争を仕掛け、国を大きくしていった。
しかし不慮のできごとで亡くなるとそれまでの鬱憤が噴き出した。
第一王子を擁護し傀儡にしようとする取り巻きたち一派と、マグリカを中心としてこれまでのやり方を一掃しようとする一派は対立し、内乱となった。



20180911



はじまりの森に入った銀の馬車はどんどん奥へ向かっていった。
すぐに道がなくなったが、2頭の一角獣は空を蹴り、木々は左右に倒れ馬車は難なく進む。
小さな馬車はものすごい速さで走るが揺れることはなく、小窓から外を見ていたルーポはただただ呆然としているだけだった。



どれくらい乗っていたのだろうか。
場所も空間も時間も、自分がどこにいるのかの感覚が不安定になった頃、一角獣は歩みを緩め、そして止まった。

一緒に馬車に乗っていたダイロスがルーポに言った。

「着きましたよ。
ようこそ、エトコリアへ」

馬車の扉が静かに開きダイロスが先に出ると、ルーポに手を差し出す。
ルーポは助けを借り、馬車から下りた。




そこはエトコリアの街の中心部にある魔法宮の前だった。
賑やかな街の中にあり、多くの人々が行き交う。

メリニャのように鋭い日差しではなく、緩やかで優しい日の光と零れ落ちそうに咲く花々でエトコリアは満たされていた。

「さぁ、こちらへ」

ダイロスはルーポを促し、魔法宮に入っていった。





魔術師には境はない。
全ての魔術師の上に立つのが大魔術師であり、今はモンテイロからその地位を譲られたダイロスがそれを務めていた。
魔法宮にはありとあらゆるところから魔法を磨きに力のある魔術師が集まっていた。
そこには指導する熟練の魔術師がいて、それぞれに合った魔法を探り、その力を磨いている。
不定期だが試験があり、合格すればランクがあがっていき、魔術師としての活躍の幅が広がっていった。


宮の中でさまざまな修行をしている魔術師たちを見ながら、ルーポはダイロスについていった。
そして大魔術師の部屋に通され、これからのことについて話をされた。

ダイロスがルーポの師になることになった。

「あなたの存在は特殊なのと、私がお誘いしましたから責任をもって指導しますよ」

「は、はいっ」

「ここではあなたのような存在をマロウドと呼びます。
別の世界から来た者のことを指します。
かつては同じ世界にあったのに、太古の昔に神々が別々に世界を分けたと伝えらえていますが、実際のところ詳しくはわかっていません。
ただ、時折道が開いてこちらの者があちらに行ったり、また逆もあったりしたことは文献にも残っていますし、何十年か前にもありました。
そのときから、別の世界を繋ぐ『道』についての研究は本格的に始まりました。
なので、こうやってあなたもエトコリアに来ることができるようになったのです」

「はい」

「しかし、多くの者はそんなことが起こっているのを知りません。
もしどこから来たのか聞かれたら、『遠くから』と答えなさい。
魔法宮に来る者は本当に遠くから来る者も多く、それ以上詮索はしないことになっています」

「はい」

「ここでは7日間のうちの2日、あなたに魔法を教えましょう」

「はい、ありがとうございます」

「本当はつきっきりで教えたいのですが、私も少々留守が長すぎたようで」

ダイロスはにやっと笑った。
「そうだ、ダイロス様は大魔術師なんだ」とルーポは、忙しい身であることを悟った。

「その代わり、私が教えられないときの師を紹介しましょう。
きっと気が合いますよ」

ダイロスはにっこりと笑った。


2人は再び銀の馬車に乗った。
そして町はずれの、さっき抜けてきた森のそばの小屋にやってきた。

「マーガス、いるか」

小屋のドアをダイロスが叩くと、中から不機嫌な声がした。

「あんたが来るとろくなことがない。
厄介ごとはごめんだ」

ぶつぶつ言いながら、内側からドアが開いた。
くすんだストロベリーブロンドの短髪に、深い緑の目をした50代後半の男が、洗いざらしのよれよれしたシャツを着て現れた。

「何の用だ、ダイロス様」

「モンテイロ様じゃないと、ひどい態度ですね、あなたは」

「うるせぇ。
ドア、閉めるぞ」

「待ってください。
今日は私だけじゃないんですから」

「んあ?」

緑の目がダイロスの後ろにいた人物に目を留めた。

「こちらはルーポ。
マロウドだ」

「は?!」

「短期間ですが、私の弟子になりました。
しかしずっと指導ができないので、あなたに預けにきましたよ。
よろしくお願いします。
では、これで。
ルーポ、あなたには師が2人いるも同然です。
マーガスからもしっかり学びなさい。
明日、魔法宮で待っています」

「ちょっと待て」

「なにか?」

「どういうことだ?
マロウドだって?!」

マーガスは声を荒げてダイロスを見た。

「初めてじゃないでしょう」

「いや、そういう問題じゃないだろ」

「マロウドだということは他言無用。
私が指定したときには魔導宮に行かせてください。
今日は疲れているので、休ませてくださいね。
きっと気も合いますよ」

「いやいや」

「なんです?
なにか不満でも?」

「不満だらけだろうが」

「おや?
では私の不満も聞いてくれますか?
力があるにもかかわらず、大魔術師の要請も無視して弟子の一人も取ろうとしない、町はずれに住む気難しい魔術師様」

「なんだよ、その嫌味は」

「次の道が開くまで、おそらく2年。
それまでにルーポはここでできるだけのものを身につけてやると約束しました」

マーガスが容赦なく強い視線をルーポにぶつけてくる。

僕は、あの人の足を、そしてすべての痛みから解放してあげたい。

空色の瞳に渦巻く青い炎を見つけ、マーガスが溜息をついた。

「では、お願いしますね」

ダイロスはその隙にひらりと身を翻し、消えた。


「え?」

驚くルーポにマーガスが声をかけた。

「うるさくして、悪かったな。
オレはマーガス」

「ぼ、僕はルーポと申します。
よろしくお願いします」

マーガスが手を出した。
ルーポが意味がわからずにぼんやりしていると「握手すんだよ」と強引に右手を握られ、上下に振られた。

「ひゃっ」

瞬間、ぐらりと気持ち悪い気配が背骨を遡っていった。

「あ、わりぃ。
おまえ、黒魔術は受けつけないんだな」

「あ?」

「俺は白魔術も使うけど、基本は黒魔術使いなんだよ。
まぁ、マロウドなら魔法も慣れてないんだろ。
とりあえず、入りな」

マーガスはルーポに触れないように気をつけながら、ドアを大きく開いて中へ導いてやった。
ルーポはそぉっと入っていった。




小屋の中は雑然としていた。
今朝までいたカヤの屋敷とはまるっきり違っていた。
使いかけ、出しっぱなしのものが点在している。

「おまえ、運がいいよ。
一昨日、きれいにしてもらったばかりだから」

「はぁ」

ルーポはあまり使われていなさそうな一室をあてがわれた。
ベッドもものを書く机も棚もあった。
まずは干し草色の外套を脱ぎ、ハンガーにかけた。

小屋の中はずっと草の匂いがしていた。
それも気持ちのいい香りだ。
中には以前に嗅いだことのあるものもある。
しかし、それがなんだったが思い出せずにいた。


「おや、どなた?」

気配もなく人が現れた。
ルーポは息を飲む。

流れる黒髪、切れ長の黒曜石の瞳。
しかし自分が恋い焦がれる相手とは対照的で、黒服に身を包んだ柳腰のすらりとした立ち姿に耳元には血のように赤い玉の耳飾りが妖しく光り、妖艶な微笑みを浮かべまるで女性のような顔をしていた。

「ル、ルーポと申します。
よろしくおね……ひゃっ!!」

男は気がつくとルーポにぴたりと沿うようにくっつくとくんくんと鼻を動かしていた。

「あなた、においますね」

「え」

「この世界に目的をもってきたのに、昨日は随分とお楽しみだった様子。
男のにおいがぷんぷんする」

意地悪そうに笑うと蔑むようにルーポを見た。

怖いっ

とっさにルーポはそう思った。

「おい、どうした」

マーガスの声がした。

「アキト、ルーポになんかしたのか?」

「この方がにおう、と言っただけです」

「面白い薬草の匂いしかしないだろうが」

「男のにおいがしました。
たっぷりと中に出されたにおいが」

ルーポは恥ずかしさと怒りと情けなさとが入り混じって、なにも言えなくなり固まっていた。

「いいじゃないか。
それがなにか問題か?
そんなに気になるなら、温泉に入れてやればいいだろ」

「ああ、そうですね」

アキト、と呼ばれた男はひょいとルーポを横抱きにするとすたすたと小屋の外へ出てしまった。

「あ、あの」

それ以上言葉を発することもできないまま、ルーポは森の中に運ばれた。
森の中の道は一本だったが、途中、横道に入っていくと異様なにおいがした。
進むにつれ、そのにおいはきつくなり、怖くなって思わずルーポはアキトにすがりついた。
やがて温かいもやと湿った空気が漂ってきて、ぽいと身体が投げ出された。
「あ」と思ったときにはすでに水しぶきを上げ、温かい湯の中に落ちていた。
慌てて手足をばたつかせると、深くないことがわかり恐る恐る足をつけた。
岩に囲まれ湯が溜まっている不思議な場所にルーポは驚いた。

アキトが音もなく服を着たまま同じように湯に入ってきて、ルーポに近づくと着ていたシャツに手をかけた。
ぷちぷちと前のボタンを全部はずし、濡れたシャツを取り去る。

「あ、待ってっ」

上半身が晒された。

「見てください、これ」

がさがさと音を立て、マーガスがバスケットを抱えて後を追ってきていた。

「んあ?
こりゃ、たっぷり愛されてるなぁ」

ルーポはわけがわからなかったが、とにかく恥ずかしい状況であることを察した。

「あ、わかるか?
おまえ、身体中にキスマークがつけられてるんだよ。
あとで鏡見せてやろうか?」

マーガスがくすくすと笑う。

「やっ!」

ルーポは身を隠したくてばしゃんと音を立てて、湯に身を沈めた。

「どうした?
大したことじゃないだろ?
誰かに愛されるってことは、いいことだろうが。
なにをそんなに照れているんだ?」

「だ、だってっ」

「無理矢理じゃないんだろ?」

ルーポはうつむいてうなずいた。

「なら、幸せなことだ。
もっと堂々と見せてやれ」

マーガスは笑った。

「アキト、うらやましいからといって、ルーポにひどく当たるな」

「うらやましいなどと、一言も言っておりませんが」

「ほしいなら、オレがつけてやるよ、キスマーク」

「いりません」

「遠慮するな」

アキトはルーポの隣でそっぽを向いた。

「気が済んだら、ルーポをこっちへ連れてきてくれ。
髪を洗ってやる」

「じ、自分で洗います」

「任せろ、オレはうまいぞ」

ルーポが動く前にアキトがするりとルーポの手を取り、ずるずるとマーガスのほうに連れていった。

「あまりほめたくはありませんが、髪のことはマーガスに任せておけば安心です」

「おうよ。
見てくれよ、この素晴らしいフェアリー・ヘア!
オレ様特製のハーブせっけんでつやっつやにしてやるからな」

「この人、人の髪を洗うのが好きなんです。
ヘンなことはしませんから、大丈夫です。
ほら、私の髪も綺麗でしょう?」

「は、はぁ。でも……え?」

ルーポの視線は暁門の頭の上で止まった。
そこには三角の黒い耳が2つ、ぴょこんと出ていた。

「ほら、こっちにこいって」

マーガスの細いように見えて力強い腕で引き寄せられる。

「今は黒を制御しているから、気持ち悪くないだろ」

「はい」

「なら、おとなしくしておけ」

マーガスはルーポの首の後ろに分厚い布をあて、湯に仰向けに浸かるようにした。
そして、顔にも薄い布をかけてやった。
手桶で湯をすくい、そっとルーポの髪を改めて濡らした。

「大丈夫か」

「はい」

「そうか」

マーガスは2度3度とそうすると、ラベンダーの香りのする石けんを取り出し泡立ててルーポの髪を包んだ。


こしゅこしゅと小気味いい音を立てて、マーガスが髪を洗っていく。
力の入れ具合が絶妙で、ルーポはすっかり脱力してしまった。

「アキトはな、キツネだ」

「ふぁ?」

「気持ちよさそうだな、ルーポ」

「ふぁ、ふぁいっ」

気の抜けた返事にマーガスはまたくすくすと笑い、髪をゆすぐ。
そしてまた泡で髪を包み、洗っていく。

「意地の悪いこともするが、かわいいヤツだよ。
困ったら、オレに言え」

「はい」

マーガスは鼻歌を歌いながら、またこしゅこしゅと髪を洗い、ラベンダーの香りのするリンスで髪を整え、最後のすすぎをしてやった。

「次はどの石けんで洗うか選ばせてやるからな」


ルーポの髪を洗い終えると、次はアキトの長い黒髪を同じように嬉々として洗い、自分の髪はわりと大雑把に洗うと、着ていた服を全部脱ぎ、マーガスも湯に入った。

そのとき、マーガスの背中全体に広がるひどい火傷の痕をルーポは見てしまった。




こうして、エトコリアでの日々が始まった。





20181023






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

【エロ好き集まれ】【R18】調教モノ・責めモノ・SMモノ 短編集

天災
BL
 BLのエロ好きの皆さま方のためのものです。 ※R18 ※エロあり ※調教あり ※責めあり ※SMあり

親父は息子に犯され教師は生徒に犯される!ド淫乱達の放課後

BL
天が裂け地は割れ嵐を呼ぶ! 救いなき男と男の淫乱天国! 男は快楽を求め愛を知り自分を知る。 めくるめく肛の向こうへ。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

おしっこ8分目を守りましょう

こじらせた処女
BL
 海里(24)がルームシェアをしている新(24)のおしっこ我慢癖を矯正させるためにとあるルールを設ける話。

女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男

湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。 何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。

嫌がる繊細くんを連続絶頂させる話

てけてとん
BL
同じクラスの人気者な繊細くんの弱みにつけこんで何度も絶頂させる話です。結構鬼畜です。長すぎたので2話に分割しています。

処理中です...