【短編未満集】かけらばこ

「全ての道は、」感想

#リプで来たタイトルの存在しない小説の感想を書く

作者の自伝的私小説。
少年期から現在までかなり細かいエピソードまで書かれているが、相当厳選しているためか中だるみもなく飽きずに読み進めることができる。
タイトルの「全ての道は、」は彼の経験のことを指しており、これらの道を全て通って、現在の作者が形作られている、と非常に納得できる。
エピソードとしては、小学生の時の人差し指の怪我とその傷跡のシーンが好きだ。好奇心だけで叔父のナイフを持ち出し裏山で使ってみるのだが、そのワクワク感は無垢で無知なあの年頃でしか味わえない。その興奮具合が繊細に描かれていて、自分も少年時代を思い出しにやりとしてしまった。

私事になるが、私は編集者として作者を担当している。まだデビュー前の彼の原稿を読んだときの衝撃を今でも覚えており、それ以来ずっと一人のファンでもある。
仕事柄、作者の次に作品を読むことができる、とても贅沢な立場である。
最終章は現在の作者について書かれているが、そのラストシーンを提出された原稿で読んだとき、私は震えてしまった。
そしてすぐに変更するように依頼の電話をかけた。
すると彼は「君とパートナーとして一緒に暮らしていることをなぜ削らなければならないんだ。現在の最大の道が君だというのに」と言った。
普段、口数の少ない作者の思いがけない言葉と、作品に描かれている暑苦しいほどの私への思いに驚き、幸福に包まれ思わず泣いてしまった。

このような立場にいる私が感想を書くべきではないと考えたが、編集長や同僚の編集者が勧めてくれたので書いてみることにした。