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閑話「ミランシャの休日」

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 柔らかな風が潮の香りを運んでくる。
 僅かに鼻孔をくすぐるその風の香りをミランシャは目を細めながら楽しんだ。
 空は晴天、風は強めだが寒いほどではない。春先ということもあり風にはどこか温かみがあった。
 異界の地にありながら、元の世界とも繋がっている。
 この指宿乃宿は中庭を囲むように造られていた。中庭の中央には大きな樹。異界と元の世界をつなぐはその根本にある古びた扉。
 故に、客人を迎え入れる門は内側にあった。
 洋風の建物は朱の屋根。呪の施された建物は異界の地の者に幻を見せる。館本来の姿が異界に晒されることはほとんどなかった。
 ミランシャは手提げを肩にかけ館の裏口、つまりは外界へと向かう門から外に出た。

「おや、今日は非番なのかな?」

「勇者様、おはようございます」

 ミランシャは門を出るなり勇者に出会う。散歩中だったのか、鎧もまとわず質素な格好の勇者がそこにいた。
 ミランシャもいつものアロハシャツに短パンの格好ではなく、黄色のワンピースという出で立ち。

「久しぶりの休みなのでちょっと買い物に行こうかと思いまして」

 嬉しそうにミランシャは言った。

「買い物か……ミランシャ、私も一緒に行っても構わないだろうか?」

「別に構いませんよ」

「そうか、実は女剣士に買い物を頼まれていて、どこに行けばいいのか分からなかったんだ」

 ならば断ればいいのにと思ったが、口には出さない。

「勇者様は【断れない男】ですものね」

「…凄まじく語弊のある言い方だな…」

 少しの準備時間の後。
 勇者とミランシャは共に出発することにした。

「……………まさか、歩きだとは……」

「……………まさか、自転車に乗れないなんて……」

 勇者とミランシャは同時にため息をついた。いつもの移動は温泉郷の車で行われている。ミランシャは当然のことながら車の免許を持っていない。
 この世界に来た当初。ミランシャも自転車に初めて乗った。それでも一日練習すればなんとか乗れるようになった。
 初めての異界。その中で手に入れた唯一の移動手段。
 ミランシャは自転車に夢中になっていった。今では自分用に自転車を購入し、休日にはツーリングを楽しむまでになっていた。

「しょうがないですね。今度、自転車の練習をしましょう」

「そんなことをしなくても、馬か車あれば大丈夫だ」

「車はともかく馬は無理ですから!」

「……了解した」

 勇者は渋々といった感じて納得したようだった。この世界にも馬はいるが道路を闊歩している姿など見たことがない。あまり目立たないようにすることも大切な役目だ。
 ミランシャはそっとため息をつき、隣の勇者を見る。
 悪い人間ではない。それどころか元の世界では勇者。ミランシャなど普段であれば話しをすることすらはばかられる存在だ。

「ミランシャあの場所はなんだ?」

 いくらミランシャが非番だといっても勇者はお構いなしだった。

「公園ですよ。この世界の子供たちが遊んだりする場所です」

「そうか……あっ、転んだぞ!」

 二人の目の前で女の子が転んだ。膝を擦りむき女の子は声を上げて泣いている。

「あらら、元気すぎですね」

 ミランシャはそう言って、公園に入り子供のもとに歩み寄る。

「どうしたのかな?膝が痛い痛いしちゃってるね。そうだ、お姉ちゃんがおまじないをしてあげるね」

 ミランシャは子供の膝に優しく手を当てた。

「痛いの痛いの~」

 ミランシャの手のひらがほのかに光る。
 無詠唱の簡易治癒魔法。

「飛んでいけ~!」

 ミランシャの声と共に子供の泣き声がピッタリと止んだ。
 周りで見守っていた子供たちも目をまんまるにして女の子の膝を見つめている。
 女の子の膝は完治していた。

「痛くない!お姉ちゃんありがとう!」

 女の子は大喜びだ。

「おい、こら」

 痛くないと大はしゃぎし、ミランシャに感謝している女の子の目の前で勇者がミランシャの腕を引っ張っていった。

「この世界での魔法は禁止されていたんじゃなかったのか?」

「あれ、気付いちゃいました?」

「当たり前だ」

 勇者は苦笑しながら小さく息を吐く。

「……まあ見なかったことにしておこう」

「ありがとうございます!さすが勇者様です!」

 ミランシャは笑顔で歩き出す。
 やれやれと首を振りながら勇者もその後に続いた。

「もう少しで、お店につきます。いっぱい買い物するので荷物持ちお願いしますね!」

「……了解した」

 勇者はしぶしぶ頷く。
 それから一時間後、サイフを忘れ何も買えずにトボトボと帰路につく二人の姿を子供たちは目にすることになる。

「ううっ、勇者様。このことは内緒ですよ」

「なぁに、任せておけ」

 勇者はとびっきりの笑顔で笑う。

「オレは【断れない男】だからな!」
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